番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした⑧〜
俺は走り、疲れては歩き、また走り、ひたすらに聖域を目指した。
「あれ? もしかしてイビスじゃねぇ? 俺だよほら、掃除係の! 死んじまったかと思ってたら、ちゃんと生きて……」
「ーーー黙れ……」
ーーーパキャ、 ブシューーーー!!!
「ぇ、え?? キャァアァァアァアァーーーーーーーーーーッッ!!」
もう、クソ共は全部殺す。
やられる前に、全部殺る。
ラウが生き返るってんなら尚更だ。あいつ以外の、全部を消した世界を、俺がつくる。
あいつを捨てた親も、あいつをいたぶった奴ら全部、全部……、そんで、最後には俺も消えるんだ。
俺は聖域に向かう途中にあった、街や村を片っ端から潰した。
魔物や魔族に出会っても、全部殺した。
人間は俺の意志で、魔物共は、ガルガルと約束した、“使命”を果たす為に、俺はラウを抱え、正に奴等からしてみれば“奈落の絶望”として突き進んだ。
◇
「どけよ。何のつもりだ?」
俺がとうとう聖域にたどり着いた時、俺は武器を構えたエルフ共に取り囲まれた。いや、違う。人里にいたエルフ共とは、その身に宿したマナの量が段違いに多い。
まぁ、どうでもいい事だ。消してやる。
ーーーどけよ。
「……っクッ! 音魔法を、ここ迄昇華させるとは、さすが勇者」
なんだよコイツら、弾けねぇ。
俺が再びマナを込め、声を出そうとした時、クソエルフの一匹が先に口を開いた。
「ラムガル様から、話は伺っております」
「ガルガルから? てめぇ等も魔物の仲間って訳か?」
「……が、がるがる? 随分親し気な呼び方をなさるのですね。ゴホン、いいえ、我等は魔物の仲間でも人間の仲間でもありません。エルフ達の初元の父にして母、聖域の守り人、ハイエルフという種族にあります」
「そうかよ。で、そのハイエルフがそんな武器なんぞ構えて何しようってんだ? ガルガルから話は聞いてんだろ? そこを通せ」
「ええ、聞いているからこそ、我等は神々より与えられし使命の為、こうして武器を携えているのです」
また“使命”かよ。 面倒くせぇ。
「貴方に問いたい。貴方のしようとしていることは、この世界の理に反する禁忌。それをご存知か」
「知らねえな。世界を壊そうとしてるやつに、そんな事聞くなよ」
「……勇者と言えど、所詮はやはり人の子か」
「あ? クソ共と一緒にすんじゃねぇよ。反吐が出る! で、何だ? それがお前達の大事な“ご使命”ってのに関係あんのか? だったら、何だっつーんだよ!?」
「いいえ。 我等の使命は、この森に居られる、創生の時よりこの世界を見守る大樹、世界樹様をお守りする事だ。……その世界樹様が、貴方の望む禁忌の力をその身に仕舞われている。つまり我々は、すべてを壊し禁忌を犯そうと願う危険な貴方を、世界樹様の元に連れてゆかねばならないということなのだ」
俺は、一瞬目眩がした。
世界樹? 木なんぞに、そんな力があると? 確かにガルガルは聖域にそれがあると言った。
だが、それがただの木? 俺は泣きたくなった。
「貴方が、誓って、世界樹様に傷をつけないと言うなら、我々は、貴方を世界樹様の元へお連れしましょう」
「……連れてけ。傷つけねぇよ。……本当に、木にそんな力があるっつーんならな」
「……。持っておられますとも。ただ、その力を貴方に施すかどうかは、我々の知る所ではありませんが」
俺を睨みながら、吐き捨てるようにハイエルフはそう言うと、踵を返し森の奥へと進み始めた。
茂る緑。時折木漏れ日の影から、動物達が顔を出しこちらをじっと見つめてくる。まるで俺を見張ってるみたいだ。
一度SS級の魔物が、俺達の近くを、ゆっくりと通り過ぎていった。ソイツは信じられない事に、襲って来るどころか、ハイエルフ共の会釈に、瞼を閉じ、会釈を返して来た。
何なんだここは?
優しい木漏れ日。
争いの無い世界。
かつて二人で暮らしてた森に似ているような気がする。
俺は懐かしさを覚え、腕に抱えたラウを見る。
白いロウのような生気のない肌の所々に、紫の斑が浮かんでいる。固く閉じられた目は落ち窪み、まぶたの隙間から、涙の様に濁った汁が滲んでいた。唇はひび割れ、ついぞ栄養の滞った髪は、パサパサと広がり絡まっている。
俺は現実を思い出した。
そうだよ。平穏も安寧も、何もいらない。美しい世界も、俺には必要ない。
唯一、俺の望むもの。それはーーー……
「着きました。こちらです」
ハイエルフの声で、俺はハッと顔を上げた。
そして、その光景に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
目の前に広がる巨大な白い壁。いや、違う。これは幹だ。地面から盛り上がった根だけで、ゆうに三メートル以上の高さは超えている。
本幹の高さなど、ここから見えるはずもない。天を覆い隠すように広げられた枝には澄んだ音を響かせる、緑のクリスタルの葉が茂っている。
なんだ、これは。
森の外から見たとき、これほど巨大な木など見えなかった。あったら気付くはずだ。隠蔽の魔法でもかけてるのか? いやしかし、このサイズだぞ?
しかも、その木の周りには、SS級の魔物なんて子猫ほどにしか感じられない、美しく、巨大な獣達が控えていた。
その幹に肢体を絡ませるのは、山吹色の目を持つ緑の蛇と、透き通った青龍。
空に舞うは、女の顔をした黄金の鷲に、輝く極彩鳥。
大地に控えるは、地に根をはやした六つ目の陸ガメと、双頭の白狼。
その獣達のそれぞれが、ガルガルですら霞むほどのオーラを放っていた。
なんだ? これは。
ハイエルフ共が木に跪く。
なんだよ? コレは。
俺は信じられない光景に、ただ唖然と目を見開いていた。
その時、頭の中に声が響いてきた。
俺は聞いたことがないはずなのに、何故か、涙が出そうなほど懐かしい声。
『お帰り、勇者。 いや、イビス』
同時に、木の葉が風もないのに一層高く揺れ、葉音を響かせた。
『ーーー辛かったね。よく、頑張ったね』
木の声に、俺の目からまた、涙が溢れた。
止まらない。
そうか、俺、辛かったんだ。
俺はしばらく膝をついて泣いたあと、しゃっくりを上げながら、木に言った。
「俺は、いいんだ。もぅ、良い。 だから、頼む。お願いだ。ラウを、この子を生き返らせてやってくれ。コイツこそ、辛い目にあったんだ。ラウは、もっと幸せになんなきゃいけなかった。なのに、こんな事ってねぇよ」
普通に考えて、木に死んだやつを生き返らせる力なんて、あるわけ無い。
だけど俺はその光景に、木の優しさに、この木なら出来ると確信したんだ。
『ーーー可哀想に。俺に出来る事があるなら、何だってしてあげる。だから、どうか泣かないで』
木のその言葉に、俺もハイエルフ達と同じように跪いた。
跪かずには居られなかった。
ーーーーリィーーーーーーーーーーッッン……
一層高く、葉音を響かせ、木が、いや、世界樹様が枝を揺らせた。
まるで、森が揺れているようだ。
それから一枚の緑の葉が俺の前に落ちてきた。いや、降りてきた。
枝に付いているようなものとは違い、七色に揺らめく輝きを立ち昇らせる、不思議な葉。それが、ひらりとも揺れることなく真っ直ぐ、遥かな高みから降りてくる。
『それをその子の口に含ませると良い。だけど気を付けて。葉の付け根の芯を持つんだよ? 慎重にね』
神秘的な葉を前にした俺に、若干緊張のある声で、世界樹様は俺に念を押してくる。
きっとこの葉に、代えはないと言うことなのだろう。そりゃそうだろう。
俺は言われた通り、そっと、慎重に、その葉を手にとった。
『ちょっと、1つだけいいかな?』
「?」
俺は葉を手にしたまま、動きを止めた。
『ラウを生き返らせるという事、それはラウの為ではないよ。その事だけは、きちんと覚えておくんだよ』
「え? そりゃどういう……」
俺は木の言葉の意味を分からず、上を仰ぎ見た。
『ラウが生き返るのは、君の思い、君の願いの結果だ。ラウは満足してその生を終わらせた。他の皆も、命は等しく始まり、そして終わっている。だけど君は、その結果に満足出来なかったんだ。違うかい?』
「……。」
そうだ。
確かに世界樹様の言う通りだ。
コレはラウの願いじゃない。俺の願いだ。
だけどラウなら、きっと俺の事を笑って許してくれる。
あーあ。今更、ガルガルに言われた“甘ったれ”の意味がわかってきたぜ。
そうさ、甘ったれの俺は、ラウと共にまた笑い合いたい。只それだけ。
そしてその為なら、俺は禁忌だろが大罪だろうか犯してやる。
「ーーー……そうだな。俺だけ我儘言ってるって言いたいんだな。だけど俺は、どんな罰を受けたって譲れねぇんだ」
『そうか。それがイビスの選択なら、俺はその結末を祝福するよ』
「止めねぇのかよ」
『はは、まさか』
てっきり責められるもんだと思ったが、世界樹様は笑って俺を肯定した。
俺は、ラウの口に世界樹様の葉を含ませた。
緊張のあまり、上手く呼吸ができない。
『大丈夫。うまく行くよ』
世界樹様が、優しく、全てを赦すように、俺に声を掛けてくださる。
ーーーもし、神ってやつがいるなら、こんなやつがよかったなぁ。
『だいじょうぶだよ。もう、恐れなくて良いんだ。 君は一人じゃないんだから。ほら』
ラウの身体の胸の部分から、一筋の光が漏れ始めた。




