十三日目:イカサマサイコロ賭博パーティ1
前回はゴブリンたちを殲滅するために、逃がさないことを重視して戦力を分け、複数の出入り口から一斉に突入したが、全員で行動するのは道中だけで、洞窟に着いたら今回もまた同じ手法を取るようだった。
戦力の逐次投入は下作であるし、それで前回失敗したのにまた同じことをするのは愚かだが、これには一応の理由がある。
一つは、想定されている危険度の違いだ。
ゴブリンは烏合の衆という言葉がぴったりのモンスターであるが、ひとたび上位種に率いられると、たちまち屈強な戦士団と化す。前回の失敗は、ゴブリン側に上位種というイレギュラーが存在していたことにある。通常のゴブリン相手に対することを前提としてしていた冒険者たちは、ゴブリンマジシャンの状態異常魔法を起点とする統率されたゴブリンの波状奇襲攻撃に対応できなかったが故に敗北した。
今回は事前の調査でゴブリンたちがヴェリートにいることは既に確認されている。洞窟内はもぬけの殻のはずだ。もしかしたら迷い込んだ動物が何匹か住み着いている可能性もあるが、そんなものは見つけ次第討伐すればいい話である。
それよりも、美咲にはゴブリンの洞窟に到着する以前に問題があった。
「アリシャさんにクッションを借りとくべきだった……。お尻が……痛い……」
「お、お姉ちゃん、大丈夫?」
地面の凹凸に合わせて揺れる馬車に尻を痛打され続け、一レンディアも経った頃にはミーヤに心配されるほど美咲はすっかりグロッキーになっていた。
今の道程は出発してから半分ほど進んだところなので、あと一レンディアも我慢すればゴブリンの洞窟に到着するはずなのだが、既に美咲の尻は振動に今にもノックアウトされそうになっている。
横になって休もうにも、アリシャの馬車と違い用意された馬車は席があるだけであとは荷物置き場として僅かなスペースしかなく、到底美咲が休めるようなものではない。
「大丈夫……ひぐぅ! ……じゃないかも」
強がろうとした美咲は、馬車が一際揺れたせいで尻を座席に打ちつけ、涙目になる。
尻を痛がっているのは美咲だけで、他の冒険者たちはともかく、ミーヤまでが平然としているのが美咲には解せない。
(ど、どうして私だけいつもこんな目に……)
この世界の人間は尻が鉄か何かで出来ているのだろうか、と半ば真剣に考えてしまう美咲だった。
「はっはっは! こんな小さな子が平然としてるのに、嬢ちゃんはだらしねぇなあ!」
馬車に同乗している髭面の冒険者に笑われてしまい、美咲は恥ずかしくなる。
顔がかっと熱を帯びたのが分かった。
六パーティに対して馬車三台で移動しているので、必然的に美咲とミーヤは他の冒険者たちのパーティと同じ馬車に乗っている。
同乗しているのは、いつぞや美咲に対してイカサマ賭博を仕掛けてきた冒険者たちだった。
「あはは……。でも、びっくりしました。まさか、あなたたちとクエストで一緒になるなんて」
笑って誤魔化しつつ尻の痛みを堪えて居住まいを正した美咲に、髭面の冒険者は照れくさそうに頭をかく。
「報酬が良かったし、まあ、俺たちにとってもアイツとは知らない仲じゃないからなあ」
どうやら彼らも、ルアンの身を彼らなりに心配しているらしかった。
思いも寄らない人たちが、ルアンの身を案じている。
それを知るたびに、ルアンを置いて逃げてしまった美咲は、深い後悔と自責の念を抱かずにはいられない。
自分にあの状況を打破出来る力があったなら、美咲はみすみすルアンを置いて行ったりはしなかった。
「お姉ちゃん、おじさんたちと知り合いなの?」
美咲と違い、男たちと初対面のミーヤは美咲と髭面の男のやり取りを見て、きょとんとしている。
以前美咲をサイコロ賭博に誘った垂れ目の男が口を開いた。
「そういえば、しばらく前から顔を合わせていたのに、まだ正式に自己紹介をしてなかったな。俺はタティマ。タティマ・リートだ。あの時はカモだと思って悪かった」
「いえ、未遂でしたし、私ももう気にしてませんから……」
一応悪いとは思っているらしい。なので美咲も水に流すことにする。
タティマと名乗った垂れ目の男の肩を隣に座る髭面の男が掴み、一癖ある笑みを浮かべて美咲に語りかけた。
「タティマはリート子爵の次男坊でな。領地を次ぐ可能性が無いわけじゃないのに貴族暮らしを捨てて冒険者稼業に飛び込んできた変わり者なんだぜ」
「変わり者って言うな。俺はただ冒険者生活はスリルがあって、魅力を感じただけだよ」
「それを変わり者っていうんだよ」
垂れ目のタティマと軽口を叩き合いながら、続いて髭面の男が美咲に名乗る。
「俺はミシェル・ベンデマー。一応貴族だが、実家の爵位は男爵だから、五男だしほとんど平民だな。幸い冒険者として身を立てることが出来たが、正直こっちの方が性に合ってる。実家で暮らしてた頃よりも充実してるぜ」
見た目はまるで野党の親玉のような面構えだが、名前は貴族らしく品があるし、さりげなくその所作も洗練されている。
ただ、美咲はその面でミシェルという名前なのは詐欺だと思った。美咲がミシェルという名前で一番に頭に浮かんだのは紅顔の美少年なのである。偏見だ。
次に口を開いたのは、詐欺師風の胡散臭い笑顔を浮かべた優男だった。
「僕はベグラム・バーディア。実家は子爵だけど領地が隣同士でね。そこのミシェルとは幼馴染なんだ」
細目の彼は笑うと目がさらに細くなって、表情を掴みにくい。そのせいもあって胡散臭く見えるのだろうかと、美咲は本人に失礼な感想を抱いた。
「あっしの番でやんすね! あっしはモットレー・トルクベル。トルクベル公爵の七男でやんす!」
どこか鼠を彷彿とさせる風貌の男が発した言葉に、美咲は思わずまじまじと本人の顔を凝視してしまった。
「いやんでやんす! 女の子にそんな目で見られると照れるでやんす!」
(今、公爵って言われたような……。公爵って、確か凄く偉い貴族なんだよね?)
顔を赤くにしてにやける男から、威厳とかそういうものは微塵も感じられない。
むしろ、市井に紛れていても違和感が無い。
それでも思わず唇を引き結んで居住まいを正した美咲に、慌てた様子で鼠男改めモットレーがまくし立てた。
「あ、そう硬くならないで欲しいでやんす! 公爵っていっても、あっしは異母兄弟含めても末っ子だし、母親が平民出の妾腹の子でやんすから! 貴族らしい生活なんてほとんどしたことないでやんすよ!」
貴族らしくない素振りのモットレーに美咲の身体から力が抜ける。それと同時に緊張感まで抜けた。
それも全て、モットレーの口調がいけない。特徴的過ぎて、聞くたびに笑いそうになってしまうのだ。翻訳サークレットを通しているのだから実際はこんな喋り方ではないのだろうが、元の口調に変な鈍りか癖でもあるのか、翻訳されたモットレーの口調は明らかにおかしかった。
だが、おかしさでは最後の一人、長髪を一まとめにした男も負けてはいない。
「拙者はタゴサクと申す者。見ての通り、ベルアニアの貴族とは何の関わりも無い流れ者でござるよ」
(待って! 色々待って! ツッコミが追い付かないから!)
モットレー以上に特徴的過ぎる名前と喋り方に、美咲は心の中で絶叫した。
「あはは、おじさんたち変な喋り方ー」
見れば、元の言葉が通じるミーヤが聞いてもタゴサクの喋り方は奇異に聞こえるのか、ミーヤはきゃらきゃらと笑っている。
「す、すみません」
失礼な発言をしたミーヤに代わって謝罪をして縮こまる美咲に、モットレーとタゴサクは笑って答えた。
「気にするなでやんす」
「モットレーは幼少時に置かれていた環境故、拙者も生まれは遠くで、かなり言葉がなまっているでござるからな。違和感を感じるのは仕方が無いでござるよ」
どうやら本当に気にしてないらしい。
心の広い人たちで良かったと、美咲は安心して胸を撫で下ろす。
「はぐれ魔物だー! はぐれ魔物がいるぞー!」
美咲たちが乗る馬車の前を行く馬車から声が上がった。
「大変!」
慌てて美咲が立ち上がろうとするより先に、風のように五人組が動いていた。
「目的地に着く前からさっそくか!」
「ヒャッハア! 暴れるぜぇ!」
「さっさと片付けるとしよう!」
「あっしの実力を見せるでやんす!」
「刀の錆にするでござる!」
各々が自分の獲物を引っつかむと、我先にと外へと飛び出していく。
「……お姉ちゃんの出番、無さそうだね」
「……そうだね。でも一応、外には出てようか」
置いていかれた美咲とミーヤは気勢を削がれて顔を見合わせて苦笑すると、おっとり刀で外に出た。
二人が外に出た時には既に戦闘は終わっていた。
何しろ、はぐれ魔物一匹に対して、冒険者は美咲とミーヤを除いても五パーティもいるのだ。人数を合計すると、二十人近くにもなる。
はぐれ魔物といえど、これではひとたまりもない。
「なんか想像してたのと違う……」
物語の一幕のような緊迫感溢れる戦闘シーンを想像していた美咲は、見る前にあっさりと終わってしまった戦闘になんとも言いがたい感想を抱いた。
はぐれ魔物を仕留めた冒険者たちは、死骸をそのままに馬車に乗り込んで、別々の道に走り去っていく。
探索の効率を上げるために、前回のように複数の入り口から一斉に調査をする予定なのだ。
「素材、採らないの?」
不思議に思った美咲は、戻ってきた五人組のうち、先頭を歩いていた髭面のミシェルに尋ねた。
「採ってもいいんだが、時間が掛かるからな。今回のクエストは時間が限られてるから、無駄にはできねえ。今回は置いていく。もったいないけどな」
言っている本人も未練があるらしく、ミシェルの視線はちらちらとはぐれ魔物の死体に向けられていた。
(今回乗ってきたあの馬車じゃ、そもそも乗せるスペースが無いもんね)
冒険者ギルドで用意された馬車は、大きいが中は座席で占められており、アリシャの馬車のような荷物を積むスペースはほとんど無い。完全に移動手段としての機能に重点を置いた馬車だ。小動物ならともかく、大きなはぐれ魔物の死体を乗せることはできない。
はぐれ魔物の死体をその場に残し、美咲とミーヤに五人組を乗せ、最後の馬車も移動を再開した。