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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦18

 ゴブリンの巣には三つの出入り口があり、美咲たちが突破した出口は、最初に入ったラーダン寄りの入り口とは反対側の、東側にあった。

 視界が悪い草原地帯を走り通し、街道に出て一先ず安全になったことを確認したルフィミアがいったん休憩を取ることを告げ、自分の道具袋から地図を取り出して現在位置を確認する。


「ここからだとラーダンはちょっと遠いわね……。歩けば一週間近くかかる。今日の分しか食料を持ってきてないから、途中で飢え死にしかねないわ。美咲ちゃん、あなたはどれくらい持ってる?」


「わ、私も、あと一食分くらいしか、ないです」


 美咲はぜえぜえと肩で息をしながらルフィミアの質問に答えた。

 脱出したことで気が緩み、緊張の糸が切れて一気に疲労が襲ってきたのだ。

 状況が状況だったから弱音こそ吐かなかったものの、下手をしたらルフィミアよりもスタミナが無い可能性がある美咲である。

 ルフィミアが強化魔法を使って運動能力を補っていることもあり、余力を残して走っていたルフィミアに対し、一時間足らずとはいえほぼ全力で走り通しだった美咲は、気がつけば息も絶え絶えだった。


「やっぱりそっちもなのね。美咲ちゃん、良かったら一緒にヴェリートに行きましょう。まだ日も高いし、ここからなら深夜にはヴェリートに着けるわ。ただ、朝にならないと中には入れないから、城壁の外で野宿になっちゃうけど」


 ようやく呼吸が落ち着いてきた美咲は、大きく深呼吸すると、余裕を取り戻して話し始める。


「私は構いません……。城壁の外での野宿は、ラーダンに着いた時もしましたから」


「そうなんだ。ラーダンの城壁外っていえば、一種の名物よね」


 束の間笑顔になるルフィミアに、美咲は尋ねる。


「知ってるんですか?」


「有名だもの。私も何度か参加したことあるわよ。あれは楽しかったなぁ」


 違いに他愛も無い雑談をしながら、美咲もルフィミアも、言い知れぬ寂寥感を感じていた。

 片方の言葉しか分からないグモが会話に入らないから、自然と美咲とルフィミアの会話が多くなる。

 その度に美咲もルフィミアも実感するのだ。


「人数……少なくなっちゃいましたね」


 会話が途切れ、やがて美咲がポツリと呟いた。


「そうね。新しいパーティーを探さなきゃ。美咲ちゃん、良かったら私と組む? 歓迎するわよ」


 自分も仲間を亡くしたというのに、ルフィミアはルアンを喪った美咲を気遣ってか、そんな提案を切り出してくる。

 いつまでも追求してこないルフィミアに、美咲が焦れた。


「あの、聞かないんですか? さっきのことについて」


「んー。そのつもりだったけど、やっぱり今は止めておくわ。私もそんなに余裕があるわけじゃないし。もうちょっと落ち着いてからにする」


 さらっとルフィミアが口にした台詞に、美咲は胸を突かれる思いだった。


(やっぱり、ルフィミアさんも辛いんだ……)


「ごめんなさい……」


 立ち止まってぽろぽろ涙を流し始めた美咲に、ルフィミアが苦笑する。


「もう。どうして美咲ちゃんが謝る必要があるのよ。ほらほら涙を拭いて、せっかくの美少女顔が大無しよ?」


 ルフィミアに布で涙を拭かれながら、美咲はわんわん泣いた。

 ベルゼの魔法は一切美咲に通じなかった。なら、初めから美咲が自分の体質を明かしていれば、もしかしたら結末は変わっていたかもしれない。

 そう思ったが故の、美咲の涙だった。

 信じていなかったわけではない。ただ、美咲はエルナに言われた通りにむやみに吹聴しない方がいいと思っていただけだ。

 それでも、結局は自分のことだけしか考えていなかった。そのことにようやく気付いて、美咲は自分に対してショックを受けたのだ。


「私、美少女じゃないです」


「あら、何を言ってるの。こんなに可愛らしいじゃない」


 強化魔法がまだ続いているルフィミアは、軽々と美咲を抱え上げてみせた。

 当然強化魔法が解除されるが、それでもルフィミアは慌てず、落ち着いて美咲を下ろす。


「ふむ。このくらいの重さだとすると、十歳くらい?」


「じゅ、十六歳です……!」


 小学生に間違われそうになった美咲は、真っ赤になって否定する。

 この世界に小学生という概念があるかどうかは分からないけれど、それでも美咲にとって子どもっぽく見られるというのは恥ずかしいことだった。


「あら。じゃあもうすぐ成人なのね。親からのお祝いは……。ごめんなさい、失言だったわね」


 言っている途中で美咲の境遇を思い出したのか、ルフィミアは美咲に謝罪する。

 一部誤解も含まれているが、会いたくても会えないという点ではあまり変わりが無い。


「いえ、気にしないでください」


「そう言ってもらえると助かるわ。……ところで、ずっと気になっていたんだけど」


 微笑んだルフィミアは不意に眉を顰めると、こそこそと美咲に耳打ちする。


「あのゴブリンについては、これからどうするつもりなの? このままヴェリートまで連れて行ったら、たぶん大騒ぎになるわよ。そろそろ別れた方がいいわ」


 ルフィミアの視線の先では、所在なさげな様子のグモが、とぼとぼと美咲たちの後ろを歩いている。


(いけない、グモも仲間たちから追放されたも同然なんだから、辛いに決まってる)


「特に別れる予定はないですよ。私の友達ですから」


 友達、という言葉にグモが顔を上げた。


「そうだ。グモ、ちょっとこっちに来てくれる?」


 美咲に呼ばれ、おどおどとした様子でグモが美咲とルフィミアの傍まで歩いてくる。


「私たちはこれからヴェリートに向かうわ。さすがに今の状況で魔王領に行くのは無理だから、ヴェリートまでしか送れないけど、一緒に行く?」


「放り出されないだけマシです。宜しく頼みます」


 グモは両拳を胸に当てた。

 謎の動作に美咲が首を傾げると、察したグモが説明する。


「ああ、ありがとうって意味です。よく考えたら、言葉が違えばこういうものが違うのは当たり前ですな」


 どうやらゴブリン特有のジェスチャーであるようだった。

 しばらく歩いて、美咲はルフィミアとグモの間に異様な雰囲気が漂っているのに気がついた。


(何か、二人とも意識し合ってる……)


 意識し合ってるといっても、別に恋愛などの甘酸っぱい雰囲気ではなく、傍から見ている美咲まで気まずくなりそうな緊張感に満ちた雰囲気である。

 よく考えれば当然かもしれない。

 仲間を全員失ったルフィミアにとってみれば、ゴブリンというだけで憎いだろうし、グモにとって見ても、ルフィミアは人間という点を差し引いても、仲間を殺された不満がある。

 二人の相性は、率直に言ってあまり良くない。

 普段の美咲は道中二人を打ち解けさせようと努力しただろうが、美咲自身もルアンを置いて逃げたことで気が滅入っており、何もする気が起きなかった。

 微妙な緊張感を孕んだまま一行はヴェリートに到着する。


「予想通り真夜中になっちゃったわね。今夜はここで野宿して、明日の朝ヴェリートに入りましょ。美咲ちゃんもそれでいい?」


「私はそれで構いません」


 頷いた美咲に、頃合と見たグモが挨拶する。


「わしはここらでお暇させていただきますわ。ここからなら、闇夜に紛れて安全に魔族領に行けます」


 そわそわしていたグモの態度から、ある程度そのことを予想していた美咲は、驚きを顔に出さずにグモに微笑みを向けた。


「道中気をつけて、グモ。またねって言いたいところだけど、また会う時は戦いになるかもしれないし、会わない方がいいのかな」


 微笑を苦笑に変えた美咲に、グモも困った顔で頭を掻く。


「そうかもしれませんな。わしも美咲さんとは戦いたくないです。ベルゼ様に逆らっちまった身ですし、これからはひっそりと生きますわ」


「……元気でね」


「美咲さんも、お元気で」


 最後に挨拶を交わすと、グモは美咲たちの前から姿を消した。

 やり取りを見守っていたルフィミアがため息をつく。


「なんだか複雑ね。彼が居なかったら脱出できなかったのは確かだけど、美咲ちゃんみたいに素直に礼を言う気にはなれないわ」


 憂鬱そうな声音でぼやくルフィミアに、美咲は曖昧に微笑む。

 ようやくと言うべきか、美咲も人間と魔族の間に横たわる問題に気付き始めていた。

 二種族の間の敵意はもはや熟成されきっていて、そう簡単に捨てられるものではない。


(でも、当然かもしれない。私だって、グモ以外のあのゴブリンの巣のゴブリンたちを許せるかといえば、微妙だし……って、やめやめ。いつまでもこんな辛気臭いこと考えてたら、ルフィミアさんに余計な心配かけちゃう)


 頭を振り、美咲は険しくなりかけていた表情を解す。


「そういえば、ここは宴会の準備が無いんですね」


 グモと別れてしばらくしてから、少しずつ回りには同じような境遇である回りの旅人たちが集まり始めている。

 彼らの一部は早くも煮炊きを始めているが、ラーダンのような祭りの気配は感じられない。


「最前線に近いからよ。それにヴェリートはラーダンからの補給に頼らなきゃならないほど、物資に余裕が無いの。それだけヴェリートでの商売活動の規模が縮小しちゃってるってわけ。武器とか防具とか食料とか需要自体はあるんだろうけど、根こそぎ軍が買っていくから、そもそも余りが出ないんだと思うわ」


 ルフィミアの説明を聞き、美咲は得心する。

 確かに戦争をするには食料は必須だし、武器や防具もいつかは壊れるものだから買い替えは必要だ。

 さらに言えば、売れない商品はラーダンで消費してしまうので、そもそもヴェリートに着く商品は売り物しかない、という理由もあるかもしれない。


「私たちも夕飯にして、今日はさっさと寝ちゃいましょ。一応火は絶やさないようにして、見張りを立てた方がいいわね。ラーダンと違って、ヴェリートの壁外は余り安全とは言えないだろうから」


「そうですね。最前線から近いっていう話ですし、何があるか分かりませんもんね」


 美咲とルフィミアは、手持ちの食料をもそもそと食べる。

 朝にルアンと一緒に買ったパンは時間が経ちパサパサになっていてあまり美味しくなかったが、それでも美咲は味わって食べた。

 ルフィミアはフランスパンのような形のパンに、野菜やハムなどをスライスしたものを挟んで食べている。

 食事を終えた美咲は、ルフィミアに寝るよう促される。


「見張りは私がやるから、美咲ちゃんは休んでて。始めての冒険がこんな結果になっちゃって、大変だったでしょ?」


「あの、それだとルフィミアさんだけに負担がかかっちゃいますし、やっぱり私も……」


「私は慣れてるからいいの。それに子どもは子どもらしく早く寝るものよ」


「……こんな状況で、子どもだとか関係ないと思います」


 剥れる美咲を、ルフィミアはくすくす笑いながら寝かしつける。

 子ども扱いされたのは不満だったが、疲れていたのは事実だったので、美咲はすぐに寝入ってしまった。

 あどけない美咲の寝顔を慈しむように見つめたルフィミアは、視線を外し真っ暗な夜空を眺める。生憎空は曇っていて、星一つ見えず、今後の展開を暗示しているかのようにルフィミアは思えた。


「全滅してもおかしくなかった状況で、二人も生還したんだから御の字なんでしょうね……」


 独白するルフィミアの肩が揺れ、空から視線を外して俯いたルフィミアの瞳から雫が零れる。


「でも、やっぱり堪えるなぁ。エドワード、ディック、ピューミ、皆死んだ。私だけ、生き残っちゃったわ……」


 しばらくの間、ルフィミアは空を見上げ続けた。


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