↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
47/521

八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦17

 手近なゴブリンに叩きつけた勇者の剣を、美咲は自分の手元に引き戻した。

 生死を確認することもなく、倒れるゴブリンの横を駆け抜ける。

 立ち止まるわけにはいかない。押し寄せる後続たちをルアンが引き受けてくれたとはいえ、それでもまだ美咲たちに比べれば敵の方が遥かに多いのだ。立ち止まることは即ち死を意味する。

 あまり時間もかけられない。ルアンの行動は間違いなく無謀だ。たった一人で長い間食い止められると思うほど、美咲は楽観的にはなれなかった。

 置いていけば間違いなく、ルアンは死ぬ。

 そうと分かっていても、美咲はルアンにあの場を任せていくしかなかった。

 ルフィミアに諭されて正しいのだと納得してしまった。


(……ごめん。ごめんね、ルアン。私がもっと強ければ良かったんだ。そうすれば、きっと結末は違ってた。こんな終わりにはならなかった)


 美咲がルアンのことを考えるたび、美咲の思考は煮え滾り、脳内を行き場の無い自分に対する怒りが満たす。

 また一匹ゴブリンが美咲たちの猛進を阻もうと立ち塞がり、美咲の感情が沸騰した。


「邪魔、しないでよ!」


 歯を食い縛り、勇者の剣を振りかぶる。


「ギョガッ!?」


 目の前に立ち塞がるゴブリンの一体に勇者の剣を振り下ろし、美咲はまた一匹ゴブリンを地に沈めた。

 横からグモが何か言いたげな視線を向けてくるが、その視線に美咲は気付かない振りをする。

 不幸中の幸いというべきか、未熟さが幸いし、これだけ遠慮なしに勇者の剣を振るっても、明らかに即死と分かるような傷を負うゴブリンはいない。

 むしろ的確にロッドを振るいゴブリンの急所を打ち据えて破壊していくルフィミアの方が、美咲よりもよほど死体を量産している。

 美咲たちが逃走する背後には、物言わぬゴブリンの屍と、美咲に殴り倒され怪我を負って呻くゴブリンだけが残された。

 強化魔法の関係で、自然と先頭をグモが走り、その後ろをルフィミアが走り、最後尾を美咲が走るという形に段々変化していく。

 包囲網を抜けて洞窟の外に出るまであと少し、というところで、グモとルフィミアが立ち止まった。

 出口を塞ぐゴブリンたちの最後列に、ゴブリンらしからぬ知性を宿した瞳を持つ、ローブ姿の一匹のゴブリンが、お供のホブゴブリンたちとともに悠然と佇んでいた。


「一匹も逃さぬように、念のためこの場を見張っていましたが、予想通りこちらにも来ましたか。私の魔法に二度も抵抗したことといい、やはり、一筋縄ではいかないようだ。特に、あなたは我らにとって今後の障害となり得る可能性を秘めている」


 ベブレという名のゴブリンマジシャンは、敵意を乗せた視線をルフィミアに向けていた。美咲とグモには目を向けもしない。取るに足らないと思われている。明らかに格下と見られていた。

 それは仕方ない。グモはただのゴブリンでホブゴブリンにも蹴散らされるくらいだし、そのグモと激闘を繰り広げた美咲も、同程度の強さでしかない。

 今まではただ、魔法が効かないという体質と、勇者の剣という遺失武器の恩恵に助けられてきただけだ。


「……眠りの魔法が飛んできたから、何処かにいるのは分かってたけど。こっち側にいたなんて。最悪だわ」


 動揺を押し隠し、ルフィミアは余裕の表情を取り繕うが、隠しきれていない。

 出口から差し込む外の光が見えているが故に、ショックも大きいらしく、ルフィミアの声は、僅かに震えていた。

 無理も無い。

 突然の事態で仲間が自分以外戦死し、自分よりも若く、実力の無いルアンを捨て駒にしたことで、ルフィミアのプライドはズタズタだ。

 ルアンの啖呵に、ルフィミアは言い返せなかった。この洞窟を出ない限り、ルフィミアに出来ることは強化魔法の行使とロッドによる武器戦闘のみだ。得意の火魔法は威力が高過ぎて、味方を巻き込む恐れがある閉所では使えない。洞窟内で使うなど以ての外だ。

 そして、ルフィミアも慣れているとはいえ、武器戦闘そのものは得意とは言い難い。

 ゴブリン程度に遅れを取る程度ではないものの、それでも同じ強化魔法の度合いなら、間違いなくルアンが勝つ。実戦経験の差があってもだ。ルフィミアの杖術は、魔法を完成させる時間稼ぎができる程度の練度でしかない。本職とは比べるのもおこがましい。

 せめて、火魔法が使えれば、まだ話は違ってくるのだが。


(あと、もう少し。出口はもう見えてるのに……!)


 ゴブリンマジシャンの向こうには、洞窟の出口が遠くに小さく見えている。

 悔しさから歯軋りせんとばかりに歯を噛み締めるルフィミアにのみ、ゴブリンマジシャンのベブレは注意を向けていた。

 美咲に対しては自分が警戒するまでもないとばかりに、ホブゴブリンたちに対応を任せるつもりでいた。


「仲間を一人捨て駒にしてまで逃げようとするその気概は人間らしくて実に結構。ですが悪あがきもこれまでです。そこの裏切り者も纏めて、ここで殺して差し上げましょう。我らが人間を駆逐する様を、仲間が待つ冥府で見ているがいい」


 冥府、という言葉で、美咲の肩がぴくりと震える。

 そこは、美咲の世界で死者が住むといわれる場所だ。

 翻訳されたのだから、きっとこの世界でも似たような概念があるのだろう。

 けれどそんな事実が分かったって、美咲の激情は消えはしない。


(そんなことは、どうだっていい)


 感情が煮え立っていた。

 ここまで気が高ぶったのは、元の世界でのことを含めても初めてで、美咲はまだその感情の御し方を知らない。

 ベブレの言葉で美咲が実感したの唯一つ。


(もう、皆に会えない)


 会えないのはエルナも同じだったけれど、彼女は人間に殺された。今回とは違う。


(エドワードさんも、ディックさんも、ピューミさんも、もう何処にもいない。そんなの嫌だよ……)


 ついさっきまで一緒に行動していた人たちを失ったことによる、どうしようもない喪失感と、それに伴う怒りだった。


(そのうえ、ルアンまで……)


 このままベブレに阻まれて脱出が失敗すれば犬死にだし、もし美咲たちが脱出できたとしても、残されたルアンの生存は絶望的だ。


「──てよ」


 美咲の口から、僅かに聞き取れないほど小さな言葉が漏れた。


「む? 何か言いましたか?」


「退けって言ってんのよ……!」


 目の前のゴブリンマジシャンが目障りでならなかった。

 奴さえいなければ、皆死なずに済んだのだ。

 始めの奇襲で殺されたであろう、美咲が顔を会わせただけのよく知らない冒険者たちだって、きっと生きて無事にクエストを終えられただろう。

 無論、これが八つ当たりでしかないことは美咲自身承知している。

 それでも、美咲は走らずにはいられなかった。

 だって、ルアンが身を犠牲にしてまで作ってくれた脱出のチャンスが、あと一歩のところで潰されようとしているのだから。

 ベルゼは向かってくる美咲を前にして、つまらなさそうに鼻を鳴らす。


「ふむ。死に急ぐとはこのことですか。実力差すら省みることができないとは、嘆かわしいことです。お前たち、処理は任せますよ。私はあの魔法使いを殺しますから」


 命令を受け、ベルゼに従っていたホブゴブリンたちが、美咲とグモへと襲い掛かってくる。


「ひええええ!」


 悲鳴を上げて逃げ惑うグモを、美咲は勇者の剣を構えながら背に庇う。


「戦えないなら下がってて! グモは私が守るから!」


 相変わらず、戦うのは怖い。命のやり取りなんてしたくない。

 それでも、相手は美咲を殺そうとするのを止めてはくれない。

 退路を封じられ、逃げることすら、許されない。

 ならば、命を繋ぐためには戦うしかないのだ。


「……美咲さん、身体、震えてますよ」


「武者震いよ」


 眩しいものを見るかのように目を窄め、グモは強がる美咲の背中を見つめた。

 ゴブリンであるグモから見ても、小さな背中だった。

 ルフィミアやルアンとは比べものにならない、ただの少女の後ろ姿でしかなかった。

 そもそも戦うための下地すら出来ていないのだから当然だ。

 美咲が注意したのは、二匹以上のホブゴブリンと、絶対に同時に当たらないことだった。

 今の美咲の実力では、無数のホブゴブリンを相手に大立ち回りなど出来ない。良くて、一対一がせいぜいだ。

 そういう意味では、今いる場所が通路というのは、美咲にとっても都合がいい。

 道幅の関係上、一度に出てこられるホブゴブリンの数は限られている。ある程度大立ち回りするのならばなおさらだ。ホブゴブリンはゴブリンよりも身体が大きく、強大な魔物だが、今回はかえってそれが幸いした。

 ゴブリンなら二匹通れる広さでも、ホブゴブリンは一匹しか通れない。


(思い出せ、思い出せ……! 剣の握り方、構え方、振り方、足運び……全部ルアンが教えてくれた! ゴブリンより強くても、結局は同じ! あいつらには武術の武の字も無い!)


 ルアンと手合わせした時、彼は美咲に己の剣術を披露してくれた。ベルアニア騎士剣術とでも言うべきその型を、美咲もいくつか覚えている。

 ホブゴブリンたちは金属鎧で武装し、重そうなメイスを獲物としている。

 しかしそのせいで何も着ていない場合よりも動きは鈍く、そして普通のゴブリンと同じように、攻撃方法は掴みかかるか、武器を振り上げて殴りかかるかだけだ。蹴りという発想すら思い浮かばないらしい。

 いや、それとも、短足なゴブリン種の体型上、蹴りはあまり有効ではないのかもしれない。実際、ホブゴブリンは上半身の筋肉はよく発達しているものの、下半身はそれほどでもない。

 振り下ろされる棍棒は、勢いこそ凄いが、落ち着いてよく見れば予備動作が丸分かりであり、避けることは難しくなかった。

 美咲は電撃的に動いた。時間をかければかけるほど、加速度的に状況は悪くなっていく。だから、機先を制する。

 迎撃に振るわれた棍棒の一撃をかわし、勢いがつき過ぎて体勢が崩れているうちに、鎧や兜の隙間から勇者の剣を差し込む。それで全で済んだ。身軽であったことが、美咲にとってこの時は幸いした。

 障害を無効化した美咲は、そのままゴブリンマジシャンのベルゼへと走り出す。


「しばらく寝ていなさい。急がずとも最後にきちんと殺して差し上げますよ」


 宣言とともに放たれた眠りの呪文を前に、美咲は何もせずに走り続けた。

 何をする必要もなかった。

 異世界人である美咲には、全ての呪文が意味を為さないのだから。


「馬鹿な!」


 抵抗する素振りすら見せず、まるで呪文そのものが初めからかけられていなかったかのような態度で走る美咲に、余裕に満ちたベルゼの態度が崩れる。

 ゴブリンマジシャンといえども、ベルゼはまだ若い。

 既にその才能の片鱗を覗かせているが、敵意を漲らせて迫り来る敵を前に、予想外の事態に即座に対応できるほど、成熟してはいなかった。

 故に、美咲の一撃は、ベルゼに届いた。


「……こんな、はずでは」


 脳天を勇者の剣という名の鈍器で殴打されたベルゼは、ばったりとその場に倒れ伏す。


「……み、皆、い、生きてますかね?」


「即死しそうな場所は攻撃してないから、たぶん。それより、さっさと逃げよう。後はゴブリンだけだよ」


 怪我を負って呻いているホブゴブリンたちと、おそるおそる倒れたベルゼの傍にしゃがみ込んで脈を測り、ほっとするグモに、美咲は言葉少なに答える。


「はっ、そうだった。……色々聞きたいことができたけど、後でいいわ。今は脱出することを優先しましょ」


 美咲が魔法を打ち消す瞬間を目撃したルフィミアは質問が頭に次々浮かんでいたが、今はそれどころではないと全て棚上げにする。

 こうして、美咲たちはついにゴブリンの巣から逃げ出すことが出来たのだった。

 多大な犠牲を払って。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。