番外編 〜隣のお兄さんは魔王でした。僕は勇者なんですが、この想いを伝えても良いですか?①〜 ※bl要素はありません
サブタイトルに書いたように、bl要素はありません。ご安心ください!
“絶体絶命”とはこういう事を言うんだろう。
目の前には5匹の上位魔族とダークホースが2匹、それからシャドウ・ウルフが3匹。
5匹の魔物はいずれもC級で、魔族に至ってはA級の強敵だった。
「カカッ、狩りに来たら人間のガキが1匹か。どうするさ?」
「腹の足しにもならんな。チビ達のおやつにでも持って帰るか? 子なら肉も柔らかいし骨は良いおもちゃになるだろう」
魔族達の会話に僕の顔が引きつる。
手足が震え、逃げなければと思いつつもまるで身体が言うことを利かない。
僕の人生は10年で終わるんだ。
目に涙を溜めながら、最早声も出せない僕はそう悟った。
僕の名はアーサー。
5歳の時に勇者として教会から招集を受けた事があるが、その時は無能のフリをして逃げ出した。
自分には人よりマナが多いということは、物心ついた時からなんとなく理解してた。
それが関係してるのかは分からないけど、同い年の子より色んなことの理解が早かった事も自負してる。
だから僕の中に勇者の力を認められ、教会に招集される5歳の時には既にこう思ってたんだ。
―――僕は勇者になりたくない。
勇者の使命は魔王の討伐。
魔王の配下の魔物や魔族、悪魔達を退治し最終的には魔王を封印すること。
だけど魔物や魔王が悪だと一体誰が決めた?
勿論人を食べることもあって、人に害を及ぼすことは当然ある。
だけどそれは人間だけの都合で、魔物や魔王も人や動物と同じように食べ物を食べ、子を成し、ただ生きている結果なだけじゃないのか?
だから例えそのせいで人が滅びたとしても、それはこの世界に魔物が選ばれたと言うことじゃないのだろうか?
冒険者と言う職もあるし、勇者なんか居なくても構わないだろう。
僕は無闇に魔物達を殺したくない。
神はなぜ隣人を愛せと説くのに、こんな滅ぼす為だけの力を人間に与えたのだろう……?
そんな事を考えてる5歳児だった。
そして尽く審査を失敗させた僕は“無能勇者”として教会から自宅謹慎と言う軟禁を言い渡された。
そこから更に5年が経ち今に至る。
僕は村の皆からは“勇者の癖に”と白い目で見られていた。そんな僕を気遣って両親は優しくしてくれるけど、肩身が狭そうで本当に申し訳ない。
……だけど僕にも選択する権利はある筈だ
そう思い、僕は一般的なマナの使用すら自分に禁じて生きてきた。
かと言って、全く引きこもっているのも両親に気が引け、薪拾いや山菜集めでもしようと森に入り始めた矢先の出来事である。
「逃げ出したり暴れられても面倒だ。服を汚されてはかなわんからな。どれ、首でも折っておくか」
「っヒぃっ‥」
僕に伸ばされた大きな赤黒い手に、僕は喉を引きつらせて声にならない叫びをあげた。
その時だった。
「グラウゥ! ッガルアアァアァァァアァー!!」
「「「「「!?」」」」」
グシャッ
聞いたことのない獣の声が響き、直後僕に伸ばされていた魔族の手から黒い血が吹き出した。
僕は訳がわからず、目を見開いて辺りを見廻す。
すると近くの大岩の上から金の鬣と黒い爪を持つ、巨大な獅子が、噛み千切った魔族の腕を咥えコチラを睨んでいた。
「あの魔物はウガルルム……? なんでこんなとこに?」
僕は思わず呟いた。
なんせそれはかつて、僕が教会に行ったときに見た、入らずの森の番人から賜ったと言われる美しいタペストリーに描かれたSS級の魔物だったのだ。
ウガルルムの生態には詳しくないけど、間違いなく言えるのは、こんな人里に近い長閑な森にいるような魔物ではないという事。
僕が呆気にとられていると、不意に低い声が背後から響いた。
「それに手を出すことは許さん」
首を回しその声の主は直ぐに見つけたけど、この現実に頭の理解が追いつかない。
だってそこに居たのは―――。
「―――隣に住んでる、ガルムお兄さん?」
ガルムお兄さんは5年前、僕の家の隣の空き家に父親と引っ越してきたという僕より5歳年上のお兄さんだった。
だけどガルムお兄さんの父親は引っ越してきて間もなく、仕事の都合でまた街に戻ってしまい、今はガルムお兄さんは一人で暮らしてると聞いていた。
「もう一度言う。その者アーサーには手を出すな」
ガルムお兄さんの登場に、魔族達が慌てたように動きを止める。
「……な、貴方はもしや………っ?!」
緊張し戸惑う魔族達にガルムお兄さんは言い放った。
「 去ね 」
「「「「「はっ!」」」」」
ガルムお兄さんの睨みの入ったドスの効いた声に、魔族達は一瞬声を揃えると一斉に散っていった。
気付くと、ウガルルムの姿も消えている。
辺りは静まり返ったが、未だ震えが止まらない。
そんな僕にガルムお兄さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫か? アーサー」
「は、はい。……あ、あの隣のお家の……ガルムお兄さんですよね?」
「そうだが」
「どうやってあの魔族やウガルルムを追い払ったんですか? あ、あなたは一体……」
「私は……―――」
僕はゴクリと固唾を呑み、ガルムお兄さんの言葉を待った。
「私はな。じっ、実は“獣使い”だった……んだ……?」
「テ……? そ、そうだったんだ! 凄いや」
「まぁな」
そう言って僕が落とした薪を拾い始めてくれる優しいガルムお兄さん。
だけどね、魔族は元よりSS級の魔物を使役出来るテイマーなんかいないからね! ガルムお兄さん!
これが、僕がガルムお兄さんを特別に意識し始める事になったきっかけだった。
◆
ガルムお兄さんは村に帰っても、僕が魔族に会ったことを誰にも言わず、いつも通りに過ごしていた。
そして僕はその日から、家の二階の窓から隣の家を観察し、ガルムお兄さんの色んな事を発見していった。
まずガルムお兄さんはカッコいい。
短く刈り込んだアッシュグレーの髪に、筋の通った高い鼻と少し長い顔が男らしい。身長は15歳の割に高く、もう大人の人みたいだ。
そしてどうやら家庭菜園と、3日に一度の狩りで生計を立てている。
家族からの仕送りは無いようだけど全く問題なさそう。
とにかくマメで、毎日のように作った煮物やジャムや野菜なんかを御近所さんに配っている。
それは実は僕の家の食卓にもちょくちょく登っていて、ぶっちゃけ母さんの作った物より美味しかった。
そのガルムお兄さんはそのお礼にと、近所のおばさんから様々な物を貰っていた。
「あら、ガルちゃん! 狩りに行ってたの? 夕立が降りそうだったから洗濯物入れといたわよ。今持ってくるわねぇ」
「それはどうも。お世話をかけました。これ、良ければ狩りで取れた兎です。一羽どうぞ。まだ内臓を取っていませんが、体温が残ってるくらい新鮮ですから」
「あら、いいのにぃ。後で旦那の造ったビール、コッソリ一樽持ってくるわね。あとそうだ。こないだ貰ったキノコの香草シチューがとっても美味しかったから、また今度作り方を教えてちょうだいよ」
「良いですよ。この前作ったブーケガルニが沢山あるので、それもお分けしますね」
表情は無表情に近いけど、おばさん達にほ絶大な人気を誇っているようだ。
おばさんと別れた後、ガラムお兄さんがふと顔を上げこっちに顔を向けた。
「……アーサー? どうかしたか?」
「!? なんにもないっ!!」
び、びっくりした……。
そう。たまにこうして目が合うと、僕に話しかけてくれる。
でも僕はいつも恥ずかしくて逃げてしまうんだ。
なのにガルムお兄さんは怒らないで何度でも声をかけてくれる。
だから僕は、何度でもガルムお兄さんを追いかけてしまうんだ。
続きます。
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