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ギルドに戻って、受付でギルド長を呼んでもらおうと思ったのだけれど、私のほうがギルドの奥まで案内された。
そしてなぜか、案内してくれている職員は心配そうに私を見ている。
目的地について、職員がノックをすると、中から「入れ」と機嫌が悪そうな声が聞こえてきた。
部屋に通されて、おどおどしている職員が、おっかなびっくり部屋から出て行った。
「早かったな。数日はかかると思ったが」
「とりあえず、現状報告ね。ところであの人は何かミスでもしたのかしら?」
「ああ、あれは、シエルメール嬢が怒られると思っているからだな。
来たら、不機嫌なギルド長のもとへ連れてこいと、それだけしか言っていないから、自分が八つ当たりされないように、おどおどしていたんだろ」
「怒るはずの相手と、重要な話はしないということかしらね」
「そういうことだ。それで、調査はどうなった?」
「その前に、机を避けてくれませんか? あると置けないので」
首をかしげるギルド長が机を端に寄せたのを確認して、魔法袋に手を突っ込んだ。
取り出したのは、金毛のウルフの氷像。
目を真ん丸に見開いたギルド長に、簡単に事の経緯を説明する。
「調査に向かったけれど、森の中に無数のフォレストウルフがいたから、手当たり次第討伐したのよ。
そのせいで、その金ウルフがやってきたわ。逃げようかとも思ったけれど、逃げられそうになかったから、討伐して持ってきたの」
頭が痛そうなギルド長は、ぱちぱち目を瞬かせて、ウルフを見た後で気の抜けた声を出す。
「あー、まず、こいつのせいでフォレストウルフが増えたってことで良いのか?」
「確証はないけれど、そのウルフ自身が『仲間を集めて』と言っていたから、関係はしていると思うわ」
「そいつしゃべったのか?」
「ええ、会話はできなかったけれど、捕まえた後は、人に対する恨み言を延々と」
「人語を理解する魔物は、いないわけじゃないが、ウルフ系となると、異常だな。
凍っているのは、シエルメール嬢のせいってことで良いんだな?」
「方法は教えられないけれど、私がやったわ」
「それにしても、見たことのない魔物だな。
報酬は鑑定師がくるまで、2~3日かかるから、それ以降ということになる」
「わかったわ。鑑定の様子は見ないけれど、鑑定結果は教えてもらいますわね」
「シエルメール嬢は、こいつが何なのか、わかっているみたいだな?」
「いいえ。新種の魔物なんて珍しいですもの、なかなか見られないものだから、気になるのも普通でしょう?」
「……そういうことにしておこう」
釈然としないという顔をしているが、私達がいなければ、この問題は解決していなかったのだから、そういう顔をされる筋合いはない。
もう話すこともないと、ギルド長の部屋を出て、ギルドのホールに戻ると、なぜか受付の女性に心配されていた。そう言えば、私は怒られているって体だったわね。
以降気を付けるから大丈夫だとだけ伝えて、今日は町の中をふらついてみることにした。
◇
4日後。この4日間は、ウルフの残党を狩りながら、穀倉地帯を眺めに行ったり、川を眺めに行ったりと、とてものんびりした日々だったといえる。
川に行った時は、エインがお弁当を作ってくれてからの、ピクニックだったのでとても充実していた。
森の方だけれど、やはり金ウルフが増えた原因だったらしく、森の魔物の大量発生は終わり、ギルドから依頼も無くなった。
そして、ようやく鑑定が終わったということで、またギルド長の部屋に来た。
「1人で待っていたのは意外ね」
「自分が、伝えるのは最低限にしろといったはずだが?」
「でも、あの金色は、そんなこと言っていられないものだったはずでしたもの。
縫い付けられたような毛皮は、おそらく人為的なものでしたよね」
「ああ、その通りだ。鑑定結果は『人造ノ神ノ遣イ』となっていた。実際に調べたが、毛皮を縫い付けられていた他、体のいたるところが、別のものと入れ替えられていたようだ。
毛皮もそうだが、それらは、普通の魔物のものともまた違う」
大方の予想が当たってしまって居たことに、思わず肩を落とす。
すでに私に興味を持っていないとは思うけれど、別の使い道を見つけられると、次はどんなことをされるのかわからない。
これは、早いところ、国外に逃げたほうが良さそうね。と考えをまとめていたら、ギルド長が報酬の話を始めた。
「とりあえず報酬だが、フォレストウルフの討伐分がこれになる」
そう言って、ギルド長が、机の上に布袋を置いた。倒したフォレストウルフの数から考えても、相場よりも多い金額だと思う。
金額は今は気にしないので、そのまま魔法袋に放り込む。
「問題は、金色のウルフの方だ。シエルメール嬢はどれくらいの強さだったと見る?」
「私が討伐してきた中でも、最も強かったでしょうね」
「それは、倒した"人"も含めてか?」
「そうね。どこまで私について調べたかはわからないけれど、私の結界が紙みたいに切られたわ、と言っておきましょう」
「って、ことは、やっぱりA級はいくな……」
私もそう思う。B級のサイクロプスですら、エインの結界は壊せない。
それを1撃、しかも速いうえに、精神が崩壊しかかっていたとはいえ知性があった。
ギルド長は、頭をかきむしり、話しにくそうに、私を見る。
『嘘と思われているのかしら?』
『むしろ、本当だから困るのでしょう。A級以上の魔物を、人が造ったのですから』
『確かにそうね。でも、あの男が失敗した実験を続けるかしら?』
『もっと碌でもない実験を始めている可能性もありますね』
『それは否定できないのよね。つまりギルド長は、少しでも情報が欲しいわけね。
エインは教えたほうが良いと思う?』
『シエルはどう考えますか?』
『あの男をどうにかしてしまうのが楽なのだけれど、私達だけだと、どうにもできないのよね。
それにできれば、関わらずに生きていきたいもの。だけれど、このまま好き放題にさせていると、また今みたいに私の前に現れかねないのよ。
だったら、組織力があるギルドに任せてしまってもいいとは思うのよね。今回の件で、人の敵に回ったようなものだから』
『あとは、どうこちらに都合のいい取引ができるか、ですね。わたしが交渉しましょうか?』
『そのほうが、確実だものね。任せて良いかしら』
『ええ、ええ。ぜひ頼ってください』
私が頼むと、エインが張り切った声を出す。明るい声色が弾んでいるのが、微笑ましくて、笑ってしまいそうになった。
だけれど、こういう時に頼らないといけないというのは、少しでなく悔しい。
エインは、いずれできるようになればいいと、いつも言ってくれているから、私がすることはエインを見て勉強すること。ハンターになって2年以上になるが、早くこの国を出たいと躍起になっていた私は、よくエインに焦ってはいけないといわれていたし、今でもたまに言われる。
私と入れ替わったエインは、何か言いたそうにしているギルド長に、声をかけた。
「A級の魔物を造った人物がだれか、気になるんですよね。そして、それをわたしが知っている可能性があると」
「あ、ああ」
「わたしが話せる範囲でよければ、お話しますよ。その代わり、見返りも要求します」
「わかっている。何が欲しい」
「B級のハンターの資格、これから話す内容の秘匿、話すことにわたしを関わらせないこと。
あと1つありますが、これはできたらですので、あとにしましょう。
これに対して、わたしが言えることは、二言だけです。どうしますか」
「昇格はさすがに俺の一存ではな……」
「それなら、B級はいらないです。たぶん、すぐになれるでしょうから。
その代わり、わたしからの情報であることは、絶対に漏らさないでください。
そして、万が一のときには、ギルドがわたしを保護してください」
「シエルメール嬢が、そこまで言う相手ってことか。わかった、何とかしよう」
ギルド長が折れたのを見届けたエインは、「よろしくお願いしますね」と言いながら、なぜか天井を見上げた。
それから、まっすぐギルド長に視線を合わせ、「リスペルギア家と東南の森の結界」と、少し低い声で私達の因縁を告げる。
それにギルド長は狼狽したように、声を上げた。
「ちょっとまて、リスペルギア公爵家といえば、王国でも1・2を争う大貴族じゃねえか。
しかも、善政を敷いているところで、民からの信も厚い。まさか、そんな家が……」
だからこそ厄介なのだ。そんな相手を殺してしまえば、王国自体を敵に回しかねないし、いくら国とは別系統にあるとはいえ、ハンター組合側もそんな厄介な存在を受け入れてはくれないだろう。
何かのきっかけで、また私を望むというのであれば、その権力をもって捕えようとするのは目に見えている。それも今回の交渉で、逃げ込む場所を得たし、今後リスペルギア家がやらかして、本当に人の敵になった時に、私はそれにかかわらなくてよくなった。
ギルド長は他にも情報が欲しいのか、期待したような目でエインを見るが、エインはもう話すことはないと、ニコニコしている。
それを悟ったのか、ギルド長は大きなため息をついた。
「リスペルギア家について、どうしたら話してくれるんだ?」
「B級になって、本部に行けるようになってから、直接本部長にお話ししますよ。
そうしたら、こちらのギルドにも、情報は流れてくるでしょう」
「だああもう。わかったよ。シエルメール嬢が本当に12歳なのか、怪しくなってきたぜ……」
「色々ありましたから。それでは、話も終わったので、わたしは行きますね」
「ああ、行け行け。俺はもう疲れたわ」
威厳など失くしてしまったかのように、疲れた顔をして、ギルド長がシッシとエインを追い払う。
ギルドを後にした私達は、宿を引き払い、町を出て、北へと向かうことにした。
◇
うっそうとした森の中を道に沿って北上すること3日ほどだろうか。
北に向かってい歩いていたら、何やらザザーンと、大きな音が聞こえるようになった。それに、森とは違う、妙なにおいが混ざっている。
それからしばらく歩くと、木々に阻まれて、狭められていた視界が、急に開けた。昼の日差しが直接私を照らすので、とてもまぶしく思わず手で目を覆った。
明るさにも慣れてきて、手を除けると、視界に入ってきたのは、一面の青と白。
とにかく大きな水たまりが、空の向こうにまであるような光景だった。水は太陽に照らされて、キラキラと光っている。
私が見てきたものの中で、最も大きい何かが、そこにある。近づきたいけれど、崖になっていて、それにつながる道はない。
始めて見る光景に、気分が高揚しているのがわかるけれど、それを抑えることもできない。
「エイン、エイン。水が青いの」
『はい、青いですね』
「それに大きいのよ」
『ええ、とても懐かしいです。ここの海は初めて見たんですけど』
しみじみというエインの言葉に、私は気が付いてしまった。
エインは私の知らない景色をたくさん知っている。エインの中にある、思い出の景色を知らないのは、少し寂しい。
「エインが見たことがある海も、こんな感じだったのかしら?」
『そうですね。ですが、ここまで広いとは感じられませんでした』
「そうなのね。なぜかしら?」
『海があって当たり前のところに住んでいましたから、忘れてしまっていたのでしょう。
海が広かったことを』
「ねえ、エイン」
『何ですか?』
「海はこれがすべてではないのよね?」
『ええ、この大陸を囲むようにあるはずですから、ここにあるのはほんの1部といっていいでしょう』
「それなら、この国を出ることができたら、もっといろんな海を見ましょう。いろんな空を見ましょう。いろんな景色を、見に行きましょう。そして……」
『そして、何ですか?』
「何でもないのよ。気にしないで」
不思議そうな声を出すエインに、私は首を振って誤魔化す。
それはきっと、約束するものではなく、自然と生まれるものだから。
そして――またここに戻ってくることがあれば、たくさんおしゃべりしましょう。
そのためには、まずB級ハンターにならなくては。私達の旅は、まだまだ始まったばかりだ。