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わが青春の泉荘  作者: 田久青
3/22

真夏の深夜のプール

東京の最も南のエリアに大田区がある

大田区の中で最も大きな街が蒲田だ

新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった

江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい

現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。

JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた

年季の入った木造モルタルの2階建て

ひび割れ模様の広がった外壁

歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下

風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間 そのアパートの名前は「泉荘」

梅雨も明け暑い日差しの続く夏の夜だった


伊藤君と佐藤君と僕、そしてあと4人の同級生が集まっていた


元水泳部の武田君、ストリートファイターの吉田君


ボーカリストの佐倉君、ガリガリで細身の加藤君


僕たちはニ抜けで麻雀をやっていた


(4人以上で麻雀をやるときは半荘で2番目の人が抜けるというルール)


当時は当然の如くエアコンなどない


扇風機が頼りなく首を振っているだけだ


開け放した窓からは風も入ってこない夜だった


全員が上半身裸か、汗まみれの下着姿で


それぞれがパタパタと団扇で自分の顔に風を送っている


深夜1時を過ぎたころだった


「みんな、今から涼しかとこに行かんや?」


二抜けの決まった佐藤君が言った


「どこに行くと?」


汗を拭きながら伊藤君が尋ねる


「今から案内するけん、みんなで行こうや」


あまりにも暑い夜だったので


他のみんなも行先も聞かず佐藤君に素直に従うことにした


泉荘を出て寝静まった通りへ僕たちは出て行った


先頭を歩いている佐藤君の後ろで


「24時間のゲームセンターに行くっちゃろ?」


「佐藤君のことやけん、もしかしたお墓かもしれんぞ」


「確かにお墓は涼しかかもしれん」


などと勝手なことを言いあいながら歩いていた


狭い部屋で男たちが固まっているより外の方が気持ちが良い


「ここ、ここ、着いたばい」


佐藤君が言った


泉荘から5分も歩いていない


薄暗い中、目をこらすと近くの小学校の裏門だった


「佐藤君、ここのどこが涼しかと?」


と誰かが訪ねると


「ここのプールに入ろうや」


佐藤君が自慢げに答える


他のみんなが「え~~~~~~~~~~!」と言いながらも


好奇心に目が輝きだしている


僕らは慎重にプールの周りを観察し


一か所だけ鉄条網の間隔が広いところを見つけて


そこから忍び込むことにした


まず身の軽い伊藤君がうまく忍び込むことに成功し


その後を伊藤君のマネをし全員がプールサイドに降り立っていた


それからみんなでプールサイドの濡れない場所を探し


着ているものを全部脱ぎ捨てプールにそーっと飛び込んだ


「うわー、気持ちの良かあーーー!」


「生きてて良かったあーーー!」


「感動もんばーーい!」


僕たちは暗闇のプールの中で恍惚の表情だったと思う


少し大胆になってきた誰かが


バチャバチャと音を立てクロールで泳ぎ始めた時


プール横の建物から懐中電灯の明かりが近づいてきた


その明かりにいち早く気づいた佐藤君が慌てて


「クッロールヤメローーーー!」


「クロールヤメローーーーー!」


と押し殺した声で言った


僕らはその懐中電灯の明かりが遠ざかるまで


心臓がバクバクする中


プールの中でまるで映画の地獄の黙示録のようにじっとしていた


完全に懐中電灯の明かりが遠ざかったのを確認して


僕らは手際よくまだ濡れている体で着ていたものを身に付け


鉄条網でけがをしないように外へ出た


そしてできるだけ会話をせずに小走りで


泉荘へ戻って行った


泉荘の伊藤君の部屋で


「どうや、涼しかったろう?」


と佐藤君が自慢げに言う


「そうけど警備員に見つかりそうになった時は冷や汗の出たばい」


と誰かが答える


「ばってん、プールは気持ちの良かったあ~~」


「ほんなこつ、きもちん良かったあ~~~」


僕らはプールで火照った体を冷ますことには成功し


一瞬の快楽に酔うことはできた


しかし時間が経つとまた暑苦しい熱気が


泉荘を覆っていた


「さあ、もう寝よう寝よう」


伊藤君が布団を敷きだす


一瞬でも気持ちの良かったプールでの事を


思い出し、つい破顔してしまう僕の横で


二人が、何か騒いでいた


「うわーなんやこれ!足の血だらけになっとるうーー」


「誰かさあ俺のパンツ知らん?」

お読みいただきありがとうございました。

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