乱戦
「すごい」
空での光景は圧巻だった。
蛍火を中心として、数十のレシプロ戦闘機が一糸乱れぬ編隊を組んで飛行している。これまで単機で飛ぶことしかなかった僕にとって、この光景は目を奪われるものがある。
数十のレシプロ機が轟轟とエンジンを響かせ、空を斬り裂いていく。見えるのは旧日本帝国の一式戦闘機「隼」と四式戦闘機「疾風」、ドイツ軍フォッケウルフとイギリス軍のスピットファイヤ。時代を超え、敵味方の枠も越えて飛んでいる鋼鉄の鳥。一つの意思の基に集い、空域を共にする。この一体感に心を打たれ、滾りを覚える。
雲量は少なく、快晴。青い空と陽射しの厳しい日本の夏の空だ。
『各機、異常ないか? 報告せよ』
スピーカーから疾風に乗る中島の声が聞こえた。赤城高校部長である彼が隊長である。
『レッドツーからレッドリーダーへ、異常なし』
『ゴールド隊から各機へ、異常なし』
『ブルー隊、快調です』
レッド隊は疾風、ゴールド隊はフォッケウルフ、ブルー隊はスピットファイヤで構成されている。各々の声がスピーカーから聞こえてくる。僚機は全て順調に飛行しているようだ。
『状況を説明する。我々は都市まで蛍火を援護する。カーチスとマスタングが牙を剥いたら相手をする、絶対に蛍火を守り抜け。ただし相手をするのはカーチスとマスタングのみ。イリスには目をくれるな、EMPを喰らえば全機が役に立たない鉄くずになる』
『お言葉ですが部長、蛍火も同じなのでは?』
ガガガ、と通信機が砂嵐の音を出す。何者かが通信に割り込んできたらしい。だいたいの見当はついているのだが。
『はいは~い、その質問には私が答えますよ』
『ん? 誰だ?』
「僕たちの高校の科学者志望です」
『その科学者志望が検証した結果を伝えます。蛍火は動力に電気を使うんです。言い換えれば全身に電気を纏うようなもの。空を飛ぶときは一つの電気の塊として動く。普通の飛行機とは全く違う仕組みだったから、イリスの兵器が通用しないんだと思いますよ』
「最初のイリス襲撃の時、蛍火も飛行場でイリスの発光を浴びた。でもこうして動いてるんだ」
電子機器を破壊する電磁波を防ぐには、同等かそれ以上の電磁波を纏うことで解決する。
これは古来、戦に赴いた者達の戦術と何ら変わりはない。向けられた刃を防ぐにはそれ以上に強力な鎧を纏えば良いだけのことだ。
『まあ、とんでも兵器にはとんでも兵器をってことだな』
細かいことはわからんが戦えるならそれでいいじゃねえか、と涼太は付け加えた。
『そういうわけだ諸君、二十分後には目的空域だ。何か意気込みがあるやつは発言してもよいぞ』
『事ここに至れり、座して待つより戦って散るべしである!』
『・・・・・・いや、散っちゃだめじゃね?』
『我々ドイツから提案なのだが、撃墜された者は罰として一週間イギリス料理を食べるというのはどうだろう? やる気が出る』
『イギリス料理はやめよう。うちの婆ちゃんはそれ食った三日後にキリストさんのとこへ行っちまった』
『貴様ぁ! 我々イギリスはこの場でバトルオブブリテンを始めてもいいんだぞ!』
『部長~、空の上で国際問題が起きてま~す』
『マジで一機も撃墜されんなよ修理代だってタダじゃないんだから』
『自分はスピードを得るために装甲板を外してきました! 速度があれば絶対に撃墜されません!』
『お前はそう言ってこのまえ空中分解起こしたばかりだろ!』
『ええい黙れ! 戦の前に酔漢の如き口論とは何事か!』
ひっきりなしに無線から声が聞こえてくる。戦闘機乗りは気さくで大らかな性格の者が多い。これから戦闘が始まるというのに、彼らは帰った後のことを話している。設計上、防弾設備は整っているが戦いに絶対はない。だが、会話からは恐怖を微塵も感じない。
「あはは、さすがに場数踏んでるね。変に緊張して固くなるよりはよっぽどいい」
『片桐殿もなにか言っておかないか? ここらで志気を上げてほしい』
「あ、うん。そうだね」
コホンと一つ咳をしてみた。
「僕たちの敵は名機と名高いけど最強じゃない。飛行機は機体性能だけじゃなく、パイロットで化けるものだ。僕はずっとそれを証明するために戦ってきた。パワーは向こうが上だ、でもハートは僕たちが上。君達の底力、僕に貸してほしい」
スピーカーから歓声が上がった。続いて各々が檄を飛ばしあい、志気を最高潮にする。
――僕は恐くない。君を失う方がよほど怖い。
ユキ、絶対に救い出す。
操縦桿を強く握りしめた。プロペラのピッチレバーを調整し、第三エンジンのプロペラが回転数を上げる。僕達は青い世界に別れを告げ、雲の中に潜り込んだのだ。
空気が変わった。
先程と打って変わって、視界は灰色になる。ガラスが雨の飛沫に濡れる。厚い雲に押されて時折、両翼が左右にぶれる。急激に温度が下がっていく。
「雲を抜ける」
金色の太陽が空に一つ浮いて、雲を黄金色に染め上げている。上方では青の世界が群青色に変わり、その先では星が瞬いていた。
『諸君、間もなく目的空域だ。全機、無理に喰う必要はないが絶対に喰われるな。作戦の目的は蛍火の護衛なんだ。撃墜されたら意味がないぞ』
『敵をいち早く発見することが勝利の鍵だ。おいアンネリーゼ、ドイツ人パイロットの優秀さを見せてやれ』
『ヤヴォール・・・・・・・・・・・・ゴールドファイブから各機へ、一時方向に敵機確認。三マル(高度三千)でこちらに向かってきます』
『こちらレッドスリー、一時方向には何も見えない。確かか?』
『ブルーワン、こちらも視認できない。ゴールドファイブ、再度確認を』
『――待て! 見えた! 雲の隙間だ!』
『了解、ワルキューレ様が敵を見つけた。全機、戦闘準備!』
『向こうもこっちに気づいてる。奇襲作戦は失敗、乱戦になるぞ』
見ると青空の中に豆粒のような点が僅かに見える。言われてようやく気づくレベルだ。この距離で発見するとは、かなり優秀なパイロットである。
やがて黒点が群れを成して迫る戦闘機の姿を現し始めた。
「ざっと三十機、情報通りだね」
だんだんと形が見え始めた敵機の中にイリスは含まれていない。
だがイリスは必ず来る。問題は乱戦の最中、襲来を見逃さずにいられるかだ。
『蔵雅さん、イリスはいますか?』
葵衣から通信が入った。
「いや、まだ見えない」
『蛍火に搭載したレーダーは私のパソコンとリンクしています。何かあればすぐに伝えますから』
「ありがとう葵衣、頼りにしてるよ――さあみんな敵さんのお出ましだ。獲物はより取り見取り! 暴れようか!」
蛍火を増速させ、敵編隊の真っただ中へ突っ込ませる。
それを合図に各機がエンジンを唸らせ、編隊を解く。
『各機、上空に気を配れ。あれが囮である可能性も捨てきれない』
『了解。アンネリーゼ、お前は目が効く。上空で支援しろ』
『ヤヴォール』
『さあおっぱじめよう! 誰も欠けるな!』
散開した敵味方のレシプロ機が戦闘を開始した。
「行くぞ」
正面に迫るマスタングは三機で編隊を組んでいる。編隊を切り崩すため、狙いは中央の隊長機に絞る。
敵編隊が発砲し始め、こちらの編隊も一斉に弾丸を送り込む。火を吹く戦闘機隊が猛進する様は、獣同士の殺し合いと遜色ない。碧い空間の中でオレンジ色に発光する曳光弾が混ざり合う。
「葵衣、一発目は榴弾だよね?」
『はい! 砲弾は全部で六発。偶数が榴弾です!』
「了解」
放てばこちらの機体が分解してしまうほど威力のある砲弾。ぐっと奥歯を噛みしめて一発目を発射する。
爆音と共に放たれた榴弾は一本の矢の如く獲物へと飛翔し、敵機眼前で爆ぜた。
三機の内、隊長機が空中で爆発し残骸は黒煙を上げて雲の下へ落下していく。榴弾がうまくエンジンを撃ち抜いたらしい。
生き残った二機が機体の下腹を潜り抜けて後方へ抜けた。
「編隊を切り崩した! 二機が逃げる!」
隊長機の爆風を受けた二機は破片を受けでもしたのか、飛び方がぎこちなかった。
『喰っちまえダージリン野郎』
『あいよ、ナチ公』
後ろにいたスピットファイヤとフォッケウルフがきっちりと二機を撃墜する。
「お見事!」
敵機と正面反航戦を終えた後、インメルマンターンで上空を位置取りする。
「さあ、ここからだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
激戦の中、二階堂涼太は操縦桿を右に押し倒して背後に食らいついたカーチスを振り払っていた。
『各機、四マルまで敵機を引っ張り上げろ! カーチスは高度四千で速度が落ちる! だが七千には行くな! そこから先はマスタングの領域だ!』
通信機から誰かの声が聞こえる。
声の判別がつかないほど自分は冷静ではないらしい。
「くそっ! 俺はブランク一年なんだ、簡単にはいかねえよ!」
有機ガラスの外は高速で飛来する戦闘機だらけだ、所々で爆発音も聞こえるし黒煙が見えたこともある。それが敵のものか味方のものかもわからない。皆が散り散りになるとどちらが優位なのかも全く分からなかった。
意識が混乱し始めると、耳にタコができるほど聞かされた言葉が頭の中で反芻される。
『一式戦闘機は旋回性が高い。小回りが利く一式は一対一ならマスタングにも勝てる』
『だが空戦は天候にも左右される。一撃離脱戦法をかけられたら雲をうまく使え』
大嫌いな親父の言葉だ。
だが、今はそれがありがたい。
涼太は敵機に追われながらも雲の位置を確認する。いつの間にか上にも下にも雲ができている。雲が視界をさえぎるため、上空や下方からの攻撃は考えにくい。必然的に横の運動が多くなる。
「これなら一式が有利だ」
半径の小さい旋回を繰り返していると、カーチスが音を上げ始めた。一式は旋回性と加速性に優れているし、高度四千はこちらにとって安全圏だ。
瞬時に背後をとり、レンズのクロスヘアに映ったカーチスへ弾丸を送り込む。しかしカーチスは機体を捻り込んで、巧みに弾丸の雨を交わす。いずれは当たるだろうが、弾にも限りがあるためそう何発も撃ちこめない。
涼太が歯噛みしていると、九時の方向から飛来した四式戦闘機が自分の追うカーチスに食らいついた。四式の二十ミリ機関砲が咆哮する。鉄を鉄で叩く戛然が響き、カーチスは機体に火を灯す。
「危ねっ!」
敵機の破片がこちらまで迫ってきていたので、慌ててラダーペダルを踏み込んで回避した。
左側面を撃ち抜かれたカーチスは力なく墜落していく。
「ナイスショットだな」
『編隊戦は僚機と戦ってる敵の方が落としやすいんでね。あんたも常に敵に見られてると思った方がいい』
四式のパイロットはそう言うと涼太の真上を飛び越えて急上昇して行った。四式にしてはやけに軽々と旋回することに違和感を覚える。
「四式の操縦桿は重くないのか?」
『空中分解を起こさない程度に軽くしてある』
「改造してんのか」
『オリジナルの操縦桿だったらろくに旋回もできないよ、さあ無駄話してるひまはないぜ』
見上げると上空からマスタング二機が急降下してきた。動力降下で速度が格段に増している。一撃離脱戦法をとる気に違いなかった。
「うそだろっ、一撃離脱する気だやべえ!」
斜め上へ急上昇しようとした刹那、雲からぬっと蛍火が現れた。
「蔵雅!」
蔵雅は二機のマスタングを引き剥がすべく牽制射撃する。
内一機が弾丸を回避しようと腹を見せた間隙を狙い、蛍火が火線を修正する。 マスタングの胴体に弾丸が命中してパッパ、と火花が散った。エンジンに数発の弾丸を受けたマスタングは、白い煙を吹いて錐もみ上に落下していった。残った一機は機体を旋回させて雲の中へ逃げ込み、蔵雅はそれを追って空域を去って行った。後に残ったのは振り落ちる破片と黒煙だけだ。
「あいつどこから見てたんだ」
去って行く蛍火を目で追うと、その先で再び狼煙が上がった。
この乱戦の中、敵機と味方の位置を正確に把握している。蛍火にはレーダーがあるが、戦いの中でこうも容易く動けるものなのか。
蛍火と出会う前は一点、吹っ切れぬものがあったようだが、ここにきて心の闇を振り落とし、決して退かない強靭な意志を持った。覚悟を決めた人間の強さとはこれほどのものか。
蔵雅の空戦能力の高さに、思わず笑いが出てしまう。
「ユキちゃんのためか・・・・・・あいつだって十分化物だ、イリスも撃墜できる」
涼太は機を旋回させて蛍火の後を追った。
・・・・・・・・・・・・・・
砲声と共に機銃から火線が伸び、敵機の羽を突き破る。直後に火に包まれた敵機が爆散した。
僕は四機目を撃墜し、戦闘空域に目をやった。
空は混沌としていた。隊長機から離れるな、というのが編隊戦の鉄則であるが、死にもの狂いで敵機を追いかけるあまり孤立した味方が多い。敵も編隊を崩され、連携して飛行している数は僅かだ。
『背後に一機食いついて離れない!』
『レッドスリー、雲の隙間へ逃げろ! 助けに行く!』
『燃料タンクをやられた! コントロール不能!』
味方の通信もひっきりなしに聞こえてくる。数秒おきにどこかで爆音が轟き、戦闘機が墜ちていく。一言でいうと酷い乱戦だ。
『蔵雅さん! 味方の数が僅かです!』
葵衣からの通信だ。
『皆さん優秀なパイロットですが、さすがはメーティス搭載機といった所でしょう。急がないと!』
確かに先ほどから味方の通信が絶えない。ほとんどが被弾した、やられた、という声だった。残った味方の正確な数はわからないが、追い込まれているのは僕たちであることは間違いなかった。
「わかった! けど、イリスがいない!」
『・・・・・・ここで戦闘しても体力を削られます。街に向かいましょう!』
『そうだ! 行け蔵雅!』
葵衣の通信に割り込んだ涼太の叫びが聞こえる。
『お前ならやれる! ここは俺らが引き受けた!』
『まだ飛べるものは敵機をかき乱せ! 注意を逸らすんだ!』
『途中までケツを守ってやる! 行け!』
空戦の最中なので、皆の声は怒鳴り声だった。声は大きいが、込められた気持ちは丸みを帯びている。
仲間を残して戦闘空域を去るのは心苦しいが、目的を忘れてはいけない。僕は自分に強く言い聞かせた。
「ごめん、恩に着る! みんな頼んだよ!」
こちらも負けずに怒鳴り返す。
『後方に敵機だ!』
涼太の声が聞こえて、慌ててフットバーを蹴り込む。
背後から弾丸をばら撒きつつ迫るマスタング。ロールを繰り返して弾丸を交わす。乱戦中は気を抜くとすぐにこうなる。冷たい汗がこめかみをつたった瞬間、背後の銃撃が止んだ。
『撃墜! 行け蔵雅!』
涼太だ。
「ありがとう!」
僕は可能な限り目を見開き、周囲を警戒しつつ戦闘空域を後にした。




