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第1話 偽りの幸せ

―― 西暦二〇八〇年 ――


 いつの日か、VR技術が向上して空想の世界に入り込む事が出来るようになり、そこではどうあがいても人生では成しえないであろうと思う事が出来るようになる時代が来ると言われてきた。

 それが訪れた今、人々は老若男女問わずゲームの世界に夢中になった。現実世界ではAIに夢中になった企業が資本主義の権化のようにそれを酷使し続け、人々もそれを受け入れていった。


 しかし、それは人々を助けるはずの存在として作られたのに人のチャンスを奪う事も徐々に増えていった。

 もし、この世界から貨幣経済というものが無くなっていれば大いに人間を助けてくれていただろう。人間は自分のしたい事を自由にする事の出来る喜びに満ちた世界になったのかもしれない。


 だが、現実はそうはいかなかった。昔よりは大分、マシになったが労働の喜びは才能を見つけられた人間の特権である事に代わりは無かった。いくら技術が進歩しても人間の隠された才能はAIには見つけられない事が多いからである。

 人間というのはいつの時代も楽な方へと流れるもので、科学万能の時代になったんだからこれ以上の事は出来ないと言い訳して進歩するのを諦めた人間がいたのはもう二百年も前だが今はその対象が変わったに過ぎない。


 夢の世界にずっと居られればいいのに。それはある程度は実現できるようになった。進歩は諦めても夢の実現は諦めないというのは矛盾している事のように思えてある意味、生きる原動力になるのかもしれない。


―― 東京郊外の生物研究所 ――


 この物語の主人公である夏喜は東京の郊外にある生物研究所で授業の一環である社会奉仕として業務を手伝っていた。

 日本の人口は減り続け、それに伴い増え続けていた住宅も環境のためにとひたすら取り壊しが進められ郊外の住宅地はすっかり荒野となった。


 その中にある企業が生物研究所と薬品の研究所を建てたのだがどうにも建てた目的がきな臭い。

 洗脳して都合の良い働き蟻にでもしようというのか、この企業の作った薬を飲んだ者は精魂尽き果て、疲れ果てたような様子であっても飲んで二日もすれば見違えるように元気になる。製品のパッケージは栄養剤にしか見えないというのにである。


 祖父の生まれたばかりの頃は栄養ドリンクを飲んで寝ずに働けますかというとんでもない事を言う宣伝をしていた会社もあったそうだがこの栄養剤も似たようなものではないかと思う。

 夏喜はそんな研究所の闇を暴いてやろうと勇んでいる少年である。十七歳の学生であるが神秘的なものが好きというか、オカルティックなものが好きというかそういう少年である。


 祖父が生きた時代から今はかなり変わっており周辺諸国からの圧力だけではなくそれに影響され、自分たちが何をしているのか理解しているか怪しい連中が自分たちの思うように活動している者。所謂、活動家が増えたのである。

 彼らはそれぞれに主義主張はあれど世の真理には興味が無いようで目先の事しか見えていない。どれだけ技術が発展しようと人間の進歩は中々、進まないらしい。


 そんな活動家の中にはテロリストやレジスタンスという者も含まれるが、そういう活動家にとって生物と薬品の研究というのは少し強い言葉を投げかけるだけで十分な注目を浴びる事が出来る。

 そういう事だから、今日もこの研究所の所長は外敵から身を隠しながら移動するので裏口から車に乗り込んでいた。裏口の扉を開けた夏喜は所長に尋ねた。


「お疲れ様です、所長。今のところ周囲には……」


 夏喜が周囲の安全を確かめた事を所長に報告しようとしたその時、ヒュウという甲高い音が聞こえ、砲弾が降ってきた。

 とっさにボディーガードが所長に被さった。立ち上がるとすぐに扉の中に引き込んだ。中に入るとボディーガードは夏喜に悪態をついた。


「何が安全だ! もう少しで俺たちごとクレーターになってたじゃねえか!」

「だったら、軍用のレーダーとか付けたらいいじゃないか。それにテロリストに狙われやすい研究所とか、普通は国営だろ?」


 これに所長は答えた。


「この国にはそんな事をする気の利いた政治家はもう居ない。それにテロリストの行動は常に把握出来ているというAIに対して絶対的な信頼を持つ官僚は砲弾を撃たれたところで絶対に当てられる事は無いと言うだろうからな」

「世の中には絶対というものは無いのでは? いくらテロリストが違法で粗悪な野砲を適当に撃つ事が無いにしても、いくら衛星でリアルタイムに監視出来ているにしても気が狂えば当てられる事もあるでしょう」


「そういう事が無いようにするために、このような研究所があるんだ。怪しい奴らは特に監視の目が光る。誰もが罪を犯さないか常に監視されている。そういう時代になったんだ。若いのに何を年寄りみたいな事を言ってるんだ?」


 機械の精度も品質も向上し、信頼性も上がった。世の人はAIに聞けば何でも解決するし、どうすれば将来に渡ってお金の心配が無くなるかを尋ね続ける事でとりあえずの安心は得られるようになった。

 なら、どうして世の中にこんなに不平不満があるのだろうか。どうしてテロリストというものが未だに存在するのか。


 これは主人公の夏喜とその周囲の人々が世の秘密に迫る物語である。

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