たった一つの願い
酒場を後にしたサリエルは再び廃墟と化している街の散策を再開するが、これと言って此処には何も無かった事からただひたすらに時間が流れてしまっていた。
今彼女には二つの選択を迫られている、中央都市に向かい金主を探すか、月周期で訪れるというこのスラム街で待機して彼等を待つかの二択を。
恐らく中央都市に向かったとしても七大大富豪と称される彼等に直々に会える事ができるのは一部の富裕層のみだというのが先程の酒場の店主の情報より推測できた為、ここはスラム街で待ち伏せをした方が金主達に会える可能性が高いのではないかとサリエルは憶測を飛ばす。
「オラッ!! もっと抵抗しろよ!!」
「……?」
急いで声のする方へとサリエルは振り向くと、そこには一人の男が複数の男に蹴られたり踏まれたりされている事からとても正常な光景とは思えない様子だった。
いや、この街なら一週回ってこれが正常なのかもしれない、罵詈雑言と共に振るわれる暴力も、それを何とも思わずにただ道を通り過ぎる人々も至って普通なのだろう。
異常なのはこの街そのものだ。天界には“神とて万物を知らずなり”という諺があるように、自分の意志や思想が全く違う境遇に立つ者にあれこれと干渉するのは筋違いであるとサリエルは考えて一度はその場を後にしようとした。が
「――誰、か」
「――!?」
まるで誰かに、何か強制的な力が働いたかのようにサリエルは無意識の中踏み付けられる男の方へと振り向いてしまう。
「助け、て――」
「……分かった」
次の瞬間にはサリエルは自身でもはっきりと意識を向ける前に地面を目一杯蹴り上げて、上段蹴りをグループの一人の男へとお見舞いしてしまう。
そして男はそのまま意識が朦朧としたように地面へと倒れてしまい、その光景を見た残りの男達も一斉にサリエルの元へと注目を集める。
「え、な、何――」
男達が注意を向けた時には既にサリエルの姿は残像として僅かに透けた姿がそこに映っていただけの映像が流れる。そしてサリエルはその一瞬の合間を縫うように彼等の首元を叩く事で男のグループを全滅させるのであった。
「大丈夫?」
「……」
しかし相手は応答しない、どうやら蹴られ過ぎですっかり気絶してしまったみたいだ。
その様子を窺ったサリエルは彼を誰の目にも触れないであろう路地裏へと担いぐと、その男の容体を確認して治療が必要な箇所は神技による再生を始めるのだった。
「それにしても、酷い傷……」
若干若い顔立ちの男は一方的な暴行によりすっかり顔は痣だらけとなっていたが、誰も気にも止めていなかった状況からセントラルでは暴行事件として間違いなく明日の朝刊に載るであろう出来事が既にこの街では既成事実化されている事が窺えたのだ。
暫くすると傷の再生が全て終わり、サリエルは術式を解体するがその男は一向に起きる気配を示さない。
そしてどうしようかと悩んでしまうが、やはり治療をした以上彼が無事に意識を取り戻した姿を窺いたいと彼女は思った為に男の隣へと腰掛け待とうとするのであった。
‐数時間後‐
「……ん?」
男は意識を取り戻し辺りを見渡すと、ようやく自分が倒れた場所と現在地の風景とが一致していなかった事に気付いた様に驚きの表情を隠せないでいた。
「え、何で俺、こんな所に……」
体を動かしても痛みなどどこにもない、それを察した様子の彼は自身の体中を弄ってみるが先程まで踏まれていた箇所に痣一つ付いていなかった事に目を見張ることしかできなかったのだ。
「おいおい、一体どうなって……」
男が右手を地面に着いて立ち上がろうと動作を再開した途端、彼は手元に何か触り心地の良い繊維のような物に触れた事を意識してすぐさま向かって左側へと後退してみせる。
「うわああ!! な、何だ!?」
「うーん……何……?」
自身もいつの間にか眠りについてしまっていた事に気付いたサリエルは何か髪の辺りに違和感を覚えて周りをキョロキョロと見渡すと、前方に呆気に取られている表情を滲み出していた男が意識を取り戻した事にようやく理解する。
そして男もまたこの状況そのものに懐疑していた様子を漂わせていたので、その事を察したサリエルはすぐさま事情説明をしようと会話を先行しようとするのだった。
「起きたのね、私はあなたの傷を治療したあぁあ~……」
「欠伸をするのか喋るのかどっちかにしろ、てか眠いんなら寝てろ」
「じゃあ寝る、おやすみ……」
「おいいいい!! 誰が俺の膝枕で寝ろって言った!! 勝手に地べたででも寝てろよガキが!!」
サリエルは首元を寝違えたからか男の膝枕で二度寝を決め込もうとするが、それを凄まじい勢いで本人は阻止して結局無理矢理起こされるのであった。
「いいかお前? 此処でそんなに隙を見せてたら絶対痛い目見るぞ? 分かったらガキはどっかで隠居しとけ!」
「私はサリエル・サムハート、あなたが蹂躙されているところを助けたzzzz……」
「話聞けよお前!! てか結局寝るんだね朝弱いのかな!?」
サリエルは朝には滅法弱い為彼女の意識外でもこうやって天然のボケを連発してしまう時があったのだ。
その何とも不思議な雰囲気に男もどこから個性を掴めばいいのかという様子で若干戸惑ってみせるが、ようやく気を落ち着かせて彼は再び薄目を擦るサリエルへと視線を向けた。
「ったく、サリエルだっけ?何でお前が俺の隣で寝てたわけ?」
「あなたを助けて傷を癒したのはいいのだけど、本当に意識を取り戻すのか不安だったから……」
それを聞くと男は随分と乱暴に自身の頭を掻き始める、その様子にサリエルも何がそんなに彼の心をかき乱しているのかと好奇心という名の感情に駆り立てられ深く観察しようとする。
「どうして赤の他人である俺を助けた?」
「――あなたが、助けを求めていたから?」
サリエルは質問の相手に承認を求めるような解答をすると、男もまた目を大きく見開き言葉を詰まらせている節が見受けられるのであった。
「おかしいだろ、他人が助け求めてたって本当に助ける馬鹿がどこにいるんだよ。第一ガキのお前が並み入るギャング達を一人で倒した挙句、俺の傷まで痣一つ残らず治したってのか?んなもん不可能だ」
「……まあ、信じないなら別にいい」
意地でも信用しまいとする男にサリエルは特段信じさせようとは思わなかったので受け流すと、彼は突然サリエルを裏路地の奥へと連れて行き、表の路地から鉄パイプなどを肩に乗せながら辺りを歩いていたグループが通り過ぎるのを待とうとする。
「……チッ、俺を探してるのかよ」
「どうかした?」
「何でもねえよ、てか先に言っとくがお前の言い分が本当だったとしても礼は言わないぞ。俺は人を信頼しない性質だからな」
男は光に照らされた表の路地へと歩き始めるが、サリエルは自分でも不本意ながら彼を言葉で止めようとする。
「待って、あなた、名前は……?」
「……エリック、ただのエリックだ。家名なんて大層なものはねえがな」
それだけを言い残し、彼は表の路地へと抜けて行った。
そしてサリエルもまたどうして自分はあんな事を口走ってしまったのかと考え込んでしまうが、まだ全ての感情を理解できていなかった彼女にとってはそれはどの問題よりも難題な事であったのだ。
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表路地を出ると辺りは殺伐とした雰囲気に飲まれており、エリックもこれはいよいよ組織ぐるみでの掃除が始まったかと憶測を飛ばしてしまう。
「っ……!!」
武装をした如何にもギャングの端くれだと思われる男達が前方に確認すると、エリックは逃げ隠れるように近くの曲がり角へと姿を隠しその場をやり過ごそうとする。
「……行ったか」
ギャング達はまるで誰かを探すように注意深く辺りを見渡していた事から、十中八九ギャング二人を賞金稼ぎとして依頼主へと受け渡した事が災いを生み出していると推測できる。
しかしエリックはまだどうして自分があの状態で助かったのか分かっていない、そもそもどうして気絶させられるまで蹴られたというのに痣一つ無かったのかが彼には不思議でならなかった。
そして街を占めるギャング達の警備網を潜り、エリックは枝分かれした細い道にある建物の中へと入って行った。
「やあ、また来たようだな」
「当たり前だろ。俺だってもう賞金首のギャング二人売り払ってるんだ、立派な此処の常連だろ」
中に入ると意外と内装は広く、この建物の主と思われる小太りのホワイトシャツを着込んだ男は言わば賞金首の換金役を務めるのを職種としている人物であった。
そして何故此処にエリックが来たのかというと、それは外の様子を把握して彼に預けていたとある物が必要になると考えていたからである。
「じゃあ仕事かい?」
「ああ、物を渡してくれ」
すると男は裏方用の部屋から一つの日本刀を取り出して、そのままエリックに向け投げ渡した。
それはエリックが賞金首を狩るという仕事に転職してからなけなしの財産を叩いて購入した唯一の武器であり、仕事の時はこれを使い武装したギャングに対抗する為の道具としていたのだ。
何故そんな大事な物をエリックがこの男に預けていたかというと、彼はいつも野宿をして生活をしていた為に万が一盗まれでもしたら最悪の事態を招く事になったからである。
「一体今度はどんな賞金首を捕獲しに行くんだ?」
「まあ、ある程度目星は付けてる。あと、もうあんたにはこの刀を預ける事はないだろう」
「ん?特に何も弄ってないし感に障る事はしてないぞ?」
「そういうのじゃねえよ。この刀はもう常に必要な物になったってことだ」
そしてエリックは日本刀を腰へと据えて、賞金首の顔写真が掲載された壁紙には見向きもせずに引き戸式の出入り口からその場を後にしようとした。
「決着を着けに行って来る。今日の獲物はこの街を占めるギャングのボス、リディの首だ」
「これはまた随分と大きく出たな、言っとくがこの職は自己責任だぞ?」
「んなもん承知の上だ。だが相手が俺を狙ってんなら、頭潰さないと終わらねえだろ」
エリックは今の事態を招いたのはあくまでも自身の行為に及ぶものだという事を自覚して、その後始末も自身でこなそうとしていたのだ。だからこそ彼は戸惑いなど一切他に露にせずに、自身を徹底的に監視する外界へと足を運んだ。
「……何だ、早速お出迎えか」
エリックが建物の外へと出ると、そこには逃げ道など一切見当たらない程に路地を武装している男達で覆い尽くしていたギャングが姿を現していたのだ。
「お前がエリックだな、俺達のグループ二人を賞金として換金した挙句、昨夜送り込んだはずの討伐部隊を倒したっていう身の程知らずが」
「昨夜?」
恐らくそれは昨日現れた暴行グループの事だが、気付いた時には別の場所で野垂れていたエリックにとってそれは何とも不思議な事件であり自分自身でもいくつか分からない節があったからか返答に悩んでいた。
「まあいい、大人しく連行されてやるよ。だからアンタ等のボスにさっさと会わせろ、報いなら受けてやるからよ」
「そうか、話が早くて結構だ。来い」
エリックは複数の男達に囲まれるように連れられて、この街を占めるギャングのボスに直接会う為に大人しく護送されるのであった。
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辺りが完全に廃墟と化しているスラム街だが、一際目立つ程の巨大な建造物が石造りの壁のすぐ近くに堂々と建っていた。
そう、此処が所謂この街を占めるギャングの総本山であり、一度中に入れば最後百名にも上るメンバーに取り囲まれ一人で行動を取るエリックには勝ち目など毛頭ないも等しい状況下なのだ。
「ボス、例の奴を連れて来ました」
「入れろ」
エリックは連れられるがまま中へと足を進めると、そこにはギャングのボスと思われるリディが中央の座席へと腰掛けていた映像と数十人にも及ぶグループのメンバーが殺伐とした表情で此方に視線を向けていた光景が一気に広がった。
「やあエリック、まさかこんなにあっさり捕まってくれるとはな」
「どうせ俺の首が目当てなんだろ?なら逃げるのはやめだ、正々堂々と話し合いをしようぜ」
エリックはリディの向かいに立ち、一切動揺する仕草を彼等の目の前で露にすることない程の意を決した面持ちを見せ付けていた。
エリックから放たれる独特の雰囲気にリディも眉を顰めてみせるが、流石は仮にも組織を束ねるだけの人物であった彼は合理的に話を進めようとするのだった。
「さてと、俺達に手を出した件、ただで済むと思うなよ?」
「そんな魂胆だと思ってたよ。じゃあ何だ、ここで自決しろってのか?」
「いや、その必要は無い。貴様はここで生け捕りにして、奴隷として売り出してやるからよ」
「っ……!?」
嘗ての恐怖、生傷の痛み、不条理な社会を恨んだ記憶が走馬灯のように脳裏を過り、拒絶しようとする。
人身売買、その言葉を聞いたエリックは胸を深く抉り取るような感覚に見舞われて自身でも若干呼吸が荒れているのが自覚できる程に取り乱してしまっていたのだ。
「俺等はスラム街の住人を奴隷として中央都市の富豪共に売り捌くバイヤーとしての商業をしている。そこにお前も出品してやるよ」
「出品? 二十歳の男である俺をか?確か奴隷として一番重宝されるのは十二歳以下の少女だろ?価値ないだろ」
「よく知ってるな、だが奴隷ってのは別に主人の召使としての使い道しかない訳じゃない。例えば労働力として、再開発が進む一方で次々に城を建設する為の奴隷。例えば供給者として、臓器移植が必要な程の不治の病に掛かってしまった富豪の為の奴隷。用途はそれぞれだが数十年前とは比べて成人男性の人身売買での価値も上がってるんだ」
「……は?何だよそれ……」
まるで人を人とも思わない所業、底辺の人種には無条件に益体もないと言わんばかりの行為、それを聞いてしまったエリックは今自分がどんな表情をしているのか見当がつかない程グチャグチャの感情に意識が支配され周りも見えなくなってしまう。
そして彼は、一つの言葉をリディの吐き散らしていた。
「お前は、人の命を何とも思わないのかよ?」
「……愚問だな、クズ共の命を可愛がって何になるんだ。奴隷として売り捌かれた方がよっぽど価値が見出せるじゃねえか」
「ああそうか、確かに愚問だったな――」
エリックは胸中の最奥から浮かび上がる得体の知れない感情に身を任せ腰に据えた刀を抜刀すると、それと同時にギャングの端くれ達も鉄パイプやナイフを構え始め辺りは騒然とし始める。
「テメエの首は此処で頂く。どっちが値札付けられるか、此処で勝負しろ!!」
刀を両手で構え、エリックは思いっきり踵を踏みつけることでリディが座る玉座のもとへ一気に詰め寄ってみせる。が__
「ぐふ……!!」
瞬時に立ち塞がった二人の敵に大きく振り被った鉄パイプの攻撃を腹部に受けると、エリックはそのまま後ろへと投げ捨てられるように綺麗な放物線を描いて背中を床に着けてしまう。
「殺さない程度に甚振れ、一応商品だからな」
「……クソ」
一瞬の隙を逃してしまった。もうその時点でエリックの敗北は決まっており、倒れ込んだ彼を取り囲むように端くれ達が武器を構えながら今にも襲い掛かろうとする形相で睨みつけていた。
そして一人、鉄パイプが空気を切った音が響いた瞬間にエリックは思わず目を瞑ってしまう。
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次の瞬間、突如としてリディの背後にある壁が何らかの衝動により崩壊して辺りは一度塵の煙が蔓延した。
「んん……こっちが出口かな……」
「な……!?」
崩壊した壁と共で登場した鎌を持った少女に思わずエリックは驚きの表情を顔に出す。何せそこにいたのは先程別れたはずのサリエルの姿だったからだ。
「――人が一杯いる、どうやら外みたい……」
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