第二十話 我が家〜取り戻した日常〜
本作品は実体験をもとに構成していますが、プライバシー保護および演出のため、登場人物名・設定・一部の内容を変更したフィクションです。
2026年春
長澤家は、五年住んだ家を離れた。最後に、丁寧に掃除をして、静かに家へ礼を言った。
ここで過ごした日々は、決して平穏なものばかりではなかった。それでも――確かに、生きた証があった。
尋志は、近所に菓子を持って挨拶に回った。事情を知る者も、知らない者もいたが、皆一様に、別れを惜しんだ。
涙を流してくれる人もいた。
その光景を見て、尋志は思った。自分たちは、この場所で、確かに誰かと繋がっていたのだと。
生まれ育ったこの土地を、ゆっくりと歩く。
一年間の戦いの痕跡は、まだ消えていない。だが、その傷を、少しずつ癒してくれたのもまた、人だった。
新しい家の建築は、困難を極めた。
資材は不足し、価格は高騰する。思うように進まない日々が続いた。
それでも、現場に立ち続けてくれた大工がいた。尋志の先輩であり、全てを知る男だった。
「今度こそ、安心して住める家にしよう」
その言葉通り、大工は遠く離れた土地まで通い、長澤家の想いを一つずつ形にしていった。
やがて、建築は終盤に差し掛かる。
それまで姿を見せなかった娘の幸絵が、ある日、ふらりと現れた。
「え、ここが私の部屋?その隣が……お店?」
弾んだ声が、家の中に広がる。
「パパの本棚、すごいじゃん」
「アヒルも飼えるね。今度は安心だね」
その言葉に、尋志の肩の力が、ふっと抜けた。
外壁のマリンブルーに手を当てながら、ぼんやりと考えていた自分が、少しだけ遠くなる。
家の中では、家族が笑っている。
あのまま終わっていたら、ただ壊されただけの物語だった。
だが違う。
幸福は、与えられるものではない。自分の手で、取り戻すものだ。
――もう、我が家に、お前の入り込む隙はない――
長澤家は、シーフとは別の道を歩き出した。
そして――
シーフは今、千キロ離れた土地で収監されている。
自由を失った男の頭に、ふと浮かぶのは、あの白いサンダル。
それを履いて歩く日を、まだ夢見ている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
犯罪者との接触は大変危険です。
真似などされぬよう、警察に任せてください。




