:(SO)西の鎌鼬と花嫁修業
前日談
「……いた…っ!」
煉影は針で刺した指を舐める。
「大丈夫か…? くぁ……」
宮路は欠伸をしながら、煉影に言う。
「どれどれ、出来は…?」
「わぁ! み、見ちゃ駄目だよ、ミヤちゃん!!」
縫っていた物を隠す。それはギドのヘアバンドだった。
「んだよ、教えてやってんだから、見せてくれたっていいじゃねぇか」
「ダーメ! 恥ずかしいの!!」
「俺だって神風にブラフ張ってここに来てんだからよ。…どうせあれだろ? 『主人大好き』とかそういうの縫ってんだろ?」
「な、なんで解るの!?」
「…別にいいじゃねぇか。好きなら好きで、素直に言やぁよ」
「み、ミヤちゃんに言われたくないよ!」
「あいつはまだ試験中だよ」
宮路は頬杖をついて、試し縫いの布で、手際よく刺繍の手順を見せる。
「…ミヤちゃん、見掛けと性格と態度と口調によらず、そういうの得意なんだね…」
「なんか今、褒められたのか貶されたのか解んねぇんだけど……」
溜め息をつきながら、宮路は続けた。
「軍にいたのもあるが、兄貴は専ら裁縫は駄目でな。その上貧乏だから、いらねぇ布で雑巾とか縫ったりしてギリッギリの生活。兄貴はその度、仕事探しに行ってたからな。おかげで騎士団、傭兵、帝国軍と職を転々。今に至る訳だよ」
「錯夜さん、すごいね……」
「なんやかんやで、な…」
試し縫いの布を放る。
「…随分前にゃ、俺にも弟がいたんだが……。今じゃその行方も知れずだからな。そんなんどうでもいいか。ま、ギドが好きなら好きでいいんじゃね? 別に妖怪と人間、結ばれちゃいけねぇなんていう法律はねぇんだし……」
「……………」
「ミヤちゃんも冥利と結ばれ……」
「だーから試験中だっつの。俺はいいから、さっさと縫えよ」
「あのバーテンさんの事も気になるの?」
宮路は記憶を辿る。
「…あぁ、神風か……。神風はなぁ…」
手元にあった菓子を摘まみ、考える。
「……うーん。神風はなぁ…。あいつは俺の部下ってだけで…。でも……」
『神風。おい、待てって……』
『隊長、大人しくして下さい…』
宮路は澪におぶられていた。というのも、風邪を引いてしまい、部屋に運ばれている途中だ。
部屋に着くと、澪は宮路の軍服のボタンを外し、サスペンダーをとる。
『ばっか! 自分でやる! 猥褻罪で上に訴えるぞ!』
大声を出してしまい、枕に力なく頭を落とす。
軽くはだけた軍服からは、潰しきれない僅かな胸の膨らみがある。澪は一言詫びると、タオルで汗を拭き取ってやり、ネクタイだけ緩める。
『ん……』
『隊長…?』
『お前の手、すっげぇ気持ちいい……』
僅かであったが、触れた澪の手は、今自分が体感を求める温度そのものだった。
首に持っていくと、澪の指先がピクリと反応する。
『…た、隊長……』
戸惑っている彼の事などお構いなしに、まだ軽く汗を浮かべる額や、顎の骨の薄い皮膚に当ててみたりと、澪の手を握る。
『…お前もとんだ冷え性だなぁ……。こりゃ快適でいいねぇ…って……』
澪の方を見ると、澪は目を細めて宮路を見ていた。
『…悪ぃ……。嫌だったか…?』
ギシッとベッドが鳴る。澪が覆い被さって、宮路の視界を支配した。
『…神風……?』
『隊長…俺……』
頬が少し赤くなったと思うと、澪の顔が近くにあり、宮路も一瞬硬直する。
『かみ、か、ぜ……』
『隊長……』
宮路の唇に吐息がかかり、一瞬息苦しくなり口を開く。
『神風副官! こちらにいらっしゃいますか!?』
『『……!!?』』
『神風副官! いらっしゃいますか!?』
『あ、あぁ! いる! 用件はなんだ!』
『五十里元帥がお呼びです。至急来るようにと、ご伝言を預かって参った次第であります!』
ドア越しの部下からの突然の訪問。澪はすぐに宮路から離れると、口元を覆い、出ていった。
『…………』
「…………」
「ミヤちゃん、その真っ赤っかの顔は、まんざらでもないんだね……?」
「…な……っ!?」
いつの間にか現実に引き戻されていた。煉影は刺繍をしながらニヤニヤと笑っている。
「べ、別に俺は……!」
「いいよいいよぉ。ミヤちゃんも女の子だもんね。確かにあのバーテンさんカッコいいし。あのバーテン服で狙撃する時とか、素敵だったもん」
宮路は目をそらす。
「でーも、うちの冥利の方がカッコいいもんね! ミヤちゃんもそう思うでしょ?」
「まーだまだだよ。あんの青二才は」
頬を赤らめ、バラけたマチ針などを裁縫箱に入れる。
「神風は……。神風副官はいい奴だよ。すごく、すごくいい奴だ…。冥利にどっか似てるなって時がある。……だから、まぁ。冥利はまだまだ、だ…」
宮路は思い出し笑いをする。
「神風に似ちゃ、まだまだ青い……」
「お嬢様は、赤く熟してくれる事を祈るよ……」
「出来たぁ!」
「やっと出来たか。善きかな善きかな」
「ありがとミヤちゃん! 助かったよ!」
煉影はヘアバンドを抱き締めて、余程の出来の良さに小さく歓喜の声を上げる。
「…んじゃ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。神風に見つかるとヤバイからな。お前も早く戻れよ」
「うん! 本当にありがと! おやすみ!」
「くぁ…ぁ……」
欠伸をしながら手を振って出ていった。
「…ふぅ……」
澪は寝ていた。宮路はのそのそと布団に入った。が、宮路はすぐに舌打ちをする。
「……くそっ。寝てるフリなんて、タチ悪ぃぞ…」
「…隊長こそ、大人しく寝ていて下さい」
一つ間を置く。
「兎に角、無事でよかった……」
「お前のお陰だよ…。あ…」
宮路は思い出したように声を出す。
「なぁ、神風。俺が軍にまだいた時、風邪引いただろ? あの時お前……」
−−−『錬成書』!!
「…わ、ぁ……?」
宮路の額に瞬時に手を翳し、能力を発動させる。そのせいか、宮路はすぐに眠りに落ちた。
「…………」
「…………」
「すみません、隊長……。答えはまた、明日に…」
「主人……」
ヘアバンドを見つめ、寝ているギドを尻目に見る。
「大好き、ですからね。…本当ですからね………?」
End...




