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番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした⑨〜

 ◆◆◆◆


 ーーー勇者が現れた。



 各地でそのような噂が立ち始めた。


 確かに聖女を通し、勇者が遣わされるとの信託は降っていた。15年も前に。

 しかし勇者は一向に現れず、民の間では神の声に不安が募っていた。

 教会陣は総力を上げ、勇者の捜索に当たったが、ついぞ見つけ出す事はできなかった。


 それが今になって現れたという。


 しかしそれは、女の悍ましき骸を抱え、死を撒き散らしながら突き進む化物。

 その正体を知る冒険者達の話によると、名を“ナラク”。腕は一流で、誰にも心を許さぬと言う事以外、特に目立ちもしないソロの冒険者だったと言う。

 それがどのようにして、あの力を手にしたのかは、誰も知らない。

 ただ、その化物の声を聞いた者は、誰一人もれず、その命を落とした。


 そんなおぞましき者、魔物であれど勇者であるはずが無い。

 あるはずがないのだ! 


 だが、神意はそれを裏切った。


 “ナラク”は聖都を落とすと同時に、保管されていた聖剣を持ち去ったのだ。

 聖剣は、勇者にのみ許された証だというのに!



 あぁ、神よ。

 どうかその御心を、我らにお示し下さい。

 それとも貴方様は、我らを見放そうとなさるのか……。



 ◆◆◆◆




 ラウの胸から漏れ出した光は、やがて体中から漏れ出す。その光の勢いは留まらず、どんどん強くなっていく。

 ラウを抱く俺すら弾き飛ばされそうなエネルギーの奔流。

 目が潰れそうなその光の世界の中で、俺はラウを見守り続けた。

 たとえ目が潰れたって構わない。


 どうか、





 眩しい光の中、俺は光を見た。

 いや、光はずっと見えていたんだが、それまでの葉と同じ七色の輝きではなく、優しく愛らしい、薄桃色の光の粒子。

 初めはたった一粒だったが、ラウの光に引き寄せられるようにその光の粒はどんどん集まってきた。

 やがて渦巻くようにあたりにあふれるまでになった光は、ラウの胸の上辺りに収束し始め、まるで、難解なパズルが組み上がるよう、1つの形をなしてゆく。

 豆粒ほどの小さな美しい宝石。

 だけどそれは当然石なんかじゃねぇ。

 薄桃に色に輝く、エネルギーの結晶。

 それは、キラキラと輝きながら、ラウの体に吸い込まれ、溶けていった。


 溢れ出ていた光が弱くなり、とうとうそれは幻でもあったかのように消え去った。

 だけどそこに残ったラウの体は温かい。


「……ラ ウ?」


 俺の喉から、かすれた声が漏れた。


 肌は相変わらず白いが斑は消え、その下には確かな命の動きを感じる。頬には赤みが指し、落ち窪んだまぶたは盛り上がり、安らかに目を閉じられているだけだ。


 そして、



 呼吸してる。





 ーーー生きてるっ。





「ーーーっ……」



 言葉が出なかった。


 閉じられたラウの目は、まだ開かない。 

 だけど、ラウが生きてる! ここにいる!



 俺は温かく、穏やかに胸を上下させる体を抱きしめた。





「ーーーなぜここに勇者がいる? 使命はどうした?」





 突然、背筋の凍りつくような、感情のない声が響いた。


 俺は生まれて初めての、恐怖というものを感じた。

 体が動かない。これが、恐慌状態と言うやつか。

 頭では動けと命令しているのに、身体が全力でそれを拒否する。

 ただ震えることしかできない。


 んだよ、コレは。

 冗談じゃねぇ、動けよコラ!!


「はっ、一応使命は果たさせております。これは勇者の、己の為の寄り道のようなものにございます」


「ふん、ゼロスから使命を受けているのに、寄り道とは随分な奴だ。 愚かこの上ない」


「誠に」


 この凍える声は誰なんだ?

 ただ、受け答えをしている声は間違いなくガルガルだ。

 ガルガルは魔王だろ? それををここ迄下せる奴って言や……。



 俺はふと一つの存在に思い当たった。



 ーーー邪神。



 その名を口にするだけで、その身を焼き滅ぼされるとも言われる、魔族の崇拝する、最悪の神。

 この世の悪の始まりにして、魔物を今なお生み出し続ける存在。

 それが、なんでこんなとこに?


 次の瞬間、突然俺のすぐ側で、感情のないその声が響いた。


「お前、何故その死体を生き返らた? “死”、それはレイスが決めて定めたこの世のルール。何でそんなことをした? 震えてないで答えるがいい」


 その言葉に促されるよう、俺の金縛りが解けた。

 息すらできていなかったため、はぁっと大きく息をついて顔を上げる。


 白い髪の、異形の女。


 真っ白な、白骨のような白い髪。頭からは、白銀の巨大な歪んだ角が生え、細く小さな顔には、漆黒の仮面をつけている。

 白い胸当てに、漆黒のスカート。背から生える、片翼の白骨の翼

を大きく広げた、この世の絶望を詰め込んだその姿。



 ーーー殺される。 こいつには、勝てねえ。




 それは、俺の本能がはじき出した答えだった。




 ーーーせっかくラウが生き返ったってのに、ここで死ねるかよ!




 俺は必死で声を上ずらせながら吠えた。



「俺が、……俺が、こいつは死なせねぇって決めたからだ」


 今更どう言い逃れをしたって、禁忌を犯した俺に逃げ道なんてねぇ。なら、魂のままに答えるまでだ。



「……ふうん」



 邪神は俺から離れ、いつの間にそこに居たのか、黒い獣に歩み寄るとその背に乗った。

 獣は嘶き、天空に駆け上がる。


「え、え!? ちょ、いいのかよ?!」


 そのまま去ろうとする邪神に、俺は思わず声をかけた。


「? 何が? レイスは確かに魂を持つ肉体に死を定めた。だけど貴様も、生き返らすと決めたのだろう? それにアインスが協力した。なら、レイスが言うことはもう何もない。そもそも勇者はゼロスの管轄だ」


「あいんす? 誰だ? ……って、いや、誰でもいい。っつーか、禁忌とか言っときながら、そんな軽くていーのかよ!?」


 あまりの想定外に、俺はさっきまで震え上がっていたことも忘れ、邪神にツッコむ。


「……誰でも良いだと? 良くない、この愚か者。アインスこそはその世界樹の名。その魂に刻み込んでおけ」


 邪神に睨まれた。

 怒るトコそこかよ。


「別にレイスは、この世界などいつ滅びても構わないと思ってる。ただ、それを大切に思ってる者がいるから、壊さないだけ。死を定めたのだって、そんな世界にレイスが飽きない為。ゼロスはレイスとの仲を保つ為、嫌々死を容認している。だけど貴様とはレイスは別に無理に仲良くなりたいとは思わない。貴様もそうだろう?」


 確かに、邪神と仲良しなんて、御免こうむりたい。

 邪神の言うところによると、この死神を、ゼロス神は容認してる。つまり、ゼロス神は、この邪神に世界を滅ぼさせない為、何かしらの取引をしてるってわけか。

 神同士、エグいことやってるってこったな。


「確かに、邪神と取引なんて、俺ならやらねーな」


「ーーー……1つ言っておく。レイスは邪神じゃない」


 邪神の言葉に、俺は内心笑った。

 はは、だって今尚魔物を生み出し続け、ゼロス神を脅迫し、この世に死を定めた死神で、この世界などいつ滅びても構わないと言いとサラリと言っときながら、自分は邪悪では無いって言うんだぜ?

 恐れ入るよ、全く。


「なんにせよ、レイスは貴様をどうこうするつもりはない。人間共は弱すぎる。貴様も含めてだ。誤って殺すと、後でゼロスがうるさい。何かあれば、ゼロス自身に責任を取らせればいい」


 絶対神、ゼロスの怒りを“煩い”かよ?


 俺はだんだん、この余りに不遜な邪神の物言いが面白くなってきた。

 そして俺は、邪神に提案した。


「ーーーゼロス神を怒らすと、アンタの立場が上がるのか? 俺はちょうど人間共を皆殺しにするつもりだった。 手を組まないか?」


「なっ!貴様!レイス様に向かって何たる無礼なっ」


「ガルガルはだまってろよ、俺はその邪神サマと話してんだ」


「ーーーッ貴様、いい加減にっ……」


「良い。ラムガル。……ガルガル? 人間は賢くない。怒るだけ無駄」


 ガルガルは邪神の一言で、俺に殺気の籠もった睨みを効かせつつも、黙り込む。


「お前はなにか勘違いをしている。ゼロスは、お前など、何をしようが怒らない。レイスには、ちょっとした事で怒るけど。……ゼロスは、愚かな者に、ただ哀しむだけ。レイスは別に、ゼロスを哀しませたいわけじゃない」


 ……は、神々は俺なんぞ歯牙にもかけないと? 

 神は俺等を創っといて作りっぱなしかよ。やっぱ滅ぼすべきだろ、こんな世界。


「もういい? レイスは忙しい。ラムガルとフェンリル、暇ならちょっと来て」


「ウォン!」


「はっ、勇者の奴は、なにげにノルマを達成しておりますゆえ、ご安心ください」


 もう用は無いとばかりに、とっとと去ろうとする邪神。

 俺は、言葉も無くそれを見送ろうとした。だが、その時ピタリと邪神の動きが止まった。


「?」


「ーーー……お前、その胸に抱いている者……、ふふ、よく見れば極上だ」


「!?」


 邪神が俺の腕で眠るラウに視線を向けた。



 やべぇ。



「それを少し貸せ」


「! だっ駄目だ!! ラウは渡さねえ」


「ラウと言うのか。なる程、お前がそれの死を惜しんだ理由がわかる」


「やめろぉ!!」


 俺は反射的に剣を構える。同時に、剣から、これまでいくつもの街を滅ぼしてきた、広範囲殲滅斬撃が飛び出した。

 この喋る剣が勝手に“無差別殲滅撃(カルマ)”とか名付けていた技だ。


 あたりの木々は煤となり、大地が抉れる。

 その衝撃をものともせず、ハイエルフ共は一斉に武器を構え、獣達も俺に牙を剥く。

 世界樹様は大きくしなり、葉が高い音を立てたが、枝1つ折れることはなかった。


「ふ、レイスに、マナで攻撃しても無駄」


 邪神の口がニヤリと歪み、手をかざした。

 抗う間もなかった。


 俺の体は動かず、ラウはふわりと邪神の腕に吸い込まれていく。



「いい。 極上だ」



 邪神は口を歪に歪めたまま、その腕に収めたラウの耳を弄ぶ。







 ーーーあぁ、最悪だ。





 俺は再び絶望に包まれる。


 ハイエルフ、獣達、ガルガル全てから、刺すような殺気を受けながら、俺は邪神に抱かれたラウをただ見上げる事しかできなかった。



 その時、世界樹様の声が響いた。


『レイス、その子を気に入ったのはわかるんだけど、勇者にラウを返してあげて。ーーーそうだ。少し、イビスと呼ばれる勇者の話をしてあげよう』




 そして、世界樹様は静かに語り始めた。 




 ーーー昔ある村に、とても優しく賢明な夫婦がいた。

 そして、その美しい女性のお腹に、勇者の魂が宿ったんだ。

 夫婦はお腹の中の子に、アルスという名前をつけた。二人はそれはもう、その子が産まれて来るのを心待ちにしていたよ。

 その子の未来は、愛で溢れているはずだった。


 はずだったんだ。





なんか意外と長編になって来ました……

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