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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの覚醒 編
34/60

ライエル戦(2)

「グ……ギャアアアアアアッ!!」

 

 耳を劈く絶叫が、瓦礫まみれになった世界に響き渡る。

 叫びの主は、痛みから地面に跪いているライエル・ウェーバー、世界の頂点に君臨していた男だ。


 その圧倒的な力を持っていたハズの男は現在、世界最弱であったはずの少年の前に首を垂れている。


 ライエルは腹部から滲み出る鮮血に恐怖し、短い悲鳴を繰り返し放っていた。

「はっ、はっ! はぁぁ!! はぁぁぁ!! 血が、血が、私の体から血がァ!!」

 白色のタキシードが赤黒く染まるのを見て、ライエルは目を見開き、歯をカチカチと震わせる。両手で腹部を押さえ、出血を止めようと必死になる。

 ライエルがこのようなパニック状態に陥るのも無理はないだろう。何せ彼はモールドという超薬を口にしてから、これといって大きな外傷を負っていないのだから。無論、戦闘においては一滴も血を流したことは無い。

 それが、今は世界最弱の少年の前に跪き、腹部からは多量の鮮血が滲み出している。状況の不可解さも相まって、混乱状態に陥るのは避けられない事かもしれなかった。

 ライエルの腹部の傷は、彼が空中において少年と交錯した際に負ったものだ。少年がライエルの拳をかわし、ねじ込まん勢いで手刀を叩き込んだ結果、皮膚が切れずに血が滲むほどの深々とした傷がライエルの腹部につくられた。

 痛みと焦燥からライエルが藻掻く中、見下ろしていた少年がゆっくりと口を開く。

「――――2発目、だね」

 おもむろに呟かれた少年の言葉に、ライエルの全身から汗が噴き出した。

 目前の少年が言いたいのは、つまりライエルが戦闘前に提示した勝利条件である『大小関係無く3回攻撃をくらわせること』が達成に近づいているということ。未だライエルが一発も攻撃できていない中、少年が勝利に近づいているということ。

 

 言い換えれば、後1回だけ、少年の攻撃がライエルを襲うということ。


 これを恐怖と言わずして、何と言おうか。適合率92%を誇るライエルを容易く捻った少年が、痛みと流血に苦しむライエルを見てなお、眉一つ動かさずに勝負を続けようと言うのだ。

 ――――殺される。

 一度目のデコピンに対して、二度目の攻撃は桁違いな威力だった。

 では、二度目と比較した三度目の攻撃は、どうなるのだろうか。加減はされるのだろうか。それとも、ライエルを息の根を止めかねないものなのか。

 少年の圧倒的なまでの戦闘能力によって、その想像できない未知の攻撃はライエルに絶大な恐怖を植え付けていた。

 ――――殺さなければ、殺される。

 目前の少年を、如何なる手段を用いてでも殺さなければならない。指一本でも動かされたら、自分は容易く殺されてしまう。

 恐怖に囚われたライエルは、そのように確信めいた考えをしてしまった結果、痛みを忘れて少年に襲いかかった。

「ウラアアアアアアアアッ!!」

 超至近距離からの、電撃の暴発。ライエルは生み出した電撃を全方位に放出することで、辺り一帯を一瞬にして消し去った。

 当然、負傷した状態のライエルも無事では済まない。傷口が広がったのか、服の血の染みが一層大きくなる。傷口の皮膚が裂けたことによる激痛が腹部を襲い、ライエルはその場に倒れ伏せた。

 ――――確実に、やった。

 漂う灰燼ごと酸素を吸い込み、激しく咳き込む。その度に傷口が踏みつけられたかのように痛み、気がつけば喉から迫り上がってきた血によって、口元を押さえていた両手は生々しい赤に染まっていた。

 深傷の体に鞭打って、プライドを捨てて放った不意打ち攻撃だ。全方位へと放散された電撃は確実に少年の不意を突いた上、人を塵にするには十分過ぎる程の威力だった。

 これほどまでに勝利の確実性ある局勢において、しかしライエルはその膨れあがる不安を拭いきれないでいた。これまでのライエルの猛攻を容易く凌いできた少年ならば、この不意打ちさえもやり過ごしてしまうのではないか。傷一つ負わずに、平然としているのではないか。そういった否定的な考えばかりが浮かび上がる。

 

 そして、不安に駆られたライエルの予測が、現実となった。 

 

 大地に這いつくばるライエルの視線の先には、一人の少年。

 先ほど立っていた位置から、つま先一つも動かさずに。

 

 全くの無傷で、ライエルを見下ろしていたのだ。


「な、何なのだ……! 何なのだ、お前はぁッ……!!」

 もう何度目かも分からない言葉ではあるが、目前のあまりに不可解な光景を見てしまっては、ライエルはこう言わずにはいられなかった。息も絶え絶えの状態で、振り絞るように言い洩らす。

 少年は無言を貫き通したまま、舞い上がった灰燼を手で払うようにして、すっと右腕を横に伸ばした。

 

 次の瞬間、少年の右腕を光が包み込む。


「――――ッ!? ヒッ、ヒィィッ!!」

 その光を目視するなり、ライエルがひきつれた叫びを上げる。ライエルの放撃した死力の電撃は、つい先ほどこの謎の光子に容易く喰われたのだ。

 その右腕に纏われた光が、少しずつ形を成し始めた。

 粒子同士が引き合い、まるで固形物であるかのように硬質さを帯びていく。そして硬化することで、二の腕から先を囲うようにして伸ばされた、その形態は。


 一つの、剣。


 消えてしまいそうな淡い光を放ちながら、粒子はレイピアにも似た細長の剣へと姿を変えたのだ。

 少年が怯えるライエルへと歩み寄る。恐怖から震えるライエルを瞥見し、右手と一体となった光剣を振りかざして。


 そこで、動きを止めた。


「……ッ?」

 慄然としているライエルに対して、無表情の少年は微動だにしない。光剣を振りかざしたまま、まるで固まったかのように佇んでいた。

 水を打ったかのように静かになった訓練場で、ライエルの荒い息遣いだけが目立つ。その周期的に発せられるライエルの荒い吐息を黙って聞いていた少年が、おもむろに喋りだした。

「ねぇ、ライエル」

「ッ!? ッッ!」

 自身の名前を発せられただけで、ライエルは大仰なまでに反応してしまった。気に留める様子もない少年は、そのままライエルに向けて言葉を発する。

「『強者』って、どんな奴だと思う?」

「は……は? ……強者?」

「そう、強い奴のことだよ。どんな奴か、答えられる?」

 ライエルには分からなかった。少年の質問の真意も、その真意から外れた答えによって引き起こされる結末も。ただライエルは、恐怖から頑なに口を閉ざしていた。

 そして唇をきつく縛るライエルを見て、答えが返ってこないと判断したのか、少年が続ける。

「電撃を操れる奴? それとも、気にくわない相手を殴れる奴のこと?」

「……」

「違うね。ただ単に優れた能力を持っているのは『力がある』奴なんだ。『強い』奴じゃない。絶対に『強者』じゃない」

 その少年から発せられた言葉は、暗にライエルが『強者』でないと言っているようなものだった。自身を否定された怒りが、少しずつライエルの恐怖を塗りつぶしていく中、ようやくライエルは言葉を発せた。

「では、少年……。君の言う強者とは、如何ような者のことなのだ……?」

 ライエルの言葉を聞いて、微笑しているのかどうかも分からないほど、僅かに少年の口元が上がる。

「知りたい? ホントに強い奴っていうのはね……」

 そして今度こそ確実に笑みを浮かべた少年が、ついにライエル目がけて剣を振り下ろした。

「彼女みたいな人だ」

「――――ッ!」

 剣がライエルへと迫る中。絶対に避けられないと確信できてしまうほど、圧倒的な力を持って振り下ろされる中。

 迫り来る剣を見据えていたライエルの視線を、一人の少女が遮った。

 突如目前に躍り出た少女を、ライエルは知っていた。ライエルにしつこく付きまとい、献身していた少女。


 ライエルの専属オペレータ、椎名花蓮だ。


 突如現れた少女に、ライエルは驚く余裕すら無かった。ただそれでも、その必死な少女がライエルを庇って、少年の剣から守ろうと割って入ってきたことだけは分かった。


 しかし、ライエルは目前の少女に対してこの上ない違和感を覚えていた。

 こんな状況にも関わらず、その少女はライエルへ向けて微笑を浮かべていたのだ。まるで、ライエルが無事で安堵したかのように。自身が傷つくことに、恐れを抱いていないかのように。

 理解できなかった。どうして他者の為に、自ら危険に飛び込むのか。どうして自分よりも遙かに力の無い者が、自分を助けるために飛び込んでくるのか。

 少なくとも、目前の少女が自身には無い『何か』を持っていることに、ライエルはようやく気づいた。

 だがしかし、ライエルはその『何か』が何であるのかを、理解できないでいた。それを伝えようとした少年の本意を、汲み上げることができなかった。

 少女はライエルに微笑みかけた後、少年の方へと勢いよく向き合う。


 ――――少年の振り下げた剣が、唸りを上げて少女に襲いかかった。 


 *


 ――――遠い世界で、夢を見ていた気がした。

 白銀の小さな少女に会った。

 彼女に力を貰った。

 そして、何の力も無かった俺が、憎いと思った相手を一方的に痛めつけた。


 夢の終わりは唐突だった。その憎い相手にトドメをさす直前で、意識という当たり前の代物は一瞬にして帰ってきた。


 そうして意識を取り戻した俺は、目前の光景に絶句した。


 モニタールームにいたはずの俺は今、何故か荒廃とした世界に立っている。

 しかし俺を驚かせたのは、突如切り替わった景色では無く、目前に繰り広げられた光景だ。

 腹部を真っ赤の血で染め、尻餅をついて震えているライエルと、その目前で庇うように、両手を一杯に広げて立っている一人の少女――椎名花蓮。その小柄な少女は、怨敵を相手にするかのように俺を睨んでいたが、敵意を剥き出しにしたその瞳は朧気で、今にも閉じられそうだった。

 それもそのはず――――彼女の右肩に、淡く光る剣が深々と食い込んでいたからだ。

 鮮血が伝って滴るその剣の、細長い胴体に沿って視線を手前に戻すと。

 

 剣の取っ手を、握っているのは。


「――――え?」

 

 俺の…………手?


 どうして。どうして俺が、剣を握っている?

 どうして世界最強の男が、血を流しながら怯えている? どうして目前の少女が傷を負いながら、俺を睨んでいる?


 これではまるで、俺が彼らを襲ったみたいではないか。

 

 記憶が曖昧だった。

 宮谷達と訓練場に行き、そこでライエル・ウェーバーという組織ナンバー2の男と出会った。彼の言動と挙動に苛立ちを覚え、殴りたい衝動に駆られたのは覚えている。

 

 そして最後に覚えているのは――――全身真っ白な、不思議な少女。

 

 その少女は自らをシロと名乗り、そして、俺に何かをして――――。

 そこで記憶は途絶えていた。その後俺は何をしていたのか、何があったのか、一切思い出せない。何処か遠くの世界の夢を見ていたような気がして、そしてようやく気がつけば、この不可解極まりない渦中に巻き込まれていたのだ。

 俺が不可思議な状況に飲まれて混乱する中、目前の少女が口を開いた。

「もう……止めてください。恭司さん……! ライエル様と恭司さんの勝負……決着は、着きました……!」

 途切れ途切れに放たれる少女の言葉に、俺は思わず取っ手を動かしてしまった。それにつられて椎名の肩に食い込んでいる部分も動き、椎名が痛みから呻き声を上げる。

 混乱する思考の中で、ようやく俺は現状を把握し出した。

 記憶が皆無なため断言はできないが、椎名の言葉から推測すると、どうやら俺はライエルと勝負をしていたようだ。血だらけのライエルを鑑みて、勝負には俺が勝っていたようで、ライエルに剣を振るおうとした俺を椎名が止めに入った、といったところだろうか。

 しかし、そんな幻想染みた話はあり得ない。何せライエルは適合率92%で、SSSランク保有者なのだから。俺のような適合率0%の落ちこぼれが挑んだ所で、指一本で負けるに決まっている。

 では、この状況はどう説明付ければいいのだろうか。

 混乱状態から思考能力が著しく低下した石頭でも、真っ先にすべきことは分かる。今この瞬間も椎名に食い込んでいるこの剣を、どうにかして処理することだ。一瞬抜こうともしたが、それだと一気に出血も増しそうで、多量の血が滴っている現状では正しい処置とは思えなかった。

 俺が慌てながら、何か椎名に言葉をかけようとした時。

 今まで怯えた様子のライエルが、ニィッ、と口元を吊り上げた。そして次の瞬間にライエルの取った行動は、想像を絶するものだった。


 ――――ライエルが自身を庇っていたはずの少女を、思い切り蹴りつけたのだ。


「――――ッッ……!」

 椎名が声にならない悲痛の叫びを上げる。触れていた剣先がさらに食い込み、椎名の右肩からどっと血が噴き出す。

「は、は、ははははっ……!! いいぞいいぞいいぞぉ! ソイツをそのまま押さえていろよ!」

 下卑た笑いを上げたライエルは、立ち上がりながら俺目がけて右腕をかざしてくる。その掌が僅かに光ったかと思うと、次の瞬間にはライエルの右腕全体から紫電が生み出された。

 そんなライエルを後ろ目で見た椎名は、さらに広がった傷口の痛みに震えながらも、掠れた声を発する。

「で、でも、ライエル様……」

 椎名が躊躇い、肩に入り込んだ剣を引きはがそうとする。そんな痛々しい状態の椎名を見て、ライエルは小さく舌打ちをすると。


 こんなことを、言った。


「椎名ぁ! どうして剣を抜こうとしている!? 貴様は、私の『パートナー』になりたくないのかぁ!!」


「――――ッ!」

 その『パートナー』という言葉に大きく肩を震わせた椎名は、俯いていた顔を一気に上げる。その表情は僅かに逡巡の色を残していたが、ライエルの次に放った言葉によって完全に払拭された。


「パートナーなら、この私の役に立てぇ!!」


「ッ!」

 その言葉を引き金に、歯をきつく食いしばった椎名は剣を握りしめ、そのまま一気に引きずり下ろした。

「~~――――ッッ!!」

 椎名が声にならない叫びを上げる。肉が裂ける音と共に、小さな肩に大きな剣がさらに食い込む。骨にまで到達しそうなほど広がった傷口からは、おびただしい量の血が溢れ出ていた。それでも椎名は歯を食いしばり、片手で出血するまで剣を握りしめる。そしてもう片方の手で、剣柄を握る俺の右手を掴んできた。これによって俺と椎名は完全に固定され、身動きが取れなくなる。

「はははっ、いいぞ、椎名ぁ! それでこそ私のパートナーだッ!!」

 楽しくて堪らない様子のライエルは、限界まで口元を吊り上げて残忍な笑みを浮かべると、俺を見据えてこう言ってきた。

「椎名を殺しかねない状態ではマトモに動けまいぃ、少年? これからたっぷりとお返ししてあげよう……この私に傷を負わせた罪、もはや3発で許されると思うなよぉぉ?」

「…………」

 その万人が竦み上がる言葉を受けて、世界一弱い俺が抱いた感想は、たったの一つ。


 ――――この野郎。


 状況がどうなってるかも分からない。何故記憶が欠落しているのかも分からない。

 そんな盲目な状態でも、分かることが一つだけある。

 それは、この目の前の男を絶対に許してはいけないということ。ただ、お互いを認め合うパートナーになりたいという少女の思いを一心に受けて、庇われて、助けられて、それでも利用するこの男を、全力でぶん殴らなければいけないということ。

 やはり、自分の中で何かが変わってしまったのだろうか。

 これまでの俺は我が身第一で、少しでも危険の香がすれば挑戦せずに身を引いていた。

 でも、今は違う。

 例え力が無くても、電撃で焦がされようとも、死ぬことになっても、あのふざけた男の顔面に一発決めなければ、怒りに支配された自分は落ち着きそうも無かったのだ。

「はははははははっ!!」

 哄笑しながら、身動きの取れない俺目がけてライエルが飛びかかってくる。電撃を帯びた右腕を構え、俺に叩き込もうと迫ってくる。

 俺は全力で殴り返そうとするが、必死の椎名によって身動きが取れない。適合率0%で力が無いから、重傷を負った少女の腕すら振り解けない。

 情けなかった。自分に、これっぽっちの力も無いことが。

 何もできずに、むかつく相手をたったの一発殴ることすらできずに、惨めに死んでいくのが。

 諦めたくなかった。これまで諦めて生きてきた俺でも、この瞬間だけは諦めちゃいけないことは分かった。

 せめて、一発殴るだけの力が――――。


 ――――欲しいの?


 ――――え?

 心の中で、少年の声がした。


 ――――力が、目の前のアイツを殴れるだけの力が、欲しいの?


 その少年の声は、何処か懐かしく、暖かかった。まるで雪を溶かすかのようにじんわりと体中に響き渡ると、俺の感情を限界まで高めてくれた。


 ――――欲しい。アイツを、ライエルをぶん殴るための力が、欲しい……!

 

 ――――なら、君にあげるよ。ようやく気づいてくれた君に、僕の力を。


 「――――ッ!」

 ガラスが砕けるような音がして。

 俺と椎名を束縛していた剣が、一瞬にして崩れ去った。

 その破片の一つ一つが淡い光を帯び、一層輝いたかと思った矢先に、細かな光子へと分解される。そして宿主に戻るかのように、その無数の光子が俺の右腕を取り巻いた。

 力が沸いた。その光り輝く自身の右腕から、世界の全てを凌駕する程の力が溢れ出てくるようだった。

 視線を手前に戻す。映り込んできたのは、右腕を俺目がけて突きだしてくるライエルと、その延長線上にいる椎名花蓮。

 しかし、両者の動きはあまりに遅かった。まるでスローモーションで見ているかのように、ゆっくりゆっくりとした動きを保っている。

 

 ――――世界が、一瞬にして姿を変えた。


 万物の情報が、余すことなく理解できる。目前のライエルが纏った服装の素材も、地面に転がったHVS製の瓦礫も、この建物の構造も。

 ライエルという人間の器も、椎名花蓮という少女の強さも。

 全てが、手に取るように分かった。目前の光景だけでなく、世界が、この世の全ての事象が、細部の細部まで理解できる気がした。


 そして、未来も。


「――――ッ!」

 見えたのだ。世界最強であるはずのライエルを、世界最弱である自分が、全力で殴り飛ばす未来が。はっきりと。これ以上ないくらいに、明確に。


 ――――さあ、全ての準備は整ったよ。後は、君がその一歩を踏み出せるかだ。自分で決めつけた殻を、破り捨てられるかだ。


 再び聞こえてくる、何処かなつかしい少年の声。ライエルを殴れるだけの力を、俺に与えてくれた人物。


 俺は、弱者だから。

 その言い訳は通用しない。なぜなら、今の俺なら殴れるから。自分の信念を貫き通せるだけの、力を得たから。


 後は、踏み出すだけ。自分で勝手に決めつけた『諦め』という殻を破って、駆け出すだけ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 叫んだ。殻を抜け出し、そのまま飛翔する勢いで、俺は腹の底から思い切り叫んだ。

 有らん限りの力で大地を蹴る。勢いに乗って駆け出し、目を丸くする椎名を通り過ぎると。


 一瞬にして、俺はライエルに肉迫していた。


「――――なッ!!」

 ライエルが目を見開く。その表情が残忍に満ちたものから驚き、そして恐怖に染まったものへと塗り変わりながらも、電撃を帯びた拳で殴りかかってきた。

 その拳を、俺は僅かに顔を逸らすことで容易く避けた。本来ならば確実に命を落としていたかもしれないが、今は慌てるまでも無く凌ぐことができた。

 そしてガラ空きになったライエルの懐へ、俺が飛び込む。邪魔する物は何もない。邪魔する者も誰もいない。


 ――――さあ、後は拳を振るうだけだ。


 心に響く少年の言葉に、俺は大きく頷いた。


「歯ぁ、食いしばれッッ!! ライエルッッ!!」


 持ちうる全ての力と、燃えたぎる全ての感情を載せて。


 ――――全力の拳を、ライエルに叩き込んだ。


 ゴッ!と鈍い音を発して、殴られたライエルの頬が深々と凹んだ。同時に殴った俺の右腕も軋み、弾けるような悲鳴を上げるが、無我夢中で振り切った。

 俺の拳に載せられた勢いに飲込まれて、長身のライエルがぶっ飛ぶ。弾丸の如き速度で錐揉みしながら、地面に数度叩き付けられた後、ライエルは瓦礫の山に突っ込んでようやく動きを止めた。

「ハァー……ハァー……」

 俺は肩で大きく息をしながら、正面を見据える。灰煙が巻き起こる中、瓦礫にグッタリと背を預け、白目を剥いで動かなくなったライエルがいた。

 つまり、この俺がライエルを倒した。

「や、やったのか……? 適合率0%の俺が……あの、あのライエルを……」

 振り切られた自分の拳を眺め、その圧倒的な力に驚く。適合率0%である俺の一体何処から、これほどまでの力が溢れ出てきたのか。世界最強である男の攻撃をかわし、ぶっ飛ばすだけの力を、どうして得られたのか。

 しかし、そんな疑問は些細な事だった。

 体が軽かった。可能性を閉ざしていた無力という足枷が外れた今、諦める必要が無くなった今、最高に晴れ晴れとした気分だった。

 そして新たな自分を確定付けるかのように、俺はボンヤリと浮かび上がった、全く知らない『ある言葉』を口にする。


「3回目――――僕の……いや、俺の勝ちだ」

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