歩兵中隊 1
外伝 歩兵中隊 1
「きをーつけぇー!」
ファルダード・ホライヤーンの号令で、兵士200名がの緩み無く整列した。
閲兵式なのだ。
第三兵団、初の正式なお披露目である。
これから市内を練り歩き、役所の前の広場で執政官閣下の有り難いお言葉とやらを頂く。これはこれで、大切な儀式なのだ。民心を安らげるためには、こういう儀式も必要不可欠であろう。
第一兵団、第二兵団と、順番にぞろぞろと広場を出て行く。彼らのうち、士官と裕福な家の出の兵士は、晴れの舞台と言わんばかりに身を飾り立てている。まあ、それもいいだろう、とファルダードは思う。今は敵に相対しているわけではないからだ。……まあ、彼らはその美しい身なりのまま、敵とぶつかる気でいる訳だが。…難儀な事だ。
騎馬部隊である第二兵団は特にきらびやかだった。士官などは銀の装飾具や馬具を付け、鮮やかな飾り布を腰や首に巻いている。馬も飾れるだけ飾り立てている。
ファルダードには視認性を高めるだけの愚行としか思えない。だが、これが彼らの矜持を示し、戦う意思を保つのであれば仕方がない事なのかもしれぬ。根性をひねり出すのは意外に難しいのだ。敵と戦う、というのは怖いものである。自信と心のよりどころが必要だ。
「フンッ」
第二兵団の士官の一人が、馬上からファルダードと彼の部下を見下ろして鼻を鳴らし、軽く嘲るような視線を投げ、通り過ぎて行った。ご多分にもれず、綺麗に着飾った男だ。ファルダードは気付かないふりをして、無視する。わからない人間にはわからないのだ。実績で証明し続けてやればよい。
ファルダードは部下に号令をかけた。
「ちちゅ中隊、せいれーつ!!ここ行進準備!!」
峻烈な号令一下、完全に無表情な中隊兵士たちが、第二兵団が抜けて開いた隙間にすぐさま並ぶ。行動には一切の遅滞が無い。隊長がどもっていようが、この男達にそんな事はどうでもいいのだ。命令は命令である。
彼らの身なりに装飾品などは皆無。汚らしい茶色のまだら模様に染めた戦闘服と革鎧、どこまでも実用性一点張りの武器、あとはジャハーンギール兵を示す腕章と、坊主頭に乗った茶色のべれぇ帽と、胸に付けた粗末で小さな緑リボンだけである。
指揮官であるファルダードや小隊長たち士官も、帽子と腕章の記号以外は他の兵士たちと全く同じだ。この部隊で、指揮官が目立つ必要など無いのである。
「こ、声を上げろっ!!」
「「「ホウッ!ホウッ!ホウッ!」」」
低く轟くような200人の声である。街路樹に止まっていた鳩が一斉に飛び立った。
「こ、こうしーん、始めっ!!」
―ザッザッザッザッザッ
一丸となって、規則正しく整列した行進が市内を進んでいく。第一兵団、第二兵団のように、ダラダラと思い思いに住民に愛想を振りまきながら歩いている兵士など、一人もいない。まっすぐに前を向き、黒く日に焼けつくした顔を引き結び、硬い革の軍靴を石畳に叩きつけて、昂然と前進する。
整列し、音を立てて行進する兵士たちに、住民たちは息をのんで圧倒されている。歓声も拍手もまるでない。第二兵団の騎兵に向けて手を振っていた小さな女の子が、恐怖に顔をひきつらせ、泣いた。その隣の兄らしき男の子は畏敬の念に打たれたかのように、目を見開いて拳を握った。
行進は数と連携を象徴しているのだ。しっかりとした軍隊はしっかりとした行進が出来る、戦略は細部にこそ宿る、と軍曹殿は言っておられた。間違いなく事実であろう。
ファルダードは内心で胸を張った。
実に頼もしい部下たちだ。仲間なのだ。泥と汗と血の中をくぐり抜けて見つけた、ファルダードの分身なのだ。
市民諸君。
見よ。
これこそが、ジャハーンギールの軍隊である。
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閲兵式から数カ月たったある日、ファルダードは父である執政官から役所に呼び出しを受けた。訓練を抜け出てきたので、戦闘服姿のままで役所にあがった。
「ファルダード、帝都のダリューンとキルマウス・セルジャーン殿からだ。これを見ろ」
なんだこれは…
ファルダードは父ダリウス執政官から受け取った二通の特急速達便に目を通して、呆れ、そしてニヤニヤと笑ってしまった。
一通は帝都に常駐している兄ダリューンから、もう一通はファハーンの名門セルジャーン家の当主からの書簡である。問題はその内容なのだが…
「しし執政官閣下、ここ、これで楽になりそうです」
「……本当に優勝できるのか?」
軍曹殿たちの事である。
二つの手紙には、紙の開発で陛下に謁見した時に、北東部のモングの現状をアール軍曹と二人して声高に奏上した。武術大会で優勝した後に、その場で皇帝陛下にモング攻めを再度直訴する予定、といった内容が書かれている。
命知らずもいい所だ。こんな事をすれば、十中八九は死ぬ気がする。まっとうな神経の人間のやる事では無い。
……実に軍曹殿らしい。ファルダードはもう、笑うしかなかった。
「イセ殿は…そんなに強かったのか?」
「ささ、さて、ぐぐ軍曹殿ですからな。ははははは」
なんでもありな気がする。紙の開発はともかく、武術大会ごときは寝ながらでも勝てそうだ。ファルダードには、彼が負ける場面が想像できぬ。なにしろ、あの軍曹殿なのである。
「ふむ、ジャハーンギールは運が良かったな。…まあ、それは良い。第4兵団を新設しようと思うのだが意見を聞かせてくれ」
「そうですか!ざざ財政とじじ人材は?」
「私が家の自腹だ。商人からも御用金を毟りとるが、到底足りんからな。新兵を募って歩兵部隊を作りたい。お前の兵団から引き抜いた者を核にしたいのだが…」
軍曹殿曰く、軍事力は必要最低限が望ましい、との事。逆説的には、必要に応じて整備されなければならないと言う事である。北東部の情勢は片時も油断を許さない状況だから、兵を増やすのは正しい。というか、それしか無い。
問題は、第三兵団の人材を供出する必要があると言う事だが…仕方がないだろう。父が自腹を切るなら、政治的にも息のかかった子飼いの部隊にしたいのは、ファルダードにも良くわかる。
「わわ、わかりました。二十名ほど選出します。しし指揮官は?」
「お前の隊のプズマーン・ギラーディーンは?」
ファルダードは嘆息を噛み殺した。第一小隊長で副官格のイチロウが抜けるのは、痛い。だが…これも仕方がない。まあ彼なら安心である。イチロウのギラーディーン家は執政官の派閥の中でもかなり大きい。政治的な意味も多分にあるのだ。
「ぷぷプズマーンなら、てて適任でしょう。さ最初から、た隊の性格を考えておくべきです。ぼぼ防衛用と考えて、よ良いのですか?」
「そうだ。宜しく頼むぞ」
そう言って、ダリウス執政官はファルダードに計画をぶん投げた。現場でやれる分、その方が助かる。面倒ではあるが…まあ、軍の士官とは、あらゆる意味で面倒事をかたづけるためにいるのだ。
「ひ人が、も問題ですね。…集まりますか?」
「ああ…まあ、なんとかなるとは思うが…」
ダリウス執政官はそこで言葉を濁した。
つまり、質には期待できないと言う事だ。まあいい。鍛え上げればそれなりにモノになる事は、ファルダード自身の経験から言っても、分かっている。ある程度は切り捨てざるを得ないが、肉体的に多少の不足があったとしても、根性がある奴なら兵士として勤まる。一番大事なのは、常に根性だ。
「では、ぼぼ募集はすぐにお願いします。そそそれと、兵力の補充に関しても、そそ措置をする必要が」
「ああ、そうだな…何か案はあるか?」
「とと登録制の、ほほ補助部隊を作るべきかと。そ、それと…反発が予想されますが、にに二期10年の兵役を務めれば、しし市民に昇格させるようにして、じ自由民を兵力化しましょう」
これは、ファルダードがずっと考えていた事である。
もっと広域から兵力を集められるのであれば全く問題ないが、ジャハーンギール周辺から人を集めるとなると、市民だけでは人的資源が足りないのである。自由民から兵を徴収すれば生産力に問題が出るが、…そうもいっていられるような状況ではないとファルダードは思っている。
「……難しいな。だが、あさってまでに考えておく」
ダリウスはそうファルダードに返事をした。こういうふうに期限を切った時の彼は、必ず何らかの結論を出す。10年以上この街の頂点に君臨している男だ。強引なやり方で敵も多いが、父としても為政者としても、十分な信頼にたる男であることは確かだ。
「ところでファルダード、お前に結婚してもらう事になった」
藪から棒である。
「ほ、ほう……あ相手は?」
「白山羊族の新族長の長女。歳は10だ。どうだ、良い縁談だろう?」
父らしい話の持って行き方である。白山羊族は、ジャハーンギールと東のヴィシーの中間地点に広がる、荒野を縄張りとする遊牧民だ。この地方に限ればそれなり強い力を持っているし…おそらくヴィシーに影響力がある、というのが父の狙いだろう。それに継いだばかりの新族長にも、影響力を持つ事が出来る。
確かに良い縁談だ。ファルダードはわりと童顔ではあるが、もうすぐ25歳なので相手が少し若すぎる。ただ、早めに嫁や婿をとっておいて自分の家で仕込む、というのは普通の市民でも良くやる話である。まあ…問題はなかろう。
「わわ、わかりました。う受けましょう。いつになりますか?」
「2カ月後に式を上げる段取りをしているのだが…どうだ?」
ファルダードは、つい苦笑してしまった。随分と気が早い。こちらは執政官の息子、相手は族長の娘なのだから、半年以上の期間があってしかるべきだ。…だが、この強引きわまる父親に、いまさら言っても無駄であろう。
「けけ、結構です。すす進めて下さい」
どうやらファルダードにも、しがらみというものが重くのしかかる歳が来たらしい。
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ファルダードは役所を出ると、馬にまたがった。郊外の平野に向かうのだ。市内ですれ違う住民の一部は馬上のファルダードに向け会釈をしてくる。彼も軽く手を振って返礼した。
第三兵団は野外訓練中である。彼の部隊では作戦中以外は訓練しているか、実戦と訓練の為に休んでいるか、そのどちらかしかない。士気を保つには徹底した訓練あるのみ、である。
城門から3サングほど騎行すると、部下たちの姿が見えた。本日の訓練は追跡術の復習である。訓練教官のラハン伍長殿を外部から招いている。新兵訓練時にお世話になった戦闘士殿である。こと追跡術に関しては彼の右に出る者はいない。
「いいイチロー、今戻った」
「中隊長」
イチローはファルダードに向けて敬礼はしない。訓練とはいえ、これは作戦中である。作戦中に上官が目立てば狙われるからだ。こういう事は普段から習慣付けておかねば、戦場では全く役に立たない。
「どど、どうだ?」
「訓練計画通り、第一小隊を追わせております。指揮はオニギリに任せてます。サブロウの第三小隊が捕捉し、他はまだです。たぶんジロウは追いつくでしょう」
「そそ、そうか」
まあ、ジロウとサブロウが上手くやる事はわかりきっている。問題はその他だ。
「きキムタクは上手くやるかもしれん。も問題は、ににニタマゴの隊だが…まあ無理だろうな」
ニタマゴの第五小隊には補充兵が多い。補助及び訓練小隊と言うべき性格の部隊で、行動が遅い。体力的にも劣る。はぐれたくないなら、部隊の速度は最も遅い人間にあわさざるを得ないから、精鋭の第一小隊を捕捉するのは不可能だろう。
「第五小隊には、ラハン伍長殿が付いていますが、まあ無理でしょうね」
「ににニタマゴに捕まったら、第一小隊は、いい一カ月便所掃除だ」
ニヤニヤしながら意地悪くファルダードは言った。イチロウは苦笑である。
他の隊では便所掃除他、身の回りの世話用の奴隷がいるが、中隊にそんなものはいない。奴隷を買うより新しい武器を買う方がマシなのだ。戦場に奴隷など連れていける訳でもない。
「ととところでイチロウ、配置換えだ。おおお前は新設される第4兵団の指揮官になる。きき拠点防衛用の、ほ歩兵隊だ」
「わかりました」
イチロウは急な事に戸惑ったようだが、一切の文句も愚痴も言わない。無駄な質問もしない。
「ち中隊から古参を10人、し新参を10人連れていけ。お前から、せせ選抜者の希望を出せ。それを元に、話し合おう。しし小隊長格以外なら連れてって良い」
「はい、中隊長。明日の10時までに選抜します」
「おお、おそらく、第四兵団は我々の中隊より、へへ兵の質が劣るだろう。きき近郊の人材が払底しつつある。そのつもりで、く訓練しろ」
「募集はいつからですか?」
「み、明後日」
彼らの間には、無駄な言葉など一切無い。数限りない訓練と、三度の実戦を過ごして来た彼らなのだ。そんなものである。
彼らは、そのまま翌日の正午までぶっ続けで追跡訓練を行った。結局、第一小隊を捕捉で来たのはジロウの第二小隊とサブロウの第三小隊だけだった。キムタクの第四小隊は惜しいとこまで行ったが、ニタマゴの第五小隊は論外である。まあ、予測された結果だ。
「よし、だだ第四、第五小隊は、べべ便所掃除1週間だ!帰るぞ!」
「「「応!!」」」
「け、怪我をした、ふふ二人は馬に乗れ!その他は駆け足!!」
「「「応!!」」」
一個小隊38名が五個と支援の騎馬隊が10名。合わせて二百名。
ジャハーンギール第三兵団が彼らの正式名称である。
だが、そう呼ぶものは外部の人間だけだ。
彼らは自分達を『中隊』と呼ぶ。




