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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦6

 美咲とルアンは重要な決断を迫られている。

 進むべきか、引くべきか。

 すなわち生き残りを回収するために危険を承知で奥へ向かうか、自分たちの身の安全を優先して即座に引き返すかのどちらかを。

 言うまでもなく美咲は引き返す方を強く推したが意外にもルアンはそれに難色を示す。


「話が本当なら、まだ生き残ってる奴もいるんだろ。なら助けにいくべきだ。お前は助けたくないのかよ」


 ルアンに責めるように睨まれ、美咲はたじろいだ。

 もちろん美咲にだって彼らを助けたい気持ちは存在する。

 でも自分の命とどちらか大切かと問われたら、美咲は間違いなく自分の命を取る。

 死にたくないという願いが、美咲が魔王を倒そうとするそもそもの動機なのだから。

 もしも死出の呪刻が身体に刻まれてなければ、そもそも魔王を倒す旅になど出ずに、すぐ元の世界に帰してもらっていただろう。


「巣の中のどこにいるかも分からないのよ。私とルアンしかいないんだから、虱潰しには探せないわ。それに出発前に言ってた人がいたじゃない。上位種がいたらすぐに脱出するようにって」


 なんとか意見を翻すようにルアンを説得しようとする美咲だが、芳しくなくそれどころかルアンは美咲も同行することを前提に作戦を立て始める。


「何のために俺たちがここにいると思ってるんだよ。退路を確保するためだろ。さっきの分岐路で待ってれば生きてりゃ絶対そこを通るはずだ。まずはあの分岐路を押さえよう。俺たちが逃げるのは生き残りを回収してからでも遅くないはずだ」


(か、勝手に決めないでよ!)


 美咲は堪らず心の中で悲鳴を上げる。


「他の出口を目指す可能性もあるし、考え直した方がいいよ」


 粘り強く美咲はルアンを諭すが、効果は無かった。


「ゴブリンの巣内部の地図をギルドが事前に用意するなんて無理だから、出口を目指すなら、来た道を戻ろうと考えるのが自然だ。俺たちが退路を確保していることだって知っているはず。一応作戦じゃこういう状況も想定して俺たちにも役割が割り振られてるはずだし」


 自分たちの命第一で動きたい美咲にとって始末が悪いのは、ルアンの主張することにも理があるということだ。

 理詰めで説得されると、逃げたいだけの美咲は自分の主張を貫き通すことなんてできなかった。

 結局美咲はなし崩しにルアンと一緒に分岐路に留まることになってしまった。


「わ、私、死ぬかも。死んじゃうかも。やだ。死にたくない」


「大げさな。たかが分岐路を押さえるだけじゃないか。怖がりすぎだ」


 苦笑するルアンを、美咲は全く信用できなかった。

 入り口で待てと言われたのに、気になるからとあっさり言いつけを破ってここまで入ってきてしまったルアンだ。

 分岐路を押さえるだけと言われて、はいそうですかと言葉そのままに信じる方がどうかしている。


(絶対焦れて先に進んでみようとか言い出すわ、きっと!)


 いやいやでも美咲がルアンに従ってしまうのは、やはり美咲にもルフィミアたちがまだ生きているなら助けたいという気持ちがあるからだ。ルアンを見捨てて一人で外に出て行かないことから分かる通り、美咲の根はお人好しである。

 強く押し切られては断りきれない。

 ベルアニアの召喚される以前からの美咲の短所であった。


「あのー、結局いったいどういうことになったんで?」


 状況を掴めていないグモが恐る恐るといった様子で美咲に事の次第を尋ねてくる。

 それでも目の前のルアンから自分に対する殺気が薄れたのは敏感に感じ取ったのか、グモの声は戸惑いが滲み出ながらも隠し切れない期待の色があった。

 いかにも単純そうな、ある意味ゴブリンらしいグモの面構えを見て、美咲は半ばやけになって決断した。


「こうなったら、あなたにも協力してもらう」


「きょ、協力?」


 座った目で睨まれ、グモがびくびくする。


「この洞窟について詳しい?」


「そりゃ、自分らの住処ですから、それなりには」


「じゃあ、この地図の空白部分を埋めて頂戴。出来によってはあなたの生き死にに関わることだから、嘘とか混ぜないでしっかり描くこと。騙したりしたらたたっ斬るからね」


「そ、そりゃもちろん心得てます!」


 グモは美咲からマッピングセットを受け取ると、大部分が空白の地図に描き足し始めた。

 描き上げられた地図を美咲はグモから受け取る。


「本当に嘘は描いてないわね?」


 ざっと地図に目を通した美咲がグモに確認すると、グモは焦ったように顔を上下にかくかくと振った。


「もちろんです!」


「そう。なら信じる。ルアン、あなたも一応見ておいた方がいいかもしれないから確認して」


 美咲は念のためにルアンに地図を手渡す。

 じっくりと地図を眺めたルアンは、地図から顔を上げるとおもむろに剣の柄を握り直した。


「よし、じゃあ殺すか」


 当たり前のように自然な動きで剣を振り上げたルアンを見て、美咲は慌てて勇者の剣を構え、グモとルアンの間に割って入った。


「ちょ、ストップストップ! いきなりなんてことする気!?」


 ルアンの行動にぎょっとした美咲だったが、ルアンも美咲に頑固に反対されるとは思わなかったらしく、多少うろたえた表情で弁解する。


「え、だって連れてくのも放置するのも有り得ないだろ。いくら確認したって嘘つかれてても俺たちには確かめる術がないんだし、放置したら俺たちの情報が漏れちまう。殺しておいた方がいいよ」


 言葉は理解できなくても、行動で何をしようとしているかは明確に伝わる。

 殺されかけたと気付いたグモは腰を抜かし、ぽかんとした顔で自分をかばった美咲を見上げた。

 人間が、ゴブリンをかばって人間と対立している。

 その事実を目の前にして、単純なグモの脳味噌は大いに混乱した。

 シンプルな考え方を持つ多くのゴブリンたちと同じように、グモにとって人間というのは誰であろうと敵であり、今の状況は全く持って不可解なものであった。

 グモの常識に従うなら、美咲はルアンをかばわず、むしろ率先して殺すべきだった。少なくともゴブリンなら人間に対してそうする。


 だが、グモは頭が悪いと言われるゴブリンたちの中で一際飛び抜けて頭が悪かった。要領が悪いと言い換えてもいい。


 頭が悪いゴブリンらしく念を押されながらも描いた地図には一部嘘が含まれていたし、美咲が自分をかばったことをいいことに嘘を隠すこともできたのに、それをしなかったのである。


「あの、なんでわしをかばうんですか。わし、ゴブリンですよ。地図にだって、あれだけ言われたのに嘘を描きました」


「へ? そうなの?」


 嘘をつかれていたこともそうだが、それを正直に告げられたことにも驚いた美咲は、素っ頓狂な声を上げてグモを見る。


「おい、そのゴブリンは何を言ったんだ。まさか利用できるとでも踏んで美咲の同情を引こうとでも考えてるんじゃないだろうな」


 ゴブリンの言葉が分からないルアンは、美咲とグモの会話の内容が掴めず警戒する。

 対する美咲の方は、騙されかけていたことに多少そんな気はしていたとはいえショックを受けつつも、馬鹿正直に話したグモに対して疑問を抱いた。


「……えーと。色々言いたいことはあるけど、どうしてばらしたの? 黙っていれば良かったのに」


 美咲に問いかけられて、グモは口を噤んだ。

 ここで淀みなくすらすらと答えられるようなら、それはもはやゴブリンではない。

 グモ自身、自分の行動に対して明確に説明できるかというと、そうではなかった。

 ただ、グモの中に、目の前の人間について知りたいという、ゴブリンとしては前代未聞の欲求があったことは事実だ。

 あまり働かない頭でグモは考え、言葉を搾り出す。


「あとでばれたら殺されるかもしれない。わし、よく考えたらこんなことで死にたくないです」


 正直なグモに美咲は苦笑した。

 自分の願いとも重なるのが、なんとも微妙な話だ。

 実にストレートな言葉である。

 死にたくないという欲求は、種族を問わず同じのようだった。


「ルアン、ちょっと地図貸して」


 一先ず疑問は置いておいて、地図の修正をしなければと、美咲はルアンに対して地図の返還を要求する。


「あ? ああ、いいけど、結局何なんだよ」


 戸惑いながらも、ルアンは美咲に地図を渡した。

 もう既に地図の内容は、ほとんどルアンの頭の中に入っている。

 受け取った地図を、美咲はグモに差し出す。


「悪いけど、訂正して?」


「は、はいっ」


 グモが訂正した地図は、三割ほどが修正されていた。

 それに加えて、いくつかの箇所に美咲の読めない文字で注意書きらしき文字が新たに添えられている。

 日本語しか読めない美咲は、誰に読んでもらうか少し迷った。

 普段なら迷うことなくルアンを選ぶが、今の彼はちょっと状況が悪く精神的にいい状態とは言えない。

 なので美咲はグモに頼んだ。


「読んでくれないかな。私、字が読めないんだ」


「なんだよ。やっぱり嘘ついてたのか」


「違うわよ。描き間違いがあったんですって」


 疑いの目をグモに向けるルアンに、美咲がグモを庇って説明する。

 またしても庇われたことに、グモは混乱して目を白黒させた。


「っていうか、文字書けるのね、あなた」


 感心する美咲に言われて、グモはきょとんとした顔で美咲を見上げた。


「ゴブリン文字ですから。ゴブリンなら誰でも書けますよ」


 事も無げに言われて美咲は絶句する。


(識字率高すぎでしょ!)


 美咲の世界では今でこそ高い水準にあるとはいえ、昔は文盲の人間は珍しくもなかったのに、えらい違いである。

 グモの説明によると、文字が書かれている場所は、見張りが置かれている場所だということだった。


「つまり、ここを避けていけば見つからずに皆を探せるってことかしら」


「巡回のゴブリンもいますから一概には言えませんが、そういうことになります」


 置いてけぼりを食らっているルアンが不満そうに美咲の袖を引く。


「通訳してくれよ。全然話が分からないぞ」


「ああ、ごめんね。これって全部同じ文字でしょ? この文字が描いてある場所には見張りがいるらしいわ。あと巡回してるゴブリンもいるって」


「そこまで分かってるなら不安要素はあってもそれほど探すのには苦労しなさそうだな。っていうか、結構数が少ないな。もっといるかと思ってたんだが」


 首を傾げるルアンの疑問にグモが答える。


「先に襲った人間たちの中に滅法強い四人組がいまして。ベブレ様の眠りの呪文に抵抗したのもそいつらです。やたら強い人間たちで、逃げられた時には半分くらいに仲間が減ってました」


 ため息をつくグモの横で、美咲とルアンは顔を見合わせる。


「四人組って、もしかしたらルフィミアさんたちのことかな」


「きっとそうだ。やっぱりまだ生きてる奴がいるんだ。助けに行かなきゃ男がすたるってもんだぜ」


 状況を理解したルアンが、真剣な表情で立ち上がる。


「先に進もう。その地図があれば、見つからずに先に進める」


 美咲たちは、ルアンを先頭に歩き出した。


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