⑦びしょ濡れ…寒いです
「あの…大丈夫ですか?」
男が立ち去ったのを確認したのか、宿屋のドアが、ガチャリと開いた。
タオルでとりあえず拭いたものの、びしょ濡れのサニーとレイナを見て、入ってください、と宿屋の女性が中に招き入れた。
2人が中に入ると、女性は急いで再び宿屋のドアに鍵をかけた。
クシュン。
レイナが小さなクシャミをして、体をぶるっと震わせた。
「早く着替えないと…ひとまずこれでも羽織っていて」
ステアと名乗った宿屋の女性は2人に毛布を渡した。
「すぐにお湯を準備するわ」
そう言って、ステアはお湯を沸かし始めた。
レイナはキャリーバッグを開けて、中を確認し、悲しそうな表情になった。
「ん?どうしたの?」
その様子を見て、サニーがレイナのキャリーバッグを覗き込む。
「ありゃりゃ…全滅か」
キャリーバッグの中は雨でしっかり濡れていた。服はびしょ濡れ。これに着替えてもしょうがない。
「俺の方は比較的無事だけど…うーん」
サニーは、自分の服をレイナの前に広げた。
「やっぱりこれじゃあ大きすぎるよね…うーん…ステアさん、レイナちゃんに良さそうな服ってないかなぁ?」
「あ、いいのがあるわ」
ステアは、お湯を沸かしていた火を、サニーにちょっと見ていて、と任せると、奥の部屋に入っていった。
「これなんてどうかしら?」
やがてステアが持ってきた服を見て、レイナは目を丸くした。
晴れ渡った青空のような明るいブルー。これまでグレーやら茶色やら…そんな色ばかりを着てきたレイナには馴染みのない服の色である。
「娘が昔着ていたものなんだけど、もう入らないから。よかったら貰ってちょうだい。」
「あ、ありがとうございます…」
レイナは戸惑いながらもステアから服を受け取った。
「じゃあ、早く着替えましょう。あ、サニーさんは隣りの部屋を使ってくださいね」
ステアはサニーお湯で濡らしたタオルを渡して、隣りの部屋のドアを示した。
「怖かったわね」
サニーが隣りの部屋へ行くと、ステアはレイナの髪をお湯で濡らしたタオルで拭きながらそう言った。
レイナはコクンと頷いた。
濡れた服を脱ぎ、温かいタオルで体を拭くと、ほんのり暖かくなってきた。ステアからもらった服を身につけると、まるでレイナのためにあつらえたかのようにピッタリのサイズだった。
「似合っているわよ」
ステアの言葉にレイナはホッとしたように口元を緩めた。
「キャリーバッグの中は全部出したが良さそうね。レイナちゃんの服は後で洗って乾かしましょ」
そう言いながらステアはレイナとキャリーバッグの中を取り出した。
「……怖かった…で…か?」
「なぁに?」
キャリーバッグの中を取り出し終わったレイナの小声の質問に、ステアは笑顔で聞き返した。
「えっと…ステアさんも…怖かった…ですか?」
「怖かったわ」
ステアはそう応えながら、思い出したのか体をブルブルと震わせた。
「それに腹立つわ!あの男、うちの旦那がいなくなる時を見計らっていたに違いないわよ」
宿屋のドアがドンドンと叩かれた。
ステアとレイナはビクリと体を反応させ、お互いの手を握った。
「おーい、なんで閉まってんだぁ?」
その声に、ステアの顔色がパッと明るくなった。
「あ、旦那が帰ってきたわ」
慌ててステアが鍵を開けると、そこには熊のような大男が、ずぶ濡れになって立っていた。
「全く最悪だよ。あんなに晴れていたのに、いきなり雨に降られてさぁ」
「ゴメンナサイっ!」
ステアが差し出したタオルで拭きながらそう文句を言う男にレイナはビクッとして、頭を深く下げながら謝った。