ヤープの女王4
「ねえ、柚月。聞いてる?」
(デジャブ?)
何か、同じことをさっき聞いた気がする。
(確か、このあと肩を揺すられるんだっけ)
「起きてるよ」
無意識に左手が動き、初芝清子が伸ばしてきた手を軽く払いのけた。
「えー、なんか朝からおかしいよ、今日の柚月」
「そんなことないよ。メチャクチャ元気だよ」
反射的に出た言葉だったが、本当に頭がスッキリしていることに気付く。
(あれ、確か徹夜したはずなのに)
黒板の上に掛けてある時計を見ると8時20分を過ぎたところだ。
ここで違和感に気付く。
「ちょっとトイレ行ってくる」
突然大声で、トイレに行ってくると宣言して教室から駆け出す女子。
当然のことながら教室のあちこち、主に男子から
「高岡、漏れそうなんだ」
「ウンコかな?」
とデリカシーの無い発言が聞こえてきた。
トイレに駆け込むと携帯を取り出し、ミラーアプリを起動して小声で話しかける。
「どうなってんの?わけがわかんないんだけど」
『ん?頼まれた通り、替わりに授業を受けてあげたよ』
「だったら、何で朝に戻ってるのよ?」
『時間を戻したんだよ。やっぱり自分でも授業を受けたいでしょ?』
どこから突っ込んでいいのか分からないことを言い出した。
「時間を戻したって?そんなことが出来るの?」
とにかく一つずつ訊いていこう。
『そんなに難しい事じゃないよ』
「そのままにしてもらってよかったのに。アタシ、そこまでして授業を受けたいとは思ってないから」
『もったいないよ。すっごい楽しかったんだから』
「授業が?アンタ変だよ。まあ、いいや。じゃあ、今はアンタと替わった時間に戻っているってことね」
『そういうこと。ちなみにこれから起きることも全部知っているけど、知りたい?』
そんなのいらないわよ、と言いたかったが
「今日の授業でアタシ、どこで当てられる?」
『2時間目の国語と4時間目の算数』
「算数かあ・・答え教えてくれない?」
『それはダメ、柚月のためにならないもの』
鏡の中の自分が自分に向けて親みたいなことを言ってくる。
『それと、気づいた?』
「何が?」
『アタシが口を動かしても柚月の口は今、動いてないでしょ。口を触ってみて』
言われるままに口元を触り、感触を確かめてみる。
『もしもし、柚月さん、アタシの口は動いていますか?』
「・・・動いてない」
『すごいでしょ。これで授業中でも柚月に話しかけられるよ』
「え、答え教えてくれるの?」
『それはダメです』
鏡の中の自分に笑顔でダメ出しされた。それも満面の笑みで。
「あのさ、訊いておきたいんだけど」
『何?』
「これからアタシが鏡を見る時、映っているアンタの顔とアタシの顔っていつも違うの?」
鏡の中の自分は笑顔だが、こっちのアタシは笑っていない。これでは鏡の意味が無い。
『大丈夫、この現象はアタシが柚月にコンタクトを取ろうとした時にだけ起こるの。だから、普段はただの鏡として使えるわ』
それを聞きほっとすると、初芝清子との話の中で引っかかっていた最後の疑問が浮かんできた。
「ねえ、アタシ、今すごい元気なんだけど。時間を戻したら、疲れも戻っちゃうんじゃない?」
『うん、それはね今の柚月は時間だけは戻ったけど、状態は戻ってないからだよ』
「どういうこと?」
『簡単に言うと、今の柚月は朝の柚月のままじゃなくて、4時間半お姉さんになっているの』
「?」
『アタシが柚月と交替して午前中の授業を受けたから、本当なら4時間半が経って今はお昼過ぎになっているはず。これは分かる?』
「分かる。むしろ、そのつもりだった」
『そうなると今の柚月は朝から比べて4時間半、年を取ったっていうことになるんだけど、分かるかな?』
「なんとなく、分かる」
『それからアタシはその年を取った柚月をそのまま連れて今の時間に戻ってきたのよ』
「うーん?」
『イメージでいうとタイムマシーンに乗ってやって来たって言った方が分かりやすいかな?』
「あれ?それ何かのマンガで読んだことがある気がする。なんだっけな?何かおかしいことが起こるんじゃなかったかな?」
『戻った世界には別の柚月がいるって話でしょ?』
「それだ!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口元を抑えた。
『柚月、そろそろ戻った方がいいよ。詳しいことはまたあとで教えてあげるから』
トイレに入ってから結構時間が経っている。確かにそろそろ戻らないとマズい。
急いで水を流し携帯をしまい、外に出るといつの間にかトイレには誰もいなくなっていた。
「ヤバい」
もうHRが始まっている。
走って教室を目指しながら頭の中ではなんて言い訳をしたらいいかを必死に考えていた。
しかし何も考えが浮かばないまま教室に着いてしまい、仕方ないのでとにかく謝ることにした。
勢いよくドアを開け、先生の顔も確認せず頭を下げる。
「すいません」
だが、教室の中は静かだった。それどころか先生が
「いいのよ、高岡さん。お腹は大丈夫?」
と何故か自分の体調を心配してきてくれた。
どういう状況なのかは分からないが、とりあえずこの空気に乗っかっておこうと考え
「はい、大丈夫です」
と言ってから席に着いた。
席に着くと初芝清子が振り返り、
「下痢、大丈夫?」
と心配そうに訊いてくる。
(下痢?)
「だって、さっきトイレに駆け込んで、そのあともトイレの中で唸っていたって」
(聞かれてたー)
つまり、まとめるとアタシはお腹の調子が悪く、朝からトイレに駆け込んで、10分以上も唸りながら格闘していたと・・・
何人かの男子生徒がニヤニヤしながらこっちを見ている。
恥かしさと何かの諸々がこみ上げてきて耳まで熱い。
ふと横を見るとガラス窓に映る自分も真っ赤になっていた。




