若社長、金も、装備もなかりけり
自由貿易星「タサキ」宇宙港。
宇宙港、とはいっても見渡す限り広大な広場と荷下ろしするためのクレーンやトラックが並ぶだけの意外にシンプルな場所である。
宇宙船は垂直離着陸が可能なので、別に滑走路もいらない。ようは巨大な宇宙船が降りられるスペースと、荷下ろしのための設備があればそれで良いという訳である。
そんな中、荷下ろし作業をエイトに任せたバットは、イワンと共に船体のチェックを行っていた。
毎度のことながら、この船で大気圏に突入する時の乗り心地ときたら、それこそ生きた心地がしないものだった。
外壁のチェックをしていると、それがますます深刻に思えてくる。
見た目もさることながら、塗装剥げ、へこみは数えるのもバカバカしい状態で、これで、良くバラバラにならないものだとすら感心してしまう。
「一度、大規模に補修しないと、飛ぶどころじゃないかもしれないな」
バットは、剥がれた耐熱パネルをどうにか補修材で貼り付けながらぼやいた。
何かバリア以上の不思議な力で船体が守られているのではと思いたくなるほど、使い古した船の外観はひどいものだった。
せめて見栄えだけでも、と思わないではないが何しろ金がない。
このままでは、補修ばかりにお金を使うことになるのでいい加減にしたいのだが、ここの外壁一つ取り換えるだけでもいくらかかるか、考えたくもないというのが正直なところだ。
「まぁ、この船はしぶとさだけが取り柄じゃからな。言ってみりゃこの傷一つ一つが勲章みたいなもんじゃわい。見てくれはなんともかもしれんが、仕事はしっかりやりおるよ、こいつは」
そう言って笑いながらイワンが外壁を叩くと、さっそくその衝撃で耐熱タイルが剥がれ落ちる。
その光景に、いよいよ命の心配が必要かもしれない、とバットは思わずにはいられない。
「そもそもこの船、使わない部分が多すぎるんですよ。閉鎖区画もあるし、ブリッジには使わない計器だらけ、外から見ると、何かわけわからない部分があるし……。」
「まぁ、もともと、この船は軍艦じゃったからなぁ。取っ払うのも金がかかるし、そのままにしとるが、確かにいい加減にせにゃならんのう。」
バットと、イワンは船体を見上げて船体を眺めた。
100年続いいた星間戦争は終わったし、この船も今は民間の輸送船に過ぎないのだ。
積載量を少しでも増やすためには、無駄な設備は省いてしまわなければ、商売の効率も悪い。
バットは改めて、武骨な亀のような形の自分の船を眺めまわし、以前から気になっている部分を指さして訪ねた。
「あの船体本体下部の下の大砲みたいのも昔の名残なんですか?」
それは、ブリッジの下あたりにある、いかにもとって付けたような筒状の構造物。
それにイワンは髭を撫でながら答える。
「ありゃ、先代が拾ってきた戦艦の大砲をくっつけたもんじゃ。まぁ撃てん事もないが、ハッタリ用じゃな、あれは」
「……おやじ、一体何やってたんだよ」
どうも、本当にとって付けたらしい。
何やら懐かしそうに笑うイワンにバットはいよいよ頭を抱えた。
なんの意図があったのか知らないが、好き放題改造したものである。
一体元はどんな船だったかわからないが、これはいずれ徹底的な手直しが必要になりそうだ。
「荷下ろし、終わった」
そんなバット背後から、筋肉質の大男、エイトが背後からぬう、と現れた。
毎度のことながら無表情でこちらを見下ろす姿には思わず圧倒されてしまう。
「ありがとうございます。また仕事取ってきますから、休んでいてください」
「了解、休憩する」
バットの指示に、素直に返事をするとまたのしのしと立ち去るエイト。
この熊のような風格の操舵主は愚直なほど素直だが、言葉少なめで自己主張をしない。
バットはこの操舵主に関して、彼の意志というものを見た記憶がなかった。
荷物持ちで呼び出せば買い出しに船から出ることはあるが、基本船から離れようとはしない。どうやら仕事は好きらしいが、あまりに素直なのもどこか不気味に感じるものである。
休むって、何するんだろう?
社員の中で一番つかみどころのわからない社員を見送りながら、バットはふとそんな事を思った。
こう考えると、社長として社員を理解できているのか不安になってくる。
そんな事を考えていると、今度はバットの腕時計型通信端末が音を立てて、振動を始めた。
それにバットがスイッチを入れると、端末に郭の顔が映し出される。
『社長、港湾局から呼び出しがかかっています。保険の書類に不備があると。』
いつもどおりの淡々とした口調での彼女の報告は、バットにとってさらなる精神的な負荷となった。
「え?書類は郭さんが作成してくれたんじゃ?」
「ええ、精巧に偽装したはずですが……我々が航海している間、何かありましたかしら。」
「偽造してたの!?」
そのまま淡々と、だが聞き捨てならない事を言う経理担当にバットはさすがに聞き返した。
それに郭は、やはり顔色一つ変えずそれに答えた。
「ええ、だって。本当の事書いたら、保険なんて通りませんわよ?」
まるでこっちが間違っているかのように返答を返す郭。
この人はこの人で得体が知れない。
バットはそれに、何と言い返していいのか判らなかった。
「港が使えなくなるってどういうことですか!?」
長らく待たされた後、港湾局の受付に現れたのはいつもの老人ではなく、どこか融通の利かなさそうな人物だった。
そして、バットはその担当者の通告に愕然となっていた。
「入港するには船舶保険の加入が必須という事は知っているでしょう?整備不良、船歴査証、こんな状態では保険は降りないと保険会社から通告がありました。これではこちらも許可が出せませんよ。」
「そんな!今まではずっとこれでOKだったじゃないですか!いつもの方は……張さんはどうしたんですか?」
「張は先日定年で退官しました。新しい担当は私です。」
なるほど、今までなぁなぁで済ませていたことが通らなくなったらしい。
自分が見るからに若輩者に見えるのもあるのだろう、さながら子供に言い聞かせるような口調で説明する担当者にバットは天を仰ぐ。
担当者はさらに呆れたような顔で、手元の書類をこちらにつき返してきた。
「私もこの書類を見て驚きましたよ。どんなに長いことこの仕事やってるか知りませんが、偽造書類も悪質だし、脱税の疑いもある、星間戦争のゴタゴタの名残と言っても、限度がありますよ……そもそもこの「ジュピター13」って船。一体何年前の建造なんですか?」
一体親父は何をやっていたんだ。
長年仕事をやって来た事による悪い部分が一気に噴き出したような話に、バットは一言も反論できなかった。
船の船歴に至ってはこっちが聞きたいくらいである。
「とにかく!この状況をまずは改善しなければ、こちらから入出港の許可は出せません。早急に保険が降りるよう、ドック入りでもさせてください。」
言いながら、通告が終わったので、書類を持って帰るようゼスチャーで示す担当者。
それにバットは、奈落の底に突き落とされたような思いでカウンターに身を乗り出していた。
「そんな!ドック入りにも金がかかるし……それまでは仕事受けられないし……そうなったらウチはどうなるんですか!給料は?税金は?」
だが、担当者はただ首を横に振るだけだった。
彼は、
「ここは経営相談する場所じゃありませんよ。」
とだけ、言いバットを無視して次の人を呼び出す。
バットは次の人間に押し出されて、一人カウンターの前で途方に暮れた。
どうする?
何しろ原因がどう考えても自分の方にあるので抗議のしようもない。
船長の自分が知りませんでしたというのもそれはそれはで許されないことだ。
これが長い歴史を持つ会社を引き継いだデメリットか。
自分は借金も、会社の抱える問題も相続したというわけである。
バットは小さいながらも、問題だらけの状況を思い、胃が締め付けられる思いがした。
「……もう、さらに借金するしかないなぁ。いくらかかるかわからないけど、借りられるのかな?」
この歳で、こんな思いをする事になるとは、会社を継いだ時は思いもしなかったな。
そんな事をつぶやきながら、頭を掻きむしり、船に戻ろうとするバット。
だが、振り向くと、そこには褐色の肌の丸々と太った男が立ちふさがる。
男は、こちらの顔を覗き込み、すがるような眼でこちらに尋ねて来た。
「なぁ、今聞こえたんだが、あんた「ジュピター13」の船員か?」
身なりは怪しいが、どう見ても自分よりベテランの宇宙船乗りであるらしいその男は、「タカトビ丸」の船長タイロンと名乗った。
頼みたい仕事がある。
そう、話を切り出され、バットはひとまず話を聞くことにした。
それは、気を紛らわしたかったのもあるが、一体自分の会社が他からどう見られているか、気になっての事でもあった。




