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:西の偽善者と光明戦線説9

ピチャ……ッ。

「楽しかったよ、あんちゃん……」

アギトは自ら黒い煙を放つと、闇に消えた。




「冗談、でっしょ〜? 飛鳥樹君。君が異能力保持者(スキルホルダー)なんてさ…」

澪は石ころを拾うと、電流を流し、石ころはタイルになった。

「冗談に見えますか?」

「ノーノーですな」

もはや笑えない。シエラは無理矢理笑う。

「でもさお姉さん。お姉さんに至ってはどういうことなの? 『紅夜の使徒』だからって、なんで脳内出血を押さえられるの?」

「『紅夜の使徒』は、血や細胞の働きをコントロール出来る。造血に増血、細胞を増やせば修復は高速度で可能ってわけ。…悪ぃな。都合がとんでもなくいい種族で」

「まったくだよ、宇宙人……」

「殺りがいがねぇよ、人間……」

宮路はにやりと笑う。『紅夜の使徒』らしい、血に塗れた笑顔で。すると、シエラが押さえていた目から手を離し、エメラルドと相成す赤を晒した。そしてついに、シエラは笑顔を消して睨み、叫んだ。

「ああぁあ! もう! ウザったいなぁ!! 自棄だよもぉ!! 『月影大団円(シャドーウォー)』!!」

力をみなぎらせるシエラの全身から、黒い帯状の影が暴れ、人の形を成し、武器を構える。まるで兵士。その数は百に近い。

「………!!?」

「お姉さん、飛鳥樹君! 君らは半殺しにして上司に差し出すよ!! 殺れ! ソルジャー!!」

命令に、影は武器を振りかざした。

剣を降り下ろせば、爆弾が飛んでくる。弾丸が飛び交い、詠唱を唱え終えた者の術攻がやってくる。

かわしたと思えば、攻撃をされ、反撃する暇もない。

しかし宮路は、目を真っ赤にし、それを楽しんだ。

「いいねいいねいいねぇ!! そうこなくっちゃ、なぁ!!!」

宮路は背後に、無数の銃を背負うように出現させた。

「隊長!?」

澪も応戦しつつ驚く。

「『自己乱罰(ザイ)』!! フル可動させてやんよ!!」

前傾姿勢を取ると、発砲する。相手は影であるから、形が歪む程度だが、それでも再生するまでは時間を稼げる。

「神風!」

「はい……!!」

澪は地面に両手を付くと、能力(スキル)を発動させる。それを示す電流は、影の兵士の三分の一までに広がる。まだ再生しきれていない。澪はその隙を狙う。

「影から生成するものは……影!! 『錬成書(メタルログ)』!!」

電流を纏った影は、月明かりに照された建物の影に吸収される。三分の一減っただけでも、大分違う。シエラは息を呑んだ。

「………!!?」

「乱・(ガンコート)!!」

止まるところを知らない。夥しい弾幕が影の兵士を襲う。影は形を歪めるどころか、原形さえも止められない。

黒い幕の向こうが一瞬にして開けると、今度はシエラを弾幕が襲う。

成す術のないシエラは、黙って受けるように歯を食い縛る。

が、それはあっさり弾かれた。

「……!!?」

驚いたのは宮路と澪だ。

弾幕を突如打ち破ったもの、それは、地面から生える、巨大な壁。

宮路は後ろに気配を感じると、すぐさま発砲する。

気配は宙を舞った。月明かりの逆光から、犬のように見える。壁が消えるのと同時に、シエラの降り立つと、鼻を鳴らした。

「んだあのワン公。飼い犬か…?」

「しかし、今のあの動き……」

普通の犬とは考えづらい。

シエラはその場に、ペタンと座り込んだ。

「クゥ……?」

「ありがと。助かったよ……」

犬は頭を撫でられる。

しかし緩んだと思った空気を、その犬が一転させた。

犬は黒い煙を放つ。自身を包み込み、数秒で晴れると、そこには、犬ではなく、シエラと同じロングコートをだらしなく着た青年がいた。

「…おたくの影でも駄目か?」

「必勝法を、向こうがいくつか持ってたせいで……」

「気の毒だったね……」

棒読みだ。

「おい、てめぇ。何モンだ」

宮路がその青年に問うと、青年はすぐに答えてくれた。

「俺は、アギト・ニナ。このバカの仲間だよ。さっきまでヘアバンのパツキンあんちゃんとイチャイチャしてました。よろしくどーぞ」

「ヘアバンのパツキン……? まさか…!!」

「おたくの、そのまさかは合ってると思うよ…?」

微笑を浮かべるアギト。

宮路は思わず後ろを振り返る。

アギトは力なくしたシエラの頭を撫でると、赤く光る目を隠すように前髪を下ろす。

「お疲れさん。あとは俺に任せな」

「あ、アギト……。ごめん」

シエラの頬に軽く唇を落とす。

「お礼は、それなりに、ね……?」

コートを頭の上に被せた。

澪が問う。

「あの……。貴方の目も、彼の片目も赤いですが、隊長と同族なのですか…?」

「違うよ。俺のこれは生まれつき。『紅夜の使徒』とは濃淡が異なるし、若干褪せてる。…で、シエラのは呪い」

「呪い…?」

アギトは自分の前髪を掻き上げた。

「なんで、皆『赤』を嫌うのかねぇ。俺もシエラも、『咒継ぎの子』なんて言われてさ。酷い仕打ちを受けたモンさ。おたくら異能力保持者(スキルホルダー)はじめ、妖も、挙って俺らを貶していた。……『咒継ぎの子』にしたのは、おたくらなのに」

「え……」

アギトは続けた。

「俺はもれなく異能力保持者(スキルホルダー)なんだけどさ? これは、おたくら、帝国政府の人間の勝手な都合で植え付けられたの。で、シエラはシャーマン一族でさ。こいつは影使いの体質(サイン)を受け継いだ証として、目が赤く色付いただけ。目に限定されたわけじゃないらしいから。……俺は正直、妖なんてどうでもいい。けど、おたくら政府の人間に下克上が出来るってんなら、そっち側の妖は犠牲になってもらうだけなんでね」

たん、と爪先でタイルを叩くと、タイルが浮遊する。

「反逆……。俺はこいつみたいに、温くないよ……」

振り返っていた宮路が、アギトを見直す。その表情は、

無。

「……隊長?」

「…悪いがな、赤髪の兄ちゃん。あんたの相手は俺と神風じゃねぇよ」

「……?」

宮路が召喚していた銃を消した。

「……躾の悪い、異形だよ」



舞乱(マイミダレ)!!」

「不動明王火界呪・軍勝秘呪!!」



炎を取り巻く、風。それに纏う無数の刃。それが宮路の後ろに広がる闇を照らし、アギトに襲い掛かる。

アギトは浮遊させていたタイルを全て前に持ってくると、その火柱を食い止めた。

「なに、いきなり……」

目を開けると、目の前には新しい人影があった。

否、獣の影。

「おかえり」

「すみません、お嬢様。勝手ながら解放(リベレイション)してしまって」

「いい、気にすんな」

「雪女に気を取られちゃって! ごめんね、ミヤちゃん!」

獣は人に姿を戻した。

「帝国の犬の犬、ね……」

冥利と煉影。

アギトは溜め息をついた。

「あ、れ……? ミヤちゃん、ご主人は?」

煉影が辺りを見渡した。

「俺より、目の前の赤髪の兄ちゃんの方が詳しいと思うぜ…?」

煉影は宮路の言われた方を見た。目の前の赤髪の青年、アギトは、すかした顔をした。

「……まさか」

アギトは無表情で、親指を首を切ってみせた。

煉影は目を見開き、驚いた。

冥利が動きを止めた煉影に気にかけ、その手を見ると、鎌が既に握られていた。

その一瞬をつき、煉影はそのままアギトに突っ込んだ。

「姉上!!」

「ご主人思いだねぇ。おっじょうちゃん」

出現した壁に刃を跳ね返されるが、煉影は怯まない。しかし、刃はアギトに届かない。

「アギト、倒したの…?」

「…正式には、俺の方が運がよかっただけ。相手は、いい人だったよ」

「とても…?」

「あぁ、初めて会ったよ。あんな偽善者」

再び刃を弾き返す。

「姉上! 落ち着いて下さい!!」

冥利がそう言うも、煉影の耳には届かない。

「お嬢様!」

何も言わず、ただ見つめるだけの宮路。

「隊長……」

「慌てんな」

「しかし、仲間が、その……」

「鈍ったな神風。大丈夫だよ。俺の同僚は、自分のヘマで死ぬ奴はいない」

月明かりが遮られる。

「少なくとも、偽善で術中に嵌め込むのが、あいつの戦法だ」

煉影が突っ込もうとすると、弾丸がアギトと煉影の間に撃ち込まれた。

アギトはその弾丸に見覚えがあった。

空に向かって伸びる、細長いチェーン。それを辿ると、屋根の上に人影が見られた。

「………!!?」

「おっせーぞぉ」

宮路が怠そうにそう言うと、人影はチェーンを解いた。

「くる途中で美脚のお嬢ちゃんに会って。少し相手しながらここに来たからっと…!」

人影が降りてきた。するとそれを追いかけるように、新手が追いかける。

「待ちなさい!!」

地面に着地したその人を見て、煉影の戦意は冷めた。

「……ご主人…」

ギド・ア・ティーズ。その人だった。

「よ、ただい、まっ!!?」

殴られた。ギドは後ろに吹っ飛ばされる。皆驚くなかで、宮路は表情を変えない。

「何が『よ』ですか!! こっちは本気で心配したんですよ!! 私は!! わ、たし、は…! ご主人、が……死んだ…って…」

泣いてしまった。

ギドは身体を起こすと、おそるおそる、煉影の頭を撫でた。しかし一撫で、二秒。それでも親指で涙を拭った。

「ごめんな。…あと、ありがとう……」

「…………」

「ゆ、諭吉で許してくれる?」

「いいえ。許しません」

ギドは、「うっ」と息を飲んだ。煉影は袖で涙を拭くと、きっと睨む。

「抱き締めて、撫で撫でしてくれないと許しません! 私がいいって言うまで!!」

断れない目だ。ギドは手を上げた。

「努力は、するよ…」

「はい!!」

ようやく笑ってくれた。ギドはひとまず安心する。

「雪代、なんかされたの…?」

「シーちゃん聞いてよ! あのパツキン、私の足を何度も舐めるように見てくるのよ!! しんっじらんない!!」

「お姉さん、今度会った時、舐めてもいい……?」

「餌にするわよ即!!」

二匹の白銀狼が唸る。

「雪代、あとで俺も……」

「餌ぁ!!!」

噛みつこうとする二匹の狼を、石縄で拘束した。

「あんちゃん、生きてたんだ」

「お陰様で」

「どういう仕組み?」

「……俺は不老不死なんだよ。こんなんでも、フェニックスのお零れだから」

「…へぇ。あんちゃんも異形なんだ」

「俺も利用されたんだよ。帝国に……」

アギトは会話のリズムを乱す。

「帝国に利用されてなお、帝国の犬に成り下がるのか……」

「楽しいよ? 俺は吹っ切れたんだ。……大人だから…」

「…いっやみー……」

アギトはそう言いながら、石を杭に生成した。

「決着といこうか……」

「オールスタッフになれたからな。いいぜ、来な!」


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