十三日目:イカサマサイコロ賭博パーティ3
先発組が洞窟方面に消えると、タゴサクが美咲とミーヤに告げた。
「拙者は少し見回りをしてくるでござる。二人は先に昼食を取っておくでござるよ」
「分かりました。気をつけてくださいね」
タゴサクを見送った美咲とミーヤは手頃な岩や倒木に腰掛け、それぞれ持ち寄った食料を広げて昼食を取る。
御者は馬車で個別に食事を取るらしい。美咲とミーヤは馬車から少し離れた場所に座り、混ぜ物が多いパンを一つずつと、ピエラ一つを二人と一匹で分けて食べる。ピエラを一つ残したのは念のためだ。
果たしてペリ丸がパンを食べられるのか美咲は密かに心配だったが、問題なく食べてくれた。見た目はウサギでも、食べられるものは美咲の知るウサギと違いかなり幅広いようだ。
(……まあ、異世界だしね)
ペリ丸がもしゃもしゃとパンとピエラの欠片を平らげていくのを見て、美咲は考えるのを止めた。本当に食べてはいけない食べ物ならミーヤも止めるだろうし、ミーヤが気がつかなかったとしてもペリ丸自身が警戒するだろう。ペリ丸は今まで野生で生きていた魔物なのだから。
(っていうか、見た目は一部を除いて限りなくウサギに近いけど、あれでも魔物なんだよね。……魔物、かぁ)
さりげない事実に気付いた美咲は、魔物って何だろうという、根本的な疑問にぶち当たる。
(知りたいけど、誰に聞いてみるかが問題よね)
幼いミーヤよりも冒険者五人組の方が知っていそうだと美咲は思ったが、ミーヤとは違い冒険者五人組は美咲の事情を知らない。もし美咲が抱いた疑問がこの世界での常識だった場合、そんな常識すら知らない美咲は彼らの目に奇異な存在として映るだろう。
そこから引き起こされるであろう面倒事を嫌った美咲は、まず事情を知っているミーヤに尋ねてみることにした。
「ねえ、ミーヤちゃん。……魔物って、動物とどう違うの?」
尋ねられたミーヤは、パンを齧る手を止めて目を丸くしてきょとんとした顔で美咲を見上げた後、あ、と何かに気付いたかのように小さな声を上げた。
「そうだね。ミーヤでも知ってる常識だけど、異世界人のお姉ちゃんは知らないもんね。教えてあげる」
予想は間違っていなかったようで、美咲は胸を撫で下ろす。面倒事は回避するに越したことはない。
美咲を慮ってか、ミーヤは声を潜めて説明を始めた。
「動物と魔物の違いはね、魔力を自力で作り出せるかどうかにあるの。人間や魔族もそうだけど、動物は自分で魔力を作れない。だから魔族や人間は魔族語に宿る魔力を利用して魔法を使う。でも、魔物は体内で魔力を作り、それを体中で循環させて、魔核っていう一種の強化器官を作り出すの。だから、基本的に魔物は動物よりも強靭で、生命力が強いんだよ。魔物によっては、言葉に頼らずに魔法だって使う。魔核は魔物が死ぬと消えちゃうんだけど、魔核によって強化された身体は残るんだって」
すらすらとミーヤの口から流れ出た説明に、美咲は戸惑った。
常識だとミーヤは言っているが、何も知らない美咲にしてみれば、ミーヤは歳に似合わぬかなりの知識量を持っているように思える。
「驚いた。ミーヤちゃん、詳しいんだね」
素直に美咲が賞賛すると、ミーヤはくすぐったそうに笑った。
「パパが教えてくれたんだよ。大人なら誰でも知ってることだから、覚えておいて損はないって言ってた」
もう死んでいるであろうミーヤの両親に話が飛び火しそうになり、一瞬美咲はどきっとする。
けれど、ミーヤは別に興味があるようで、思い切ったように身を乗り出してきた。
「ミーヤからも、一つ質問していい?」
「いいよ。何?」
デリケートな話題に踏み込まずに済んだことに胸を撫で下ろしながらも、珍しいミーヤからの要望に、美咲は笑顔で続きを促す。
「お姉ちゃんが生まれた世界って、どんなところなの?」
しばらく美咲は沈黙した。ミーヤにとって両親の話題がそうであるように、美咲にとっては元の世界の話がそれに当たる。努めて考えないようにしていた元の世界の話をねだられ、繊細な領域に踏み込まれた美咲の顔が強張った。
美咲の表情の変化を見て取ったミーヤが、慌てて言った。
「ごめんなさい。ミーヤ、聞いちゃいけないこと聞いちゃったんだね」
しょぼんとしているミーヤに、美咲は頭を振る。
「ううん、いいよ。ミーヤちゃんは色々話してくれたのに、私だけ何も話さないのは筋が通らないから」
おそるおそる美咲を見上げるミーヤに、美咲は微笑んで己の故郷について語って聞かせた。
そのほとんどをミーヤは理解できなかったようだけれど、それでも美咲が帰りたいと思っていることだけは伝わったらしい。
「……魔王、倒せるといいね」
やがて、ミーヤはぽつりと呟いた。美咲にとっても、この世界の人間にとっても諸悪の根源である魔王。
「……そうだね。本当に、そう」
自分自身に打倒できるかなんて、今の美咲にだって自信が無い。
けれど、やらないわけにはいかないのだ。
■ □ ■
昼食を終えてしばらくして、タゴサクが見回りから戻ってきた。
ちなみに美咲は完食したが、ミーヤはパンを半分残した。どうやら小さなミーヤにはパンが大きすぎたらしい。
「ただいま戻ったでござる。魔物は影も形も見当たらず。至って平和でござるな」
「お帰りなさい。無事で何よりです」
美咲がタゴサクの労苦を労うと、タゴサクは破顔した。
「心遣い痛み入るでござる」
タゴサクは馬車ではなく、美咲たちの下へと近寄ってきた。
「さて、皆が帰ってくるまでのんびり昼食としゃれ込むでござる」
美咲とミーヤの下へやってきてどっかりと地面に座り、懐から笹の葉によく似た葉っぱの包みを取り出した。
包みが解かれると、中から三角形の黒い物体が顔を覗かせる。
思わず身を乗り出した美咲は、熱い視線でそれを凝視してしまった。
色こそ美咲が知るものと違うが、間違いなくそれは。
「お、おにぎりだ……!」
「ほう、美咲殿は拙者の故郷の食べ物を知っているでござるか!」
興味を引かれて美咲を見つめてくるタゴサクの手元の包みには、以前アリシャがやったように煮込んだのではなく、きちんと炊き上げられたのであろうプルーネで作られた三角おにぎりが三つ並んでいる。
傍にちょこんと添えられているのはもしや、沢庵だろうか。
(この人、本当に異世界人!? 名前といい、日本人にしか見えないんですけど!)
思わず抱いた疑問は幸か不幸か、すぐに晴れた。
「もしや、美咲どのはワノクニの出身でござらんか!? いやあ、こんなところで同郷の人間に出会えるとは感無量でござるなあ。国が魔族に滅ぼされ、このような場所にまで流れて十余年、もう見つけることも叶わぬと思っていたでござるが、こんなところで出会うとは奇縁でござる」
しみじみと語るタゴサクを他所に、美咲は頭を抱えたい衝動を必死に堪えた。
(ワノクニって何処の国よ!)
期待しただけに落胆も大きい。どうやらタゴサクは、この世界の人間で確定のようである。
「すみません。ワノクニがどういう国なのか、全然分からないです」
「そうでござるか……。まぁ、東の辺境にあった島国でござるからな。知らぬのも無理はないでござる。となると、拙者の早とちりであったか。申し訳ないでござる」
半ば出身地について突っ込まれることを覚悟して発言した美咲だったが、タゴサクは美咲を慮ってか美咲の素性に口を出さず、逆に謝罪までしてきた。
「いえ、こちらこそ、ぬか喜びさせてしまってごめんなさい」
謝られた美咲は、慌てて自分も頭を下げた。
(でも、ワノクニってどんな国なんだろう……。タゴサクさんの口ぶりからすると、もう滅んでそうだけど。アリシャさんなら知ってるかな)
おそらくタゴサクにとってはデリケートな話題だと思い、美咲は尋ねることをしなかったが、疑問と好奇心はむくむくと膨らみ美咲の中で収まることを知らない。今度機会があったらアリシャに聞いておこうと美咲は心に留めた。
そんな美咲の袖を、ミーヤが引っ張る。
「うん? どうしたの?」
気付いた美咲がミーヤに振り向くと、ミーヤが馬車を指差した。
「お姉ちゃん、いつの間にか御者の人が居なくなってる」
「えっ?」
吃驚した美咲は、慌てて馬車の方を見た。
確かに、御者席に座って食事をしていた御者の姿が今は見えない。
「嘘。まさか魔物にでも襲われた?」
最悪の想像をして美咲が顔を青褪めさせるが、タゴサクが首を傾げて否定する。
「それにしては妙でござる。普通、これだけ近くで襲われたのなら叫んで助けを求めるはずでござる。それらしき声や物音を聞いたでござるか?」
問いかけられた美咲は首を横に振った。
「いいえ。少なくとも私は聞いていません」
「拙者も同じでござる。叫ぶ間もなく殺された可能性も無くはないでござるが、それなら血臭の一つくらいしてもいいものでござる。が、それも無いでござるな」
行方もそうだが、突然姿を消した御者の動機が分からず、美咲は怪訝な表情を浮かべた。
「いったい、どういうことなんでしょう」
「分からぬ。分からぬが、これは皆を呼び戻した方がいいかもしれないでござる」
ミーヤが再び美咲の服の裾をくいくいと引っ張る。
「また? どうしたのよ」
「ペリ丸が何かに警戒してるみたいなの。様子が変だよ」
言われて見てみれば、先ほどまでは暢気にその辺りの草を食んでいたはずのペリ丸が木々の向こうを凝視している。忙しなく方々に向けられていた耳も洞窟がある方角に固定されて微動だにしない。
空気を裂く風切り音がした。
「……二人とも伏せるでござる!」
反射的に身を低くする美咲とミーヤの横で、立ち上がったタゴサクが刀を抜き、何かを切り払う。
真っ二つになって地面に落ちたそれは、美咲の目には矢にしか見えない。
しかもそれは、美咲の見間違いでなければ、タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレーの四人が探索しているはずの、洞窟がある方角から飛んできた。
そして、ベクラムは弓の名手だ。
「気でも違ったでござるか、ベクラム!」
同じ結論に至ったのだろう。
タゴサクが声に怒気を滲ませて森の奥の暗がりに声を投げかけた。




