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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十三日目:朝の一幕3

 串焼きを食べ終えてさらに歩くと、冒険者ギルドの建物が見えてきた。

 さすがにラーダンで一番大きいわけではないが、それでも他の民家に比べれば一回り以上大きい白亜の建物だ。


「お姉ちゃん、ここが冒険者ギルドなの? おっきいねー」


 立ち止まって建物を見上げた美咲を見て、ミーヤが同じように見上げて口を開けている。


「そうだよ。外は寒いし、さっそく入ろうか」


「うん!」


 はぐれないようにミーヤと手を繋ぎ、美咲は冒険者ギルドの扉を開いた。

 早朝なのにも関わらず、すでに冒険者らしき姿がちらほら見える。ピークの時はどこの歩行者天国かと思うほど冒険者でごった返すので、これでもまだ少ない方だ。

 普段冒険者ギルドに関わることのないミーヤは大いに好奇心を刺激されたらしく、あっちこっちに視線を向けてはふらふらと歩き出そうとしている。


「ほらほら、見学は後でゆっくりさせてあげるから、まずは依頼掲示板の前に並ぼうね」


 念のため手を繋いでおいて良かったとさっそく思いながら、美咲はミーヤを諭す。


「はぁい」


 幸いぐずることもなく、ミーヤは素直に美咲に従って、一緒に依頼掲示板の前に並んだ。

 並んだのはいいのだが、美咲には一つ懸念があった。


(問題は、私がまだ字を読めないってことなんだよね……)


 最初に依頼を受けに来た時は、ルアンに読んで選んでもらったし、その次はアリシャが選んでくれた。今回はどちらも居ないから、美咲が自分で判断しなければならない。

 一応ベルアニア文字はミーヤも読める。

 だが、自分より遥かに幼い子に読んでもらうのは、美咲をとても微妙な気分にさせる。

 かといって、勉強したところで一朝一夕に身につくものではないので意味はないが。何しろ時間が足りない。

 美咲もこの世界に召喚されて、今日で十三日目だ。つまり、もうすぐ二週間が経つ。一ヶ月のうちの、二週間である。もう、半分近くの時間が過ぎ去ろうとしているのだ。残された時間は、決して多いとは言えない。

 もちろん、急いても意味がないことも、美咲はちゃんと理解している。美咲は弱い。強くなるために、許される範囲で、できるだけ時間を使う必要がある。

 よって、文字習得にあまり時間はかけていられない。そんな暇があるなら鍛錬をするべきだ。

 それは分かっているし、納得もしているものの、やはり字を読めないというのは色々不便である。


「お姉ちゃん、ミーヤがちゃんと読んであげるからね!」


 そんな美咲の不安を知ってか知らずか、ミーヤはとても張り切っていた。

 今まで役立たずだったミーヤが活躍するチャンスなのだ。

 ふんす、ふんす、と意気込むミーヤの鼻息は荒い。

 ミーヤは同年代の子の中では遥かに頭が良かった。平民の中では言うに及ばず、貴族を含めてもかなり上位に食い込めるだろう。でなければ、文字を読めるようになるにはもっと時間がかかるはずだ。実際に、一般的に貴族の子どもが文字を読めるようになるのは、もう少し成長してからだ。貴族でそうなのだから、平民は言うまでもない。


「ありがとう、ミーヤちゃん。頼りにさせてもらうね」


 自分が情けなくなりながらも、一人ではどうにもならないことも事実なので、美咲は笑顔でミーヤに礼を言った。

 他人に頼ってばかりだと、ちょっと引け目を感じてしまうが、仕方ない。

 しばらく待っていると、ギルド職員らしき制服の女性が依頼書の束を持ってやってくる。

 ギルド職員の女性は依頼書を次々と掲示板に掲示していく。

 そこそこ大きな依頼掲示板だが、ギルド職員の女性が全ての依頼書を貼り終える頃には、掲示板は依頼書でびっしり埋まっていた。

 依頼書を貼ったギルド職員の女性は、そのまま行列の整理を始める。


「冒険者の方々は、二列にお並びの上、順番に依頼掲示板の上にお立ちください。規則を守ってくださいますよう、謹んでお願い申し上げます。違反者にはペナルティが課せられますので、ご注意ください」


 美咲も既に経験したことだし、多くの冒険者たちもそこは承知しているのか、ほとんどは最初から二列で並んでいる。だがところどころが一列だったり三列になっていたりするし、割り込もうとする輩がいないわけではない。それらを監視してルールを守らせるのも、ギルド職員の仕事のようだ。

 ミーヤは美咲の隣にいるので、自然と二列になっているから、動く必要はなく、待っているだけでいい。ただ、ミーヤは言うに及ばず、美咲も傍から見れば少女には違いないので、中には奇異の視線を向けてくる者もいた。


「おい、嬢ちゃんたち。依頼受け付けのカウンターは向こうだぞ」


 場所を間違えていると思ったのか、美咲の後ろに並ぶ男性冒険者が美咲とミーヤに声をかけてきた。


「間違ってませんよ。私も冒険者ですから」


 振り返った美咲はにこりと笑って男性冒険者に告げると、自分の番が来たのでミーヤと連れ立ち依頼掲示板の前に立った。背後で「嘘だろ、信じらんねぇ。あんな小さな子までか……?」などという声が聞こえたが、あえて聞こえない振りをする。

 彼がそう思うのも当然だ。美咲だって、立場が違えば同じことを思っただろう。

 依頼を何回か経験したから美咲も分かるが、基本的に冒険者は肉体労働だ。必然的に体力が必要になるので、平均年齢はともかく男女の比率は男性にやや偏っている。それでも女性冒険者は珍しいというわけではないが、やはりミーヤほど幼いとなると話は違う。

 まあ、美咲はもちろん、ミーヤも正式に冒険者として生計を立てていくつもりはないだろうから、正確に言えば冒険者ではないのだが。美咲の本来の目的は冒険者として活動することではなく、勇者として魔王を倒すことだ。


「ほえー。いっぱいあるねー」


 依頼掲示板を眺めて、ミーヤが目を丸くして感嘆している。


「ねえ、ミーヤちゃん。街の中か近くで出来る依頼か、遠出でも一日で終わりそうな依頼は何があるかな」


「えーと、ちょっと待ってね」


 尋ねてみると、ミーヤは目をきょろきょろと動かし掲示板に向けて視線を彷徨わせ、次々と指差し始めた。


「これと、これと、これと、これと、これと、これと、これと、これと、これ、かなぁ。これだけあるなら安心だね!」


 どうやら、美咲が思っていた以上に種類が豊富なようだ。


「じゃあ、一つ一つ説明してくれるかな?」


「いいよ! 一つ目はね、荷物の配達みたい。日給五十ペラダだって」


 ミーヤが読み上げてくれた依頼の内容を、美咲は頭の中で整理していく。


(一ペラダが焼き鳥一本だから、日本円で大体百円から百五十円くらい。ってことは、五千円から七千五百円くらいか。思ったより少ないなぁ)


 美咲はため息をついた。

 一日拘束されてたったそれだけでは、命の危険がないとはいえ割に合わない。いや、美咲の場合時間そのものが命と言えるから、別の意味で将来的に命の危険が生まれてしまう。ますます割に合わない。


「二つ目はなんて書いてあった?」


 先を促す美咲に、ミーヤは張り切って答えた。


「赤ちゃんの子守りだって。子育て経験がある人で、拘束時間はニレンディア。報酬は四十ペラダ!」


 一レンディアが百四十分だから、ニレンディアは二百八十分。つまり、四時間と四十分働いて、四千円から六千円程度の金銭を受け取るわけである。


(安いとかそれ以前に、そもそも子育て経験なんてないし。これも無理か)


「……えーと、三つ目は?」


 微妙な依頼ばかり出てくるのに何となく嫌な予感を感じながら、ミーヤの説明を待つ。

 以前ルアンとやった薬草摘みも大分地味だったが、あれでも街中の依頼よりは遥かにマシだったんだと、美咲は今更なことを悟った。


「酒場の用心棒だって。長く働ける人優遇、報酬は時給十二ペラダだって」


 給料の額そのものは中々だが、問題は美咲の見た目で用心棒が務まるかである。

 何しろ美咲はまだ少女なので、ミーヤほどではないにせよ他人が抱く第一印象は小さな女の子である。

 用心棒を募集したら美咲のような女の子が来たら、依頼主は驚くだろうし、本当に勤まるのかと心配になるであろうことは美咲にも想像がつく。

 そして酒場の用心棒というからには、酔っ払った客相手に腕っ節で事態を沈めなければならないようなことも当然起きるだろうが、美咲の場合その腕っ節にも疑問符がつきかねないのが問題である。

 かなり鍛えられたとはいえ、美咲の戦い方は魔法や異世界人に性質に多いに頼ったもので、素の腕力では当たり前だが大の大人には敵わない。

 第一用心棒というのは一種の荒事に対する抑止力だ。重視されるのは見た目と実力であり、美咲の場合実力はともかく見た目が全くそぐわない。


(うーん、これも、無理だな)


 熟考の末、美咲は泣く泣くこの依頼も諦めることにした。

 そもそも美咲の都合上長期は無理なのだから、どの道採用される可能性はほとんど無さそうだからだ。


「ねえ、ミーヤちゃん、報酬が良いのから順番に教えてくれるかな?」


「うん、分かった。一番良いのはこれだよ。ゴブリンの洞窟の再調査。合同クエストで、目的が二つあるみたい。一日かけて洞窟のマップを作るのと、前クエストで出た行方不明者の安否確認だって。報酬はマップ作りが一パーティ三十レドで、安否確認の方が十五レド。場合によっては追加報酬有りだって」


 ミーヤが読み上げた依頼内容を聞いた美咲は、自分の心臓が跳ねるのを感じた。


「決めた。私、これにする」


「え? でもまだ全部言ってない。他にも良さそうなのあるけど」


「いいの。これがいい」


 迷いの無い表情で躊躇いなく依頼の紙を剥がした美咲を、ミーヤがきょとんした顔で見上げる。美咲がゴブリンの洞窟に拘る理由をミーヤは知らない。前回の依頼に美咲も関わっていたことも、知らないのだ。

 美咲は気付かなかったが、このクエストの依頼はいくつも掲示板に貼り付けられていた。他パーティとの合同クエストだからだ。

 それは依頼主が豊富な資金力を持っている証であり、貴族であることを示唆していたが、美咲は気付かなかったしそれが意味することも、まだ知らなかった。

 剥がした紙を受付に持って行き、美咲は依頼を受ける。

 受付嬢から、出発は一レンディア後だと告げられた。


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