神は試練のダンジョン・グリプス大迷宮を創り賜うた①
主人公からちょっと離れた場所での出来事なので、当事者の語りになります。
私の名はソルトス。王都にて考古学者をしていた。
それが発見されたと知らせが入ったのは、およそ今から2ヶ月前。
私がまだ王都の図書館で鬱々と古い史記をめくっている時だった。
研究に明け暮れ50年。
太古の遺跡巡りにありとあらゆる歴史書の読破、伝説の解析、神々の創造の痕跡を辿ろうと私は奔走し続けた。
―――だが足りない。
人の寿命とはかくも短く、その力は微力過ぎる。
名のある冒険者や、時には勇者にすら同行し叡智の鱗片を解き明かそうと日々明け暮れた。
しかし私はその本質には触れる事も叶わず、ただ老い朽ちゆく肉体だけが今ここにある。
何が王国史上最高の冒険家にして博識者だ。
誰が何と言おうと、私は脆弱な愚者に変わりない。
馬に乗ることさえ叶わなくなったこの老体を怨めしく思いながら、私は静かな図書館でもう何十度と目を通した史記の1つを捲っていたのだ。
「ソルトス様、読書中失礼致します」
「なんだ? 今は忙しい」
私の小間使いが静寂を割って声を掛けてきたが、私は話も聞かず追い払おうとした。
人に与えられた短い寿命の中で、老い衰えた私にはもう、私の求めるものに辿り着くことはできない。
ならばもう、何も知りたくなど無いのだ。
耳を塞ぎ、この退屈な空間で終わりを迎えるのもいい。
だが小間使は引き下がらなかった。
「申し訳ございません。しかし殿下の勅命により、ソルトス様にどうしても現地で見て欲しいものがあるとの事です」
……あの若僧か。
16年前王位を継いだまだ若い王。
愚かではないが、私から言わせれば到底賢王などでも無い至って凡庸な者だった。
私はため息を付き本を閉じる。
そして重い腰を上げて言った。
「馬を用意してくれ。車のついたものをな」
「畏まりました」
◇
そして指示された現地についた私は、その存在に言葉を失ったのであった。
「なん……だ、これは……」
王都から馬車で20日程の所に広がるグリプス砂漠の真ん中に、それは聳え立っていた。
下部が砂に埋まっていた為より正確な調査が必要だが、見えている部分だけでの高さおよそ13メートル。5つの側面を持ち、白金に輝く巨大なオベリスクだった。
そのオベリスクは、グリプス砂漠の灼熱の熱線を受けて尚ヒンヤリと冷たく、鉄で叩いても傷1つ付ける事が出来ない不思議な金属でできていた。
そして驚くべきは、そこに刻まれた繊細にして堂々としたダイナミックさを持つ素晴らしく美しい彫刻だ。
五面の内の二面には、勇者を始め幻の聖獣や数多の動物達、それにありとあらゆる植物が彫り込まれている。
残りの二面には、伝説にある魔王と恐ろしい魔物達が彫り込まれていた。
しかもそれらは絶滅したとされる者や、まだ未確認とされている者達迄、全て詳細克明に刻まれているのだ。
更に最後の一面に至っては、まだ見たことも聞いたこともない美しい獣達が刻まれている。その美しさと神々しさたるや、伝説の聖獣すら霞ませるものがある。
私は興奮した。
私の求めていた物がそこにあったのだから。
「この世の……全て。これこそが……神の記し賜うた“歴史の道標”……!」
私は無意識にそう呟いたのだった。
以来、私はそのオベリスクを“歴史の道標”と称し、寝る時間をも削って研究に打ち込み続けている。
あぁ楽しい。
生来これ程の充足感を味わった事がない。
全く何ということだ。本当に時間が足りない。
もっとこのオベリスクと標された神の軌跡を辿りたい。この叡智を後世に伝えたい。もっと、もっと―――。
私は心躍らせ調査と研究に打ち込みながら、改めて人の生の短さを嘆くのだった。
……だがその日は突然やってきた。
『―――やっと見つけた……』
私達がいつもの様に砂まみれになりながらオベリスクの研究に勤しんでいる時。突然空の雲すら吹き飛ばしてしまいそうな強い風が吹き、同時に澄んだ高い声が天空から響き渡った。
私達は驚き、一同に空を見上げ声の正体を探った。
……何もない。
しかし姿こそ見えないが、不思議なことに声だけがまた響いてきた。
『―――驚かせたようだね、僕はゼロス。神と呼ばれる者だ』
その声の内容に、私達は息の仕方すら忘れるほどに驚いた。
―――神?
―――絶対神ゼロス様!!
私はその言葉の意味に思考が追いついた時、これまでに起こった全てを理解した。
このオベリスクは、やはり神の創り賜うた物なのだ。
神の叡智の結晶。私が生涯を賭け、望んでやまなかったその物だったのだ。
私は気付けば涙を流しながら叫んでいた。
この老い先短い命などゼロス様に対する不敬で散るも本望。
ただ、識りたい。
「嗚呼ゼロス様! 我々人間共に素晴らしきオベリスクをお建て下さり、感激の極みにございます! しかし我々の知識は乏しく、この叡智に触れるには余りにも未熟! どうかお教え下され。この金属は何か、そしてこの一面にある気高き獣達は何かを!」
死を代償に識れるならば何と安いものかと思っていたが、ゼロス様の聖声は何処迄も優しかった。
『それを気に入ったの? それはミスリルと言うマナを含んだ銀で作られている。今のお前達には決して傷つける事の出来ない金属だ。そしてそこに描かれているのは神獣。上から順に光の化身フェニクス、水の化身ウェルジェス、熱の化身フェンリル、風の化身リリマリス、土の化身ガルドルド、雷の化身サリヴァントール、そして最後が破壊と終焉の化身ギドラスだよ』
私は不敬を承知で、天を仰ぎつつゼロス様のお言葉を一語一句たりとも漏らすまいとメモを取る。
ペンを走らせる手が歓喜に震えた。
だが次の瞬間、私の手は恐怖に震えだすこととなる。
突然、別の声が天を裂く様に轟いたのだ。
『―――何をしている?』
それはまるで感情の無い冷たい声。
死を覚悟していた私だが、その声を聞いた途端背筋が凍るのを感じた。
『やっと見つけた。それに触れるな人間共。こちらに渡せ』
背筋の凍る冷たい声が、私を地の底に突き落とす言葉を吐いた。
このオベリスクを渡せ? ―――駄目だ。
「ここ、こ、これは渡さないっ! これはゼロス様が私達にお与えくださった至宝なのだ!」
腹の底からくる恐怖を退け、私は叫んだ。
『ゼロス……』
無感情な冷たいその声に、ゆらりと怒りの火だけが灯った気がした。
そして次の瞬間、晴れ渡った空から落雷が迸る。
私雲は千切れて吹き飛び、私達が恐れ慄いて腰を抜かす中、青空が割れた。
比喩ではない。異次元への入り口のように、青空にぱっくりと開いた黒い穴。
その闇の中から一人の少女がゆっくりと降りてきたのだった。
「まさか……そんなっ」
私はその姿を一目見て、少女の正体を悟った。
「―――魔王の崇める女神……だとっ」
全てを拒絶するような艷やかな長い白髪。その頭にはいびつに歪んだ一本の大きな白金の角が生えている。
血のような真紅の禍々しい飾りベルト。広がる漆黒のスカートは、風も無いのに大きく広がり怪しく揺れていた。
胸部には白骨の胸当てを付け、背には白骨化した片翼の翼が伸びている。
それに肩に掛けられた白銀の毛皮は、聖獣の物だろうか?
否、しかし聖獣殺しは禁忌のはず。なんと恐ろしい事だろう……。
体格こそ少女のようだが、その表情は漆黒の仮面で隠され窺い知ることはできない。
禍々しい。恐ろしく禍々しいのに……なんと美しいのだろうか。
私は闇の女神に心底震え、駄目だと頭では理解しつつも、その人外の美しさに見惚れていた。目を離すことができない。
見入る私に女神が怒りをちらつかせる冷たい声で言った。
『それはお前達の物じゃない。こちらに渡せ。さもないと、消す』
その言葉は私にとって慈悲の欠片すらない、死の宣告のように聞こえた。
次回、レイス語りで行きたいと思います。
ブクマ、有難うございます。




