終
イリス撃墜を成し遂げ蛍火を修繕ドックへ入れた後、僕たちは飛行場で待機していた警察官たちに取り押さえられた。
無許可で飛行したこと、九十億円の最新型無人戦闘機を撃墜したこと、市街戦をして都市に被害を出したことなどと色んな法律に違反していたらしい。揃って襟首を掴まれて引っ立てられたけど、僕たちは笑顔だった。身勝手な行動であったかもしれないが、イリスを撃墜したことで人工知能は再び息を吹き返した。その結果、治療用の人工知能も解放されて多くの命を救うことができたと聞く。
きっとユキも助かったはず。その事実が魂に潤いを与えてくれた。
恩赦が出たのは拘留されてから三週間後のことだった。僕は防衛省に招かれ、そこで空戦を共にした仲間たちとようやく会うことができた。別々の施設に隔離されていた涼太たちと顔を合わせたのは、本当に久しぶりだった。
僕たちは英雄として勲章を授与された。犯した罪のほとんどは免除、という仏のような判決が下されたらしい。
自由の身になった僕は、真っ先にユキの入院している病院へ向かった。
涼太と葵衣に一緒に来ないのかと聞いたが、彼らは首を横に振った。
『俺らもそこまで無粋じゃねえよ』
『後から行きますから、早く顔を見せてあげてください』
二人に背中を押され、僕は病院へ急いだ。
・・・・・・・・・・
僕はウキウキしていた。やっとユキに会える、それだけで十分だった。
逸る気持ちを抑えきれず、勢いよく病室のドアを開け放った。
「ユキ!」
ユキの病室は六畳ほどの個室で、ベッドとテレビと洗面台があるだけの殺風景な所だった。ベッドに座っていたユキは今まで窓から外の景色を見ていたらしいが、突然の来訪者にビクッと身を縮ませた。
僕の顔を見たユキはぱあっと表情に花を咲かせたと思えば、すぐに破顔して瞳の膜に涙を浮かべた。そこではっとして顔を逸らし、次に振り向いた時にはいつもの表情に戻っていた。なんだか忙しそうだった。
「ノックくらいしてよバカ」
冷たい言葉と共に言い放って僕を睨みつけた。
「あ、ごめん。ユキに早く会いたくて」
「そそ、そういうこといきなり言わないでよ!」
僕は後ろ手に扉を閉めて病室に入る。窓から差し込む夕日がユキの髪を照らしていて、室内は彼女の匂いで満たされていた。ユキの香りがする。馴染のある香りに僕は安堵した。
「ちょ、ちょっと待って。髪整えるから」
「え? 別にいつもどおりだよ、おかしいとこないよ」
「そんなことない――もう、来るなら連絡くらいよこしなさいよ」
ユキは顔を赤くしながら髪をポニテに結んだ。
昨日、ようやくお風呂に入ることはできたけど、トリートメントしてなくて髪がボサボサだと言った。僕はそんなこと気にならなかった、会うことができればそれで満足だった。けど、僕に心配させまいと身形を整えるユキらしさを見て安心したりする。
僕は後ろ手に扉を閉めて病室に入る。窓から差し込む夕日がユキの髪を照らしていて、室内は彼女の匂いで満たされていた。ユキの香りがする。馴染のある香りに僕は安堵した。
「ユキ、体は大丈夫? 痛いとこない?」
「おかげさまで、もう大丈夫よ」
「よかった、本当によかったよ――あ、おみやげあるよ。来る途中でフルーツとか買ってきたんだけど、葵衣もユキに何か持っていくって言ってたな」
「蔵雅」
「うん? なに?」
「立ってないで座りなよ」
「あ、うん」
ユキは僕の目を見ないまま、細い腕で椅子を勧めてくる。
僕は椅子に腰かけて、持参したフルーツセットを机に置いた。そしてユキの顔をちらっと覗き見る。
きまり悪そうな、それでいてどこかしおらしい顔をしている。
「早く退院できるといいね」
「うん、やることなくて退屈。明日にでも退院したいわ」
「でも無茶したらダメだよ。毎日お見舞い来るからさ」
「うん」
そこから、言葉が少なくなっていった。会話が止むと、部屋の中はしんと静まり返った。
僕たちは長い付き合いだ。何か喋らないと、なんて義務的な言葉を紡ぐ必要はない。互いのことを知っているからこそ、沈黙が訪れることもある。静まり返った空気を受け入れ、静寂に身を任せていた。
ふと、見るとユキは耳まで真っ赤にして俯いている。そして、何かを必死に抑えているようだった。
苦しそうな姿を見て、僕はかつてこの場所で自分を責め立てたことを思い出す。病室で眠るユキの顔を見た時、悔しさでいっぱいになった。彼女が苦しんでいたことに気づけなかった不甲斐無さ。ずっと笑顔でいてほしい人なのに、僕は何もしてあげられなかった。
「ユキ、ごめん」
ユキが顔を上げた。
「君のこと、気づけなくて――ほんとに」
「あたしこそ心配掛けた、ずっと隠しててごめん」
「違うよ、悪いのは僕」
「違わない――あたしのためにあんた」
泣きそうな声だった。
「バカ・・・・・・バカ、バカ、バカ。あたしが寝てる時にあんたはまた無茶して」
「ユキを助けたかったから」
「あたしのためでも、危ないことしないで、お願いだから」
僕の手を包んだユキが涙をいっぱいに溜めて僕を見た。
目が合う。
目の前のユキがあんまり愛おしくて、存在を確かめたくて。抱きしめたくてたまらなくなった。彼女に吸い寄せられるように、ベッドに腰掛けていた。小さな肩をそっと引き寄せて、華奢な体を抱きしめた。
「そんな約束できないよ。ユキを助けるためならなんだってする、そして必ず戻ってくる。一人にはしないから」
「・・・・・蔵雅」
僕はとても尊いものに触れている。腕に収まっている彼女がたまらなく愛おしかった。
「あたし、間違ったね。謝る前に、怒る前に言うことあった」
彼女の言葉が僕の耳をくすぐった。
「助けてくれてありがとう」
ユキが言った。
僕たちは抱きしめる腕を解いて、じっと見つめ合う。
大切な人に、気持ちを伝えたい。
キスがしたい。
そっと顔を近づけると、ユキも同じことをしてくれた。
なんだか、とても自然にそうなった。
唇が触れ合った時ユキは、んっと小さな声を上げたが拒むことはなかった。
これからもずっと一緒にいよう。キスにはそんな想いが込められていた。
ユキと出会うことが出来て、空を飛んで、これまでの世界の何もかもが変わってしまった季節。
えへへ、とはにかむユキの首筋にそっと腕を回した。
「ユキと会った日から、僕の夢は変わってたのかも」
「なに?」
「僕はユキと一緒に空へ行きたい」
「あたしも・・・・・・あんたに夢を分けてもらってたみたい」
「もう一度一緒に行こう、何度でもあの空へ」
「うん、連れてって」
この先も何が起こるのかなんてわからない。でも、同時に今日までの出来事はずっと変わらず傍にいてくれるのだと感じた。この先の未来、大切な人たちとの思い出をずっと持っていきたいと思う。
そんなことを思って、僕はずっとユキの胸に抱かれていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
色々と思い入れの深い作品でしたが、こうしてみるとまだまだ見直す点や至らない点が多かったなと痛感しております。
稚拙な文章ではありましたが、最後までお読みいただいた方々に改めて感謝を!
ありがとうございました。




