天然少女
____「――な」
いつしか視界は暗闇に包まれてしまい、意識を取り戻すと見覚えのない建物の天井の映像が広がった。
どうやら寝てしまったようだ。とサリエルは覚醒したばかりの脳で思考を開始すると、若干寝惚けながらも声のした方向に視線を向ける。
「これが例の子か、確かに容姿端麗で見た目年齢的には十二歳以下だな」
「だろ?スラム街の裏路地で寝てたんだよ。こりゃ高く売れるぜ」
自身がベッドに寝かされているという状況下を意識したサリエルは霞む視界の中二人の屈強な男が横に立っていた事を確認する。
そして次の瞬間には男の一人がマントに手を掛けて、サリエルもまた身包みが剥がされようとしている状況を理解して咄嗟に彼の腕をガッシリと掴んでみせた。
「な、何だ……!?」
「――本当、この街はどこまでも荒んでる……」
直後に『脚力強化』で強化した足で男の顔面を蹴り上げるように蹴りを入れると、彼はそのまま壁に激突した勢いで意識を失い、サリエルは勢いのままベッドの上で一回転をして跪く姿勢になり前方に立っていたもう一人の男へと視線を向けた。
「う、動くなああ!!」
すると前方の男は興奮状態に陥り、懐に隠し持っていた拳銃を乱射しようとする。
天界においての銃とはゾオン石を動力源とするデバイスの一種であり、男が所持しているそれは強化銃ほどの威力は放てないものの当れば人を撃ち殺せる代物である事は変わりなかった。
しかしサリエルにとってそれは取るに足りない物である。彼女は人差し指にゾオンエネルギーを収束させる事で簡易的な拳銃のような物を作り、指先から放たれたエネルギー弾を銃身へと詰まらせた。
直後、行き場を失った高濃度ゾオンエネルギーが銃身を破裂させ、男は自身の方へと被害が及ぶ形で拳銃が暴発する。
「あ、ああああ……!!」
手元は加速させられた鉄の破片が肉を抉り、溢れ出る血液と共に男もまた痛みで絶叫を上げながら蹲ってしまう。
「デバイス、扱いが難しい神技の代用品として製造された現代の技術。でも所詮は副産物、本物には敵わない……」
「な、何者なんだよお前、何をした……?」
「どうやら品もなければ教養もないようね。私に何をしようとしたかなんて分からないけど、銃口を向けた以上敵と見なして構わないかしら……」
サリエルはベッドから下りて、負傷をした腕を押さえつけてながら跪いている男へとゆっくり立ち寄る。
それを見計らうように男は俯きがちになっていた視線を上げると、サリエルは黒く澄んだ眼光で侮蔑するように送り返した。
「ひぃ……!!か、勘弁してくれ!!俺達が悪かったから!!」
「……そう、ならいい」
完全に萎縮してしまった男をサリエルは放置して、再来する眠気により視界が再び霞む中外に出る為の出口を探そうとする。
「痛……」
しかし彼女は寝起き直後の天然ボケスキルにより出口とは全く違う方向へと突き進み何も無い壁へと顔面を衝突させてしまう。
「あれ、何……鉄製の扉……?」
するとサリエルは眠気で目を瞑りながら神技を発動して鎌を呼び寄せると、自身が出口だと思っている方へと振り被ってみせた。
_______!!
その結果壁は崩壊、未だに自分が勘違いしている事に気付いていないサリエルは目をゴシゴシと擦りながら隣の部屋へと足を運ぶと、辺りには鉄パイプやサバイバルナイフなどを武装した男達が一人を取り囲むように立っているという取り込み中の所を立ち入ってしまった事を自覚した。
「――人が一杯、どうやら外みたい……」
「お、お前!?」
「……あ」
中央で満身創痍の表情を見せていた男がエリックだと気付いたサリエルは単なる偶然かと錯覚するが、ようやく視界が澄んだ際出口の扉が斜め後ろにあった事に動揺を隠しきれないでいた。
「な、何でお前がここにいるんだよ!!」
「え、ああ、結局あの後裏路地で二度寝してたらどうやら拐われてたみたい……」
「いや拐われてたみたいじゃねえよ!!てかよくこんな街で二度寝する気になれるな!?」
ようやく自分が随分とボケをかましていたという事実に気付くと、サリエルは急激に恥ずかしくなり紅潮とさせた顔を鎌の柄で隠そうとする。これが恐らく恥辱という感情だ。
「う、煩い、眠気には抗えないの……」
「はぁ、もう意味分からんねえ……何でこんな満身創意の状況でそんな余裕でいられるんだよ……ここギャングのアジトだぞ……」
突如として乱入したサリエルによってギャング達が視線をそちらに向けている間、エリックは床に投げ捨てた刀を拾い再び立ち上がる。
その様子に気付いた男達は再度エリックの方を振り向き、手元に携えていた刀を一望して数歩後退するのだった。
「……サリエルって言ったな。俺の事はいいからさっさと逃げろ、お前に此処で死なれるのは俺のモットーに反する」
「そう、やっぱりあなたは誰も信用せずに生きる事を貫き通そうとしてるのね。私の助けを拒もうとするのも他人に隙を与えさせない為、人を信頼しようとしない確固とした意志の表れみたい……」
「ああそうだよ!俺は他人なんて信用しない、それと同時に誰も俺を信用なんてしてくれない、だから俺は一人で生きるって決めたんだ……」
エリックは抜刀した刀を両手で構え、玉座へと座るリディの方へと刃先を向ける。しかし彼はどこか俯きがちに刃を手の震えで振動させていた事から、彼には心に迷いがあったとサリエルは窺えた。
そんな彼を思い、サリエルは自信の意思で包囲されている筈の中央へと足を踏み入れてエリックの背後へと立ってみせた。
「な、何のつもりだ?」
「その様子だと狙いはあの男でしょ?なら後の連中は私が貰う、一応神として彼等のやっている所業は見過ごせないから……」
「本気かよ!?てか第一子どものお前が――」
エリックが全て話し切るよりも早くサリエルは鎌を振ると、吹き荒れる突風と共に男達が武装していた武器が千切りの要領で斬られ鉄屑が床にへと散らばった。
「はい、斬った」
「……え?」
あまりの光景にエリックも、それを取り巻くギャングの端くれ達も、玉座に座り傍観を貫いていたリディですらも驚きのあまり言葉を詰まらせてしまう。
――そして此処にいる誰もが確信した、この少女は化け物だと。
「人身売買、どう考えても道徳に反する行為だわ……でも恐らく、今此処であなた達を殺す大義名分は私には持ち合わせていない――」
僅か数秒後、サリエルを中心に漆黒と化した覇気が戦意を失い掛けている男達へと伝達させ、彼等は体を動かそうとしても謎の金縛りに掛かったかのようにピクリとも動かなくなってしまう。
だがしかしエリックとリディだけは例外であり、彼女は言葉通り彼と彼の獲物には不干渉で他を圧倒させたのだ。
「うわああああ……!!」
「……!?」
突如として一人が絶叫と共に口から泡を吹いて倒れてしまい、同じく金縛りに掛かっている男達は視線だけをそちらに向けてただただ唖然とするしかなかった。
「背後を振り向かない事をオススメするわ。振り向いたら最後、持っていかれるから……」
「も、持っていかれるって――」
直後男は自身の肩に何かが置かれた気分に攫われ、現実なのか幻聴なのか分からない程のおぞましい呻き声が背後から聞こえた。
あまりにも無機質な、精力という物を一切感じぬその声の主へと背後を振り向くと、そこにはフードを被っていた骨だけの生命体が視界に入り彼は絶叫と共に気絶してしまったのだ。
「だから振り向かない方がいいって言ったのに……」
「嘘だろ、滅茶苦茶強い……」
あまりの光景にエリックはただ呆然と立ち竦み、今の自身の目的を一度忘れるぐらいにまで衝撃的を受けた表情をサリエルに向けていた。
「全員、死神の呼び掛けには振り向かない方がいい。恐らくあなた達では恐怖で意識も保てないだろうから……」
「……お、お前、まさか『死相』を使ったのか?」
「この技が何を意味するかが分かるという事は、どうやらボスには教養はあったみたい……」
男達は依然として体を動かそうとしない、その種はサリエルが放った漆黒の気迫が原因であり性質上は動かさないようにしていたのだ。
「死神家の奥義、その中でも当主クラスのみが使えるとされている覇気のようなもの。その漆黒の覇気を浴びれば幻覚、幻聴と言った体の異常を起こし、まるで背後から死神に声を掛けられたような光景を見るとされている……」
「死神家って……」
「私の事はいいから早く決着を着けて、でないと私がそいつの首取るよ……?」
サリエルは自身の正体の言及については後回しにしてエリックに早く決着を着けて欲しい旨を伝えると、彼もまた未だに蒼ざめたような顔色を見せるが何とか意識をそちらに向けようとしていた。
「な、何だ、お前は俺には手を出さないって訳か……なら簡単だ、目の前のコイツぶっ飛ばしてさっさと退散してやるよ……!!」
「聞き捨てならないな、俺じゃ不服か?なら直接分からせてやるよ、狩られる側の気持ちってやつをな」
リディは隠し持っていたククリナイフを構え遂に玉座から立ち上がると、エリックと差しで闘う気になったのか殺意を露わにした。
それを見計らったエリックもまた刃先を彼へと向ける。まさに勝負は一騎打ち、互いに拭い切れない殺意を放ちほんの些細な衝動で緊迫という線が切れそうな程に殺伐とした光景がサリエリからも伝わる。
「さーてと、それじゃ一丁殺りますか」
「……!?」
リディは一瞬のうちにエリックの懐へと忍び込み、とても無法者とは思えない程の繊細な身のこなしで彼の腸にククリナイフを突き刺そうとする。
が、エリックもまた反射的に刀で刃先の進行を防ぎ、直後に凄まじい攻めぎ合いの衝突で火花を上げたのだった。
「やるな、だがその程度のようだ」
「何!?」
リディの不可解な言動の直後、ククリナイフの刃先から突如として突風が巻き起こり利き手ごと頭上へと押し上げられる。
ディレクト、確かにギャングのボスというだけであるはずの彼がそんな高等技術を使いこなせていた事に傍観を貫いていたサリエルもまた驚きを隠せないでいたのだ。
そしてリディは武器にゾオンエネルギーを付加させ、前方がガラ空きになったエリックの腹部を斬り付けた。
「が……っ!!」
腹部はスッパリと斬られエリックは止まらぬ赤い液体が自身の服に滲んでいる光景を見据えると、彼もどうすればいいものかと目を泳がせている様子がサリエルからも窺えた。
だが問題なのはリディがディレクトを扱えていた事にあり、サリエルにとってそれはエリックが受けた攻撃が意外にも深く外傷を与えたと憶測を飛ばすのには十分過ぎる要因になったのだ。
「クソ……滅茶苦茶いてえ……」
「……」
だがサリエルは彼の前へと立とうとはしなかった。何故なら眼前にいる孤高の男は未だ出血が止まらないというのに、その刃先から感じ取れる闘志を切らす事なく目的の男にへと向けていたからだ。
「ざまあねえな、粋がってた割には弱すぎる」
「はぁ……はぁ……」
「もういい、希望通りお前は此処で殺してやるよ」
するとリディは玉座の隣に置いていた強化銃を拾い上げ、心身共に痛みという苦しみに苛まれているエリックの眉間にへと銃口を向けた。
どこまでも無機質な殺意を放つその銃口は、エリック自身にとっていずれ辿るであろう死という未来を過らせるには十分な引き金となっていたのだ。
「あばよ三下、俺の商売を邪魔した事だけは褒めてやるぜ」
「クソ……!! 間に合わない……!!」
彼の持つ強化銃は通常の拳銃より高性能なゾオン石を使用している。連射機能こそは劣るものの当れば必殺の強力な武器である事は違いない。
避ける方法もない、勝ち目もない、そして自身には死ぬ運命しか残されていない、そんな現実に向き合わされたエリックは思わず目を瞑り、妄執の彼方へと誘われた。
―――。
―――。
―――。
―――『お前は、もういらない』
最後に両親から浴びせられた発言、自分には益体もない存在だという事実を知らされた瞬間。
その頃から、彼は人が信用できなくなった。
友達や知り合いと呼べる人物が出来ても、本心では何とも思っていなかった。
それと同時に、彼等も何とも思わなかった。
だが、エリックは今二つの選択を迫られていた。
此処で孤高を貫き死ぬか、決めた筈の意志を曲げてまで生き延びるか
相反する二つの選択で悩まされたとき、彼は根底となっていた思いが再び心象に刻み付けられた感覚に陥る。
現状を変えたい。という確固たる思いを―――
____
「――サリエル!! もう一度だけ俺を―――」
しかしその言葉を背後にいるサリエルにへと伝えきる前に、リディの人差し指は銃弾を発射させる引き金を引いてしまっていた。
_____!!
空間に放たれた銃弾はゾオンエネルギーを纏いながら直線を描くと、エリックは反射的に自身の身を守ろうと腕を前に出す。
しかし彼は自分の体に違和感のようなものを全く感じなかった事に気付いたのか、閉ざした目を再び見開くと前方にはサリエルが立っていた光景が彼の視界に映る。
「大丈夫、もう言葉は届いたから――」
サリエルは彼の眉間を貫こうとした銃弾の軌道に鎌の刃を固定して、頑丈なデスサイズの刃により殺傷能力を持ち合わせていた銃弾をただの鉄の塊へと変貌させたのだ。
その様子にリディも唖然、片手にククリナイフを携えていた彼は録に弾の装填もままならず動揺を隠しきれてはいなかった。
想定外を計算せずに勝利を確信していた。その結果リディは次手の判断に欠けてしまい、最大の隙を生む結果となったのを見計らったサリエルは背後に立つエリックにこう呼び掛けた。
「相手は動揺している。叩き込むなら今……」
「ああ――!!」
エリックはサリエルの掛け声と共に痛みを奥歯で噛み殺しながら両手で刀を持ち直すと、銃弾を止められて狼狽えているリディの元へと一気に距離を詰める。
「チッ……!!雑魚はお呼びじゃねんだよ!!」
迫り来る追撃に備えリディは強化銃を投げ捨てククリナイフにゾオンエネルギーを付加させると、エリックの攻撃を正面で受け切ってみせた。
「何度やっても無駄だ!ディレクトもできない奴が俺に敵う訳ねえだろ!」
「そうかよ、御託は良いがしっかり支えとくんだな!」
「―――!?」
直後にリディはとあることに気付かされ驚きを隠し切れていない面持ちを示すと、サリエルもまたエリックが放った第一撃が斬撃ではなく腰に据えていた鞘でのフェイントだったという事に気付かされる。
そしてエリックは自身に押される反動を鞘の角度で調節、自らを後退させるゾオンエネルギーの反動を押し上げる力に変換させ自身の体を浮き上がらせたのだ。
「さっきのお返しだ、リディ!!」
空中から白い刃をギラつかせ、エリックは放物線を描くように飛ばされながらも刃を振るいリディがククリナイフを持っていた利き腕の肩を斬り付けた。
「っがああぁああ……!!」
刃が肉を断裂した音が響き渡り、リディは握り締めていたククリナイフの柄を離すと同時に凄まじい勢いで血飛沫を上げる。
その血飛沫が自身の衣類に、顔に付着して、先程まで余裕があった顔付きから一転して痛みという恐怖に満たされた相形へと変貌を遂げた光景にサリエルも思わず面食らってしまう。
そして斜め上へと投げ飛ばされたエリックが華麗な身のこなしで無事着地、一振りで刃に付着した血を払い落とす血振りの作法を行い鞘に刀をしまった。
「ああ畜生、腹超いてえ……」
「待ってて、今治療するから……」
サリエルは彼の腹部にある外傷に向けて『エムーシェ』を発動する。幸い腹膜が破れ臓器にまで影響が及ぶ事はなかったので、サリエルの医療スキルで十分に再生が可能な範疇であったのだ。
そしてエリックの傷口は次第に閉じていく。その様子から彼もまた目を見開き、上手く自身でも言葉にできない面持ちを見せ第一声を放つまでに時間が掛かってしまう。
「……お前、本当に何者だ?」
「話は後、今はそれよりも優先しなければならない事がある……」
あっという間に傷を完治させたサリエルはリディの元まで詰め寄ると、神技を放ち彼から溢れる血液を一度止血する。
「何のつもりだ?」
「教えて欲しいの、あなたにその力を与えた人物を……」
野蛮人とは思えない程の身のこなし、人一倍に優れた知識。
そして何より武器にゾオンエネルギーを付加させるディレクトの技術、これらがギャングのボスというだけで扱える代物でなかった事案についてはユピテルも何となく察しがついていた。
そう、少なくともこのスラム街に技術を流す者がいたという事だ。
「ふん、そこのお嬢さんは相当察しがいいみたいだな。確かに俺の知識や力はある御方に譲り受けた物だ」
「それは誰?」
「ロスチャイルド、金主の一角であり百家族にも数えられているロスチャイルド家の当主、エルグス・ジル・ロスチャイルド。俺達の御得意さんだ」
「……!?」
ロスチャイルド家、確かにリディの口から放たれたその言葉にサリエルも思わず言葉を失ってしまう。
百家族の中でもロスチャイルド家は異質な存在と知られており、神技の技術で言えば全体の平均程だが、現在その権力は百家の中でティーターン家、メスドゥーテ家に続く影響力を兼ね備えていると言われる家系だったからだ。
その理由が圧倒的な資本力、彼等は古くから金貸しの商法を行っており財政界においては殆どロスチャイルドの影が蔓延っていると言っても過言ではなかったのだ。
「俺達は人身売買の商売を生業としてきた。その殆どがロスチャイルドへと渡り、報酬として金や武器、技術すらも交換してくれたぜ」
「……そう、それだけが分かればもう十分」
「っ……!!」
サリエルは手元にゾオンエネルギーを収束させて、その塊をリディの経穴へと撃ち込むと彼は完全に気を失ってしまった。
その後サリエルは男達に掛けていた『死相』を解き彼等は一目散に逃走、こうしてギャングアジトでの攻防はようやく終わりを迎えたのだった。
________




