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異世界ツーリング  作者: おにぎり
外伝~レイラーの飛行機械
118/135

レイラーの飛行機械 7

レイラーの外伝はこれで最終回です。

レイラーの飛行機械 7


「お父様…出来たね」

「ああ、レイラー…出来た」


 出来あがったのだ。


「これは、美しいね」

「すばらしいね」


 エレガント、である。


 研究開始から約二年。

 長いのか短いのかはわからないが、その結果がここにある。


 全幅は約12ヤル(約11m)、全長は7ヤル(6m)。重量は130ポル程度に抑えてある。

 上下に二枚の主翼を備えた二枚翼機である。後方に一枚の垂直安定板が、その左右に水平安定板が配されている。主翼は上側が大きく、下側がずっと小さい。

 人間は上下の主翼間の操縦席に仰向けに寝そべって乗る。操縦系統は3つ。水平安定板、垂直安定板、それに主翼後端に設置した補助翼を操作する。

 操縦席の周りは空気の流れを乱さない為に、小さくなめらかな形の囲いがしてある。バイク形態のアールを参考にしたものだ。窓はビジャンが自分の部屋のぽりかぁぼねぃとを外して持って来た。泥棒と言えば泥棒であるが、後で戻しておく事にしてレイラーは自分の良心をなだめた。

 動力は備えていない。ただ、宙を滑るのみである。魔石バーナーの送風機構から着想を得た、たぁびん付きの飛行機械は、まだまだ先の事だ。


「ベフナーム先生!レイラー先生!飛ばしましょう!」

 ボルズーがでかい声で叫んだ。製作に携わった面々も晴れやかな顔で頷いている。やり遂げた人間の顔だ。

「……飛ばす前に、兄貴に…」

 ビジャンがつぶやいた。


「そうだね、ビジャン君。言わなければいけないね。お父様…」

「行ってきたまえ。ビジャン君も頼むよ」

「……わかった…」

 隠していたので、気が重い。

 特に後ろめたい事はしていないはずなのだが…それとはまた、別の話だ。

「ビジャン君、イセ君は怒らないかね…」

「怒るかもしれない。でも、言わなければいけない」

「そうだね」

 レイラーとビジャンは自操車に乗りこんで、伊勢の家に向かった。



^^^

 イセ君は家でガラスを弄っていた。新型の板ガラスを作る実験である。

 レイラーは、キュッと拳を握ると意を決して話しだした。


「イセ君、ちょっと私に付き合ってくれないかね。アール君も。」

「ん?どうしたレイラー?ビジャンと一緒とは珍しいな」

 戸惑い気味の伊勢に、レイラーは真剣な口調で語りかけた。飛行機械は、彼の誓いに関する事なのだ。ゆるがせには出来ぬ。

「まあ、ちょっと来てくれたまえ。君たちに打ち明けなければいけない事があるのだよ」

「おいおい…まあ、行くけどさ、なんなの?」

「…それはついてから説明するよ。」

 イセ君は飛行機械を見てなんと言うだろうか…怒ったり、落胆したりしないだろうか…。心配で、レイラーの胃はキリキリと痛んだ。


 格納庫へは、自操車で二分の一時間ほどである。無言のまま自操車を走らせた。レイラーには時間の経過が、とても長く感じられた。

格納庫に着くと、自操車の音を聞き付けた面々が、横の扉から出てきた。

「お?ベフナーム先生も…どうしたんですか?」

「うむ、イセ君。レイラーから話を聞いてくれたまえ」

「はあ…」

 レイラーは、まっすぐに彼の目を見て、話した。緊張で鳥肌が立った。

「イセ君、まず説明させてくれたまえ…君が故国の掟により、この事を話せないのは知っている。だから…私たちは自力で成し遂げたよ。隠していたのはすまないと思うが…でも仕方がなかったのだよ。

 私たちは君から飛行機械の事は聞いていない。これなら君の誓いが破られた事にはならないだろう!?」

 伊勢は首をかしげた。飛行機械?…あ?!おい…この建物はもしかして…。

「まあ…見てくれたまえ。ビジャン君、開けてくれないかね」



 ビジャンの手で、格納庫の扉が開かれた。


 そこあったものは…


「…え…何これ…グライダーじゃねぇか…」

 伊勢は呆然とした。

「ぐらいだぁと言うのかね?これが、私たちの作った飛行機械だよイセ君、アール君。どう思うね?」

「イセ君がレイラーに作った紙飛行機から着想を得たのだよ。どうかね?」

 どうもこうもない。

 伊勢からすれば、こんなバカな話は無いのだ。

 紙飛行機を作って飛ばしたら、二年後に固定翼のグライダーが出来上がっている。…意味不明である。こんなのは夢のドリームである。どちらかというと悪夢の方である。


「…紙飛行機から…何でこんなのが出来ちゃうの?」

「こんなのっ?!…そうか…そんなにダメかね…」

「なんと…ダメなのかね…」

 レイラーの視線の先で、イセ君は呆れたようにうな垂れて、頭を左右に振っている。

 モラディヤーン親子はがっくり肩を落とした。ここまでやってもまるでダメだとは…飛行機械とはどれほど奥の深いものなのだろうか。確かに理論化できていない点が多過ぎるから、試行錯誤で進めて行くしかないのだが…

 ボルズー以下、飛行機械製作に携わっていた他の面々の顔も、俄かに暗く曇った。


「君にしてみれば”こんなの”かもしれないが、私は必死で頑張ったのだよ……空を…人が空を飛べるはずなのだ!それなら、飛ばなきゃいけないじゃないか!!絶対に飛ばなきゃいけないじゃないか!!」

 レイラーは叫んだ。

 人は空を飛べるはずなのだ。

 神が授けて下さった、人の可能性なのだ。

 この飛行機械で、それが実現できると思ったのだ。

 それを信じて、ここまで一生懸命にやって来たのだ。

 いまだ空には届かないかもしれないが…でも!


「レイラーさん、このグライダーは結構よく出来ているかもしれませんヨ?」

 …え?

「アール君!本当かね?!」

「動力が無いのに複葉機というのがダメですけど、基本的な要素は抑えていますヨ。

 垂直尾翼と水平尾翼はちゃんとあるし、方向舵と昇降舵も備えてます。補助翼もありますね。…複葉機にしたのは主翼の強度的な問題ですか?ボクは航空機には素人ですけど、飛ぶかもしれません」

「アール君…」


 涙が出た。

 レイラーは、間違っていなかったのだ。


「お父様…」

「レイラー、飛ばしてみようなじゃないかね」

 ベフナームは、娘に優しく笑顔でそう言った。

「そうだね、お父様…」


「レイラー」

 イセ君が、硬い顔で唸るようにレイラーを見た。レイラーは少し、気圧された。こんな顔をしたイセ君を見るのは初めてだった。やはり…イセ君は飛行機械を秘密にしていた事を怒っている…

「誰がこの”飛行機械”を操縦するんだ?」

 なぜイセ君はそんな事を気にするのだろう。レイラーは疑問に思うが、今はまあ良かろう。操縦者は既に決まっている。

「もちろんそれは私だよ!」

「もちろんそれは私だよ!」


 …………?


「お父様?!」

「レイラー?!」

 信じられない…レイラーとベフナームは口と目をかっぴらいて見つめあった。

「お父様!私は魔法師なのだよ?何かあった時に対処できるのは私しかいないじゃないか!」

「何を言っているのかね!魔法師といえども、飛ぶのは難しいじゃないかね!集中できなければとっさの時に対処などできはしないよ!」

「私は集中力があるから大丈夫だよ!私の魔法を信じてもらいたいものだね!」

「集中力があるから逆に危険なのじゃないかね!娘に危険を任せておけるほど私は老いていないのだよ!」

「お父様っ!このわからずやっ!」

「レイラーっ!この頑固ものっ!」

 親子は睨みあった。お互いに、これだけは引くわけにはいかないのだ。始めた時から、それだけは自分でやると、思い極めてここまで来たのである。

 周りの面々は、初めて見る彼らの親子喧嘩に固唾をのんで見守るしかない。


「……俺が飛ぶ…」

 睨みあう親子に、ぼそりとした声で横やりが入った。

「「ビジャン君?!」」

 ビジャンは、愕然とするレイラーとベフナームを凝視ながら、もう一度言った。

「俺が飛ぶ」

 静かだが、鋼鉄の如く明瞭な答えであった。シンとした格納庫中に、沁みわたるような声であった。

「そんなのダメだよ!この飛行機械は私が!」

 レイラーは足を踏みならして、怒鳴った。


「レイラーさん。俺は戦闘士だ」

「だからなんだと言うのかね!」

 泣きそうな顔で、レイラーは何度も何度も地団太を踏んだ。激昂する彼女に向けて、ビジャンは淡々と静かに続けた。

「戦闘士だから、犠牲と戦果を評価する。俺の役目だ。絶対に俺が飛ぶ。それが受け入れられないなら、俺は今すぐ飛行機械をぶち壊す」

 レイラーは混乱した。

 ビジャン君は…何を言っているのだ…

 飛行機械を…壊す?

 そんなバカな…論理的に言えば、魔法師の私が乗るのが一番理にかなっているのに…壊す?

 

「そうだな、ビジャン。お前が乗れ。それなら俺も協力してやる」

「イセ君?!」

 イセ君まで何を言ってるのだ…この飛行機械は私が…彼の誓いは…

「ビジャン君、すまないが頼むよ」

「お父様?!」

 お父様まで…何でこうなるのだ…こんなロゴスはないはずだ。


 レイラーは声を上げて泣いた。

 自分が泣いている理由も、何だかよく分からなかった。

 頭の中を情報が駆け巡って、上手く処理できない。


 きっと、感情なのだ。

 みんな感情で動いているから、だからこうなるのだ!

 バカなことを!

 お父様まで感情で動いている!

 なにが戦闘士だ!犠牲と戦果を評価する、だ!

 飛行機械を飛ばすには、魔法師である私が乗るのが最も確実な成功を得るための近道なのだ!なぜ、それが分からないのだ!

 私が乗らないなら、失敗するかもしれないのに!

 飛行機械を飛ばすのが最も大切なことなのに!それが何よりも優先順位の一番に…優先順位…


 そうか…優先順位が違うのか…

 感情が、優先順位をつけるのか…

 そうか、私も感情で動いているのか…


 彼らは飛行機械が、優先順位の一番ではない。

 一番は…



「レイラーさん、俺が飛ぶ。いいな?」


 レイラーは涙と鼻水で汚れた顔を見られたくなかったので、下を向いてうつむいたまま、コクリと頷いた。



^^^

 2週間後の朝、ベフナームはキルマウスの屋敷に居た。


「空を飛ぶ?あ?何を言っているのだベフナーム殿。考え過ぎで頭がおかしくなられたか?ふはは!!学者も大変だな。まあタバコでも吸ってくれ。果物もあるぞ。甘い菓子もある」

「ふむ、そうかね。では遠慮なく」

 ベフナームはキルマウスのさし出したタバコをとってキセルに詰め、悠然とふかした。これは旨い!いいタバコである。


「ところでレイラー殿は嫁に行ったのか?そのタバコは旨いだろう?湿り気が大事だ。空を飛ぶとは何だ?」

「ふむ、まだレイラーは嫁にいってないがね。タバコは旨いね。まあ、そんな事はどうでもいいのだよ。

 私とレイラーでね、空を飛ぶ機械、飛行機械を作ったのだ。鳥のように空を飛ぶのだよ」

 キルマウスはまじまじとベフナームの顔を見た。本当に頭がおかしくなったと思っているのであろう。痛ましく、可哀想な者を見る目である。

「そうか。うむ。それは良かったな。めでたい。うん。すごいな。まあ、あれだ。ちょっと休むとよい。…ああ……残念だ」

 ベフナームは懐から紙飛行機をとりだした。全ての発端になった、アレである。


「ほいっ!」

 紙飛行機は室内を滑るように舞った。

「ふむ。ベフナーム殿。飛んだな。うむ。そうか。凄いな。いや、本当に残念だ。………あ?…飛ぶのか?」

「今のはイセ君が手慰みで作ったものだよ。私とレイラーが作ったものは、この部屋より大きいのだよ。人が乗るのだよ」

 嬉しそうにほほ笑むベフナーム。

 その様子を見て、キルマウスの目がキラリ、輝いてきた。

「飛ぶのか?」

「計算上は飛ぶように作ったのだがね」

「飛ぶんだな?」

「おそらくね」

「乗れるのか?」

「たぶん、そのうちにね」


 キルマウスは乱暴に机の引き出しをあけると、中から銀貨をジャラジャラと掴みだして、袋にギュウギュウと詰めた。袋はパンパンとなって裂けた。

「ええいっ!!くそっ!」

 彼はもう一回り大きな袋を出し、引き出しを引き抜いて銀貨を流し込んだ。

「ベフナーム殿。持って行ってくれ。いつだ?どこだ?誰だ?」

「数日後に南の街道を空けて欲しいのだがね。ビジャンという戦闘士が乗るよ」

「よかろう。必要なものは無いか?何でも言え!」

「当日に30人ほど人の手をくれないかね。後は私が用意するよ」

「よし!!」


 ベフナームはニコニコと笑った。

 セルジャーン家が乗り出したのだ。

 これで、段取りは完璧である。



^^^

 明後日は本番である。


 伊勢とアールは街道に出てテストをしていた。

「重いー!!」

 アールはバイク形態になって、石を大量に積んだ、鉄の車輪の自操車を引っ張っていた。

 この重たい自操車にワイヤーで飛行機械をつないで走るのである。つまり、グライダーの牽引役なのだ。車体が軽すぎるので、バイクそのままで引っ張ったりは到底できない。

 本番では、この自操車にロスタムとファリドを乗せる予定である。何かあったらワイヤーボビンを捨てさせ、グライダーと切り離すのだ。


 アールはトラクションをかけるために、変形チートで後輪は扁平にして溝を無くし、幅も広くしてみた。しかし、ずるずる滑って白煙を上げている。スモーキーであった。

「相棒、なんとか引っ張れるけど…もっとリアに荷重が必要ですヨ」

「もう普段より100キロも車体を重くしてるんだけどな…、じゃあシートレールを伸ばしてくれ。後ろの方に石を積もう」

「はい、相棒」

 スイングアームとタンデムシートを長く伸ばして、後端に50キロくらいの石を積んだ。

「お、いけるな」

 確かに、いける。後輪はあまり滑らなくなった。ただ、言葉を失うほどに限りなくダサい。こんなアールは見たくない…


「クラッチが熱いです!…でも我慢します!」

「おい!むりすんなよ?!」

「はい、相棒!」

 動き出しは大変だが、動いてしまえばなんと言う事もない。ゴリゴリと加速していく。何と言っても147馬力なのだ。馬が沢山なのだ。

 100キロ程度まで加速できたので、十分と判断し、Uターンして戻った。


「ああ、結構大変ですね、相棒」

「まあ仕方ねぇな。これがたぶん一番安全だからな」

「そうですね。でも、すごいですよね」

「俺は紙飛行機しか作って無いのに…だから何も教えなかったんだけどなぁ…」

「完成度が高いので、大丈夫だと思います。」

「そう願うよ」


 伊勢は呟いて、アールのタンクをポンポンとたたいた。



^^^

 当日。


 南の街道は午後から封鎖された。今からここは滑走路になるのである。


 それは良いのだが…


「お父様、見物人がすごいね…」

「これは失敗できないね…」

 沢山の見物人が来ているのだ。見物人目当ての屋台まで出ている。小さなお祭り騒ぎである。

 完全にベフナームの誤算であった。キルマウスに言う、ということは、こういう事なのである。

 街道上にも沢山の兵士が立って、邪魔な者をどかしている。これだけはありがたい。


 朝のうちに現場に運んで来た飛行機械の周りには、人が鈴なりになっていた。見物人が触らないように、キルマウスから貸し出された警備兵が見張っている。宝物の如く厳重な警備である。まあ、レイラーにすれば飛行機械はどんな宝物よりも貴重だから当たり前の事である。


 そのキルマウスはというと、操縦席に乗ってペダルを踏んだりレバーを引いたりしている。彼の操作でパタパタと操舵翼がうごいた。

「うむ…動くな。ベフナーム殿!レイラー殿!早く飛ばしたいな!これほど大きいとはな!いいぞっ!これはいい…本当に飛ぶなら使えるかも知れんな…」

 ニヤニヤと笑いながら操縦席周りの機体を撫でている。この男の自制心はすでに風前のともしびであろう。そもそも最初から自制心など持っているのだろうか。極めて疑問である。


 レイラーがふと眼をやれば、アミルが垂直安定板の傍に立って、にこやかに見物人と話している。垂直安定板には『ありがとうアミル商会』と書かれているのだ。

 レイラーはあえて、彼が何を話しているか聞かない事にした。商人の話はあまり聞かない方が良いのだ。ドキドキして学問にさしさわりがでかねない。


 その他にも、いくつかの言葉が機体に書かれている。主翼上面には『モラディヤーン家』と大書され、主翼下面には『栄光のファハーン』と書かれている。上空に上がった時に、見えるのだ。ぜひ、この字を読みたいとレイラーは思っている。


 他にも、製作に携わった人間が思い思いに文字を入れたのだ。レイラーは一つ一つを思い出す。

 レイラーは『飛行機械』と書いた。ベフナームは『真理』と書いた。

 ボルズーは23人の名前を小さく書いた。伊勢とアールはニホンの言葉で何かを書いた。ビジャンだけは何も書かなかった。

 その伊勢一家もボルズー一家も全員が見に来ている。赤ん坊連中だけは近所のおばちゃんに預けて留守番だが。


 レイラーは機体の状態を頭の中で再確認した。

 あれから機体には、イセ君が手を入れてくれて、いくつかの個所が修正されている。最も大きな変更点は、各所にアール君の金属ワイヤーを使った事と、降着装置と操縦席である。

 降着装置が頑丈すぎたので、これをもう少し弱いものにしたのだ。墜落した時にはこの部分が座屈して、操縦者の衝撃を和らげるクッションとなるという。良くこんな事を思いつくものだとレイラーは感心した。これが、設計者としての経験の差かもしれぬ。

 操縦席と座席はCFRPで作った。これも操縦者を守るための仕組みである。

 車輪は木製であったが、これもマグネシウム合金とゴムに変更した。車輪が壊れたら飛ぶに飛べないし、降りられもしない。アール君のマグネシウム合金なら安心である。


 きっと、飛ぶはずだ。

 きっと…


「さて、レイラー…そろそろ飛ばそうじゃないかね」

「はい、お父様」


 ベフナームの指示で、飛行機械が街道上に運ばれていく。

 運んでいるのはボルズー一家だ。人数だけは腐るほどいるので、彼らだけで十分である。

 伊勢とアールはすでに自操車を曳いて、街道上に待機している。

 着陸予定地点は近くのまっ平らな草原だ。この辺りはオアシスの水で、それなりの草が生えている。それが、ここを選んだ理由である。街道では幅が狭すぎて降りられないのだ。


「ベフナーム殿!レイラー!俺は先に行くぞっ!絶対に飛ばせっ!ハイヨッ!ふははは!」

 キルマウスが馬に乗って、離陸予定地点に向けて、高らかに笑い上げて駆けていった。


―カシャン

 ロスタムとファリドの手で、自操車のボビンから、飛行機械にワイヤーが繋がれた。

「師匠、ビジャンさん、OKです」

「ビジャン、しっかりやってこいや」

 ロスタムとファリドの言葉にビジャンはチラリと視線を向けたのみで、何も言わずに乗り込んだ。

 彼は伊勢のヘルメットをかぶり、靴や革ジャンや膝当てなど、その他の装備も伊勢の物を身に付けている。胴鎧だけはCFRPの新型だ。首の周りにもクッションを付けて、頸椎を守っていた。これ以上の装備は、事実上存在しないと言っていい。


「ビジャン君!」

 レイラーは思わず近寄って声をかけた。それ以上は、何も言葉が出てこなかった。

 

 怖い…


「レイラーさん。任せろ」

 それだけ言って、彼は操縦席に乗りこむと、扉を閉め、ぽりかぁぼねいとの窓からまっすぐ前を向いた。怖い顔をしているとレイラーは思った。


「イセ君!」

 レイラーは伊勢に声をかけた。 

「レイラー、先生と一緒に着陸予定地点に行ってなよ。予定通りにさ」

「わ、わかったよ!」


 怖い…

 イセ君も、口調はいつも通りだが、目が違う。



「レイラー、さあ、行こうかね」

「お父様…」

 レイラーはベフナームに手を引かれて、キルスの運転する自操車に乗りこんだ。

 着陸予定地点はここから1サング(1.5キロ)弱である。

「お父様…」

 頭が全く働かない。

 怖くてたまらない。


「レイラー。祈ろう」

「お父様…」

「こういう時は祈るしかないのだよ」

 他には何もできないのだ。

 考える事も、もう無い。

 なにも浮かんでこない。


「神よ…」

 レイラーは一心不乱に祈った。

 何を祈っているのかも、もうわからない。

 心は千々に乱れていた。

 それでも、ただただ祈りに祈った。


「旦那様、お嬢様、ここですね」

 キルスが自操車を止めたので、道に降りた。

 キルスは邪魔にならないように、自操車を道から外して止めた。周りにもちらほらと人がいる。邪魔にならないように、キルマウスの兵が整理をしていた。

 振り返ると、遥か遠くに飛行機械らしきものが、なんとか見えた。眼は良いのだ。

「もうすぐ滑走を始めるよ…私には全く何も見えないね」

「うん、お父様…」


 神よ…

 神よ…

 私は…

 どうか…どうか!!


 飛行機械の傍で白煙が上がった。イセ君とアール君が、バーンナウトをしているのだ。もうすぐ、飛ぶ。

「レイラー、もうすぐだね」

 ベフナームがレイラーに声をかけた。

「うん」

 レイラーはじっと見つめている。

 

 ―視界の中の点が動いた。

 1サング近く離れているので、詳細は見えない。

 でも、点は視界の中で順調に動き続けている。

 だんだんと、良く見えるようになってきた。近寄ってきている…






 あ



「飛んだ」

「飛んだかね?」

「うん」

「私にはまだ良く見えないね」

「もう飛んでる」

「どんな感じだね?」

「5~10ヤルくらいの高さ」

「問題は無いかね?」

「たぶん」

「おお、確かに飛んでいるみたいだね」

「うん」

「ああ、随分と高度が高くなった」

「安定している」

「随分上昇率が良いね」

「空気抗力が小さい」

「アール君のワイヤーに変えたからだね」

「うん」

「まだ自操車とワイヤーで繋がっているかね?」

「うん」

「更に高度があがったね」

「うん。あ、切った」

「ちゃんと飛んでいるね」


 『栄光のファハーン』


「ちょっと飛び過ぎだね」

「ええ」


 レイラーは全力で走りだした。


 飛行機械は緩やかに旋回しつつ高度を下げて行く。

 飛行自体は安定している。


 いい感じ。


―ズシャ

 上を向いて走ってたから転んだ。

 すぐにまた走りだした。


 飛行機械は順調に高度を下げる。

 最後に引き上げれば…そうそう、地面効果を使って…引き上げすぎ!!! 


 飛行機械は着陸寸前に速度を失って、腹からべしゃんと堕ちた。


「ビジャン!!」


 レイラーの横を数騎の騎馬が追い抜いていく。

 息が上がる。必死に走った。


 どうやらこうやら、飛行機械の場所までたどり着いた。 

 飛行機械の先端と下面は潰れ、主翼は折れ砕けているが、操縦席はしっかり形を保っているように見えた。


「はぁはぁ、ビジャン!!大丈夫かね!」

 返答がない。

「はぁはぁ」

 レイラーは魔法で残骸をどかしていった。人が手でやるよりは、遥かに早い。

 馬でレイラーを追い抜いていった男たちも手伝ってくれた。

 あっという間に操縦席に辿り着いた。


―メキメキメキッ

 魔法を使って、歪んだ扉を無理やり開ける。


「ビジャン!!」

 レイラーが叫ぶと、ビジャンがゆっくりと動いた。

「ああ…わかってる…胸が痛い」

「首は動かしてはいけない!体は痛くは無いかね?!」

「胸と足が痛い。甲だ…」

 レイラーは手で触って彼の体を確認した。大きな怪我は…大丈夫そうだ。

 足が痛いのはむしろ僥倖であるかもしれない。脊椎は一応無事だと言う事だ。ただ、ヘルメットに強くこすれた跡があった。頭を打って脳震盪を引き起こしているのだ。


「動けるかね?」

「たぶん…ああ、固定ベルトを切ってくれ」

 レイラーはナイフで座席への固定ベルトを切った。

 ビジャンは、ゆっくりと体の様子を確かめるようにしながら、自力で外に出てきた。操縦席を背にして地面に座り込む。


「ビジャン!大丈夫か?!」

 伊勢とアールが墜落現場に追い付いて来た。ファリドとロスタムも、彼らの後を走っている。ベフナームはまだ遠い。

「……ああ、兄貴、アールさん、大丈夫だ…左の足の甲が折れたらしい…あと、肋骨が…いや、これはたぶん打撲か、ひびだ」

「ヘルメットは自分で脱げるか?首は出来るだけ動かすなよ」

 ビジャンは自分でゆっくりとヘルメットを脱いだ。首は大丈夫そうだが、少し痛そうだ。

 レイラーは慎重に彼の鎧と靴を脱がせて、患部の骨を見た。胸は強い打撲を受けているが、完全に折れてはいない。足の中指と薬指につながる骨が折れているようだが…こんなのはすぐに治る。レイラーの口から自然と長いため息が漏れた。


―ドドドドドッ。馬蹄を響かせて、キルマウスがやって来た。

「ふはは!墜ちたな!無事なら良し。これを持って行け。飛行機械はいくさには使えぬな。もう一つ作ってくれ。金は出す。乗りたい。頼んだぞレイラー殿!おお、ベフナーム殿も来たか!うはは!すごかったぞ!」

 彼は言うだけ言って、ビジャンに銭袋を投げ渡し、駆け去って行った。


「はあ…もう走れんよ…」

 ここまで彼なりの全力で走って来たベフナームが、息を荒げてレイラーの横でヘタり込んだ。

「レイラー、飛んだね。ビジャン君も…大丈夫そうだね。はあはあ…」

 ジョギングに毛の生えた程度の走りだと言うのに、ベフナームは息も絶え絶えである。キルスに介抱されながら水を飲みに離れた。


「飛行機械は、飛んだ」

 ビジャンは目を細めながら、空を眺めた。レイラーも空を見上げた。眩しい。

 いつも通り雲ひとつなく、空は青く高く澄んで、輝いていた。


 目を落として振り返ってみると、飛行機械の残骸がある。

 翼は滅茶苦茶に折れ、バラバラに砕けてしまっているが、さっきまでは確かに空を飛んでいたのだ。


「意外と、簡単だったね…」


 始まりは紙飛行機。

 そこから二年。

 たったの二年。

 不思議なほど達成感は無い。

 とても怖かったから、今はただ、安心していた。


 飛ぶのは当たり前。世の理は、そういうふうに出来ている。そういうふうに創られている。

 私は、それを証明しただけだ。

 皆で、それを証明しただけだ。


「レイラーさん。次は、もっと上手く飛べる」

「ビジャン君」

「空は気持ちが良い。皆、行くべきだ」

「そうだね」


 レイラーは路地裏の子供たちを思い出した。

 空は、彼らの憧れだった。


「次はタービンを最適化して、魔石バーナー『護』についてるようなフライホイールを乗せて、魔法で駆動させれば飛び続ける事が出来るよ」

「すごいな」

「すごいね」


 レイラーは目を閉じた。新しい飛行機械の形が瞼に浮かんでくる。

 これも、飛ぶだろう。そういうふうに出来ているのだから、当たり前だ。

 すべての事は、当たり前だ。


 当たり前だから、価値がある。


「また俺が乗ろう」

「うん、頼むよ」


 レイラーは、ビジャンを魔法で抱き起こして立たせ、彼の体の埃を払った。


「ビジャン君、今日は飲んではいけないよ」

「……………うむ…」


 彼の苦々しげな顔をみて、レイラーは心から可笑しくなった。






どうもありがとうございました。


以降も考えている話はありますが、しばらくお待ち下さい。


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