第51話 死神の鎌
「拙者は今日一日、ここでお主と過ごしていた。そういうことにしておいてくれ」
藤乃家へ行き緋桜をいつも通りに買ったヘイザは、開口一番に言った。
緋桜は少しだけ驚くと、こくりと頷く。
「お戻りになるでありんすか?」
「今夜だけだ」
「理由をお聞きしても、良いでありんすか?」
「母を助けてくれ、と言われた。自分はいいから母親を助けて、ではなくな。最初から自分を勘定にいれていなかった」
四歳の分際で賢しらに振る舞っていたアイラ・トンプソンを思い出す。ああいう風に頼まれて、ヘイザは無性に彼女の顔をぐちゃぐちゃにしてやりたくなったのだ。
「…………気に入らん」
だからそう、これは個人的愉悦のための行動である。
「ご武運を」
「直ぐに戻る」
脱法品を扱うことで警戒が緩かったのか、アイラの家に売人たちのアジトの地図が残っていた。
ふと空を見上げると今宵は新月だった。
お天道様もお月様も両方が見ていないというのは、なんとも都合が良かった。
売人のベンとアーニーは、二人組の売人である。元々はミゲル・フラスカーノが支配していた伯爵領の孤児院で実の兄弟のように育った二人だったが、ミゲル・フラスカーノとその麻薬カルテルが風林火山によって殲滅されたことを切っ掛けに生きる場所を失い、今ではクスリの売人にまで身をやつすことになった。
「見てくださいよ兄貴。今日の分のシノギだけでこんなたんまりと。ここまで派手に稼いでも法律上は無罪なんだから、脱法ドラッグ様様ですぜ。ここであと三年もシノギを続けりゃ上納金を納めて幹部にだって……」
「馬鹿が。今の帝国は独立戦争前ほど無能じゃねえんだ。その間に脱法が違法になっちまうよ」
弟分のアーニーの楽観的な言葉を、兄貴分のベンが窘める。
知恵が回り慎重派のベンが、腕っぷしは強いがやや短気なアーニーを窘めるというのは、この二人組の売人のいつものやり取りであった。
「それに幾ら脱法だからってちょいとばかし派手に売り過ぎたな。今ある分を売りつくしたら、冒険者ギルドに見つかる前に余所へ行くぞ。ここで稼いだ金を元手に新しいシノギを開拓するんだ」
「へい! どこまでもついて行きやすぜ兄貴!」
確かに二人が扱っているクスリは今は脱法で、法的には違法ではない。しかしながら現在の冒険者ギルドの主流派は、風林火山と一緒にフラスカーノのカルテルを女子供諸共に殲滅したような連中だ。冤罪をでっちあげて討伐令を出すくらいはやるだろう。
その時だった。アジトの廊下から足音が聞こえてくる。こちらに自分の存在を伝えるためのわざとらしい足音だった。
「誰だ!」
ベンが扉を開けた瞬間、しゅっという音がしたかと思うと、
「……あ、ば…?」
ベンの胴体が上と下に別れて、床に転がった。
いきなりの事にアーニーはなにが起きたか事態を呑み込めない。だが変わり果てた姿となった兄貴分の虚ろな目と視線が合った瞬間、自分の兄貴分が今まさに襲撃者によって殺害された事実に気づいた。
「う、うわあああああああああああああああああ!」
アーニーの短気は気の弱さの裏返しでもある。襲撃者にアーニーは激高して殴りかかるのではなく、悲鳴をあげながら後ずさった。
そこへベンを一刀をもって両断した男――――ヘイザ・アッシュブレードが入ってくる。ヘイザは刀を抜いたまま部屋の様子を確認すると、アーニーへ言った。
「拙者はしがない冒険者でござる。一つ、薬を処方して欲しくて参った次第」
「分かった! く、クスリだな? どんなクスリでもやる! な、なにが欲しいんだ?」
目的がクスリだというのなら殺されずに済むかもしれない。そんな安堵感は次の一言で雲散霧消した。
「では悪党につける薬を」
そうしてヘイザが刀を構えた。その姿はアーニーにとっては鎌を振り上げた死神のようであった。
「ふ、ふざけ――――」
アーニーが言い切るよりも早く、死神の鎌は振り下ろされる。
一刀をもって首を刎ねられたアーニーの首級は恐怖を張り付けたままコロコロと床を転がっていった。
「さて」
二人を排除し終えたヘイザは、アジトにあるものをつぶさに検分していく。
そうしてベンとアーニーが二人組の売人で、売っていた脱法麻薬の名前は『チューリップ』と呼ぶらしいことがわかった。勿論チューリップそのものではなく、合法の薬草などを組み合わせてアスフォデルスと同じ成分にした代物である。
ヘイザは脱法ドラッグの在庫の箱を見つけると、懐から粉末を取り出す。それは貧民街の薬物中毒者らしい人物を適当に見繕い、脅して奪ってきたアスフォデルスのものだった。ヘイザはそれを在庫の中に振りかけてやる。
「脱法ドラッグの在庫の中に違法のアスフォデルスの花をかけてやれば――――灰色が真っ黒だ」
その後でヘイザは一応の偽装工作を行う。
恐らくこの現場の調査をするのは自警団になるだろうが、伝統的に自警団は犯罪グループ同士での抗争は真面目に捜査しない。
仮に奇特な自警団の人間が真面目に捜査したとしても、相手が麻薬の売人なら裁定が恐ろしく温くなるのが新大陸だ。最悪でも等級が一つ二つ下がるだけで済むだろう。
やることを全て終えたヘイザは、そのまま立ち去って行った。
明日の昼の12時頃に短編投稿するので見てください




