御伽噺
お久しぶりです。ようやく全ての用事が終わりました。
これからは一日5時間執筆する予定なので、更新早いです。多分。
2日~3日に1回くらいでしょうか。
取り敢えず、本日更新。長いです。
「ど、どういうことなの……」
目前で繰り広げられる常識を逸した戦いに、モニタールームの雅美は生唾を飲込んだ。
戦いに、というよりは、この戦いを可能にしている少年について、驚きを抱いていると言った方が適切だろう。
「恭司さんの持つ『橙』のモールドによる超能力……。強力なだけだったら、驚く程のことではないのですが……」
これは明らかに規格外だろう、と内心で雅美は言葉を繋げた。
一人の人間に与えられる超能力は、通常であればただ一つ。それは『感情の波長パターン』に沿った能力が発現するという、『橙』のモールドのメカニズムによるものだ。人それぞれ異なる『感情の波長パターン』と似た事象はただ一つであり、それは全ての事象を成す情報が異なることから頷けるだろう。
しかしながら、当然物事に絶対は無いわけで、この超能力の発現に関しても例外はある。
例えば、極端に性格の離れた二重人格を持つ者など。
このような者達には、その時々の人格によって異なる能力が発現する場合もある。
しかし、それでもだ。
形成される人格には限りがあるわけで、そのため使える能力は、どんなに多くても片手の指の数を越えることは無い。
では少年が披露した能力は、一体幾つあったのだろうか。
雅美はこの戦いにおいて見てきた、少年の超能力らしき物を挙げてみる。
頻繁に見せた『瞬間移動』。電撃を『逸らす』何か。電撃を『打ち消す』何か。肉弾戦において見せた『高速移動』。電撃を吸収する謎の『光子』。吸収したエネルギーを発する『何か』。
ざっと挙げてみただけでも、悠に片手の指の本数を超えている。
それに加えて少年は適合率0%にも関わらず、あの超高速の世界に付いていけるだけの、驚異的な状況判断能力と反射能力を持ち合わせていたのだ。もしこれらも『神経操作』の類の超能力であるとしたら、一体この少年の身には幾つの超能力が発現したのだろうか。
そこまで考えてから、雅美は隣りの少女に問いかける。
「これが恭司さんをICDAから遠ざけていた理由ですか? ユウリ様」
緊張の糸を張らせていた雅美に対し、うーん、と隣りの少女は可愛げに唸る。
「まぁ、半分ってところかなぁ……? 私達上層部が恭司お兄ちゃんを遠ざけていた理由、雅美はどう思う?」
そう意味深な笑顔を浮かべて、隣りに佇む雅美を少女は見上げる。
ふぅ、と雅美はモニターを操作する手を一時止め、軽く息を漏らした。
他人がいる前ではユウリを子供扱いする雅美だが、それは彼女の本来の接し方では無い。あの子供をあやすような態度は、ユウリ本人の指示によるもので、仕方なくやっていることだった。
ユウリ本人曰く、ICDAメンバーに気軽に接して貰えるための作戦らしかったが、実際に効果があるのかは怪しいところである。少なくとも、雅美にはあまり効果は感じられていない。
二人きりの時だけでも子供扱いして構わない、とユウリ本人は言っているが、雅美はこの少女に対しては、どうしても敬意を払わねばならないと感じているのだった。
無邪気で可愛らしい普通の少女にも見えるが、実際の中身はまったく違う。
この少女を特徴付けている物は、このように呼ばれる。
『パーフェクト・マッチ(完全適合)』。
つまり、適合率100%。
それこそが、全世界でたった一人だけ、ユウリ・アリフォンスという少女だけが到達した極地の名だ。
適合率100%。
つまり、モールドを限りなく完全に受け入れる存在。ここまで到達すると、もはやその存在は化物と呼ばざるを得ないだろう。
なにせ運動や知能、とにかくありとあらゆる面で、この少女は世界の誰をも上回る力を得ているのだから。
当然、権力もその力の一つだ。ICDAの副会長というポジションを僅か8歳という年齢で射止めたのは、彼女の並外れた能力があってこそ。
この完全適合の影響は、人格にも及んでいる。一見可愛らしい少女のように振る舞ってはいるが、恐らく精神年齢で言えば、悠に成人のそれと変わらない段階にまで至っているだろう。ただ能力が高いだけで、中身が子供でICDAの副会長が務まるとは考えづらいからだ。
しかし良いことだらけでは無いことを、彼女と長い時間を過ごしてきた雅美はよく知っている。
ユウリ・アリフォンスの感情寿命は、あと僅かなのだ。
彼女、ユウリがモールドを摂取したのは、6歳の時だった。つまり僅か3年足らずで、彼女の感情はFコードに喰らい尽くされる計算になる。
当然のことだろう。これほどまでの能力を得て、何の代償も無いというのは虫のいい話だ。
雅美が尊敬しているのは彼女の能力ではない。その能力を得た上で、絶望的な代償を支払わなければならないと分かった上で、なおも平然と立ち振る舞うその芯の強さだ。
モールドを摂取した直後は、彼女は何処にでもいる普通の6歳の女の子だった。
そんな何処にでもいる女の子が、いきなりアナタの余命は3年です、と宣告されて、訳も分からない組織に連行されたのだ。擦り傷一つで簡単に泣いてしまう少女に、耐えられるような内容ではないだろう。
突然与えられた自身の驚異的な力にも、少女は恐怖を抱いたはずだ。
実際にこの極地に至った者が全世界で彼女一人しかいないのだから、誰にも助けを縋ることができない。力の扱い方を教えてくれる者が一人としていない。
それでも少女は、勇敢にも立ち上がった。プレッシャーと恐怖に耐え抜き、組織のトップ層にまで至った。
これほどの偉業を成し遂げた少女を、どうして子供扱いができようか。
よって雅美は少女の希望である、『他者のいる前では子供扱いをすること』に従ってはいるが、二人だけの時は必ず敬語を使っていた。
気持ちは態度から伝わる、とはよく言ったものだ。雅美は心の底から、ユウリ・アリフォンスという少女を尊敬しているのだった。
だからこそ。
尊敬しているからこそ、雅美には理解できなかった。
何故、ユウリが『支倉恭司』と『ライエル・ウェーバー』の戦闘を許可したのか。
常人を遙かに凌ぐ判断能力を持った少女だ。明確な目的も無く、無意味な戦闘を許可するような真似は決してしないだろう。
ではやはり、この戦闘には何らかの意味が潜んでいるのだろうか。
そこまで考えてから、雅美はユウリの質問に答えた。
「私には分かりかねます。ですが、ただ単に恭司さんの能力だけで遠ざけていたとは考えづらいですし……」
あくまで推測ですが、と雅美は前置きをしてから言う。
「彼が遠ざけられていた理由。それは彼のこの異常なまでの能力自体には無く、それを生み出す『根本』にある気がするのです」
へぇ、とユウリは笑顔を浮かべたまま聞き返す。
「『根本』って言うと? 雅美はどういった物が、どういった『根本』が、恭司お兄ちゃんにあると思う?」
分かりません、と雅美は即答した。
「ですが、その『根本』が恭司さんの能力を生み出し、ICDAが彼を遠ざけていた理由になっている。今回ユウリ様がライエルとの戦闘を許可したのも、私にはその『根本』の存在を確かめるのを目的としているように感じました」
雅美の言葉に対し、ユウリは笑顔を崩さない。僅かにも表情を変化させない様子から、少女が正解を言うつもりは無いことが伺える。
「まぁ、雅美はやっぱり良い勘してるよ。でも今はまだ、誰にも真実を教えるつもりは無いんだ。……ただ、一方的に考えを聞いておいて、私から何も返答が無いのは悪いしね」
パンッ、とユウリは手を叩くと、笑顔のまま口を開いた。
「私ね、昔すっごく好きな物語があったんだ」
はあ、と雅美は相づちを打つ。
それを続けろ、という意味と捉えた様子の少女は、笑顔のまま言葉を紡いだ。
「昔ね、ある小さな町に、一人の少年がいたんだ。その少年はすっごく頭が良くって、誰にでも優しくて、町中の人達から好かれていたの」
少女は続ける。
「でもね、当然世の中いい人達ばかりじゃなくて、町では争いが絶えなかった。優しかった少年は、それが嫌で嫌で、何度も止めようとしたんだ。でも大人達は言うことを聞かないばかりか、少年のその優しさに嫉妬を抱くようになったの。
それである日、少年はその悪い大人達に連れ去られちゃった。そしてボロボロの服を着せられて、ボロボロの馬小屋に閉じ込められちゃったんだ」
「……」
どうしてユウリが突然、何処かの物語を持ち出してきたのか。雅美はまだその真意を理解していなかった。
「でもね、その少年は自分に酷いことをしている大人達を憎む所か、むしろ可哀想と思った。『このおじちゃん達がケンカをして酷いことをするのは、優しさが無いせいだ』って考えたのね」
少女は続ける。
「そんな馬小屋で暮らしている内にね、少年の前に、一匹の妖精さんが現れたんだ」
ユウリは僅かに目を細めてから、言葉を繋げた。
「その妖精さんはね、『全身真っ白』で、小さくて可愛らしいかった。そして何も悪くないのに、酷い目に遭わされている少年を哀れんで、こう言ったんだ。『君の望みを、何でも一つだけ叶えてあげる。馬小屋から出してあげる』って。
でも優し過ぎた少年は、その妖精さんの申し出を、別の願いに捧げた。『この町の人達を、皆優しい人間にして。そうすれば、誰も争いをしなくなるから』ってね」
「それで……どうなったんですか?」
雅美の問いかけに、少女は笑顔のまま続ける。
「残念ながら、少年の望みは叶えられなかったんだ。小さな妖精さんには、町中の人達を変えられるような力は無かった。……そこでね、妖精さんは、その少年に『魔法のステッキ』を与えた。このステッキを人の前で振ると、その人は少年が願った通りの人に生まれ変わるんだ。
少年は、手始めに彼を馬小屋に閉じ込めた大人達の前で振ってみた。すると不思議なことに、その大人達はみるみる優しくなって、すぐに少年を馬小屋から解放してくれた。傷の手当てをしてくれて、家まで送り返してくれたんだ。
そこで少年は考えた。『このステッキを使って町中の人達を優しい人に変えれば、もう争いは起こらないじゃないか』って」
少女は続ける。
「少年はそれから毎日町を練り歩いて、毎日たくさんの人達を魔法にかけた。数日もしない内に、町で少年の魔法にかかっていない人は居なくなった。これで、少年の目的は果たされたはずだったの。全員が優しい、理想の町ができたはずだった。
でもその町で、少年が優しくないと思う人物が、一人だけいたんだ。
それは、『少年自身』だった。周りはみんな、少年が理想とする優しい人間になる中、明らかに劣っている自分がいたんだ。……それが少年には我慢できなかった。今度は自分が、昔の大人達のようになってしまったと感じられて。そこで彼は、自分自身に魔法のステッキをかけてみたんだ」
にはは、とユウリは苦笑いする。
「でもね、少年には魔法がかからなかった。かかっていたとしても、以前の少年と何ら変わりはしなかったんだ」
「それは……」
どうしてですか、と雅美は聞く。
少女はうーん、と唸ってから言った。
「物語はそこで終わっちゃったんだ。でもね、私なりに解釈すると……」
一拍置いて、少女は告げた。
「きっと優しい少年は、他人の事が分かっても、自分の事はこれっぽっちも分かっていなかったんだ。だから、少年にだけは魔法がかからなかった。私はそう思うんだ」
「……」
そこまで聞いて、雅美はようやく少女の真意を掴みかけた気がした。
理想というのは、比較によって生まれる。特に堅固で確実な物は、他者との比較によって得られる。
つまり少年は自分と自分を比較しても、そこから確かな理想を出すことはできなかったのだ。その結果、周囲の人間が変わっていく中、少年一人だけは依然として変わることはできなかった。
その町で、『一番の落ちこぼれ』になってしまった。
「……」
ふと、雅美は訓練場に目をやる。
目前の光景を、世界で『一番の落ちこぼれ』であったはずの少年を、呆然と眺めた。
――――まさか、ね。
そう心の中で呟いた雅美は、ふぅと大きめな呼吸をついて、話題に一区切りをつけた。
雅美を一瞥したユウリは、ところで、と切り出す。
「雅美は、あの子を止めなくていいの? ライエルと恭司お兄ちゃんを追いかけて、訓練場に降りていっちゃったけど」
あの子、とは当然、ライエルの専属オペレータである椎名花蓮のことだ。先ほど戦闘が開始されてからずっと不安そうにしていたが、少年とライエルが加速しだした辺りで堪えきれなくなったのか、焦るように訓練場へと降りていってしまった。
「まぁ、私が止めても無駄ですよ。誰に何と言われようとも、あの子はライエルに尽くそうとしますから」
「そうだね」
と言いつつ、雅美の言葉を聞いたユウリは苦笑い。
「椎名ちゃんも、一途な子だよね。一途過ぎて可哀想になるくらい。どうしてあんな酷いことをされても、ライエルを慕うのかな」
ユウリの視線は、床に無惨に散りばめられたお弁当へと向けられた。雅美も同じように視線を向ける。
「どうしてでしょうね。私にも分かりませんが……」
ただ、と雅美は視線を戻し、ゆっくりとした口調で続けた。
「どうあれ、あの子はライエルを慕っている。そして今は、そのライエルの為に動いている。成すべき事を持った人を止めるのは、その制止が可能かどうか以前に野暮なことです」
表情を僅かに引き締めた雅美は、ポケットから司令部用の端末を取り出した。手に握ったスティック状のそれを軽い一振りで起動させ、浮かび上がったスクリーン上のコマンドを慣れた手つきで操作していく。
「これでも私はICDA日本、司令部のトップです」
ふふっ、と小悪魔的な微笑みを浮かべたユウリは、真剣な趣である雅美の言葉に耳を傾ける。
「私が今成すべき事は、侵入者が好き勝手にしているこの状況を打破すること。一度こちらの要求がリジェクトされたからといって、簡単に諦めているようではナンバー9の名が廃ります」
この一連の言葉は、ICDA副会長へというよりは、雅美自身へ向けたものだろう。現に自身の言葉に一層気を引き締めた雅美は、目前のスクリーンに流れる莫大な情報を次々と処理していく。
ライエル・ウェーバーと支倉恭司という少年。両者が激突する様を、指令部トップである雅美がただ傍観していたハズがない。この最中にも雅美は端末を起動させ、状況を打破できるだけの、起死回生のアクションを起こせるだけの下準備を進めていたのだ。
現状で最も大きな問題を一つだけ挙げろと言われれば、雅美は真っ先に『私達が閉じ込められていること』と答えるだろう。もしこのライエル一行をシャッターによる隔絶から解放できれば、驚異的な戦闘能力を持ったライエルと、ICDA有数の統率力を持った雅美両名によって、確実に侵入者を撃退できるからだ。
そしてこの『閉じ込められている』という問題を生み出しているのが、当然ながら『ICDAのネットワークが敵側に掌握されている』という事態だ。このICDAのネットワーク、もしくは訓練場の管理システムを奪還出来ない限り、外の世界から閉ざしているシャッターが開くことは無い。
だが、実際のところ正攻法では解決できないと雅美は確信している。
ICDAの人員は、皆少なからずICDAのネットワークにアクセスできる権限を持っている。その権限の差は、組織における個人のポジション、所属している部によって大きく左右される。
例えば、実行部の下っ端ならば各フロアの情報程度しか見られないのに対して、司令部の中堅ならば、あるレベルまでの組織機密には目を通せる、といった具合だ。研究に携わる研究部の人員が、Fコードに関する情報を優先的に閲覧できるのも頷けるはず。
雅美はその中で最もヴァーチャル面での活動が多い司令部、その頂点にいるのだ。持っているアクセス権限な並大抵のものではない。
しかし、恐らく上層部を除けば最大の権限を持っていたはずの雅美が、ICDAのネットワークにアクセスする際に容易くリジェクトされた。加えて言えば、その後に試したユウリ・アリフォンス――ICDA副会長のアカウントすら拒絶されたのだ。
つまりこの段階で、侵入者は既にICDA内部における最高峰クラスのアクセス権限を奪取し、ネットワーク全域を支配していたということになる。
不幸中の幸いと呼ぶべきか、侵入者のアカウント権限は最高峰クラスであって、最高峰――つまりICDA会長の権限にまでは到達していなかった。これの意味するところは、ICDA全域のネットワークを下から支えている『マザー・クリス』、ICDA会長のみが遠隔操作できる量子コンピュータは、敵の手には落ちていないということだ。これでICDAのネットワークは『奪取』されてはいるが、『切断』されることは無くなったのだ。もし仮にこの母なるコンピュータが敵の手に落ちていれば、最悪ネットワークを落とされ、Fコードに関する情報、その他ICDAの機密が外部に漏洩していたかもしれない。
しかし、ネットワークが敵に完全に掌握され、ICDA副会長の権限を持ってすら太刀打ちできない状況に陥った今、いつ最悪の事態が引き起こされるか分からない。そして真正面からネットワークを奪還するには、途方も無い労力と時間が必要になってくる。
よって、これらの事からネットワークの正面からの奪還を断念した雅美は、次なる手を打つべく端末による処理を絶え間なく実行していたのだった。
ストレートでダメなら、カーブで。
もっと極端に言ってしまえば、逆転の発想。
つまり、アクセス権限の高いアカウントでダメならば、逆に極限まで低レベルなアカウントを利用しようというのだ。
そして正面からの奪還を諦めた雅美が実行していたのは、常人ならば想像を絶する愚行と思ってしまうような処理だった。
――――雅美は、自身の持つ最高クラスのアカウントを、端末から完全に消去していた。
全ては、たった一度の変化球を投げるため。侵入者というバッターが決して打てない、一度きりの変則球を放つため。
侵入者へ向けて放つ変化球――『支倉恭司』に与えられた真新しいイレイサーを力強く握った雅美は、何処かに潜む敵ハッカーへ向けて、不敵な笑みを浮かべているのだった。