第360話:進化の一歩手前
バルトラ島に戻ったわたしと十萌さんは、二人で海岸線を歩いていた。
足元を見ると、やたらと色鮮やかで立体感のあるカニ達が、波打ち際を駆け回っている。
「”Sally Lightfoot”――。ガラパゴス全土に生息する名物蟹よ」
「なんだか、タチコマっぽいですね」
自然と『攻殻機動隊』のAI思考戦車の名前が口にでる。
思えば、わたし達とカイとの腐れ縁も、そこから始まったようなものだ。
もし、カイが、星の部屋でタチコマのフィギュアを見つけていなかったら、わたし達を取り巻く全ての物語は、全く違ったものになっていただろう。
「なんか……やたらと敏捷なんですね」
波や小石の間を縫うように、前・後・横・斜めの四方向を高速で動き周り、垂直の岩さえもを苦も無く登っていく。
「ええ。カニの中ではトップクラスの身体能力よ。作家のジョン・スタインベックも『捕食者の心を読む』生物と表現してたくらいだから。これも、生存のための進化の一形態でしょうね」
――生存のための進化……か。
わたしは、無人島でのカイの言葉を思い出す。
「”人類の進化”を人為的に引き起こす。火と氷の時代を生き延びるために」
その言葉を聞くまでは、わたしにとっての「進化」とは、あくまでも長い歴史の結果だった。
いや、大概の人にとってはそのはずだ。
他愛のない”小学生の夢”でさえ、「宇宙に行く」と文集に書く子はいても、「人類を進化させる」なんて書いている子に会ったことはない。
けれど、もし「自然進化」が起こるまでの時間が、人類に残されていないとしたら――。
「残念ながら未来予測は変わってはいないわ。今後10年以内に、本格氷河期が地球全土に到来する可能性は、むしろ上昇している」
「でも何で、今までなんで氷河期到来を予測できなかったんでしょうか?つい数年前までは、”地球温暖化”だって騒いでいたのに」
「当時は量子コンピューターが実用化されていなかったらね。ソフトウェアとしてAIもね。この二つがかけ合わさると、演算能力は、従来型スパコンの優に数万倍を超えるから」
たしかにまだ小学生だった10年前は、カスタマイズAIが親友のようにずっと傍にいて、何でも教えてくれるような未来が来るなんて、想像もしていなかった。
「ただそれでも、人間の脳の仕組みはまだまだ解明しきれていないの。だから、リンちゃんの協力が必要なの。脳波を操る――”進化の一歩手前”にいる、貴重な存在としてね」




