追憶3 F‐22対メーティス
きっかけはメーティスを搭載した戦車大隊と、自衛隊員の乗る戦車大隊との勝負。
自衛隊が減少した人員を募集するために、何かと話題のAIと対決するという催しを開いたのだ。
日本の戦車は世界でもトップクラスの性能を有している。その戦車を手足のように扱える優秀な戦車乗りと人工知能ではどちらが強いのか。まったく同じ戦車と状況下ではどちらが勝利するのか。大衆にとってこれ以上の娯楽はなく、多くの人々が会場へ詰めかけた。
そして試合は米軍との親善試合で好成績を収めた自衛隊の戦車大隊が、僅か数十分の間に壊滅させられるという驚愕の結果に終わった。
この結果は科学者たちも予想しえないものであり、メーティスの有能性に歓喜しつつも当惑して苦笑いをしていた。しかし、これを自衛隊は侮蔑の嘲笑と受け取った。
「人が機械ごときに劣るなどあり得ない、たった一度の偶然にすぎない。今回は演習も兼ねていたから型通りの動きになってしまったが、実戦ではそうもいかないだろう。戦場では人間の死に物狂いの直感がものをいうのだ。型通り動く機械は使い物にならんよ」
戦車長が漏らした一言が科学者たちの顔をこわばらせた。
「私たちがメーティスを作るのにどれほどの時間を費やしたと思っている。負けたからといって、メーティスを侮辱するのはやめていただきたい」
互いに感情の制縛が切れ、語気を鋭くさせて言い合いを始めた。
「ならばもう一度。今度は実戦をも想定して勝負するというのはいかがかな?」
屈辱の敗戦を期した自衛隊は、メーティスとの再戦を申し入れる。
二回目の人と機械の対決は空で行われることになった。
選ばれたパイロットは僕の父だった。
父はさほどメーティスに興味を示さなかったが、仲間の戦車大隊がAIに蹂躙されたことを耳にすると、憤怒して闘志を滾らせていった。
これまで幾度となく空で勝利をもぎ取ってきた父は、自信満々に空へと上がっていった。
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澄んだ夏空を二機のジェット戦闘機が飛んでいた。青天を駆け、雲の狭間を抜け、轟轟とエンジンを唸らせて、戦いの舞を繰り広げている。
F-22、通称ラプターと呼ばれる第5世代の戦闘機で父さんとメーティスは戦っていた。
次世代エンジンを搭載するラプターはアフターバーナーを使わずして音速の壁を超えることができる。加えて凹凸の少ない機体が空気抵抗を減らしており、速度を得る手助けをしている。超がつくほどの速度を維持しながらの方向転換が可能、速度と機動性に長けているという最強の戦闘機だ。
そのラプターが、互いの羽をもぎ取ろうと戦っていた。
父さんとメーティスの戦いは熾烈を極めていた。互いに必殺の狙いを込めて背後に回るが、勝負あったと思えた次の瞬間、既に二機は数百メートルも離れており、そう思えば忽然と姿を消していることもある。
あまりの速度と機動故に戦いを目で追うことができないのだ。父さんたちの戦いは夜に閃く極光の如く、妖しいものとして僕の目に映っていた。
「父さん――がんばれ」
その日、僕は自衛隊基地にいた。この一戦を見届けるために特別に招待されていたのだ。
何度か顔を合わせたこともある父さんの同僚と共に、ガラス張りの管制塔から淡い水色に揺らめく空を見上げていた。
もちろん空を見上げているだけでは戦闘の詳細までわからないので、時折見上げていた程度だ。二機の戦闘を撮影するために飛び立ったもう一機の戦闘機が送る映像を、モニター越しで見ていたのだが――
「管制塔からファルコン・ワンへ、二機をきっちりフレームに収めてくれ。どんな戦いになっているのか確認できない」
『こちらファルコン・ワン、無茶を言わないでくれ。あんな変則的な動きをする戦闘機追いつけるわけない』
この戦いを地上にいる人々に届けようと、カメラを搭載したジェット機のパイロットが泣き言をいう。
「びびってないで戦闘エリアに介入しろ。ミサイルが飛んでくるわけじゃないし、機関銃も訓練用のペイント弾だぞ」
実戦を想定した戦いとはいえ、二機ともミサイルは搭載していないし実弾もない。ミサイルロックオンで先手を取るか、ペイント弾を一定量以上当てた方が勝利となる。
被弾する心配はないのだからしっかり撮影しろ、というのが見ている側としての意見であるが、撮影側としては音速の戦闘を記録するのは困難である。記録するパイロットが「じゃあお前がやってみろ」と金切り声を上げ、ついには映像が途絶えてしまった。本当に追いつけなくなってしまったようだった。
僕たちの目はカメラ映像から、航空レーダーの画面に移る。画面には二つの紅点が点滅していて、未だ二機が戦闘中だということが分かった。
僕は空を見上げた。太陽の色がいつもと違う気がして、なにか嫌な予感がした。普段はそんなもの気にもしないのに、なぜかこの時だけは不吉な色のように思えてならなかった。
「や」
いつの間にかユキが隣に立っていて、僕に声をかけた。
「あれ、ユキ」
彼女もまたメーティス開発の関係者として基地に招待されていた。メーティス側は違うモニタールームで戦闘を見ていたはずだが、いつの間にか抜け出してきたらしい。
「大丈夫、あんたのお父さん強いんでしょ。絶対大丈夫」
ユキが僕を励ましながら、手を握ってくれる。しっとりとした手のひらから彼女の体温が伝わってきて、緊張で凝り固まった僕の心が幾分かほぐれるような気がした。
「・・・・・・ユキ。メーティスは君のお父さんの発明でしょ? 開発側なのに僕の父さんを応援していいの?」
「なによわるい?」
「いや、わるくはないけど」
「いいじゃない別に――蔵雅のお父さんを応援したいんだもん。きっと勝てるよ。あんたに夢を教えてくれたお父さんなんでしょ?」
「うん、負けてほしくない。勝ってほしい」
そうだ。父さんは強いんだ。
この空で一番であるために、全てを注ぎ込んできたような人だ。
負けるはずがない――そう信じていた。
「なんだ、二機とも上昇してないか?」
「わからない、ファルコン・ワン! 二機はどうなっている!?」
『高高度へ上昇中! 片桐が先行、ケツをメーティスが追いかけているのが見える』
周囲のパイロットたちが顔を強張らせてざわつき始めた。
空戦に関しては素人であるにしても、あからさまに不安そうな皆を見れば父さんが危険な飛行をしていることがわかった。
「片桐のやつ、マニューバキルするつもりか」
パイロットの一人が言った。
マニューバキルとはあえて無茶な軌道旋回などを繰り返し、後を追う敵機に負荷をかけて自滅を強いるというものだ。戦術としては非常に危険な部類に入る。敵機が墜ちる前に、自滅してしまうこともあるのだ。
「実戦を想定しているとはいえ両機とも訓練弾・・・・・・完璧に撃墜するにはこの方法しかない。完全勝利するつもりなんだ、メーティスのラプターをぶっ壊すつもりか」
「無茶だ! 相手はAIでこっちは生身の人間だぞ! 急上昇や降下を続ければ、体にどれだけの負担がかかると思ってるんだ!」
そうした中、二機は燕のように飛び交い、はたまた蛇のように不可思議な軌道で相撃った。僕たちの心配や、父さんの作戦をあざ笑うかのように、メーティスはどこまでもついていく。
レーダーの紅点は点々と位置を変え続ける機影を未だ捉えている。
あまりにも変則的な軌道を繰り返しているため、右に映った紅点が次には左へ、上にあった紅点がいつのまにか下へと、目まぐるしく動いた。
『片桐、上昇を中断して右に急旋回! メーティスはまだ後を追ってる!』
「接戦だ! これじゃ互いに目標ロックはできない、格闘戦に持ち込んだな」
機体が何度も交差するような格闘戦では空対空ミサイルのシーカーもうまく標的を捉えられない。この時点でミサイルは不要となる。
空中で入り乱れる様は零式戦闘機の格闘と類似している。時代と兵器が変わっても、こと格闘戦に関して大きな違いはないのだ。
聞こえるはずのないエンジン音と、冷たい空の香りがこちらにまで届きそうなほどの大空中戦であることが伝わってくる。
『片桐、再び上昇!』
「実況はいい! 映像を出せ!」
『追いつけないんだ! 速すぎる!』
父さんは再び機首を上げて急上昇した。
今までにない速度での上昇であるらしく、これで敵の混乱をつき、雌雄を決する最後の一撃とするつもりのようだった。
――これで決着か!
と、見えた瞬間。
『片桐が失速! 墜落する!』
通信が入った途端、途切れていたカメラの映像が回復した。
負荷をかけ続けた体の限界がメーティスの破滅より早く訪れたのだ。
「あれじゃ機体を持ち直せない! 早く脱出しろ!」
爆砕ボルトを起動させればキャノピーが吹き飛び、次いでシートのロケットモーターが点火して空中に逃れることができるはずであるが、ラプターは父さんを乗せたままみるみる大地へと落ちていく。
「なんで早く脱出しない! 装置の故障か!?」
後でわかったことだが、この時父さんは体に負荷をかけ続けていたために意識をほぼ失っていたという。
父さんは錐もみ飛行のまま海に墜落した。
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「はは、負けてしまったな」
病院に駆け付けた僕は、力なく笑う父を見た。
ベッドに固定され、いくつものチューブを体に入れている父。
左目と右足がなかった。
「この傷では、もう第一線には戻れないだろう」
こんなにもがっくりとうなだれた姿を見たことがなかった。
「空はもう人間のものではないのかもしれない。これからはAIが支配する世界に変わるかもな」
そんなことを言わないで。
僕は何度も父さんに言った。
けれど、父さんは返事をしてくれなかった。
以来、父は己の無力さに苛立ち、いつしか空を憎むようになった。
僕に空の素晴らしさを教えてくれた人が、今は空を毒ついている。天を仰ぎながら微笑んでいた父はもういない。
僕が夢にみた未来はなくなった。少しずつ、世界が書き換えられていく。
機械が人間よりも有能であることの証明は各方面から喝采を浴びた。
危険な戦闘で人の命が失われることはもうないのだ。これからは全て機械がやってくれる、と多くの人達が賞賛を送った。
世間はメーティスに肯定的だけど、僕の意見は違う。心の奥にある大切なものを汚され、他の人の心まで歪んだ形に変えられた気がした。
人命を尊ぶ者が作りだした傑作は、人の尊厳を奪い去ったのだと思った。
噛んだ唇から血が流れた。
だから僕は誓ったのだ。
「パイロットになって、メーティスの操る飛行機を墜としてやる」
そして僕の空を取り戻す、と。
これは僕だけの話じゃない、僕たちの物語。
もっとよい方向へ、ここより遠くへ。そう願った諦めの悪い者達が翼を得た、ひと夏の空戦の物語である。




