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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十三日目:用意は万全に2

 二軒目の道具屋を出た美咲とミーヤは、次は武器屋に向かうことにした。

 一応ミーヤにも護身用の道具は持たせてあるが、武器を何も帯びていないというのは少し心配だからだ。

 それに、美咲自身もそろそろ勇者の剣だけでなく、他にも武器が欲しい。勇者の剣は美咲の持つ武器として優秀だが、いかんせんそれだけでは遠距離に対応できない。


「にがい……」


 さっそくビンを開封して緑色の飴を一つ舐めるなり、ミーヤは盛大に顔を顰めた。


「……うん。すごく、薬草の味がするね」


 同じように緑色の飴を一つ口の中に放り込んだ美咲は、口の中に広がる薬草の青臭さに微妙な表情になった。

 砂糖を使っているから甘いはずなのだが、材料に使われている薬草がそれ以上に苦いのか、はたまた使われている砂糖の量が少ないのか、甘さよりも苦さが際立っている。


「でも薬草喉飴っていうくらいだから、喉に良さそうだし、我慢して舐めようね」


「うう……にがい」


 口の中でやたらと苦い飴を転がしながら、美咲はミーヤの手を引いて再び大通りに出た。


(そういえば、武器屋ってどこだっけ)


 歩きながら、美咲はふと気付く。

 道具屋はかつてルアンに連れられて行ったことがあるが、武器屋に足を運んだことはない。


(まあでも、歩けば分かるか)


 先ほど入った道具屋は看板にベルアニア文字と一緒に布袋の絵が描かれていたし、大通りの道具屋も同じように必ず布袋の絵が描かれていた。

 よく考えれば当然である。

 美咲が知る元の世界と比べ、この世界の人間は誰もが文字を読めるわけではないのだ。

 文字の読み書きは立派な専門技術であり、だからこそ代筆屋のような職業が成り立つ。

 ならば武器屋もそれらしき絵の看板を探せば見つかるだろうと判断した美咲は看板を一つ一つ注視しながら歩く。

 結論から言うと、武器屋は大通りの道具屋の二軒隣にあった。


(こんな近くにあったんだ……)


 全く気付かなかった自分に苦笑を漏らしつつ、美咲はミーヤと一緒に店内に入る。


「うわぁ……」


 おそらく初めて入るのだろう。中に一歩踏み込んだミーヤは、口を開けて立ち尽くした。

 カウンターの奥から、スキンヘッドの中年男性が出てくる。

 営業用らしき愛想笑いで接客しようとした男は、美咲とミーヤを見るなり笑顔を消して仏頂面になった。


「おう、いらっしゃ……なんだ子どもか。ここはガキの来るところじゃない。帰りな」


「何よ。見た目で判断するわけ? こう見えてもいっぱしの剣士なんですけど?」


 むっとした美咲は、これ見よがしに腰に吊るした勇者の剣の鞘を左腕で少し浮かせてみせた。

 強気な様子を保っているが、内心はびくびくしていたりする。

 何しろ、美咲の実力は以前とは比べ物にならないとはいえ、まだまだ熟練の域には達していない。それに、強化魔法の恩恵を受けられないというのはやはり痛いのだ。強化魔法の恩恵は大きく、熟練の剣士でも、強化魔法の有無や強度の差によっては格下に負けることもあるほどだ。

 つまり、今の美咲は誰に負けてもおかしくない状態なのである。美咲とて何もしていないわけではなく、ルフィミアに教えてもらった魔法を切り札として習得しようと努力しているものの、形になるにはもう少し時間が掛かる。


「ちっ。何が欲しいんだ」


 盛大に舌打ちしながらも、店主は接客をすることに決めたらしい。

 仏頂面を崩しはしないものの、美咲に要望を尋ねてくる。


「投擲用の武器と、子どもでも護身用に扱えそうな武器って無いかしら」


「投擲武器はともかく、子ども用の武器と来たか……。そうだな。ちょっと待ってろ。目録を持ってきてやる」


 いったん奥に引っ込んだ店主は、一冊の本のような目録を持って戻ってきた。

 目録のページを捲りながら、店主はすらすらと述べる。


「投擲に向いた武器で俺の店に今あるのは、短剣と短槍、手投げ斧くらいだな。青銅製のと鉄製のがある。軽いのが欲しいなら鉄製がいいぜ。一応、青銅製の奴でも細身のものならそれなりに軽いから、それで妥協するのも有りっちゃ有りだな」


 説明を聞きながら美咲は考える。

 短槍と手投げ斧は、投擲に向いているとはいってもそれなりに嵩張りそうである。

 その点短剣なら、小さいものもあるだろう。


「じゃあ、短剣を見せて貰えますか?」


「短剣ね。待ってろ。小さめのを持ってきてやる」


 意外と気が利く店主は、美咲の欲しいものを敏感に読み取って、美咲が言う前に美咲やミーヤでも扱えそうな短剣を選んでカウンターに並べた。


「今あるのはこれくらいだな。こっちが青銅製で、ここからが鉄製だ。青銅製のが重くて脆いが、その代わり安い。鉄製のはその逆だな」


 カウンターに並んでいるのは、どれもが美咲の手のひらに納まりそうな小振りの短剣だった。


「持ってみてもいいですか?」


「ああ。好きにしろ」


 店主に許可を得て、並べられた短剣のうち鉄製のものを一本手に取った美咲は、ずっしりとした重みに眉を寄せた。


(これで軽めなんだ……結構重いなぁ)


 一本や二本ならまだしも、何本も持っていたらそれだけで動きが鈍くなりそうである。


(かといって、青銅製のはもっと重いし……)


 試しに持ち上げた青銅製の短剣は、鉄製のものよりも明らかに重い。


(うーん、結構筋肉ついたと思ってたんだけど、自信無くしそう)


 重いといっても持ち上げられないほどではないし、投げることもできるだろうが、それが命中するかどうかはまた別の話だったりする。


「鉄製で一番安いのってどれですか?」


「一番安いのはこいつだな。一本三十レドだ。複数在庫があるから、纏め買いするなら多少値引きしてやるぞ」


(三十レド……っていうことは、三十万円!?)


 あまりの高値に美咲は目を向いた。

 纏め買いするどころか、一本買うのも不可能である。


「せ、青銅製のは……?」


「一本十レドだな」


 鉄製のものの三十分の一だが、それでも十万円である。高過ぎて手が出ない。

 美咲が絶句していると、高い値段をつけていると店主も自覚しているのか、店主は困った顔で頭をかいた。


「本来ならもう少し安くできるんだがな。戦争で国に安く買い叩かれるから、一般向けは高値をつけざるを得ないんだよ。悪いな」


 どうやら値段の高騰は、食料だけでなく武器にまで及んでいるらしい。

 この分だと、防具も武器と同じだろう。


(……仕方ない。諦めよう)


 無い袖は振れない。

 事態がよく分からず首を傾げているミーヤの手を引いて、美咲はすごすごと武器屋を出た。



■ □ ■



 武器屋を出た美咲は、ミーヤがふらふらと何処かに行かないように手を繋ぎながら、次の目的地を考える。


(望み薄だけど、一応防具屋も見てみようかな。幸いすぐそこにあるみたいだし)


 場所が遠ければ諦めもついたが、武器屋の三軒隣に鎧の絵が描かれた看板が見えてしまったので、諦め切れない。


(うん。駄目で元々だけど、行ってみよう)


「ミーヤちゃん、次は防具屋に行こう」


「はーい」


 返事をしたミーヤは手の平を口の前に出して、薬草飴をぺっと吐き出した。どうやらまだ舐めていたらしい。

 そのまま舐め掛けの薬草飴を放り捨てようとしたミーヤを、美咲は見咎めた。


「こら。もったいないことしないの。せっかく買ったんだから、それだけでも舐めなさい」


「でも、にがい……」


 眉をハの字にして困った顔をするミーヤに、美咲は告げる。


「もし全部舐められたら、ご褒美に何か甘いもの買ってあげる。だから頑張って」


「ほんとう!? じゃあ、ミーヤがんばる!」


 甘味に釣られたミーヤは、顔を喜色満面に輝かせると、手のひらの飴を再び口の中に入れた。


「うー」


 やっぱり苦いのか口をへの字にしているミーヤの手の平を、美咲は自分の荷物から取り出した布で軽く拭いてやる。

 舐め掛けの飴を乗せていたので、多少汚れていたのだ。


(……まあ、子どもにはきついよね。私でもかなり苦く感じるし)


 そんなことを考えながら美咲は口の中で飴を転がした。

 大した距離ではないので、すぐに防具屋に着いた。


「おや、可愛らしいお客さんだ。何をご入用で?」


 中に入ると、美咲とミーヤの入店に気付いた店主がカウンターの奥から出てきて声をかけてきた。


「女子どもでも装備できそうな防具を見たいんですけれど……」


「となると、革製のになるかな。鉄製の防具でも、覆う面積が小さいものは比較的軽いけど、それも見てみる?」


「革製のものでお願いします」


 店主の進めに美咲は即答で応じる。

 鉄製の防具でも、覆う面積が小さいのでは意味が無いと美咲は思った。

 その点革の防具は軽いし、それなりの面積を覆ってくれるので悪くない。実際に、エルナに用意してもらった防具も革製だった。

 しかし、今はもうその防具は無い。野盗との戦いの最中燃えて無くなってしまった。

 幸いルアンに貰った鎖帷子はまだ残っているが、それだけというのも不安である。


「あの、燃えない革製の防具って、ありませんか?」


 美咲は我ながら矛盾していることを言っていると思ったが、そこは異世界らしく存在するようだった。


「あるけど、予算は足りるかい? 高いよ」


「う……ちなみにおいくらですか?」


 店主は黙って指を三本立てた。


「……三レドですか。買えません。諦めます」


 萎れる美咲に無慈悲な追い討ちが掛かる。


「落ち込んでるところ悪いけど、三レドじゃなくて、三十ランデなんだ。特別な素材や製法を使った防具は需要が高い割に供給が少ないし、戦争で余計に需要が増してるから値段が高騰してるんだよ。普段なら三ランデなんだけどね」


 もはやぐうの音も出ない。

 三十ランデは日本円に直すと、訳三千万円である。これでは下手をすれば家が買えてしまう。三ランデでも三百万円である。どちらにしろ手が出ない。


「予算はいくらあるんだい? 教えてくれれば、予算内でいいのを見繕ってあげるけど」


「……四レドです」


 正直に美咲が告げると、店主は済まなさそうな顔をした。


「四レドか。今までだったら安い奴なら四レド以下のもあったんだけど、戦争の影響で材料費が値上がりしてね。ヴェリートが落ちたせいでこの辺りも危険になったから、品物の仕入れにも影響が出て、値段が上がっちゃってるんだよ。その上国には戦争のために今までよりも安い値段で卸さなきゃならないし……。悪いけど、それじゃ何も売れないな」


「……そうですか。諦めます」


 予想通り過ぎて、美咲はもはや笑うしかなかった。


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