「Knuckle」
これは夢の中だ。
ジーニアスなぼくは瞬時に理解した。
なぜなら目の前にぼくがいる。
中学校時代の制服を着ているから、その当時のぼくだろう。
場所はぼくがグラジュエイトした中学校の校門前。
立て看板には“卒業式”の文字。
(ジュニアハイスクールの卒業式の日のメモリーか)
クラスメイトの諸君はファミリーでの参加だが、ぼくはひとり。
どうやらひとりのようだ。
ぼくのメモリーとは食い違っている。
パパもママもこのぼくの晴れ姿を見るために仕事を休んで駆けつけていた。
特にパパはこの日の朝、ぼくに「卒業記念だ」と言って腕時計を渡してくれている。
ぼくの左手首にその腕時計は見当たらない。
(これはぼくではなく“もう1人”のぼくのメモリー……?)
ぼくは腕時計を巻いて、卒業式に臨み、証書を授与された。
卒業生代表の挨拶はもちろんぼくだ!
下級生からボタンをねだられたが渡さなかった。
このユニフォームもぼくの三年間の思い出だ。
そのメモリーを渡すわけにはいかない。
『美しいものはビューティフルなままに保管しておくべきだ』と主張したら皆引き下がっていった。
ティーチャーにも一人一人に感謝の言葉を述べて、ラストまでパーフェクトにぼくは卒業した。
というのがぼくのメモリーだ。
目の前のぼくは俯いたまま。
その両隣にパパとママの姿はない。
これは“もう1人”のぼくのメモリーである、という仮定の元、ぼくは事の次第を見守ることになりそうだ。
身体を動かそうとしても鉛のようにヘビーである。
ヘビーなのにやや上空からの視点で“もう1人”のぼくを眺めている。
「ササハラサチオだな?」
サングラスをかけ、マスクをつけた男に声をかけられる。
声をかけた男のほかに、似たような背格好の男が2人いるので合計3人組か。
3人とも黒いつなぎをお揃いで着用している。
「ササハラユウゾウの使いの者だ。ついてこい」
ササハラユウゾウはぼくのパパのフルネームだ。
篠原雄蔵の使いの者だというのならきっと、この世界のパパの身に何かあったに違いない。
使いの者ならそれらしい格好をしてきたまえ。
「……パパが?」
過去の“もう1人”のぼくが顔を上げて聞き返す。
その答えを聞くやいなや男たちは3人がかりで持ち上げて、ワゴン車まで運ぶと車内に押し込んだ。
ぼくは【疾走】を発動させて“もう1人”のぼくの救出を試みる。
助け出すビジョンを思い描いても身体がピクリとも動かない。
と思いきや視点が変わり、今度は車の中に移動した。
「いまからオマエの父親に電話をかける。奴はオマエを取り返しに来るかな?」
ぼくの左に座っている男がぼくに話しかけている。
この状況。
穏やかではない。
このぼくは誘拐されているのでは?
使いの者というのは嘘なのでは?
男はスマートフォンを取り出し「もしもし、篠原様。今し方、息子さんをこちらで預からせていただきました。解放してほしければ」とネゴシエーションをスタートさせる。
「……は? 今なんて」
サングラスとマスクで隠していても伝わってしまうほどの動揺。
右側の男が「おいどうした?」とざわつき出す。
「金を払うつもりはない、と? 息子さんの命がどうなっても! ……くそ! 切りやがった!」
つーつーつー。
通話が一方的に切られたことを示すメロディがぼくの耳にも届いた。
男は幾度となくかけ直すも、パパが応答することはない。
「どうすんだよ!」
運転手は怒号を飛ばし、ワゴン車を路肩で停めた。
中学校からは離れてお台場近くまで移動してきたようだ。
「金をふんだくるんじゃなかったのか!」
右側の男が左側の男に掴みかかる。
床に落ちてしまったスマートフォンはぼくにも見覚えがあった。
このスマートフォンカバーを付けているということはパパのお抱えの運転手だ。
いつだったかに『娘がプレゼントしてくれた』と嬉しそうに語っていた姿を覚えている。
縮こまる“もう1人”のぼくは「パパがおれを助けてくれるわけがないじゃないか!」と叫んだ。
「パパもママもおれのことなんか嫌いなんだ。ママはいっつも忙しくて家にいないし。パパはおれを“ノロマ”だとか“失敗作”だとか言って殴ってくる……おれがどんなに頑張っても認めてもらえない……出来損ないのおれは、ここで殺されればいいんだ……!」
【Knuckle】




