追憶2
次の日、ユキは僕のクラスに転校生としてやってきた。
転校初日で緊張していたのか、唇をきつく結んで誰と話していても固い表情のままだった。
昨日のようにハツラツとしていて、花のような笑みを浮かべていた彼女の姿はなかった。
寂しそうなユキは見ていられなくて、僕は話しかけに行ったのだ。
夢を持っている人が好きだ、と。その言葉に僕は勇気をもらった。笑う彼女を見て僕も嬉しくなった。あの時の気持ちを返したい、とその一心であった。
「ユキ」
話しかけたらユキは大きな瞳をもっと大きくして驚いた。
「あ、あんた同じクラスだったの」
せっかく話しかけたのに失礼な人だと思う。
「そうだよ。ってか気づいてよ、立場がないよ」
「あはは、そっかー。あははははは」
「笑うとこ?」
「あははは、ごめんごめん」
頬を桃色に染めて笑ってくれた。
それだけでも話しかけたかいはあったのではないかと思う。
「ねえ、ちょっと来なさいよ。図書室はどこにあるか教えてくれない?」
「図書室? なんで?」
「いいからはやく」
ユキは僕の手を引いて、廊下へ引っ張っていった。
おしとやかな彼女もよかったけど、僕といると活発な性格になってしまうらしい。まあ元気になったのならいいか、とはにかんで走るユキを見ながら思う。
図書室につくなり、彼女はスティールバードの関連書をいくつも持ってきて机に広げた。
「ほら、この本なんか空中航法のことがわかりやすく書いてあるの。こっちはパイロットに必要な技術と、鍛え方が載ってる」
僕は驚いた。
今まで見た中で一番わかりやすい本にも驚いたが、ユキがエアファイトの本を知っていることの方が驚愕だ。
「これすごいよユキ、どうして知ってるの?」
「ふふん、あたし本はたくさん読んでるもん」
「すごい。ねえユキ、僕にもわかるような本てまだあるかな?」
「あるわよ、探せばいくらでも」
嬉しかった。
誰にも言えなかった夢を笑わないでいてくれて、僕のために協力してくれる。子供が描く夢は三日で変わる、なんて言われるけど、僕にとってパイロットになるというのは切実な問題だった。
それを共有できる大切な人ができたことは、なによりも励みになった。
それから自然と一緒にいることが多くなった。ユキの家は僕の家と近かったから帰り道も一緒だったし、学校のクラスも一緒だったから。多くの時間をユキと過ごすことができた。
夢だなんて言葉で終わらせるつもりはない。必ずパイロットになって、空を飛ぶのだ。
はるか先の未来で凛と佇んでいる自分の姿を信じて疑わなかった。
かき集めた少しの知識と、次第に形作られていく夢をユキと共有することで、僕は焦がれる想いを強めていった。
そして僕は学ぶことになる。
誰かが時代を変えれば、描いていた未来は奪われてしまうこともあるのだ。
世界初のAI搭載型戦闘機が開発。
これが全ての発端である。
人工知能メーティス。チューリングテストをクリアするほど高度な知能を備えたAIはあらゆる面で人間の全てを凌駕していた。
この画期的な人工知能の開発にはユキの父親が大きくかかわっていた。機械が人を幸せにすると信じてユキの父はメーティスを開発したのだろうけど、このAIの出現は砂の文字をかき消すさざ波のように僕の夢を奪っていった。