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わが青春の泉荘  作者: 田久青
10/22

静岡三島遠征

東京の最も南のエリアに大田区がある

大田区の中で最も大きな街が蒲田だ

新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった

江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい

現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。

JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた

年季の入った木造モルタルの2階建て

ひび割れ模様の広がった外壁

歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下

風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間

そのアパートの名前は「泉荘」

「泉荘」で1年間の浪人生活を送った佐藤君は


第一志望だったのか滑り止めだったのかはわからないが見事N大学に合格した


「泉荘」の環境でよく合格したものだと感心する


ただ、2年間は静岡の三島という所にある校舎で学ぶことになったため


「泉荘」を卒業していった


佐藤君が静岡の三島に行って4ヶ月が経過しようとしていた


佐藤君の誘いもあり静岡の三島に遊びに行くことになった


7月の暑い夏の日だった


佐藤君の住んでいるアパートは


「泉荘」に負けないくらいの年季の入った建物だった


佐藤君のアパートには同じN大に通う同級生が住んでいた


遊びに行ったその晩、佐藤君が三島でできた友達と4人で麻雀をすることになった


初めて会う佐藤君の友達は変わった二人だった


片方にひびの入った黒縁のメガネをかけ頬はコケ落ちガリガリの田辺君


空手着を身にまとったぼさぼさ頭で大柄の坂東君


田辺君の部屋で佐藤君と坂東君と僕の4人で麻雀が始まった


田辺君の部屋は見事なくらい何も無い部屋だった


3段のカラーボックスが2個並んで置かれていて


麻雀用の小さな炬燵だけの殺風景な部屋だった


麻雀が始まると、どういう訳か、その日は牌の引きが絶好調で


半荘を終わって僕がダントツのトップ


三島が僕を歓迎してくれてると勝手に有頂天になり


ニヤニヤが止まらないし、ふざけた軽口もどんどん増えていく


半荘だけやって佐藤君と飲みにく予定だったが


ボサボサ頭の坂東君が「もう半荘だけやるら~」


ニコリともせず呟いた


僕も勝ち逃げするわけにもいかず


絶好調はまだ続きそうだったためもう半荘やることになった


その前にちょっとトイレと言って席を立つと


僕も、と言って佐藤君もついてきた


共同トイレで並んで用を足していると


「お前、やばかぞ」


佐藤君が僕に言う


「なんが?」


僕が答える


「あの坂東君な、実はああ見えて、付属高校から上がってきた


相当なワルでな、この辺の極悪暴走族グループ〇〇殺しの元頭ぞ!」


声を押し殺して話す佐藤君の声が少し震えている


「佐藤君、はよ言えよ、そがん友達紹介するなよ」


僕の声も動揺を隠せず少し震えている


トイレから戻ると強張った顔がばれないように気をつけながら


次の半荘が始まった


ついさっきまでは調子のいい軽口を笑いながら口走っていたが


聞こえるか聞こえないかの独り言をぼそっと言う感じになってしまった


それでも、どういう訳か、絶好調の引きが止まらない


配牌もいいし、引きも相変わらずいい状態が続く


「ロン」


「ツモ」


と僕が言うたびに


ぼさぼさ頭の坂東君のイライラが大きくなっていくのがわかるようになってきた


坂東君は、頭をかきむしったり


突然、奇声を発したり


大きな音で乱暴に牌を切ってきたり


空手の正拳突きのような恰好で思いっきり畳を殴ったり


その度に、他の3人はビクリと体が動く


急に額の汗の量も増えてくる


途中から誰も声を発することも無くなり


顔を上げて坂東君を見ることもできなくなっていた


南場で僕が親の時に小さな声で「ツモ」と言うと


坂東君にはわからないように


佐藤君が足で僕の膝をつつく


僕がダントツのトップの中、半荘がオーラスを迎える


オーラスの最終局面


坂東君が佐藤君から「白」をポンして鳴いた


次の瞬間、今度は田辺君が捨てた「中」を坂東君がポンをして鳴いた


そして、僕の手配の中に「葵」が2個


オーラスの親は佐藤君


僕は捨牌を見渡した後、頭の中で点棒を必死に計算する


「あ~まさかな~どうしようかな~、え~い、これはないだろう」


僕は迫真の演技で、「葵」を切った


「よっしゃ~~~ろ~~~~ん」


坂東君の大きな声が田辺君の狭い部屋にこだまする


「え~大三元テンパってたんだ~」


僕の迫真の演技は続く


そこで終了し、点数を数えると坂東君が逆転でトップ


僕はそれでもかろうじて2着


B君は、それから上機嫌になり、


お前いい友達連れてきたなあと佐藤君の肩を思いっ切り叩く


麻雀を終了し


そのあとは、坂東君の誘いをやんわりと断り


遅くまで佐藤君と僕は飲み明かした


坂東君が族の後輩を10人くらい並べて焼きを入れるとき


佐藤君はめがねを集める係の指示をされたというエピソードを話してくれた


翌日、二日酔いで佐藤君のアパートを出ていくとき


「何か昨日は疲れたばい」


「ほんなことばい、疲れた」


僕は、佐藤君とわかれた帰り道、JR三島駅の近くの床屋に入り


生れて初めてパンチパーマをかけた


「どっからでもきやがれ三島の不良!」


心の声でドスを利かした後


急ぎ足で東京行きの電車に乗り込んだ




その後、三島には二度と行っていない



お読みいただきありがとうございました。

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