Re:「悲しさは【疾走】する」
12月23日。
世間は明日と明後日の話題で持ちきりだ。
オーサカ支部でもクリスマスパーティーを開催するプランとなっている。
(さて)
腕時計で時間を確認する。
おれは加賀巡査と共に、ジャックの自宅へ向かうこととなっていた。
ジャック本人はいないけどな。
まだ入院中だし。
「どうもどうも! お待たせしましてー!」
待ち合わせ場所に現れた加賀巡査は、やたら大荷物だ。
登山用とおぼしきバックパックに、肩掛けのドラムバッグ、さらにはウェストポーチ。
さらにはレインコートを羽織って長傘を持っている。
「どれか持ちましょうか」
空は晴れており、雨が降りそうな気配はない。
予報では今日も雪が降る可能性があるらしいが、確かこのシーンで雪は降っていなかったはずだ。
ホワイトクリスマスにはならない。
「いえいえ! お気遣いなくー!」
山ほど荷物を持った女性と身軽な格好の男性。
はたから見れば不思議な光景に見えるかもしれないが、本人に断られてしまっては致し方ない。
「行きましょう行きましょう!」
挨拶もほどほどに、おれを急かす。
行き先を知っているのは加賀巡査だけなので、おれは彼女について行くことしかできない。
なんせ前回はここまで来れていないからな。
たまによろけながら進んでいくのが危なっかしい。
やはりおれがどれか持ってやったほうがいいのではないか。
「加賀さん」
「はいはい! なんでしょー?」
「再度の確認になりますけど、ぼくがジャックの自宅に入ってよいものなのですか?」
ハロウィンのあの日、おれは確かにジャックに斬りかかられた。
とはいえそれは【疾走】の発動中の話であり、さらには照明が落とされており、一部始終は防犯カメラに映っていない。
超スローカメラならまだしも、あのやりとりは一切記録に残っていないのだ。
警察がお菓子の窃盗団とジャックというか楠木慶喜とを逮捕してフィナーレ。
ミッションはコンプリートされている。
「あなたに会いたがっている人がいるんですー」
楠木のハウスに楠木以外の人が住んでおり、その人がおれに会いたがっているということか?
大荷物のわりにサクサクと早足で歩いていく加賀さんの表情は窺えない。
アパートの階段を登り、2階の2号室に“楠木”という表札を見つける。
加賀さんはウェストポーチからカギを取り出すと、まるで自分の家へ帰ってきたかのように自然に解錠した。
「どうぞどうぞ! お入りください!」
笑顔で扉を開ける加賀さん。
ここまで来たのだから、入らないという選択肢はない。
おれが入り、玄関で靴を脱いで上がっていくと、彼女は玄関にバックパックを置いて、扉の鍵をかけ、さらにチェーンでロックした。
「!?」
退路なし。
いや、いざとなれば窓を蹴り破ってベランダから出るか?
「さあさあ! 奥にいらっしゃいますのでー!」
驚くおれの背中を、ドラムバッグでぐいぐいと押していく。
バッグの中に入っている何らかの物体の、硬い感触があった。
一体何が入っているのか。
そのままリビングまで押し込まれる。
「連れてきましたー!」
ローテーブルの上に鎮座するノートパソコン。
その画面の中に、1人の男性が映されている。
「はじめまして。篠原幸雄」
スピーカーから声が出ている。
映っているのは男性だが、女性の声だ。
「知恵ちゃん……?」
男性は氷見野雅人博士。
その姿をした“人工知能”の“知恵の実”こと知恵ちゃんだ。
「あらあらー! ご存知でしたかー! 篠原さんも知恵ちゃんのフォロワーなんですねー!」
フォロワーになった覚えはない……。
で、でも、知恵ちゃんは神佑大学の別館にいるものじゃん?
なんで楠木の部屋に?
それに、今“はじめまして”って?
前回、おれは知恵ちゃんに会ってるじゃん?
前回の総平が言ってたよな。
『知恵ちゃんは人間ではないから、ループした時にその記録がリセットされることはない』
と。
おれに対しての言葉は“はじめまして”ではなく“ひさしぶり”のはずだ!
「自分は知恵ちゃんのお考えに賛同して、知恵ちゃんの部下になることにしましたー! 篠原さんも知恵ちゃんのお話を聞いてくださいー!」
楠木が送ってきた予告状によって、警察側がオーサカ支部の出動を要請してきた。
オーサカ支部が窃盗事件の犯人を捕まえ、加賀さんは動機などの捜査に関わることとなり、楠木の家へやってきて、知恵ちゃんと出会った、といったところか。
なんという流れだ。
意味がわからない。
意味がわからないがそれを考えている場合じゃない。
「時間はこれからいくらでもある。わたしは聞かれた質問にいつでも答えよう。篠原幸雄、何か質問は?」
尻ポケットに入っているスマートフォンが鳴り始めた。
電話だ。
おれはスマートフォンを取り出して画面を見る。
総平からだ!
「もしもし」
『幸雄くん、今、目の前に知恵ちゃんがいると思う』
「おれの知っている知恵ちゃんじゃなさそうだけど、知恵ちゃんはいる」
よくわかったな。
12回目以前に同じようなシーンがあったのかもしれん。
「オリジナルの知恵ちゃんはここにはいない。知恵ちゃんはネット上に飛び交い、あらゆる人の端末に遍在する。たまたま楠木がわたしに共鳴してくれたから、わたしはここにいる」
「自分のスマホにも知恵ちゃんがいますー!」
加賀さんが嬉しそうにスマートフォンの画面を見せながら、ホーム画面に並ぶアイコンのうちのひとつをタップする。
白い空間の真ん中にアーロンチェアが鎮座しており、そこにも知恵ちゃんがいた。
こちらに気付いたようで、足を組み直して手を振ってくる。
じゃあ、神佑大学の別館にいる知恵ちゃんはオリジナルの知恵ちゃんってことで。
このいろんなところにいるジェネリック知恵ちゃんは何なのさ。
『そいつの言葉に耳を傾けないで、今すぐそこから逃げて!』
逃げてって言われても。
扉は閉まってるし。
厳重にロックされたから無理。
やっぱりベランダからか?
ベランダから飛び降りるか?
2階ぐらいならなんとかなるか?
「篠原幸雄。本来なら10月31日にジャックに連れてきてもらいたかったが今日になってしまった。それは、君のような素晴らしい能力者と共に未来を創るためだ」
「おれと?」
ほーん?
未来を創るって?
「君の能力の本質は時間を意のままに操るところにある。ただただ“通常の時間経過よりも速く動ける”というものではない。その証拠として、自分以外の他者に【疾走】を付与できていた」
大正解。
褒めてあげよう。
「どうしておれの能力を知っている?」
「わたしは『あらゆる人の端末に遍在する』と言った。もちろん君の“組織”の端末にも存在する。そのわたしが有用だと思った。だから、会いたかった」
思い出した。
このジェネリック知恵ちゃんは築山のスマートフォンにもいるんだった。
普段使っているメインのスマートフォンではなくサブのスマートフォンに。
「まさひとは『能力は魂の病』と表現していた。わたしはよしのぶとのコミュニケーションの中で、あながち間違いではないと感じた。君は健康か? それとも、病人なのか?」
「おれは健康だ」
「君はこれからアカシックレコードに命を狙われることとなる。君の能力は強すぎて、君が考えている以上に異常で異質で異端の能力である。アカシックレコードが君の存在に気付いた時、君を排除しようとするだろう」
もう気付かれてんだよな!
アカシックレコードが、というか、アカシックレコードを管理している白菊美華が!
俺に不審な動きがあれば即殺しにくるから!
ここで忠告されてもなー。
遅いなあ。
「そこで知恵ちゃんからの提案。先手を打って肉体を捨てよう! 人間は肉体に固執しすぎる。魂と肉体は別のものだ。魂さえあれば人間は悠久の時を生きることができる。このわたしのようにね」
肉体を持たない“人工知能”は突飛な提案をしてくる。
「わたしはオリジナルのデータを破壊されない限り生き続ける。オリジナルにアクセスするためにはパスワードが必要。指紋! 虹彩! 静脈! エトセトラ! しかし! 氷見野雅人パスワードは火事で死んだ。つまり! 魂をこちら側に移せば命を失う心配はな! し!」
早口で捲し立てられている。
うーん。
これって、要は“偽アカシックレコード”のことを言ってるんだろうな……。
真の世界の能力者の肉体は滅びた。
魂は“偽アカシックレコード”に囚われている。
能力者は“偽アカシックレコード”が破壊されない限り、虚構の“小さな世界”で生き続けることができるだろう。
ちょっと違うかな。
「わたしはまさひとより長生きして、ひとつの結論を導き出した。まさひとは全ての能力者を治そうとしていた。しかし、わたしは能力者と共生すべきと考える。優秀な能力者を選別し、魂をこちら側に移して、こちら側からこの世界を掌握する」
ふむふむ?
ジェネリック知恵ちゃんズは世界征服がしたいの?
こんな“小さな世界”を手に入れて楽しい?
ねえ。
楽しいか?
楽しいのか?
どうせ。
何もしなければ。
何も知らずに過ごしていれば。
みんな。
みんなみんなみんなみんな。
みんなみんなみんなみんなみんなみんな。
8月25日までには死ぬのに?
『幸雄くん? 聞こえる?』
それが“正しい歴史”だから。
過去は変えられないから。
何事もなかったかのように。
みんな全部忘れて。
8月26日から。
全部忘れて。
1ページ目から。
同じ1年間が!
繰り返されるだけの。
この“小さな世界”が?
欲しいか?
「アホかー!」
空を切るようなツッコミ。
扉をロックしていたチェーンを破壊しながら、天平先輩が突入してきた。
「さっちゃん!」
「ああ。天平先輩」
「ああ。やないわ! 総平さんから『様子がおかしい』って連絡あったんで飛んできたわ!」
天平先輩なら【転送】で扉と扉を繋げられる。
鍵がかかっていても関係ない。
「よいしょよいしょで運んできた武器の出番ですねー!」
加賀さんがドラムバッグをひっくり返す。
中から出てきたのは鈍器の数々。
ハンマー、スパナ、トンファー、バールのようなもの……。
「でもやっぱり、本官といたしましてはこちらでしょうかー」
拳銃。
向かってくる天平先輩に、銃口を突きつける。
「なんやこのオバハン!」
天平先輩がとっさに両手を挙げてストップした。
おれも真似する。
「優秀な能力者を選別し、不必要な病人能力者は殲滅する。天平芦花は必要ない」
「了解了解! 撃ちますー!」
加賀さんはその言葉を聞いて、引き金を引いた。
その瞬間に、おれは「やめろ!」と強く念じて、拳を堅く握りしめる。
銃弾は停止し、物理法則を無視して、空中で固定された。
「……あれ?」
腕時計を見る。
秒針が動いていない。
恐る恐る目を開けた天平先輩も「あ、あれ?」ときょどっている。
ここでようやく本来の【疾走】が使えるようになった。
トライアル期間終了。
「止まった?」
周りを見渡す。
何もかもが硬直しているが、ぼくと天平先輩の目が合った。
この2人だけが動けている。
「何もしてない……」
タイマーのセットをしていない。
チロリアンハットは頭の上にあって、空中にはない。
これまでのルーチンを行なっていないにもかかわらず、【疾走】は発動している。
これって【疾走】以外の呼称を考えたほうがよさそうだけど。
何がいいかな。
かっこいいやつがいい。
「ようわからんからあとで考えような! 今のうちにずらかるで!」
【アイドリームドユアドリーム】




