表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わが青春の泉荘  作者: 田久青
18/22

アルバイト番外編③

東京の最も南のエリアに大田区がある

大田区の中で最も大きな街が蒲田だ

新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった

江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい

現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。

JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた

年季の入った木造モルタルの2階建

ひび割れ模様の広がった外壁

歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下

風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間

そのアパートの名前は「泉荘」

秋の気配が渋谷の街にも色濃く漂い始めている頃


当時アルバイトをしていたラーメン屋の社長に頼まれて


道玄坂を少し登ったビルの地下にあるステーキレストランでアルバイトをすることになった


そのステーキレストランのオーナーがラーメン屋の社長と商店街仲間で仲が良く


「あんたんとこのアルバイト、年末に向けて誰か一人回してくれよ~」


と頼まれていたらしい


そのステーキレストランは内装にとても凝っていて


素材の良さそうな木の椅子にテーブル


天井には照明を落としたシャンデリアがぶら下がっていた


各テーブルにはロウソクの入った丸い形をした赤いグラスが置いてあり


開店と同時に一つ一つ火をつけていくのも僕の仕事だった


厨房には年配のコックさんが一人


料理のできるオーナーもたまに顔を出し、厨房に入ることもあった


ホールはオーナーの奥さんと僕の二人で接客をした


オーナーの奥さんはとても明るくはきはきとした元気な女性だった


お客さんが入ってくると良く通る高い声で


「いらっしゃいませ!」


と明るく笑顔で迎える


田舎者の僕はそのお店で初めて


赤と白のワイン以外にロゼというワインがあることを知った


とても快適なアルバイト環境だった


22時にお店を閉めて片付けが終わると


「お疲れさま」といって


毎日、オーナーの奥さんがビールの小瓶を1本出して飲ませてくれた


満席になるような慌ただしい時間帯もあまりなく


至れりつくせりの毎日で僕はそこでのアルバイトをとても気に入っていた


ラーメン屋とは大違いだ


ただ、何人か対応に困ってしまう常連のお客さんがいた


まずはHさんというおじさん


年のころは50代か60代


濃紺の少しだぼついたダブルのスーツを着て髪は短めのパーマ


いつもかけている薄いサングラスの下の顔は小傷だらけだった


一目見てすぐに分かる堅気ではないおじさんだった


Hさんは、基本的にいつも上機嫌で声が大きかった


Hさんは知人との打ち合わせが終わると


僕の方を向いて言った


「お兄ちゃん、一回遊ぼうよ」


「はい?」


キョトンとした顔で僕が答えると


「〇〇〇(渋谷で有名な元組長)と俺はね、両刀使いなんだよ」


「は?」


と言いつつ僕は引きつった顔で無視をした


ニヤニヤして僕を見つめるおじさんが


怖くて仕方がなかったが、大きな声で怒られるわけでもなく


無視をしてしばらく経つとお会計をして帰って行った


このおじさんは1週間に1度くらいの割合でお店にやってきた


その度に少し緊張した


また、別のお客さんで


道玄坂の途中を少し右に入ったところにあるストリップ劇場からも


踊り子さんが食事にやってきた


「お兄ちゃん、今私出てるから観においでよ」


「は、はい」


「すごい、特技を見せてやるからさ~」


「は、はい?」


結局行かなかったが、頭の中は?????状態


他にも色んな変わったお客さんがいたが


この二人だけは強烈な印象として頭に残っている


年末に向けて忙しくなってしまったラーメン屋さんの社長に呼び出され


ラーメン屋のアルバイトに戻ることになった


僕は無理を言って泉荘の佐藤君にステーキレストランのアルバイトを引き継いでもらった


佐藤君もHさんとストリッパーのお姉さんとは遭遇したようだ


佐藤君にアルバイトを引き継いでしばらくたったある日


オーナーがラーメン屋に顔を出した


「僕が紹介した佐藤君はアルバイト頑張ってますか」と聞くと


あ~ドイツ軍のヘルメット君ね


佐藤君は当時はやっていたテクノカットという髪型だったのだが


オーナーからはドイツ軍のヘルメットにしか見えなかったらしく


あだ名が「ドイツ軍のヘルメット君」になっていた


そのあと、佐藤君と会う機会は当然何度もあったが


そのあだ名の話はできなかった


本当にドイツ軍のヘルメットみたいな髪型を見て


笑いをこらえるのに必死だった


ものまねが得意な佐藤君は


オーナーの奥さんの声色を真似て


「いらっしゃいませ!」


とものまねをしてくれた


それが特徴をつかんでいてそっくりなのと


未だにドイツ軍のヘルメットの髪型を見て僕は腹を抱えて笑った



数か月前、いまだに付き合いのある元ラーメン屋の社長から


ステーキレストランのオーナーの訃報を聞いた


あの頃のアルバイトの風景が蘇るのと同時に


何だか、少し寂しくなった


お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ