第十一話
「ただいまぁ」
と言いながら我が家の玄関を開けると、廊下の奥から
「お帰りなさい、ダルク」
聞きなれたラキの返事。そして――料理中なんだろう――キッチンのドアからひょいと廊下に顔を覗かせてきて、
「今日は早かったですね」
「そうそう毎日遅くまで仕事なんてしてらんないよ」
俺は社会に出て数十年経った大人のようなセリフをこぼしつつ、嘆息しながら廊下を進む。
リビングに入ると、夕飯はできてなかった。まだ夕食には一時間くらい早い時刻であるが、しかしいつもならサラダくらいは並んでいるものである。別にサラダだけをつまみ食いする気はないけど。
腹時計と相談し、間食はしないでおこうと思っていると、ラキがパタパタとリビングに入ってきた。
「ごめんなさい、今日は帰るのが遅くなって、まだできてないんですよ。夕飯は少し遅くなります」
「ああ、別に構わないよ」
そう答えながら俺は椅子に腰掛け、夕刊に手を伸ばした。
そのまま再度台所に戻るのかと思ったラキは、しかし胸元のポケットから眼鏡を取り出して掛けると、そのまま部屋の隅の棚へと寄っていった。そして棚の引き出しから封筒を数枚取り出し――何か目当てのものを探しているのだろう――それらの封筒の宛名を凝視し始めた。
ラキは封筒を一枚一枚ひっくり返しながら、声だけで俺に話しかけてきて、
「ダルク、次の仕事は決まったんですか?」
「いや。当分は決まらなさそう」
「そうですか。じゃあ、しばらくはダルクの夕飯も用意しなければなりませんね。もしこの前みたくいらなくなったら、せめて前日までに言ってくださいよ?」
「分かってるよ」
言いながら、俺は新聞をめくる。
と、
「あ、これです、これです」
ラキは束から一枚の封筒を取り出した。そして「はい、どうぞ」と言いながら、俺に封筒を差し出してくる。
俺はそれを受け取りつつ、
「何これ?」
「ふふ。読めば分かりますよ」
俺は封筒を破き、中身を取り出した。出てきたのは、見たこともない黒ひげを生やしたおっさんの顔写真。斜め上を睨んだ顔のどアップが写っている。
誰だこの人と首をかしげていると、
「一つ、良いことを教えてあげましょう」
「何?」
「――現実というのは、他のすべてが信じられなくなってから疑うべきものなんですよ」
「……何それ? どういう意味?」
俺の疑問に、ラキはやたら嬉しそうな顔をして、
「それ以上は自分で考えてください」