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第八話、『青春のカ○リーメイト』

「は、離しちゃダメなんだからね」

「それは『押すな押すな』ってアレだよね?」

「ち・が・う! 黙ってぎゅっと握ってなさい! 絶対離さないで!」

 ボクは彼女の言うとおりに、強く掴んで離さない事にしました。

 ……彼女が運転する自転車の荷台を。



 始まりは数日前の出来事。

 その日は白さんがバイトに来ない日――ゆえに偉大なる母上様は、当たり前のようにボクを労働力(無償奉仕)として酷使していたのですが……その日は思ったより暇で、ちょっと親子の会話をするハメになってしまったのでした。

「ねえ、馬鹿息子」

「………………なんでしょうか母上」

「最近白ちゃんとはどうなってるの?」

「…………どう、とは?」

「初めてのチュウはすませた?」

「……母上様がなにをいっておられるのか吾輩にはサッパリでそうろう」

「このヘタレ……孫の顔が見れる日は遠いわね」

「もうすぐ姉さんが産むよ!」

「……幼女妊婦って見てみたいと思わない?」

「彼女の人生を考えて! あと、白さんは同級生! 幼女違う!!」

「ふむ。『自分の考え』で否定しないってことは同意と見てよろしいようね」

「…………勘弁して下さい」

 白さんへの恋愛感情を自覚した現在、そういう姿の彼女を一度足りとも想像しなかったといえば嘘になる。だって身近に妊婦いるし……一応ボクだって思春期の男だしね!

 言葉にすれば「キモい」って言われることは解っているから冗談でも言わないけどね!

 ……この母上様はそんなボクのナイーブな気持ちを、たぶんボク以上に理解した上で茶化しているのだから『始末が悪い』と言わざるをえないのですよ、コンチクショー!


「そんなヘタレな残念息子に耳寄りじょーほー」


 ――……うん。ホントに始末が悪い。

 だって、どんなに嫌な予感がしても『逃げる』って選択しが許されていないんだからさ。

「ホテルバイキングって知ってる?」

「……えっと、ホテルに泊まると朝食がバイキングなヤツ?」

「違うわ、間違ってるわよ太陽! ホテルバイキングっていうのは、普通のホテルのレストランで食べる日帰りランチバイキングの通称よ! 場所によっては安くて特色もある上で美味しいってトコもあるわ」

「そ、そんなバイキングが……!?」

 初めて知りました。目からウロコです。

 ホテルっていうのは泊まるところだと思っていたのに、日帰りでゴハンだけとかあるんだ。

「まあ、ハズレなトコだと、ありきたりな定番メニューだけでションボリだけどね……山の中の温泉街で○タミナそっくりなメニューとか出されると微妙よね。山菜だせ!」

「……まあ、そうですね」

 言いたいことは解ります。

 定番メニューが悪いとは言わないけれど、さすがに遠い山の中で海鮮なお刺身がメインだったりしたらションボリですからね。冷凍技術の進歩で鮮度的に大丈夫だとは解っていても、旅先で冷凍物食べることに疑問を覚えるってのもあるし……せめて魚は川魚でプリーズ!

「でも、となりの県の湖のほとりにあるホテル――そこは当たりだったわ」

 ――……巨人・ダイダラボッチが手をついた跡地が湖になりましたってあの湖かな?

 その湖は前々回のブラジル焼肉とは別ルートで一山越えた先に広がっている。

 秋になれば有名な三ヶ○みかんが路上販売されるという……そんな田舎と紙一重の観光地。

「そこは季節によってメインのメニューが変わり、手巻寿司の時もあれば、しゃぶしゃぶの時もあり、海鮮焼肉の時もある。そんなバイキングが千二百円……行ってみたいと思わない?」

「行くさ!」

 即・答! メニューが変わる? ――そんなのは、むしろご褒美だよ!!

 母上の説明を聞くかぎり、『何が出るかわからない』って不安より『何が食べられるんだろう』という期待感のほうが大きいしね。この説明上手!



「――そんなワケで、次回はそのホテルバイキングに行こうよ」

「……いいけど、またお義兄さんに頼むの?」

 翌日、さっそく白さんにその話をしてみました。

 了承から始まる会話って素晴らしい、心穏やかに喋れます。

「それなんだけど……残念ながら今回は義兄さんに頼れなくてさ。しかも、場所の関係で電車とかバスでいけないから、『自転車』で行くしか無いんだよね……」

「今回は頼れないって、何かあったのかしら?」

「まあ、なんというかですね……警察官としての仕事が忙しくて休日返上で――」

「それは物騒ね! 連続殺人事件でも起こってるの?」

 会話のインターセプト炸裂――目をキラキラさせて物騒なことを聞いてくる物騒な娘さん。

 まあ、警察官が忙しい=事件って考えは間違ってはいない。実際に事件が起こっているのは本当の事だしね。ただ、その事件というのが……。

「いや、魔法少女と悪の組織のせいだよ」

「…………は?」

 キョトンとした顔が可愛い。……どうやら白さんはまだアレに遭遇していないようです。

 五月の初めぐらいから我等が赤月市に『魔法少女ライムライト』というご当地アイドルモドキが誕生しました。一応マヂで本物の魔法少女なのだが、やってる事は破壊活動を行う『悪の組織』と戦うという最近流行りなバトル系――でも、残念なことに戦って悪の組織の野望を打ち砕いてはくれても、その破壊活動から『市民を護る』とかはしてくれない。

 その為、公僕たる警察官がそこら辺をフォローすることになってしまった上に、六月に入ってからなんか彼女達の活動が活発化したのでお巡りさん達はさらに大忙しってワケなのです。

 ――……裏事情を知っている身としてはご愁傷様としか言えないんだけどね。

 そこら辺の詳しい事情には我が家の『家業』も関わっているゆえ、ボクはよ~く知ってる。

 ボクや姉さんは関わり合いになりたくないから完全にスルーしてるけど、義兄さんはお仕事だから知っていても逃げることができない……ホント、ご愁傷さまですよ。

「いや、忘れて――それより、どうかな? かなり遠いけど、まあ、サイクリングな気分で行けば前回の徒歩二〇キロよりかはいいと思うんだけど……」

 とは言え、自転車でも片道約三〇キロの旅――辛くないといえば嘘になる。

 だけど、自転車って急がなければ、走っているだけで楽しいからけっこう好きなんだよね。

 ちなみに、ボクは隣町のスタ○ナまで片道二五キロぐらいを電車ではなく自転車で通っている為、周囲からサイクリング好きと認識されていたりします。実際に好きだしね。マイマシンはロード……が欲しかったけど、値段が高いから母上に却下されて銀チャリ。残念無念。

 ――……しっかし、我ながらかなり押し付けがましい事言ってるよ……。

 自分にとって楽しいことを彼女にも共有してもらいたいって気持ちで強要している。

 だが、この世界はそんな一方的な気持ちが簡単に通じるほどうまくできてはいない。

 その証拠に――


「……私、自転車乗れない」


 こういう展開が待ってるから。



 ――乗れないなら、乗れるようになればいいのさ!

 という事で、とりあえず練習してみることになりました。

 こんなワガママに渋々でも付き合ってくれる白さんはホント良い娘です。嫁に欲しい!

「自転車の特訓と言ったら川沿いの土手が定番だけど、残念ながら近くにないので『赤月市総合公園』にやってきました~」

 ちなみにここまでは自転車二人乗りで来ました。

 女の子を後ろに乗せて自転車を駆る――まさか、そんな日が来ようとは……感無量よ!

 腰に回されたしがみつく腕の力強さ。背中に感じる柔らかな感触。布越しに伝わってくる暖かな体温……ホントに良いものでしたよ……ジュルリ。

「誰に説明しているのかしら?」

 ……おっと、いつの間にかあっちの世界にトリップしちゃってましたよ。

 過去回想つづきは帰ってから――今は、未来あしたのための準備です。

「いや、白さんは去年引っ越してきたばかりだって話だったから一応説明をね。ここってかなり利用しづらい立地条件だから、もしかしたら知らないかな~、とか思ってさ」

「中学校のイベントで一度来たことがあるわ。……でも確かに、広くていろいろあるのに微妙なところよね、ここ」

「うん。なんか何故作ったのかよく解らない『塔』とか、水のでない『逆ピラミッド型噴水』とか、六芒星をあしらった『モニュメント』とか……ナゾ満載な公園だよね。バスとかも通ってないうえ、駅からも遠くて不便だし……」

「……マンガとかなら『封印』があったり『異界ゲート』が隠してありそうな感じだわ」

「実はあの塔の下には、この街を守る結界発生装置があるのさ」

「それはびっくりね」

 ニヤリと笑みを交わし、「アハハ」と笑うボク達。

 ……………………………………………………一応、ホントの事だったりするんですけどね。


「――じゃあ、それでは特訓を開始しますか!」

 早速訓練開始――こういう時『訓練』ではなく『特訓』というのはお約束。

 最初はフラフラ危なっかしいから、荷台を掴んで補助をしてあげ、調子が出てきたら気付かれないように手を離すというのもお約束である。

 で、実際に実行してみたら……離した瞬間、バタンと真横に転倒ッ!?

「…………………………離しちゃダメだって言ったのに」

「ごめんごめん。じゃあ――もう一回やってみよう!」

「鬼っ!?」

 笑顔で再チャレンジを強制するボクに、白さんが驚愕しました。

 彼女と一緒にホテル(バイキング)に行くためなら、ボクは喜んで鬼になりましょう。

 その決意を胸に秘め、面白おかしく数時間後――


「……フっ、なんとか乗れるようになったわよ!」


 どーよ! って感じのしたり顔が可愛いです。

 だけど、ダメなんだ。乗れただけじゃ、まだダメなんだよ、白さん。

「まだまだだね」

 だから、ちょっと気が引けるけど、青学の柱な彼を真似てダメ出しさせてもらう。

「……な、なにが足りないっていうのよ」

「片手を離して運転できるようにならないと、長距離の移動は辛いよ。主に水分補給とか!」

「た、たしかに! 自転車は運転中にカロリー摂取をする唯一といっていい競技!! 片手の自由を手に入れなければ、どうにもならないのは道理だわ」

 この説明で納得してくれる彼女が大好き……いや、愛していると言っても過言ではない!

 ……いまこそ彼女を信じるがゆえに用意しておいた秘密兵器の出番さ!!

「そんなワケで――ピロリロん♪ カ○リーメイト~」

「そ、それが運動やってない人にはあんまり縁がないと噂のカ○リーメイト!」

「いや、朝食とかで食べる人もけっこういるよ」

「私は朝はガッツリいくタイプよ!」

 どうやら白さんはまだカ○リーメイトを食べたことがない御様子……鋭い視線がボクの手元にロックオン! 狙い撃たれそうですよ、ドキドキ。

 ――……いけない。このままでは強引に奪われちゃう! なんとか話を逸らさないと……。

「ぼ、ボクはシリアルとかで軽くいくタイプかな」

「くっ! アナタがケ○ッグの手先だったなんて……おしゃれっぽくて憧れるわね非国民」

 憧れられてるに非国民扱い……相変わらず複雑な乙女心だね。

「話を戻すけど――自転車に乗りながらこのカ○リーメイトを全部食べ切ることが今日の白さんの課題ってことで」

「な、なんてスパルタンなのッ!?」

 一歩後ずさって驚愕する白さん――心底恐ろしいモノを見るような視線は地味にショック。

 ――……あれ? ご褒美も用意したのになんで?

「手の届く距離に美味しそうな食べ物を用意しておいてオアズケとか……鬼よ! アナタは本物の鬼だわ! この鬼畜!!」

 ………………凄く納得。

 言われてみれば確かに酷いかもしれない。特に『好きな女の子』に対して馬にニンジンぶらさげるような行為をする自分自身の発想力が酷いです。バカなの、ボク?

 ……しかし、好意の対象から『鬼畜』と罵られるのは背徳感と紙一重の快感でもあります。

 ぶっちゃけ、なんかゾクゾクしてきて、もっと鳴かせたい気になって困る。困るから――

「――フっ、鬼にも修羅にもなろう……アナタのためなら」

「……やってやるわよ! 見てなさい、吠え面かかしてあげるわ!」

 そう言って彼女は颯爽と自転車にまたがった。そんな彼女が可愛すぎて困る。


 ……一分後。


「やってみたらできたわ」

「……大事なのは一歩を踏み出す勇気って事なんだ」

 実際、自転車乗れるようになったら片手を離すのは楽勝だからね。

 両手を離すのは難易度高いんだけど、勢いがついた状態だとハンドルが比較的安定するから片手は添えるだけでもOK。簡単に言ったけど、ホントに勇気が大事なのですよ……。


「とりあえずミッションコンプリート、おめでとー」

 ってコトで公園内の自販機でジュースを買ってカンパ~イ(もちろんボクの奢り)。

 ベンチに座って顔を上げると、既に傾き始めている太陽が目に映る。

 ――……こんなに時間経ってたんだ……楽しい時間はあっという間ってホントだね。

 そんな事を考えつつ夕日を眺めていたら――あることに気づいた。気づいてしまった!

 ――これは、なんか良い感じのシチュエーション、なのではないか!?

 人気のない公園で夕日を見送る男女……なんか意識するとドキドキする状況で、ドキドキがバレないかとさらにドキドキでドキドキスパイラル発動中!

「草壁くん……顔、尋常じゃなく赤いわよ」

「……夕日のせいサ」

 とっさにお約束のセリフで誤魔化す。が――

「本当に夕日で顔色隠せると思う?」

「……ごめんなさい」

 夕日って言うと赤いイメージだけど、実際はそんな事はないからね。

 目の前で沈んでるのはぶっちゃけ橙色ですからね……太陽のバッキャロー!

「……もしかして草壁くん……」

「ん?」

「アナタって、私のこと性的に好きだったりするのかしら?」

「性的って言わないで! まあ、好きだけど……なんで?」

「いえね。最近なにか視線が……その、そんな感じに思えたのだけど、そうよね! 私の気のせいよね!! 自慢じゃないけど、私ってば幼児体型だし、こんなの好きになったらロリかペドよね。社会的にダメな人よね!」

「何故、そこまで自分を虐める!? っていうか、気のせいじゃないし、いまちゃんと『好き』って言ったよ! ああ、そうだ――草壁太陽は山野白が大好きだ!!」

「……………………………………………………ロリコン?」

「………………………………自分で言うと哀しくない?」

「じゃ、じゃあ、私のどこが好きなのよ!? 『言葉に出来ないトコ』とかいう答えを私は認めないわよ! 私のどこに欲情するのか、私を納得させられるように説明してみなさい!!」

「うわ、難易度高っ……」

 だってボクは『彼女の肉体』そのものにはあんまり性的魅力を感じていないもの。

 ツルペタだもの。魅力を感じたら犯罪レベルだもの。年齢的にもまだ合法じゃないもの。

「そうだな……えっと……美味しい物を食べている時の『幸せそうな顔』には欲情するかな」

「アナタは一緒に御飯を食べているときにそんな事を考えていたの!? 食欲と性欲が一緒で、私と寝たいってことで睡眠欲もカヴァーして三大欲求コンプリート狙ってるのね!」

「……まあ、考えていないと言ったら嘘になる、のかな?」

「開き直ったッ!?」

 不思議なもので、考えていたことを言葉にすると覚悟が決まる。

 言葉には力が宿ると昔の人は言ったけれど、確かに好きと想うよりも、好きと言葉にした今のほうが強く気持ちを実感できますね。これが言霊ってヤツか……。

「で、ボクは好きだって告白したわけだけど、白さんの返事を聞いてもいいのかな?」

「………………無理。信じるの、怖い」

「そっか。じゃあ……」

 諦めよう。

 そう思った。そうするしか無いと思った。そうするのが一番良いと思った。

 知らないならともかく、ボクは彼女の拒絶が何処からきているのか既に知っているから。

 でも――


「信じさせてあげるから、まずはお友達から始めよう!」


 ボクの口は勝手に別の言葉を紡いでた。

「……お友達?」

「お・と・も・だ・ち!!」

 なんか恋愛においては不吉な気がしないでもない単語です。

 しかし、ビックリ――理性あたまでは諦めようとしたのに、無意識からだに拒否られたとか初体験。どうやらボクは自分で考えてるより彼女のことが好きらしいですよ。

 ――……これが『身体は正直』ってアレか!?

 口では嫌といっても身体は正直だぜ! ってやつに近いかもしれない。

 そして、無意識だからこそ、それこそがボクの本心だということを否定出来ない。

「………………………………エッチなこと、しない?」

「本気で嫌がってると思ったらしない……かもしれない。でも責任はとるから安心して」

「その言葉のどこに安心しろというのッ!?」

 ――……ごもっとも。ボクは何を言っているのでしょうね?

 でも、これも頭で考えたセリフじゃないから、どうしようもない。

 どうしようもないんだけど……さすがにこれはどうなんだろうね? バカじゃない?

「……じゃあ、友達も嫌だって言ったら、どうするの?」

「いっそ殺して!」

「なんでそこまで私の事好きになってるのッ!?」

 芝生の上に倒れこみ、大の字になって開き直るボクの姿に白さん驚愕!

 あまりの展開にボクも内心驚愕!!

 ――どこまで暴走するつもりだマイ・ボディっ!?

 いっそ殺せと言いたくなるみっともなさである。いっそ殺せ!

 だが、それが功を奏したのか、白さんは思いっきり苦笑しながら――

「……仕方のない人ね。友達なら、まあ、いいわよ」

「ホント!!」

「でも、エッチなことしようとしたら舌噛んで死ぬから」

「たとえ死がふたりを分かつとも、ボクは想いを貫いてみせる!」

「……このタイミングで言っちゃダメなセリフよ、ソレ」

 思いっきり引かれました。

 なんか、死体になっても変なことすると思われたようです……反省。


 余談。

 帰り道――白さんが『水色時○』のOPを鼻歌で歌い始めた時は、二重の意味で「いくつだよ!?」と思ったけれど、それが解るボクも大概なのでツッコミは控えました。

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