第49話 雑用クエスト
「さ! パーティー名も決まったことだし、そろそろ帰るでござるよ!」
パンッと手を叩くとヘイザは踵を返して冒険者ギルドを出ていこうとする。だがそれをキクコが慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私たちはパーティー名を決めに来たんじゃなくて新しい依頼を受けにきたんでしょう! 帰らないでください!」
「ちっ」
流れで誤魔化そうとして失敗したヘイザは露骨に舌打ちする。
ヘイザのサボタージュを阻止したキクコはジャックとルサルカと一緒に、依頼リストの確認を始めた。緋桜が見ればその逞しい成長ぶりに涙を流すことだろう。
「こうして見ると、なんだか冒険者にするには思えないような依頼も結構ありますね。畑仕事の手伝いとかどぶさらいとか買い出しとか。ジョンソンさん、こういう仕事はどういう冒険者が引き受けるんですか?」
「主に下級冒険者が小銭稼ぎにやるパターンと、こういう雑用クエスト専門に請け負う俗にアルバイターと呼ばれる冒険者の方ですね。あとキクコさんはアッシュブレードさんの推薦があったから九級スタートでしたが、誰の推薦もない通常の冒険者は見習いの十級からスタートで、こういった雑用クエストを数回熟して『ちゃんと引き受けた依頼はやる』っていう最低限の信用を得て九級冒険者に昇格しない限り、オークやゴブリン討伐などの依頼は受けられないようになっています」
「へぇ、そうなんですか」
だから”特級冒険者”という例外中の例外を除けば、冒険者扱いになるのは九級から一級までに限られるのである。十級冒険者は冒険者見習いであって、公的立場は冒険者ではないのだ。依頼を受けるだけ受けて、理由をつけてサボったり、そのまま音信不通になったりする冒険者がちらほらいたため、本来九級までだった冒険者の等級に見習いの十級が後から追加された名残である。
「ヘイさん! ルサルカさん! ジャックさん! 私も他の冒険者みたく雑用クエストをやってみたいんですけど、いいですか?」
「なんで? お主には必要ないでござろう?」
「だって冒険者の皆が冒険の第一歩としてやるのがこの雑用クエストなんですよ! これじゃあ私は冒険者の第一歩をスキップしちゃってるみたいで勿体ないじゃないですか!?」
そういうものなのか、とヘイザはジャックとルサルカの方を見ると二人ともピンときてない様子だった。同じ冒険者でも冒険に強い拘りのある一級冒険者のラティーファあたりなら理解できるのかもしれないが、生憎とヘイザにはさっぱりだった。
「ま、キクコがそんなにやりたいならやりゃいいんじゃないかでござる」
「ご主人がいいなら俺も別に」
「ま、いいんじゃないかい。もしかしたら僕の使いどころが超限定的な魔法の数々が役立つかもしれないし」
「ありがとうございますっ!」
合意がとれたキクコは嬉しそうに雑用クエストを物色し始めた。
「あ! これなんてどうですか!? お母さんが病気で寝込んでるから薬草をとってきて欲しいって依頼ですよ!」
「いいと思うぜ。住所もこの街だし、一っ走り行ってクエストこなして、また戻って他の依頼を探せば時間も大して無駄にならないだろ。な、ご主人?」
「大した金にもならんし面倒くさいでござる。拙者はギルドのソファでゴロゴロしてるから、二人で行ってくるでござるよ」
「じゃあ僕はそんな君の寝顔を見ながらお酒でも飲もうかな。膝枕でもしてあげようか?」
「何をしているジャック、キクコ。依頼人が待っている。早くいくぞ」
「「…………」」
いきなりやる気を出したことに驚く二人を置いて、ヘイザはさっさと冒険者ギルドを出ていく。
思いがけず雑用クエストなんてものをやることになったが、内容が病気の母親を助けるというのは悪くはない。ヘイザも人の子。母親から生まれてきた身だ。母に孝行したい気持ちには共感できた。
依頼人の住所はアダムズ市でも所謂貧民街と呼ばれる場所にあった。
目的の家に着きジャックが控えめにノックをすると、ジャックの膝程の背丈しかない少女が出迎える。
「は、はじめまして、ぼうけんしゃさま! いらいにんの、アイラ・トンプソンです!」
アイラと名乗った少女がたどたどしい口調で挨拶をする。
「君が依頼人かい? 凄いなぁ、その年で文字が書けて依頼も出せるなんて。俺はまだまだなのに」
「もじは、おかあさんから、おそわりました!」
「それでお母さんのために薬草とりの依頼を出したんですか! 立派ですねぇ。アイラちゃんは幾つなんです?」
「よっつ!」
両手でピースサインをするように四歳であることを主張するアイラに、ジャックとキクコはぽわぽわと温かい気持ちになって微笑んだ。
「…………」
だがそんな二人とは対照的にヘイザの目は厳しいものになっていった。
依頼人が四歳児というだけなら『初めてのお使い体験』のようなものなのだろうと思うことも出来た。しかし住んでいるのが貧民街で、家の中を覗いてみれば片づけ方が非常に雑だった。そう、まるで子供が大人の片づけを見様見真似でやってみたみたいに、である。
「アイラちゃん。お母さんはどこかな?」
ルサルカもヘイザと同じものを感じ取ったようだ。彼女にしては重い口調で尋ねると、
「アイラ! クスリはまだなの!? 早く買ってきなさいって言ってるでしょ!」
部屋の奥からヒステリックな女の叫び声が響いてきた。
アイラはびくっと肩を震わせながら言う。
「ご、ごめんなさい! おかあさん! でもいつものおじさんのところへいったら、たりないって。で、でもあんしんして、おかあさん! このひとたちが、おかあさんの、やくそうをとってきてくれるから!」
すると奥から声の主である女が出てきた。皮と骨だけになったガリガリの体、唇は色素が抜けていて、目は血走っている。アイラの母親であろう女がヘイザたちを睨みつけながら叫んだ。
「お前たちが? 本当なの!?」
「そ、そうです落ち着いてくださいって! 俺たちがとってきますから。ね?」
「なら早く頂戴! クスリがなくなってから寒くて、痛くて、気持ち悪くてしょうがないのよぉ!」
「分かりました分かりましたから! だからどんな薬草が必要なのか――――」
ジャックとキクコはアイラの母親のこの様子を目の当たりにしてもピンとはこなかったようだ。幸運にも”それ”と関わり合いになることのない人生を送ってきたのだろう。
だがヘイザは彼女が漂わせている臭いを嗅いだ瞬間、疑惑が確信へと変わってしまっていた。
「ルサルカ、眠らせろ」
「うん――――眠れ」
ルサルカが眠りの魔法を唱えるとばたり、とアイラの母は倒れた。
「ちょ、ちょっとヘイさん! 眠らせる前に、どんな薬草が必要なのか聞いてからじゃないと!」
「……今と似たような症状を見た覚えがある。ルサルカ、どうだ?」
「ざっと水魔法で体の中を調べたけど、間違いない。彼女は重度の薬物中毒だ」
「そんな……嘘だろ……」
四歳の少女と、眠らされた母親を交互に見てジャックとキクコは絶句した。
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