第52話 団長の推理
建物から黒煙が上がっているという報告を受けてやって来た自警団は、現場の余りの惨状に顔を歪めた。
床一面に広がる血の池に、壁などにぶちまけられた臓物。滅茶苦茶に破壊された人間の胴体に生首が二つ。
この地獄絵図に新人の団員は、例外なく吐き気を催していた。今頃は現場の外でげーげーと胃の中のものを吐き出していることだろう。
「酷い有様ですね団長。熊か、腕力のある魔物か何かにでも襲われたのか?」
元冒険者の転職組で年季のある団員が、顔を歪めながら冷静に言う。それに団長のノーマン・ビルは首を横に振った。
「いや、熊や魔物の仕業ならわざわざ綺麗に顔だけ残す器用な殺し方をする必要はない。これをやった者は、殺された相手が誰なのかを、我々に教えるために、こうして顔だけは残したのだろう」
ノーマンは転がっている二つの生首を指さす。
無惨な現場で不自然なまでに無傷なのが二つの生首だ。首が切断して返り血で汚れてはいるが、それ以外に破壊された形跡はない。
「見せしめってことですか? けど一体なんのためにですか?」
「それは――――」
「団長! 家の倉庫から大量の麻薬らしい薬物が出てきました! あとどうもこの二人はクスリの売人だったようです!」
ノーマンが答えるより早く、部下の一人がそう報告してきた。
麻薬という単語に全員の緊張感が強まる。独立戦争の切っ掛けになった麻薬犯罪は、自警団にとって殺人以上に忌むべき犯罪だった。
「まだ見せしめの理由はわからないが十中八九、きな臭い話だろうな。ところで君、この家の金庫の中身は調べたかね?」
「いえ、そちらは空でした」
「……成程」
「敵対するマフィア同士の抗争とかでしょうか?」
見せしめのように残虐に殺害された二人の売人、そして空になった金庫。確かに一見するとマフィア同士の抗争によって殺害され、金庫の中身が略奪されたように思える。しかしそれにしては不自然な点があった。
(どうして麻薬が手つかずのまま、まるで我々自警団に発見して下さいとばかりに残っているんだ?)
もしもマフィア同士が殺しあったというのなら、金庫の中身だけではなく麻薬の方も奪って帰るだろう。
奇妙だった。なんらかの偽装工作が施された臭いがプンプンとした。
「ともあれ麻薬など自警団の我々の手には余ることだ。州都の保安官に連絡をしよう」
「そうですね。もし物がアスフォデルス麻薬だったら、保安官も帝国も本腰を入れざるを得ないでしょうし」
(……! まさかこれをやった者の意図はそれか!? 保安官を駆り立てるために!)
事態が大事になれば州都の保安官が動く。いや州都だけではない。もしもアスフォデルス案件だったら保安長官の”七雄”リチャード・マーシャルが動く可能性すらある。そうなれば死んだ二人の売人の上にいる連中も一網打尽だろう。
これをやった者の狙いが、それだとしたら。
(たかが薬物の売人二人が殺されただけ……別によくあることだ。しかしこの事件がなにか大きなきっかけとなる予感がする。少し個人的に調べてみるか)
その頃、一仕事終えたヘイザは酒場で飲んでいた。
ジャックやキクコにルサルカといったパーティーの仲間はいない。
「オヤジ~。酒くれでござるよ、酒~~」
「だからオヤジじゃないっての。女将って呼びな」
そう文句を言いながら女将は酒をヘイザのコップに上等な酒を注いでやる。金払いのいい客は正義だった。
「おう、ヘイさん。また娼館帰りか?」
羽振りのいいヘイザに、飲んでいたベネディクトが声をかける。
ベネディクトやゲルダの『エターナル・レスト』のメンバーや、道具屋のバルガスといったパーティー追放前からの飲み仲間達も同じ酒場に居合わせていた。
「ふっ。拙者にはルチアーノからせしめた大金貨100枚があるでござるからな。50日以上緋桜のところへ通っても尽きぬ計算でござる」
「連続50日って……それは客と娼婦の関係でいいのか?」
ベネディクトが当然の疑問をぶつける。ちなみに言えばヘイザがこれまで緋桜に払った額を纏めると、緋桜を二人分は身請けするのに十分な額だった。もっとも緋桜は既に自分で自分を買い取り済みなので身請けもなにもないが。
「そういえばヘイさん。数日前、麻薬の売人が惨殺されたらしいざんすよ」
ヘイザと違って不況なのか安酒をちびちび飲んでいたバルガスが言った。
「へぇ。ぶっ殺した奴は誰なんでござる? べらぼうな賞金とかかかってないでござるか?」
「噂じゃマフィア同士の抗争らしいぜ。今のところ賞金も出てねぇし、ギルドの依頼にもなってねえよ」
「なんでもアスフォデルス扱ってたらしいし自業自得よ。ま、自警団も一般人が殺されたならともかく、売人の糞が二匹死んだのを真面目に調べたりしないでしょ」
ベネディクトとゲルダが淡白に答える。
二人も冒険者だけあって麻薬とそれを売る売人を蛇蝎の如く嫌っていた。
「そもそも調べるだけの人員がいないざんすしね。自警団なんて冒険者の隙間産業みたいなものざんすし」
冒険者の隙間産業。バルガスの表現は辛辣だったが、自警団という組織の内実を正確に捉えていた。
「そうでござるな。まあ今のうちは、でござるが」
「なんざんすかヘイさん、意味深に」
「さあな」
今は冒険者の隙間産業でしかない自警団だが、やがて新大陸から未開拓の地がなくなるほどに開拓され尽くされた時。自警団は保安官と一つとなり、巨大な警察組織が出来上がることになるだろう。
(そしてそうなれば冒険者が自警団の隙間産業と呼ばれるようになるんでござろうな)
いずれ来る未来を想像しながらヘイザは、未来の隙間産業労働者たちに乾杯した。
短編投稿したので是非見てください
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