十三日目:イカサマサイコロ賭博パーティ2
予定通り、お昼前には美咲とミーヤに加えてタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクたち冒険者五人組を乗せた馬車はゴブリンの洞窟手前の森に辿り着いた。
実際にゴブリンの洞窟に向かうには森に分け入ってもう少し歩かなければならないが、これ以上は道が細く馬車では入れない。
「よし。じゃあ森に入る前に詳しい割り振りを決めようか」
「えっ? 全員で進むんじゃないんですか?」
馬車を降りた五人組のうち、以前美咲を博打に誘ったタティマにそう言われ美咲は吃驚して聞き返す。
美咲の発言を聞いたミシェルがげらげらと大笑いした。
「おいおい、全員で行っちまったら、その間誰が馬車と御者を守るんだ。俺たちが無事でも馬車と御者に何かあったらラーダンに帰れなくなっちまうぞ。もうちっと頭を使え頭を」
「……確かに、そうですね」
馬鹿にするかのようなミシェルの物言いに美咲は少しカチンときたが、言っていることはもっともなので、怒りを押し隠して神妙に頷く。
記憶を探った美咲は、ふと思い出してミシェルに尋ねた。
「あれ? でも前回の討伐の時は、特に見張りは残しませんでしたよ?」
「ああ、なら、馬車に魔除けの魔法でもかかってたんだろ。魔除けが効いてりゃ魔物は寄ってこねぇからな。見張りの必要もねぇ」
ミシェルの返答を聞いた美咲は引き攣った顔になった。
その額に一筋汗が浮かぶ。
(……その魔法、もしかして私が無効化しちゃってたんじゃないの?)
何しろ、美咲は自分にかけられた魔法を無効化してしまう得意体質である。異世界人であるが故の異能だが、これはつまり、美咲が触れた魔法は問答無用で無効化されてしまうということでもある。
馬車に魔除けの魔法がかけられていたとしても、美咲が乗り込んだ時点で無意味になっていた可能性が高い。
そういえば、帰りはヴェリート側の出口から出たので、乗ってきた馬車の姿を目にしていない。
前回の馬車の安否が気になる美咲であった。
あの時はそれどころではなかったので馬車のことなど気にする余裕はなかったが、こうして見ると、ただ馬車に乗るというだけでも、美咲にとっては細心の注意を払わなければいけない行為である。
危険をなるべく回避するなら、美咲は護衛つきの馬車以外は乗るべきではないだろう。
(知らずに、アリシャさんにも凄く迷惑かけてたかも……)
アリシャの馬車に魔除けの魔法が掛けられていたかどうか美咲は知らないが、知らずに解除していたずらにアリシャを危険に晒していたらどうしようと美咲は恐れた。
もっとも、魔除けを含む結界系の魔法は基点となる場所があるので、美咲がそこを触れない限り無効化されることはないのだが、勿論美咲はそんなことは知らない。
それに、うっかり基点に触れてしまったら解除されることに代わりはないので、気をつけるに越したことはないのだ。
(今度アリシャさんに聞いておこう……)
美咲は忘れないように、心のメモ帳に書き込んでおいた。
詐欺師風の優男であるベグラムが言った。
「全員で七人だから、三人と四人に別れるべきかな。ふうむ。少なくとも一人は役得になるね、これは」
鼠顔のモットレーが腕を組み、分かった風にうんうんと頷く。
「これは席が取り合いになる予感がするでやんす」
長髪を結った浪人姿のタゴサクも、意味ありげな笑みを浮かべている。
「万全を期すならば五人で挑むべきでござるが、婦女子だけを残して行くのも忍びないでござるからなぁ」
他の四人に向けて、タティマが言った。
「何言ってるんだお前ら。嬢ちゃんたちの面倒は俺が見るに決まってるだろ」
タティマの発言に、四人が目を剥いた。
「な、何ィっ!?」
「聞いてないよ僕はそんなの!?」
「抜け駆けは卑怯でやんす!」
「おのれ、謀ったなタティマ!」
憤慨してタティマに詰め寄る四人を、当事者のはずなのにすっかり話に置いてかれている美咲とミーヤはぽかんとした顔で眺めていた。
「お姉ちゃん、おじちゃんたちどうして喧嘩してるの?」
「さあ……何でかしらね」
さっぱり分からないと首を捻るミーヤに対して、予想はつけども純真なままでいて欲しくて誤魔化しつつ、美咲は男どもに生温い視線を送った。
(いい意味でも、悪い意味でも、全然貴族に見えない人たちだなぁ……)
美咲が抱いている貴族像とは似ても似つかない。
よくよく見ればいくら言動がおかしくとも、彼らの所作の一つ一つが平民としては綺麗過ぎるので貴族と分かるのだが、そこまで観察眼が育っていない美咲には分からない。
言い争いは白熱していて、美咲が見たところもう少しかかりそうであった。
「そうだ。今のうちに魔物使いの笛の効果、確かめておこう」
もうしばらく動けそうにないので、美咲は今のうちにミーヤが従える魔物を調達することにする。
万が一ミーヤの手に余る魔物が来ても、美咲がいるし五人組の冒険者たちもいるので、どうにでもなるはずだ。
「うん! ミーヤ、やってみる!」
頷いてお気に入りであるぬいぐるみの道具袋から魔物使いの笛を取り出したミーヤは、笛に口をつけて思い切り吹き鳴らした。
大きな音が出るかと思いきや、笛からは空気が漏れる音がするだけである。
「お姉ちゃん、音が出ないよ?」
笛から口を離したミーヤは、きょとんとした顔で美咲を見上げた。
「あ、あれ? アリシャさんから聞いた話では、子どもでも吹けるくらい簡単なはずなんだけど……」
困った顔をする美咲の横で、ミーヤはずーんと落ち込む。
「ミーヤ、子どもでも吹ける笛も吹けないくらい、下手くそなのかな……」
「そんなことないよ! きっと魔物にしか聞こえない音なんだよ!」
泣きそうになるミーヤを、美咲は慌てて慰めた。
「そうかなぁ。魔物さん、来てくれるかなぁ」
「きっと来てくれるよ!」
必死でご機嫌取りをする美咲の横で、茂みががさがさと揺れて不意に1頭のウサギのような魔物が顔を出した。姿形は美咲が知っているウサギによく似ているが、ボンボンのような尻尾がお尻に二つ、ついている。
茂みの音に振り向いた美咲は、ウサギもどきと不意に目が合い思わず硬直した。
美咲が動けないでいると、ウサギもどきはピョンピョンと跳ねるようにミーヤの下に近付いていき、くんくんとぬいぐるみ型道具袋の匂いを嗅ぐ。
「魔物さんだぁ! 何か欲しいの?」
ミーヤが道具袋を下ろして口を開けると、ウサギもどきは道具袋に頭を突っ込んで何かを出そうとし始めた。
やがて、ウサギもどきが勢い良く首を引くのと同時に、ミーヤの道具袋からピエラが転がり落ちる。
果たしてピエラを食べるのかと美咲がハラハラして見ていると、ウサギもどきはピエラの前に座り、じっとミーヤを見上げた。
「……食べていいよ?」
美咲が見守る横で、恐る恐るミーヤが許可を出すと、ウサギもどきは弾かれたようにピエラに飛びついて食べ始めた。
「可愛い……」
思わず美咲の口から呟きが漏れた。
何しろ見た目はどうみてもただのウサギである。尻尾が二つあるが、その愛くるしさに影響を及ぼすには至らない。
ウサギの飼い方に詳しいわけではないし、美咲にはピエラが与えてもいい果物なのか分からないが、見た目はウサギでもウサギもどきには関係ないようで、迷い無く食べている。
ピエラを食べ終えたウサギもどきは、そのままミーヤの足元に座り込んでミーヤをじっと見上げた。その目はまるで、ミーヤに「何でも言って?」と訴えかけているようであった。
「……ミーヤと、友達になってくれる?」
おそるおそるミーヤがそう切り出すと、ウサギもどきは嬉しそうに自分の身体をミーヤに擦りつけ始めた。
微笑ましい様子に自然と笑みを零しつつ、美咲はミーヤに提案する。
「友達になってくれたみたいだね。どうせなら、名前をつけてあげたら?」
「うん! そうする! どんな名前がいいかなぁ……」
文字通り全身を使ってミーヤに愛情表現をするウサギもどきの名前を、ミーヤはうんうん唸って考えた。
どうせなら素敵な名前をつけてあげたいので、ミーヤも必死になっている。
ミーヤが考えている間に美咲がちらりと五人組を見ると、何故か取っ組み合いのつかみ合いになっていた。
(あの人たちは何をやってるんだろう……)
係わり合いにならないほうが良さそうだと思った美咲は見ない振りをした。
「決めた! お前は今日からペリ丸だよ!」
美咲が目を離している間にミーヤは名前を決めたようで、美咲が視線を戻した時には、ちょうどウサギもどきに命名しているところだった。
(何がどうしてそんな名前になったの……?)
中々独創的な名前をつけたミーヤを見て、美咲は半笑いを浮かべた。
「ペリ丸! 今日からよろしくね!」
一人と一匹は意気投合したようで、はしゃぐミーヤの回りをペリ丸がくるくると回っている。
「お、ペリトンじゃねーか」
背後から聞こえたミシェルのだみ声に美咲とミーヤが振り向くと、取っ組み合いが終わったらしい五人組みが戻ってきていた。
「知ってるんですか?」
全く知識の無い美咲が尋ねると、ミシェルが呆気に取られた顔をする。
「知ってるも何も、何処にでもいるだろ。見たことないのか」
「え……全然知らないです」
さも誰もが知っていて当然な態度でミシェルは言うが、異世界人である美咲が知っているわけがない。
「ペリトンも知らないなんて、あんた、どこから来たんだ」
答えづらい質問をされ、目が泳ぎそうになるのを美咲は必死になって堪える。
「地図にも載らないような、小さな島国です。私の故郷には居なかったんですよ」
頼むからこれ以上追求してくれるなと念じながら、美咲は答えた。
一応嘘は言っていない。この世界の地図に日本が載っているわけがないし、日本が国土的に小さな島国であるのも間違いではない。そして日本にウサギはいても、尻尾が二本あるウサギは居ない。
なおも問いただそうとしたミシェルをタティマが嗜めた。ミシェルの髭面を、細面のタティマが小突く。
「このご時勢滅んじまった国だってあるんだから、故郷の詮索はマナー違反だ。止めとけよ」
「あ……そうだったな。嬢ちゃん、すまねぇ」
「いえ、私も気にしてませんから」
ばつが悪そうな顔で謝罪してきたミシェルに、美咲も愛想笑いを返す。気を悪くするとか以前に、追求が無くなって美咲はホッとしていた。矛盾が出ないように取り繕うのも大変なのだ。
「ところで、そのペリトンは、今日の昼食にするのかい? だったら僕たちが捌こうか?」
ウサギに似ているこの魔物は、この世界ではペリトンと呼ばれているらしい。
静観していたベクラムに恐ろしいことを言われ、美咲とミーヤは凍りついた。
「何言ってるんですか!?」
「しないよ! ペリ丸は食べ物じゃないもん!」
憤慨する美咲とミーヤに詰め寄られたベクラムは戸惑った表情になると、慌てて二人を宥めた。
「ごめんごめん。気を悪くさせてしまったなら謝るよ。ベルアニアじゃペリトンは食肉として一般的だから、そうじゃないかと思っただけなんだ。他意はない。本当だよ」
食肉といえば牛、豚、鶏程度の認識しか無かった美咲は、呆気に取られた顔でベクラムを見上げた。
(この世界の人たち、ウサギを食べちゃうんだ。……まあ、あっちでも外国では食べてたみたいだし、珍しいことじゃないのかもしれないけど)
日本では一般的ではなかったが、通販では普通にウサギ肉が売られているし、一部では日本でも食べられていることを美咲も知らないわけではない。
それでも食肉といえば牛、豚、鶏の認識が強い美咲にとって、それ以外の動物の肉は未知の領域だった。
「それで、結局さっきのメンバーの割り振りとやらはどうなったんですか?」
果てしなく脱線していた話を美咲が引き戻すと、五人は顔を見合わせ、代表して長髪を一まとめにした浪人風のタゴサクが答えた。
「お主らは後詰で拙者が護衛に残ることになったでござる。拙者は純粋な戦闘要員でござるが、他の四人は探索に欠かせないスキルを持っているから抜けられないでござるよ」
タゴサクの台詞を聞いて興味が湧いた美咲は、タゴサクに問いかける。
「探索に欠かせないスキルって、どんなものがあるんですか?」
「例えば、そうでござるな。モットレーは戦闘は得意ではないでござるが、その代わり手先が器用で拙者ら五人の中では一番観察眼が優れているでござる。要らぬ危険を回避するには、彼の才能は欠かせないでござるよ」
「へえ……」
モットレー本人には失礼なことだが、美咲は少し納得してしまった。
五人の中では一番モットレーが小さく、体格も小さいので、確かにモットレーは戦闘ではいかにも役に立たなさそうで、そんな彼がどうして冒険者をしているのか美咲には少し不思議だったのだ。
冒険者といえど、闇雲に戦っているわけではない。少し考えれば想像がつくことだが、元の世界の先入観がある美咲は、気付かなかった自分の偏見を恥じた。
(分かってはいるけど、向こうの常識で物事を考えるのはやめた方が良さそう。……でも、捨てるのは嫌)
反省はしても、それだけは妥協できない。譲れない。美咲は元の世界に帰って、かつての日常を取り戻したいのだから。捨ててしまったら、元の世界に戻った時、今度は美咲自身が元の世界に馴染めなくなるだろう。
「ちなみに、ベグラムは弓使いで戦闘要員でもあるでござるが、同時に魔物の弱点看破も行うでござる。彼の魔物に対する知識は、並々ならぬものがあるでござるよ」
美咲がしんみりしていると、タゴサクは他の仲間のことを美咲に話してくれた。
ルアン以外の冒険者のことをほとんど知らない美咲は、興味深く話に聞き入る。
「ミシェルはあんな形でござるが、話し上手で他人を惹きつける魅力があるでござる。情報収集には欠かせないでござるな。武器戦闘も一通りこなせるから、獲物を選ばないのも強みでござる。拙者は棒振りしか出来ぬ故、尊敬するでござるよ。まあその代わり、棒振りでは誰にも負ける気はござらんが。タティマは冒険者暦が一番長いでござる。剣の腕も立つし、方面に顔も広いでござる。目利きも優れているでござるよ」
どうやら彼らは、美咲が思っていたよりもずっと腕が立つらしい。
そんな彼らがどうしてルアンと親しかったのか、美咲は少し気になった。
「ルアンとはどういう経緯で知り合ったんですか?」
「彼がまだ冒険者に成り立てだった頃に、少し拙者らのパーティで面倒を見たことがあるでござるよ。それからの縁でござる」
タゴサクの話を聞いて、美咲は人は見かけに寄らないことを実感していた。
頭ではそうだと理解していても、いざその場にしてみると意外と忘れてしまいがちで、今までの美咲もその典型だった。少し反省する。
「おーい。先発組はそろそろ行くぞー。早くしないと飯の時間が無くなっちまう」
手を叩いて注目を集めたタティマが声を張り上げた。
(もうそんな時間か……)
意外と長い間話し込んでいたことに美咲が驚いていると、ペリ丸を抱き上げたミーヤが目を輝かせて美咲の傍に走ってくる。
「お姉ちゃん、着いたらペリ丸と一緒にご飯食べよう!」
ペリ丸と思う存分遊んで満足したのか、ミーヤの頬は紅潮して息も弾んでいる。心の底から楽しそうにしているミーヤに、自然美咲も笑顔を零した。
「そうだね。じゃあ、行こうか」
ミーヤと並んで美咲は歩き出した。




