第十話
「う〜ん」
俺達の町の、ギルドの片隅のテーブル。
ルーが腕を組んで、口をへの字に曲げて唸っている。その視線の先、テーブルの上にあるのは仕事表。ルーはさっきからその表面を睨み続けているのである。
と、ルーはふーっと息を吐きながら腕をほどいた。そして、
「いいのがないね〜」
そう言いながら「やれやれ」と言わんばかりに掌を天井に向け、首を横に振る。その向かい側、椅子に背をもたれていたロットも、
「そうだな、全然駄目だ。『遺跡調査』ほどではなくとも、そこそこおもしろい仕事はあってもいいとは思うんだがな……。少なくともここに載っているものは、総じてダメダメだな」
そんなことを言いながら、同じく不満面。俺はそんな二人の間に置かれている用紙に目をやった。そこに並んでいる文字を読んでみると、
『探し人、行方不明の恋人――三百ドル』
『食材調達、ソノキダケ――五百ドル』
『図書館資料整理――百五十ドル』
といったものが並んでいる。客観的な視点に立って言わせてもらえば、これらは実に堅実的で、その実割りがいい仕事ばかり。俺達のような駆け出しの賞金稼ぎなら、喜んで請負うようなものばかりである。なのに「いいのがない」とか言いやがるこいつらは決定的に価値観がずれている事を、今更ながら痛感する次第である。
まあしかし、こいつらにとってこれが普通と言えば普通だ。実力不足を理由に仕事を降ろされたばかりだというのに、ロットにもルーにもそれを気にしている様子はまったく見られない。それはそれで、よかったと言えばよかったが。
グランデル村からこの俺達の町『アステル』に帰ってきたのは、つい昨日の話である。その道中の馬車の中ではルーがだんまりを決め込んでいて、俺が仕方なくロットの話に相槌を打ってやるという図が三時間続いたわけだが、しかし一晩寝ただけでルーはすっかり本調子、朝にはこの通り、いつもの笑顔と口調に戻っていた。
けれども、このままではまた『遺跡調査』のような苦労と徒労の境界をかいくぐるような仕事に駆り出される可能性が高いわけで、今のこの二人の様子を果たして歓迎すべきか否か、俺がいよいよ本格的に悩んでいると、
カランカランッ
ベルの音。その音に反応してドアの方に目を向けると、ウェリィとギーンとワイトが入ってきた。ウェリィは俺達を見つけるや、開口一番、
「おや? 弱小チームの皆さん」
勝ち誇ったようなニンマリ顔で言ってきた。そしてツカツカとこっちの方へ進んでくる。
ルーは渋面を作り、
「弱小言うなっ!」
「弱小は弱小でしょう。盗賊一匹捕まえられないようで、よく賞金稼ぎなどやってられますわね」
頬を引きつらせた笑みを浮かべているウェリィ。ロットが苦笑いで、
「そう言うな、ウェリィ。あいつはかなりの使い手だったんだ」
「あら別に、私はロットさんのことを弱小と言ってるわけじゃないんですのよ? ロットさんが一人で戦ったならばその盗賊も捕まえられたでしょうに。この二人が足手まといになったばっかりに……」
見下した目線で言ってくる。俺にとっても少々癇に障る言い草だ。こいつはあの盗賊に相対してないからそんなことが言えるんだ。そんな偉そうなことは、やつの攻撃を直に受けてから言ってもらいたい。……しかし残念ながら、俺達は実際に盗賊を捕まえられなかったわけだから、言い返す材料はない。
ルーはそっぽを向きながら、
「うるさいな。喧嘩してる気分じゃないのっ」
「私達もです。あなた方が不甲斐ないばっかりに、私たちまで任務を外されたんですから」
「そ、それはあたしたちのせいじゃ――」
しかしルーの反論を聞き流し、ウェリィはさっさとカウンターの方へ行ってしまった。その後ろ姿を眺めながら、ルーは口を尖らせて「ふん」と鼻を鳴らす。
その横から、
「すいません、お姉ちゃんも途中で仕事を降ろされて、内心では少しイライラしてるんですよ」
申し訳なさそうな顔で言ってきたのは、ギーン。
「本当はお姉ちゃんも、あなた方のせいではないのは分かっているんですが」
「お互い駆け出しの賞金稼ぎだ。思い通りに行かないことも多々あるさ。次にこんなことにならないよう、日々精進するしかないだろう」
「ええ。そうですね、ロットさん」
眉をハの字にした微笑のギーン。ふと、何かを思い出したような顔になり、
「あ、そう言えば皆さん、これ知ってます?」
「何?」
俺が聞くと、ギーンは一拍置き、そして口元を歪ませ、いくぶん声のトーンを落として、
「――例の盗賊が殺されたらしいですよ」
「……本当か?」
「ええ。さっき仕入れたばかりの情報ですが、そのうち噂も流されるでしょう。パライト領土内の草原で、やつの死体が発見されたそうです。あなた方の証言の通りの服装でね。何でも『黒石』の刃で切られていたらしいですよ」
「…………『黒石』」
ロットとルーの喉元から、息を呑む音が聞こえる。
――『黒石』。
日常生活では決して目にできない、レアな色の『石』。その能力は『分断』。つまり、その『石』が触れた部分の分子を――その硬度によらず――すべからく『分断』するのである。その特性から、主に武器に用いられる『石』。もちろんその性質すら不明な『銀石』ほどではないが、それでも『白石』と同じく、一般人には滅多にお目にかかれないレアな『石』だ。しかし――
「――『黒石』の刃なんて、所持してるやつはたかが知れてるだろう?」
「ええ。致命傷の傷が『黒石』によるものであること、及びその切り口から、犯人はすでに特定されています」
「誰だ?」
「『闇蛇』です」
「……『闇蛇』か。よりにもよって……」
呟きながら、ロットは頬にしわを寄せた。しかしルーは首を傾げ、
「やみへび? 何それ?」
疑問符を額に浮かべながら言う。ロットはルーの方に視線を移し、
「名の通った殺し屋だ。能力で言うなら、ランキング上位の賞金稼ぎとも遜色ないほどだそうだ。主にこの大陸で活動している。有名どころが殺された事件の、七割方はこいつの仕業だと言われている」
「へ〜」
呑気に驚くルー。どうにも、その顔に緊迫感は見られない。ロットは息を吐き、表情を崩さないまま、
「……ルー。お前、『カザミドリ』という集団を知っているか?」
「知らない」
ルーは首を横に振る。
「巷では秘密結社なんて形容されている集団だ。それというのも、数十人ものメンバーが所属しているからだが。そしてこいつらの目的はただ一つ。メンバーの全員が、その一つの目的のためだけに活動している」
「その目的って?」
「『銀石』を手に入れることだ」
キーワードに反応して、ルーの表情がわずかに険しくなる。
「数十人の人間が『銀石』を求めて動いている。まあしかし、大集団とは言え、それをまとめ上げているのはたかだか数人のてだれだ。非合法な人間達の中で、さらにその上に立つだけの力を持つ者。その中には、かつてギルドでトップテンに入っていたような人物もいるらしい。そして、その『闇蛇』もその『カザミドリ』に誘われたそうだが、しかしその誘いを蹴ったという過去がある」
「蹴った?」
「ああ。まあ、殺し屋を稼業にするような輩は、たいてい一人で行動するものだ。蹴ったことそれ自体は珍しいことではない。驚くべきなのは、蹴った際、勧誘してきたメンバー二人を殺していることだ」
「……殺した」
「うむ。この二人の死体は自警団に確保されたんだが、二人とも、当時のギルドのランキングでそれぞれ四位と十一位に在していた人物だったそうだ」
「そんなことが……あったんだ」
視線を床に落とし、考え込む顔をするルー。
ロットは『闇蛇』の力量を説明するために『カザミドリ』の例を引いてきたんだろうが、今ルーが考えているのは恐らくその『闇蛇』ではなく、『カザミドリ』についてだろう。自身も『銀石』を探しながらその秘密結社を知らなかったのは寡聞と言わざるを得ないが、しかしそれは秘密結社であり、存在自体公ではないのだ。俺だってそういう集団が存在するということしか知らない。メンバーが一体誰なのかとか、具体的にどういう活動をしているのかなんて、そんな情報は一切持っていないのだ。
と、横でこの二人の会話を傍観していたギーンが、
「もう一つ、おもしろいことがあります」と言いながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。「一昨日あなた達を看破したという、その殺された盗賊が、実はその『カザミドリ』のメンバーだったという話です」
「……!」
「死体の持ち物の中から、『カザミドリ』のメンバーである証明に使われるコインが見つかったそうです」
「……つまり、その盗賊は『グランドル遺跡』に『銀石』を盗りに来てたというわけか」
「そうなりますね」
頷くギーン。
世間は狭いと言うかなんというか。まあ元々、賞金稼ぎ業界だって閉鎖的なものではあるがね。しかしその『闇蛇』は再度その秘密結社に喧嘩を売るなんて、何を考えてるんだろうか。相手は集団なんだ。目をつけられれば危険極まりないだろうに。逃げ切る自信があるんだろうか? まあ、仕事の一つとして割り切ってるようにも見えるが――
「――ん? じゃあ、その盗賊が盗ってった宝石箱っていうのは、その殺し屋が持っていったのか?」
「いえ、すでに『カザミドリ』に渡ってしまったそうです」
「ちょっと待て。何でそんなことが分かるんだ? 盗賊が宝石箱を持ってなかったからって、そう断言はできないだろ」
「……これはあくまで推測でしかないそうですが。その盗賊の遺体は急所以外には傷がなく、しかし彼が使っていた『青石』のナイフは刃こぼれが多数あったそうです。加えて、盗賊の所持品には探った形跡がなかった」
「そこから、何で分かるんだ?」
「ご存知の通り、盗賊の武器である『青石』のナイフは、『石』を発動させれば刃は再生します。しかし刃こぼれが残ったまま転がっていたことから、その戦闘で盗賊は『闇蛇』にそれだけ打ち込まれたことが分かります。なのに、盗賊の遺体に残っていたのは急所への一撃のみ。これは、『闇蛇』がその盗賊よりも数段実力が上であったこと、そして戦闘中にその宝石箱を壊してしまわないように、盗賊に余計な攻撃を当てなかったことを示しています」
ギーンはここで一旦言葉を止め、息を吸い込んでから、
「つまり、『闇蛇』はその宝石箱を奪いに来たはず。狙いは『銀石』。しかし、盗賊の荷物は荒らされていなかった。秘密結社に属する人間が、自分から大事なものを差し出すとは考えられない。かといって、大事なものを見つかりやすいところに置いておくはずもない。ということは、『闇蛇』は殺す直前に、宝石箱がすでに盗賊の手にないことを知った。盗賊が他の誰かに渡した後であることを知った。恐らく、死ぬ間際に盗賊が、せめてもの抵抗としてそう伝えたのでしょう」
俺は腕を組みながら、
「……う〜ん。筋は通ってるが、推測は推測だろ?」
「ええ。盗賊が思いの外ヘタレで、命乞いをして宝石箱を差し出した挙句に殺されたという可能性もあることにはありますが。あるいは第三者の介入とか……。しかし一番あり得る状況としてそのように分析して、各国の追っ手はその推測に従って行動をしているそうですよ」
「なるほど……ね」
とりあえずの情報の整理ができ、俺は一応納得する。と、
「ちょっと、ギーン」
カウンターの方から、ウェリィの呼び声。ギーンがそっちを振り向くと、
「こっち来なさい」
ウェリィが手を招いている。
「あ、はい。何、お姉ちゃん?」
呼ばれて、ギーンはそっちに駆けていった。そしてカウンターの紙を指差しながら、二人で何やら話し合っている。その様子から察するに次の仕事を決めているようで、いくつかの候補の中から絞っているところだと思われる。こっちのチームはすんなり次の仕事に移行して行きそうで、ウチとは何と大違いなのかと思わず羨望に駆られていると、
「……ねえ、ロット。その、『カザミドリ』について、詳しく教えてくれない?」
真顔をつくったルーがロットの方を見ながら言った。
「ああ、別に構わないぞ。この秘密結社の存在が噂され始めたのは、三年前の――」
ロットは嬉々と説明を始める。
俺だって『カザミドリ』に関する情報は人並み程度に持っていて、ロットと同じ程度のものだとは思う。しかしこの機会に確認しておくのもいいだろうと思い、その会話に参加しようと二人の方に顔を向けようとした、その時、
「ダルク」
静かな声で後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、棒立ちのまま俺に視線を向けるワイト。気配をまったく感じなかった。その青白い顔を見ていると半透明に見えてくるもんだから、彼女に足があることをわざわざ確認して幽霊疑惑を払拭した後に、狼狽を押し殺しながら、
「……な、何?」
「最近……ようやく分かって……きた」
いつもの通りのため息のような口調で言う。
…………分かってきた?
「何が?」
「あなたが言った……こと」
俺が言った……こと?
いきなりそんなことを言われても、何のことについて言っているのかパッとは思いつかない。
「俺、お前に何か言った――」
しかし俺が尋ね終える前に、ワイトはカウンターの方へ行ってしまった。そしてカウンターで紙を挟んで話し合っているウェリィとギーンを傍観し始めた。
……はて。俺、ワイトに対して、理解に時間がかかるような難しいこと言ったっけ? ワイトと会話した回数なんてそれほど多くはないはずだが……。
首を右に傾けてみたが、思い当たることはなかった。
結局思考を放棄して、ロットとルーの方に再度顔を向けたが、
「――というわけだ」
ちょうどロットの説明が終わったところだった。……まあ、後でもう一度確認しておくさ。
しかし説明は終わったと言うのに、ルーはテーブルに視線を落としたまま黙り込んでしまった。ひとしきり考え込むくらいの時間が経った後、ふっと顔を上げ、
「ねえ、ロット、ダルク。盗まれた宝石箱って、その『カザミドリ』にあるんだよね」
ルーは神妙な面持ち。このタイミングで、しかもこんな顔をしたルーが次に言ってくることと言えば――
「あたし達で、その結社を追うってのは?」
「だめだ」
俺は即答した。
思えばこの前盗賊に襲われたのも、アンディさんの言いつけを破って夜中に遺跡に行ったからである。賞金稼ぎの仕事とは関係ないことをした挙句に、あんな危険な目に遭ったのだ。ラキの言う『能力は商品』という論も完全に破っている。おかげで盗賊の進入を確認できたとは言え、俺達は殺されそうになったんだ。殺されかけたんだ。
俺にとって賞金稼ぎの仕事は、生計を立てるためだけのもの。それ以上でも以下でもない。だから、俺は同じ危険は犯さない。同じ間違いは犯さない。もちろんラキの言うことをそのまま全部信じるほど幼稚な人間でも、単純な性格でもない。しかし賞金稼ぎの仕事を全うする上では、それが正解だということには納得している。
俺はルーを見据え、
「俺達はつい一昨日、危ない目に遭ったばっかだろ。危険だと言われて、危険な目に遭った。しかも今度は死ぬと言われたんだぞ。お前も少しは学習しろ。危険な仕事に首を突っ込むのは、それ相応の実力をつけてからだ」
「……そうだね。ごめん」と、ルーは視線を地面に落とす。
そのしょんぼりした表情に、ため息がこぼれてしまう。
「俺だって、仕事ならばやれと言われればやるさ。しかし『カザミドリ』に接触するとか、そんなレベルの高いことはできないし、第一請け負えないだろう。マスターに止められるのは目に見えている。だからもっと危険度の低い仕事――例えば『カザミドリ』について調べるだけとか――が来た場合なら、受けてもいいとは思っている」
「……そっか」
ルーは弱々しく微笑んだ。




