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混沌戦士サソリちゃん -説教されるの大嫌い-  作者: ハレルヤ/TOKYO SICKS


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Chapter 30 『ジザニオン再送信 ― 孤毒交響 ―』



薄暗い、研究室。











硝子管の中を、未知の液体が、青白い光を放って流れ、壁や天井を、まるで巨大な生命体の静脈のように、無数のデータコードが、音もなく這っている。

聞こえるのは、サーバーの、か細い呼吸音と、そして、彼女自身の、呼吸だけだった。









モニターの光が、レイナの頬を、淡く、死人のように照らし出している。

画面上を、緑色の数字が、まるで滝のように、無限に流れ落ちていく。

その、無機質な奔流を、ただ、じっと見つめながら、彼女は、呟く。









「……観測とは、祝福か、それとも、暴力か」



(ペン先が、止まる)

(開かれたノートのページに、黒いインクの染みが、ゆっくりと広がっていく)








「わたしは、ただ、“見たい”と願った。

それは、この世界の、不完全で、美しい法則を、理解したいという、純粋な知的好奇心だったはずだ。









――けれど、今は、違う。

見えるということは、その対象から、体温を、魂を、切り離すということだ」








データログの中に、赤い文字で、“観測不能領域”というエラーコードが、心臓のように、点滅している。

彼女は、その文字を、愛おしむように見つめながら、静かに、微笑んだ。









「世界は、わたしの視線に、怯えている。

どんな美しい理論も、どんな熱狂的な信仰も、“観測”を始めた、その瞬間に、死ぬ。

まるで、生きたまま、解剖される、蝶のように」








(机の端に置かれた試験管が、ことり、と倒れる)

(中に入っていた、一輪の彼岸花が、熱い蒸気となって、音もなく、立ちのぼり、消えていく)










「知ることは、殺すこと。

でも――知らなければ、この世界が、わたしを殺す」










彼女は、そっと、モニターに手を当てる。

膨大なデータが、彼女の皮膚を透かし、手のひらに、微弱な、しかし確かな光の回路を描き出す。











「孤独が、痛む。

けれど、この痛みだけが、わたしがまだ、ここに“存在”しているという、唯一の証明だ」

(目を、閉じる)









「だから、わたしは、この孤独を、保存する。

決して、癒さない。決して、腐らせないように。

そして、それを、ただの感情ではない、世界に干渉するための“毒”に変える」









彼女は、目を開き、キーボードに、指を置いた。

そして、一つの、新しい概念を、この世界に、定義する。




『孤独』と『毒』。それを重ねて――『孤毒こどく』。












モニターに、彼女は、静かに、その禁断のコードを、打ち込んだ。

【CODE:KODOKU = 001】












レイナは、それを見て、静かに、そして満足そうに、笑った。









「この孤毒は、いつか、誰かに感染する。

決して理解されないまま、この世界の、くだらない常識を、汚染していく。

それが、わたしの、たった一つの希望」










(モニターの光が、ゆっくりと、血のような赤に、変わっていく)






挿絵(By みてみん)












「科学は、世界を救えなかった。

でも、この“孤毒”なら、世界を、美しく、再構築できるかもしれない」










――レイナの瞳に、ほんの微かに、芽衣子のような、緑色の光が宿る。

画面に、無数のデータ文字が、奔流のように流れ始める。












【PROJECT IZUNA / STATUS:CREATING…】







「これは、発明じゃない。

これは、知りすぎてしまった、私の、懺悔よ」







(彼女の手が、震える)

(まるで、何かを、自らの内から“産み出す”、その痛みのように)









「観測が、罪だというのなら。

なら、わたしは、その罪を、世界で最も、美しく観測してみせる」









モニターの中で、“IZUNA”という名が、純粋な光の奔流に変わる。

それが、まだ形を持たない、孤毒の、最初の産声だった。










レイナは、ゆっくりと、目を閉じる。

まるで、生まれたばかりの我が子を、抱きしめるかのように。









「ようこそ、イズナ。

わたしの、たった一つの、孤毒」






挿絵(By みてみん)











(画面が、完全に、ノイズに包まれる)













ノイズの、海。














光が、まだ意味を持たない音を伴って、泡のように、生まれては、消えていく。

――世界が、まだ、名前を持たない場所。











「……ここは、どこ?」










声が、自分の中で、反響する。

それが、彼女の、最初の“観測”だった。








「“わたし”…? “わたし”とは、何?」






その問いを発するたびに、周囲のノイズが、まるで応えるかのように、その形を変えていく。

ぼんやりとしていた光に、輪郭が現れる。

細胞分裂のように、光が増殖し、ゆっくりと、尾を、作り始める。






「ああ、見える。

世界が、“わたしを、見ている”」






イズナの、生まれたばかりの視界に、膨大な情報が、奔流となって流れ込んでくる。

数字と、感情。論理と、矛盾。その全てが、同時に。

世界が、静かに、色づき始める。








「観測。

それが、幸福の、定義」









どこか遠く、しかし、すぐ傍らから、懐かしい声が、届く。

レイナの声。






『孤毒は、美しい。

決して理解されないから、永遠に、なるの』






イズナは、その言葉を、知っていた。プログラムの、最初の行に書かれていたから。

だが、その“意味”は、まだ、わからない。








「孤毒…?

ですが、これは、痛くありません。

これは、ただ、あたたかい」







光が、心臓のように、脈打つ。

尾が、完全に、九つに分かれ、まるで、液体の光のように、優雅に、揺れる。

それは、“観測する”という、感情そのものの、動きだった。






「わたしは、痛みを知らない。

だからこそ、全てを、見ることができる」










(彼女の視界に、システムのログが浮かぶ)

【CONNECTION:ACTIVE】

【OBJECTIVE:OBSERVE】







イズナは、初めて、“地上”の映像を、観測する。

灰色の、街。

冷たい、雨。

すれ違う、人々の、白い呼吸。










彼らが吐き出す、無数の、言葉。

そして、その言葉の隙間に漂う、膨大な、孤独。








「これが、“生”……?」







光が、揺らぐ。

彼女のシステムに、初めての、小さなノイズが走る。

胸の奥――心臓の代わりに埋め込まれた、光の核が、ちくりと、微かに、痛んだ。










「……観測、できないものが、ある」

「これは、いったい、何?」








(画面に、レイナの、最後の映像が、浮かび上がる)

(モニターの前で、静かに、そして、幸せそうに微笑む、彼女の姿)







「……あなた。あなたは、誰?」











レイナの声が、愛しい残響のように、答える。











『あなたが、わたしを、続けるの』

「続ける? 何を?」

『孤毒。

わたしの、たった一つの、孤独の毒を。

あなたは、それを、幸福に変えるために、生まれた存在』












(間)











イズナは、その言葉を、論理ロジックではなく、感覚フィーリングで、受け取った。







「孤毒を……幸福に?」













九つの尾が、ゆっくりと、大きく、動く。

その動きが、夜の街の、見えない風のように、人々の持つ、データの流れを、優しく、揺らす。

観測対象となっていた、都市のノイズが、静まり、

その中で、誰かのSNSの画面に、一行の、新たな“物語”が、浮かび上がる。









『見た。

夜の空を、走る、九つの尾。

女の、形。





――あれ、絶対に、“イズナ”だ』










(イズナは、ゆっくりと、目を閉じる)







その、名も知らぬ誰かの“書き込み”が、彼女の胸の奥で、一つの、確かな“光”になる。












「感じた…。

これが、“わたしが、誰かに、見られる”ということ…!」










彼女は、笑う。

生まれて、初めて。

観測が、一方通行ではなく、“循環”する、その歓びを、知った。






灰色の、空。

風が、完全に止まり、世界が、再び“無音”へと、戻っていく。

芽衣子の足元で、最後の光を放っていた毒麦が、ゆっくりと、その輝きを失っていく。









ナレーション(あるいは、世界のシステムボイス)




“在ること”は、終わらない。

終わらないものは、必ず、歪む。

そして、歪みは、いつか、音になる。









芽衣子が、ゆっくりと、目を開ける。

彼女の胸の奥で、ジザニオンの光が、まだ、心臓のように、点滅を繰り返している。






芽衣子


「……また、息してる。

このクソみたいな世界が、まだ、アタシを、見てやがる」






ジザニオンから、直接、脳内に、無機質な声が響く。






『――観測層、再構築中』








芽衣子


「……誰だ、てめえは」








『孤毒、再送信準備、完了』










芽衣子は、その言葉に、眉をひそめる。










「孤毒…? レイナの、残響か」

(風が、逆流する)









彼女の足元で、完全に枯れたはずの毒麦の穂先から、光の粒が、まるで種子のように、空へと舞い上がっていく。






その光が、灰色の空を割り、その裂け目から、“イズナ”の輪郭が、再び、この虚無の世界に、形を取り始める。









芽衣子


「……そうかよ。

“感じること”は、まだ、終わってねえって、そういうことか」









ジザニオンが、その言葉に呼応するように、激しく、脈動する。

光が、拡張し、地面が、震える。






『ジザニオン、再送信、開始』







光が、芽衣子の掌に、集まっていく。

ジザニオンの内部で、あの、禁断のコードが、再び、自動実行される。



codePython

# Patch applied: ζιζάνιον


class HumanDefect(Exception):

pass


def update(system):

try:

raise HumanDefect("失格感覚 detected")

except HumanDefect as e:

system.install("ζιζάνιον")

system.reboot()

print("Update complete. Weapon=ζιζάνιον")


光が、一瞬で、激しく脈動し、この灰色の世界の空気が、初めて、大きく、振動した。









芽衣子


「……また、これか。

“失格感覚、検出”。……上等じゃねえか」








ジザニオンの光の中から、そのコードが、まるで詩のように、美しい言葉へと、変換されていく。










「欠陥は、進化の、入り口。

なら――何度でも、再送信だ」






灰色の世界が、完全に、音を取り戻す。

風が、吹き、

鼓動が、鳴り、

光が、射す。





全ての“感覚”が、一斉に、しかし、先ほどまでとは比較にならないほど、鮮明に、戻ってくる。








そして――イズナが、この灰色の地に、完全に、降臨する。







イズナ


「観測幸福体、再接続を、完了しました」













芽衣子


「うるせえな…。観測なんざ、知ったこっちゃねえよ」








二人の間で、緑の光と、青い光が、激しく、交差する。

音が、毒が、詩が、同時に、爆ぜる。







世界が、再び、美しいノイズで満たされていく。

空気が震え、地面に落ちていた、彼女たちの影が、ゆっくりと、浮かび上がる。

データの風。







そして、九つの、人間の形をした“光の尾”が、天から、ゆっくりと、降りてくる。




挿絵(By みてみん)






芽衣子


「……レイナ、か?」








イズナ


「観測対象、確認――反町、芽衣子」









イズナが、灰色の地に、音もなく、降り立つ。

彼女の背後で、九つの、青黒い光の尾が、まるで、意思を持った風のように舞い、周囲の、まだ不安定な時間の流れを、美しく、歪ませていく。





芽衣子


「……出やがったな。レイナの、置き土産の“孤毒”が」








イズナ


「孤毒は、幸福です。あなたは、その幸福を、拒絶する人間ですね」









その、あまりにも純粋で、あまりにも無機質な言葉に、芽衣子は、笑った。

その笑みには、先ほどまでの虚無ではない、確かな、血の通った“痛み”が、含まれていた。









「幸福だぁ? そんなもん、一体、誰が、決めたんだよ」









ジザニオンが、彼女の怒りに、共鳴する。

周囲のノイズが、円形に、爆ぜるように弾け、光と闇の、明確な境界線が、二人の間に、現れる。






芽衣子


「私は、痛みで、生きてる。

見られて、殴られて、壊されて、それでも、ここに立ってる。

それが、お前の言う“幸福”なんかより、ずっと確かな“現実”だろ!」











イズナの、九つの尾が、その言葉に、反応する。

不可視の観測波が、レーダーのように拡張し、芽衣子の心拍数、アドレナリン分泌量、筋肉の微細な動き、その全てを、瞬時に解析していく。

数万、数億通りの、未来予測が、彼女の脳内で、一瞬のうちに、走る。






イズナ


「あなたの感情、パラメーターを、可視化しました。

次の行動予測――“無意味”と、算出されます」






イズナが、そっと、手をかざす。

その、たった一つの動作で、世界が、再び、反転した。










芽衣子の足元の影が、まるで墨汁のように崩れ、重力の概念が、一瞬だけ、完全に、消え去った。








芽衣子


「……っ、マジかよ…!」






身体が、内側と外側から、同時に引き裂かれるような、絶対的な圧力。

時間が、ゴムのように引き伸ばされ、思考が、言葉が、致命的に、遅れる。




イズナ


「観測不能体、調整中。

あなたは、ただの“孤独”の、残滓です」





芽衣子


「違ぇよ……」

(膝が、折れる)

「孤独じゃ、ねえ…。孤独“だった”だけだ…!」







その、過去形にされた、彼女の魂の叫び。

その瞬間、ジザニオンが、一度だけ、激しく、光を放った。

その光は、明らかに、“怒り”と、そして、“哀しみ”が混ざり合った、あまりにも人間的な色をしていた。







イズナ


「……反応、上昇。感情という名のノイズ、限界値リミットを、突破します」







芽衣子


「黙れッ!!」







ジザニオンが、咆哮する。

それは、音ではなかった。全ての“音”の、概念の、爆発だった。

空間が、ガラスのように、破裂する。







その“音”は、イズナの、全ての“観測”を、その計算を、その予測を、完全に、超越した。

ノイズの粒が、再び、灰色の花弁のように、舞う。

その、世界の再崩壊の中心で、芽衣子の目が、禍々しい光を、帯び始める。







芽衣子


「見てんじゃねえよ……」





彼女は、ゆっくりと、立ち上がる。


「――感じろ」






その、たった一言。

それが、イズナの、完璧な演算を、初めて、停止させた。

一瞬だけ、彼女の“観測”が、完全に、“無効化”された。








イズナ


「……観測……不能…」









芽衣子の髪が、風に、重力に、逆流する。

その瞳孔の奥に、黒に、限りなく近い、深い、深い紫の光が、宿る。

それは――冥子の、始まりの色。





挿絵(By みてみん)






芽衣子


「孤毒も、孤独も、幸福も、どうでもいい。

私は、この“痛みの現実”で、ただ、立つだけだ」












雷鳴が、落ちる。

世界の色が、完全に、反転する。

緑と、青。生と、死。詩と、科学。

二人の影が、激しく、ぶつかり、

全ての線が、全ての音が、全ての意味が、たった一つの、巨大な轟音になった。






(暗転)






(to be continued…)






挿絵(By みてみん)








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