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第五話 『一対一と多数向け』

「佐藤裕子というのは……、なんだ、お前の友達か?」

「なにお父さん、もしかして私のケータイ覗いたんじゃないでしょうね?」

「いや、そういう訳ではないよ。ただ、ちょっと気になったというか、」

「だったらなんでケータイアドレスの名前を知ってんのよ、おかしいじゃん。」

「偶然だ、こないだ携帯が鳴っていたのでチラっと見えただけだ、ディスプレイ表示になっていた。」

「……」

 娘は私を睨み、会話を放棄して二階へ上がってしまった。

 私は焦ってしまったのかも知れない、今のアプローチは拙かった。


 私の言葉は私の頭の中にある考えを文章化して紡ぎ出される。他人が話す言葉も同じにその人間の思考が文章化されて言語となり、言葉となって出ていくのである。そして双方で会話を通し、この言語内に含まれる情報の摺り合わせが行われ、相互理解へ向けての努力――すなわち、意思確認が進められる、これが人間のコミュニケーション手法の基礎だろう。

 私は一部の情報を隠して娘との意思の疎通を図りたかったわけだが、娘が同様に知りたかった情報はまさに私が隠そうとしていた部分、そこでお互いの齟齬が起きてしまったというところだ。


 会話、あるいは手紙、現代ならばメールのやり取りというものはすべからく『一対一』の伝達手法である。そこには、双方の事前の了解が大きく関与する。私は娘の、すでに知りえている情報は省略して要点だけを問いただし、娘は私の、すでに知りえている情報を省略することで、会話を簡素かつスムーズにしている。

 それはコミュニティの形成である。共通項が大きいほど、他者を阻害し、構成員同士の繋がりを強化し、この間の情報伝達を容易にするのだ。「お約束」の数が多くなるほど、そのコミュニティはガラパゴス化していくとも言える。

 私と娘の間の緊張は、我が家庭、すなわち強固かつ緊密なコミュニティゆえに、他者には理解が難しいはずなのだ。


 私が隠そうとした情報を、娘はすでに知りえている私の数多くの思考パターンから導き出す事は容易いのであり、私がまた、娘がそうして私の思考を推察することが可能であるということを理解している。ここに成立する相互補助の関係によって、私と娘の会話は、他者には断片的であっても、私と娘にとっては十二分に予測可能な領域での会話となるのである。


 ……それにつけても、忌々しきは『佐藤裕子』。

 妻は非協力的だ。ただ立ち尽くす私を眺め、モナリザの謎めいた微笑を浮かべるのみ、か。


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