第39話 とんでもない一大事
ベスカトーレの好意でいつもの物置小屋ではなく、宿屋の食堂で優雅な朝食を楽しんでいると、当のベスカトーレが新聞を持ってきた。
「ヘイザ。お前やジャックが言ってた町のことが新聞になっているぞ」
「んなもん興味ねぇでござる。それよりどっかの店に可愛い新人が入ったとかのニュースはござらんか?」
「俺が知るわけないだろう。妻に一途なんだよ」
「そりゃ立派でござるなぁ」
ヘイザは感心したように肩を竦める。とぼけたように言ったが、これはヘイザの本心だった。妻と死別して長いのに後妻を娶るどころか、女遊びすら断つのは中々できることではない。
「あ。俺は気になります! どうなったんですか、あの町?」
一緒に朝食を食べていたジャックがベスカトーレに聞いた。
ジャックがまだまだ新聞をスラスラ読めるほど文字を覚えきれていないことを知っているベスカトーレは「新聞を見ろ」と冷たく切り返すことなく応えた。
「遺跡の最奥で発見された『転移の門』を調べるため、帝国本土や魔法大学からの研究チームがわんさか派遣されることになったそうでな。その拠点として選ばれたらしい。まあ町の中に遺跡があるわけだから当然だが」
「へぇ。かなり大事になっているんですねぇ」
「帝国本土と新大陸までは、移動だけで相当の時間がかかるでござるからな。転移の門で帝国本土と新大陸を繋げることができれば、まだ強い独立の気風を消せるやもしれんし、未開拓地の開拓も、帝国主導でやれるようになる。帝国側としては早急に『転移の門』の仕組みを解明したいでござろう」
叶うことなら構造を完全に解析して量産化。それが無理ならせめて転移の門の移設だけでも可能にしたいところだろう。例え門が一組しかなかろうと、それで新大陸と旧大陸とを繋ぐことが出来れば、流通が引っ繰り返る事になる。
「もし転移の門が量産化されたら、海の向こうの国にも徒歩で行けることになるわけか。夢のある話だな」
「さ。美味い朝飯にもありつけたところだし拙者は――――」
その時だった。宿屋を強くノックする音が聞こえてくる。
ベスカトーレが訝しげに来客のところへ向かうと、直ぐにヘイザのところへ戻って来た。
「おいヘイザ、来客だ……っておい!」
無作法な来客は勝手に上がり込んでくると、ヘイザに縋りつくように叫んだ。
「ヘイザさん! ジャックさん! お願いします、助けてください!」
「ん、お主は……」
「ヘイザ、ジャック。お前らの知り合いか?」
ヘイザとジャックは顔を見合わせるとこくりと頷いた。
育ちの良さそうな顔つきに、日焼けのない白い肌。彼は以前、吸血鬼との夜逃げ未遂依頼をしてきたアンリ・ラクロウだった。
「ああ、前に仕事を依頼してきた依頼人でござるよ。ラクロウ男爵閣下のドラ息子様であるので無礼はせんほうがよいでござるぞ」
「ご主人、その言い方が既に無礼です」
ジャックのツッコミをスルーしつつ、ヘイザはコーヒーカップにおかわりを注いで啜った。
ドラ息子呼ばわりされたアンリは特に気にした様子もなく、先を続ける。
「い、いきなり押しかけてすみません。でもヘイザさんはここに住んでるって聞いて。僕、貴方達しか頼れる人がいなくて」
「なんか只事じゃなさそうだな。どうしたんだよ?」
「じ、実は兄さんにベルタのことがばれて……」
それでヘイザとジャックは同時に事情を察する。吸血鬼は人類の天敵。正体が露見すればただでは済まない。
「なるほど。それでお兄さんが吸血鬼は討伐しろとか言い出しちまったんだな?」
「いや誠心誠意、僕の思いを伝えたら兄さんは応援してくれたんですけど」
「良い兄貴じゃねえか!」
ずっこけながらジャックがツッコんだ。
「それでいつかは父さんにも認められるくらいの男になるよう、精進しようって決意して、めでたしめでたしで終わるはずだったんですけど、なんかベルタ……できちゃったみたいなんですよ」
「帰れ」
ヘイザはアンリを蹴とばして唾をぺっぺっと吐きかけたが、ジャックはまったく咎めなかった。寧ろ一緒になってしっしっというジェスチャーをする。
「いやいやそんな冷たいこと言わないでください! 僕、この歳にしてハーフ・ヴァンパイアの父親になるんですよ! なんかもう嬉しさと不安でどうにかなっちゃいそうなんです!」
「知るか」
そもそもヘイザは独身で、子供なんて出来たこともないのでアドバイスなど出来るはずもない。完全にアンリは相談する相手を間違っている。
すると騒動を黙って見守っていたベスカトーレがやれやれと肩を竦めながら口を挟んできた。
「まあ待て。このガキはガキなりに、自分の子供に責任を持とうとしてるからここまで来たんだ。話なら俺が聞いてやる。これでも既婚者で息子もいる身だ」
「ほ、本当ですか!」
ポンと優しく肩に手を置くベスカトーレに、アンリは天使を目の当たりにした信徒のような表情を浮かべた。
この幸せ者はベスカトーレに任せていれば問題ないだろう。そう判断したヘイザは立ち上がると、
「やれやれ。今日はバーで酒を飲みつつナンパする予定でござったが、そういう気分でもなくなってしまったな。緋桜のところへ行くでござるか」
「俺は、ベスカトーレさんの話がちょっと気になるんで一緒に聞いていきます」
「そうか、ではな」
ジャックも真っ当に結婚願望というものがあるのかもしれない。だとしたら一緒に冒険者として扱き使えるのは長くて二十年か、と計算しながらヘイザは一人で色町へ繰り出していった。
もし宜しければブックマークと、下の☆☆☆☆☆から評価を入れて頂けると大変励みになります!




