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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦8

 一人で同族であるゴブリンたちのもとへ向かいながら、グモはとても困っていた。

 ゴブリンとしてのグモの常識では、今の自分の状態は美咲たちの存在を仲間に密告するまたとないチャンスである。

 人間の少年には警戒されているが、美咲と名乗った少女はどういうわけかグモに信頼を寄せている。彼女を利用すれば、騙すのはそれほど難しくない。

 だというのに、グモは焦っていた。

 他のゴブリンなら愚かな人間だと馬鹿にするような美咲を、何故か今のグモは同じように馬鹿にする気になれないのである。

 グモにとって初めての経験だった。

 何故? という疑問が頭に浮かぶものの、それに対する答えはいくら待ってもグモの頭に浮かんでこない。

 結局グモは美咲たちのことを密告する踏ん切りがつかないまま、見張りのゴブリンのもとに辿り着いてしまった。


「ん? お前、持ち場はどうした。確か西側出口の封鎖を命じられてなかったか」


 見張りのゴブリンがグモを見て、不思議そうに声をかけてくる。

 ここで不審がるという発想が出てこないのが、ゴブリンがゴブリンたる所以である。

 単なる純粋な疑問から声をかける見張りも見張りだが、グモもやはりゴブリンらしく頭の程度は見張りと大同小異であった。


「えーと……」


 慌てて言い訳を考えるが、グモは上位種でもないごく普通のゴブリンなので、言い訳など咄嗟に思いつくはずもなかった。

 あたふたとし始めたグモは、よりにもよってちらちらと美咲たちが隠れている方を助けを求めるかのように視線を向け始める。


「そこに誰かいるのか?」


 案の定、グモの視線の先を追った見張りの興味は美咲たちが隠れている場所へと注がれる。


「だ、誰もいない。人間なんて決していないぞ」


 盛大に墓穴を掘るグモだが、見張りは幸いにもそれに気付かなかった。


「そりゃそうだ! こんなところに人間なんているはずないだろ!」


 突込みどころをスルーして大笑いする見張りのゴブリンに、隠れていた美咲は戦慄する。

 さんざん冒険者たちやルアンが語るゴブリンの間抜けさや愚かさを、美咲は話半分に聞いていた。だが、それは間違いでも何でもなかったらしい。


(ど、どっちも信じられないくらいバカだわ……!)


 横目で美咲が見ると、同じように身を潜めているルアンは美咲が通訳どころではないのでグモと見張りがどんな話をしているのか分からず、不安そうにしている。

 さすがにまずいと思ったのか、グモは見張りに話しかけて気を逸らそうとした。


「ところで、逃げている人間たちは今どこにいるんだ?」


 はらはらしながら事態を見守っていた美咲は思わず頭を抱えた。

 話が急展開過ぎて不自然さが大爆発している。


「お前は何を言っているんだ。ずっとここで見張りをしている俺がそんなことを知るとでも思うのか」


「……知らないのか?」


「うむ。知らんぞ」


 見張りは見張りで、グモの不自然な話題転換と内容を不審に思うことなく、意味もなく堂々とふんぞり返っている。


「ああ、でも」


 少し考え込んだ見張りは何かを思い出した様子で、期待した情報を得られず肩を落とすグモに付け加えた。


「先ほどベブレ様の伝令と少し話をしてな。逃げた人間たちはまだ見つかってないが、人海戦術で虱潰しに探した結果、消去法で潜んでいるであろう大体の位置は掴めたそうだ」


「ほほう! さすがはベブレ様だな。わしにはよく分からないが凄いぞ」


 一瞬自分の目的や現在置かれている立場を忘れ、グモはとても喜んだ。

 ゴブリンは馬鹿で単純な種族なのである。


「それで、人間たちはどこに居そうなんだ?」


 グモは興奮して見張りに話の続きを促す。


「伝令の話では、この先の通路を真っ直ぐ進んだエリアにいる可能性が高いそうだ。他は探したが誰も見つからなかったらしい」


「なるほどなるほど! それならすぐに見つかりそうだな。じゃあわしは持ち場に戻るぞ」


「もうあんまり持ち場を離れるんじゃないぞ」


 どことなくうきうきとした足取りで、グモは美咲たちが隠れている場所へと帰ってきた。


「人間たちの居場所が分かりましたぞ!」


「……場所を変えましょう。あなたがここから出ていく素振りを見せなかったら、見張りから見ていかにも不自然だから」


 疲れきった表情の美咲の横で、ルアンは憮然とした顔をしている。


「何を話してるか全く分からなかったんだが」


「移動したら教えてあげる。今はとにかく移動よ」


 美咲たちはこれ以上見張りの目を引かないうちに、そそくさとその場をあとにした。



■ □ ■



 移動した先で周囲の安全を確認した美咲たちは、まず得た情報を皆で共有することから始めた。

 ゴブリンの言葉が分からず一人だけ蚊帳の外だったルアンに、美咲が先ほどの会話で分かったことを、グモの挙動関係を省略して簡潔に説明する。

 ようやく状況を理解したルアンは、難しい顔をして唸った。


「となると、先に進むためには一度あの見張りのゴブリンをやり過ごさなきゃならないわけか。殺すのが一番手っ取り早いんだけどなぁ」


 ぼやくルアンに、グモは慌てて縋りついた。

 命惜しさに一時的に美咲とルアンに協力することに決めたグモだが、彼に同族を裏切っているという自覚は無かった。それどころか、グモはまだゴブリンたちを同胞と捉えている。


「な、仲間に手荒な真似はせんでください」


 ルアンは美咲からグモの発言の意味を聞き、グモと美咲を順繰りに見て、がっくりと項垂れる。


「……これだもんな。無理か」


 自分の提案が発端である美咲は、曖昧に笑って誤魔化して逸れかけた話を軌道修正する。


「と、とにかくあの見張りをやり過ごして先に進む方法を探さなきゃ。皆、何か提案はない?」


 真っ先に手を上げて発言したのはグモだった。


「とりあえず、普通に行けばいいんじゃないでしょうか」


「……あのな。それができないから別の方法を探してるんだぞ」


 一瞬でも期待してしまったらしいルアンが半眼になってグモを睨む。


「あれ?」


 本気で分かってない様子のグモは不思議そうに首を傾げた。

 横から美咲が懇切丁寧にグモに説明する。


「それだとグモはよくても私とルアンが確実に見咎められちゃうの。そうなれば私たちがどう対応するにしろ、騒ぎになるのは避けられないと思うのよ。グモと違って、私たちは人間だから」


「そういえば、そうでしたな」


 グモはようやく思い出せたとばかりにぽんと手を打った。

 それを見た美咲の笑顔が引き攣る。


(大丈夫なのかなこれで……)


 ここまでアレだと、信用するしない以前の問題で話が正しく伝わっているかどうかすら不安になってくる。


「何とかしてあそこから追い払わないとね」


「でもどうやって? 今は俺たちしかいないんだぞ。できることなんて限られてる。殺す方が絶対楽だと思うが」


 考え込む美咲に対し、ルアンは溜息をついて一応助言をした。

 予想通り、美咲は首を横に振ってルアンの意見を否定する。


「それは駄目よ。グモとの約束に反するわ。気絶させるとかは無理なの?」


「出来なくはないけど、簡単に言うなよ。手加減って思ったよりも難しいんだぜ。力入れすぎたら殺しちまうし、かといって手を抜き過ぎたらすぐ目覚めちまう」


 分かっていたものの、予想通りの美咲の反応にルアンは唇を尖らせた。


「わしとしても、仲間に手を上げるよりは追い払う方が賛成できます」


 出来る限り仲間を傷付けたくないグモは、ルアンの提案には否定的で、美咲の意見に乗り気だった。


「ほら、やっぱり追い払うしかないわよ。私とルアンのどちらかが出て行って気を引くしかないかしら」


「ああ、くそ、畜生。どうしてこんなこと妙なことになったんだ」


 盛大な溜息をつくルアンは、がりがりと両手で頭をかく。

 問題は、美咲にしろルアンにしろ、気を引く役は一時的に一人でゴブリンたちから追われる羽目になることだろう。

 当事者として気が進まない話だ。


「グモだっけ、そのゴブリンの名前。そいつに見張りを連れ出させろよ。同じゴブリン同士だし、もしかしたら油断してくれるかもしれない」


 美咲を思い留まらせることを諦めて割り切ったルアンが、代わりに代案を出す。


「おお、それならばわしも仲間に手を出さずに済むので賛成です!」


「でも、上手くいくのかな……」


 目を輝かせたグモがルアンの案に賛成するが、今度は美咲が否定的だった。

 何しろ、グモの行動は見ているこっちがはらはらするほど危なっかしいのである。

 見た目上手くいっているように見えても、何の拍子に作戦が崩れるか分からない。

 とてもではないが、安心して任せられるとは美咲には思えなかった。


「上手くいくかはやってみないとわからねーけど、少なくとも俺やお前が騒ぎを起こすよりは穏便に済ませられるだろ。それに俺とお前が一緒に行動できるのは大きい。他の案だと、どうしても別行動になっちまうからな」


 気を利かせた美咲がグモがどう行動したか詳しい説明まではルアンにしなかったせいで、ルアンはグモの能力については疑っていなかった。

 いや、ゴブリンという種族そのものの特徴として頭が悪いというのはもちろん知っていたが、それでもこれくらいのことならいくらなんでもできるだろうと思っていたのだ。

 この場合は、美咲の方が杞憂だったらしい。


「ん? どうしたんだ。忘れ物か」


「いや、それがさっき持ち場に戻る途中で人間が走っていくのを見かけたんだ。こっちに走っていった」


「本当か! 追いかけるぞ!」


 見張りのゴブリンはグモを引き連れ走り去っていく。

 美咲とルアンは姿を隠したまま彼らの背を呆然として見送る。

 グモと見張りの姿が消えると、美咲とルアンは顔を見合わせた。


「……なあ、今グモとあのゴブリン、指差した方向とは全然別の方向に走り出してなかったか?」


「それどころか、戻る途中で見かけただけのグモが、そんな詳しい行き先を知るはずがないっていう単純な事実さえ無視されてたね……」


「と、とにかく当初の目的は果たせたんだ。あいつらが戻ってくる前に先に進もうぜ。グモの奴も、うっかり俺たちのことを漏らさないとも限らないからな」


「そ、そうよね。過程よりも結果を重視しましょう」


 釈然としない気持ちを抱えながらも、美咲とルアンは見張りがいなくなった隙に、ルフィミアたちが逃げ回っているであろうエリアに突入した。


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