朝食と離縁
レーヴェン伯といえば、血筋だけでなく武芸にも秀でた、王国内外から一目おかれる存在だ。
そこに嫁いでいたリディアは、三年目に突然、離縁を言い渡された。
食堂で朝食を取っているときだった。
「リディア、話がある」
「はい、何でしょうか?」
「離縁してもらいたい」
リディアはレーヴェン伯の言葉に、すぐさまは返事ができなかった。このような場で伝えられるものではない。
さらにレーヴェン伯は続ける。
「私はリディアを守るべきだと思っていたが、より守らなければならない者ができたのだ」
リディアにはすぐに分かった。――ここ一年ばかり熱をあげている女性のことだ。
「私でなくエルザさんの方がよろしいのですか?」
敢えて尋ねた。
レーヴェン伯は少し考えた。それから話した。
「エルザがいいのだ……」
――三年前。ローゼンタール子爵家令嬢のリディアはレーヴェン伯と婚約した。
武芸のレーヴェン伯爵家と魔術のローゼンタール子爵家で、釣り合いがよいと両家は考えたようだった。
リディアも乗り気と言うわけではなかった。ただその時、レーヴェン伯はリディアの手を取り「あなたを守りたい」と言った。
その時のリディアはレーヴェン伯の言葉に胸を熱くしたし、彼の真剣な眼差しに心打たれた。リディアは彼の言うことを信じた。
そして結婚。その後もレーヴェン伯はリディアを守ると言った通り、常にリディアを守ろうとした。また、リディアもレーヴェン伯に心を砕いた。
リディアは、このままうまくいくのだろうと漠然と思い込んでいた。お互いに愛し合い、そして子供もできていき、年老いて、家族に看取られながら逝くのだろうと。
それが、すぐに裏切られた。一年も経つと愛情表現が薄くなり、二年が経過すると、明らかに目が他の女に向いていた。
エルザは小柄で儚げである。リディアのように魔術ができるわけでもない。年上の男が守りたいと考えるのだろうと、リディアは思っていた。
リディアは、もう終わりに近いと感じてはいたが、それでも決定的になるまでは待とうと考えていた。
そして、破局が確実となった。
「旦那様」
リディアが尋ねた。
「なんだ?」
レーヴェン伯はリディアに目を向けずに聞いた。
「武芸に秀でたレーヴェン伯家にローゼンタール家の魔術を取り込むというお話はいかがなさいますか?」
リディアはゆっくりとした口調で話している。答えはもう明らかだ。聞くだけ聞いているのだ。
レーヴェン伯はやや不快そうな表情を見せた。
「やむを得ないだろう。あきらめるしかない」
リディアは表情を変えなかった。
「承知いたしました。ご無礼を申しました」
座ったまま頭を垂れた。
* * *
「これが馬上槍試合に初出場で使った槍だ。このときは初出場で最高賞を頂いた。三年前だったか」
レーヴェン伯は自慢げに言った。
「伯爵様は本当にお強いのですね」
レーヴェン伯のすぐ近くで感嘆の言葉を述べたのは、エルザだった。
「ああ。若僧が歴戦の猛者たちを負かしていったんだからな」
レーヴェン伯は槍を撫でながら言った。
「少なくともこの近辺では、敵う者はいない」
「素晴らしいです……」
エルザは頬を赤らめながらレーヴェン伯の右腕にすり寄った。
「このようなお強い方と結婚できるだなんて……」
レーヴェン伯はエルザを一瞥した。
「これからの私の力と馬上槍試合での栄誉はエルザに捧げよう」
エルザは顔を上げてレーヴェン伯を見て、笑顔を見せた。
「うれしゅうございます」
エルザは言った。
レーヴェン伯は満足そうにエルザの肩を抱いた。
* * *
「このままでは大変なことになります!」
リディアの部屋から大声が聞こえた。
リディアは少し跳ね上がるぐらい驚いた。
声の主は、レーヴェン伯の従者、コンラートだった。
「落ち着いて、コンラート。いったい何を訴えたいの?だいたい分かりますけど」
「今回の離縁のことです!」
「そうですね……。でもあの人が決めたことですし」
リディアは薄い笑みを浮かべた。
「とはいえ!いいことなんて何一つないんです!奥様のことが心配です。それから両家のことも……」
リディアはコンラートの顔の前に掌を出して、話を止めさせた。
「私に決定権はありません。全てあの人が決めたことです」
「では、奥様のご決意は……」
リディアはうなずいて、寂しそうに微笑んだ。
「受け入れます」
* * *
リディアはローゼンタール子爵の邸宅に帰った。悲嘆にくれた表情で帰って来た令嬢に、出迎えた家族や家臣らからは口々に同情の言葉が出てきた。
しかしリディアは、翌日には朝から魔術の修練を始めた。
火炎、電撃と続けざまに魔術を繰り広げている様子に、家臣の一人が声をかけた。
「リディア様、帰ったばかりなのに、お身体に障りませんか?」
リディアは首を横に振った。
「そんなことないわ!伯爵夫人だとあまりできなかったから、むしろ気分がいいのよ!」
言葉遣いまで変わっていた。
「それならいいのですが……」
家臣は引き下がった。しかし……。
「あいつ……」「あのバカ……」「元!旦那……」
術を発する度に元夫をなじっていた。
「リディア、ちょっといいか?」
老齢の男の声が聞こえた。リディアは振り返った。
「お父様……」
リディアが振り返るとローゼンタール子爵が立っていた。
「ちょっと話がある」
子爵はリディアを執務室に連れて入った。
「ここなら誰にも話を聞かれない」
子爵の言葉にリディアはうなずいた。
「まずは、こんな目に遭わせたのはわしじゃ。申し訳なかった」
「お父様のせいではありません」
リディアは子爵をなだめた。
「これからどうする?レーヴェン伯爵家には……」
ローゼンタール子爵の言葉の途中でリディアが口を開いた。
「戻るわけがありません」
リディアはそれだけ言うと口を真一文字に結んだ。
「まあ、そうだろうとは思った」
子爵はリディアの肩に手を乗せた。
「これからのことは、おいおい決めていこう」
子爵が言った。リディアはうなずいた。




