最下位の人種
第五節 street of outlaw
北地区 ヴァイス
◇天界の中でも経済発展が進んだ地域であり、近代では格差社会が問題視されている都市。
◇中央都市には城や彩色めいた建物が立ち並んでいる。
◇天界七大大富豪『金主』がそれぞれ拠点を置き、実質彼等によってヴァイスという地区は支配されていると言っても過言ではない。
――九歳の時、俺は自らの親に身を売られた。
売買価格は一万ヘヴンド、人身売買において最も希少価値が高いとされていた十二歳以下の女の子とは性別が相反していた自分にはその程度の価値しか見出されなかったのだ。
親は激昂すると、その場で去勢しようと所持していたサバイバルナイフで自らの子どもに襲い掛かるが、何の恩義もないはずの売人がそれを静止させ俺を助けてくれた。
だがしかしそれは善意などではない。例え去勢させようともそれだけでは性別が逆転しない事を承知の上だったからであり、彼は所詮目の前の子どもを商品としてしか見ていなかった。
そこからは地獄の日々、散々主人をたらい回しにされ、奴隷同然の過酷な労働を強いられ、時には主人による暴力を受け続け何年も生傷が絶える事がなかった時だってあった。
そして十五歳の頃、俺は当時の主人を刺し殺し外へと逃げた____
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世界は何処も彼処も荒んだ空をしているが、ここは特別天も地も腐敗している。
北地区ヴァイス、中心都市には天を貫くような城が立ち並び街灯や建物から放たれる光は一日中絶えることはないと言われている。
だがそれは表の顔、所詮汚れた物を包み隠そうとする富裕層共の忌避感による偽りで塗りたくられた都市だ。
よって金のない者は中央都市から追放され、都市郊外にあるスラム外送りとなった人々も少なくない。
その結果都市郊外の治安は悪化、犯罪は日常的に頻発して無政府状態となっているのは必然であった。
「……」
そんな腐敗しきった土地でも穴場と言える場所はあり、一人の男は随分と汚れた外套で辺りとは不釣合いな程にガラスから光を漏らす飲食店の中に入って行った。
「おっ、来た来た。遅いぞエリック!」
「お前も今日が給料日だろ?飲もうぜ飲もうぜ!」
「……ああ」
エリックは若干気乗りせずにいながらも軋む椅子に座ると、もう既に二人が飲酒している事を見計らい自身は比較的安価なソフトドリンクを注文する。
「いやー今日はもうパーッとやろうぜ!特に先月は忙しかったしな!」
「ここら辺は過労働安月給だからね。出稼ぎに都市に行こうとしても検問に引っ掛かるし、給料日ぐらい飲まないよやってけないよ!」
「そうだな……」
エリックの親友である二人は店の店員と思われる人物にどんどん注文をしていく、しかしその行動は彼にとって奥歯を強く噛み締めさせるような苛立ちを生んでいたのだ。
「そういえばエリックって、今何してるんだっけ?」
「結構仕事変えて生活してるから、これと言って決まった職種はないよ。まあでも、最近は体鍛えて賞金稼ぎなんかしてるかな」
「……プッ」
すると二人は笑い転げる勢いで盛大に笑い声を上げるが、エリックにとっては特段気に掛かる事を言ったつもりはなかったので再び苛立ちのような感情が再来してみせた。
「お、お前マジか……っ!てかそんな職業本当にあったんだな!」
「ば、馬鹿にするな!これでももう二人は仕留めて懸賞金も受け取ってるんだぞ!」
こればかりは本当で、エリックは近頃スラム街に蔓延る犯罪者達を確保する事で依頼主から賞金を受け取って生計を立てていたのだ。
そう真剣に訴えるエリックに二人も思案顔で見つめるが、彼にとってはどこか本心で嘲笑っているようで腹が煮えくり返りそうになった。
「リスクはあるが手取りは大きい、そこで二人に提案がある。俺と一緒に賞金稼ぎを目的にしたギャングを結成しないか?上手くいけばこんな自堕落な生活から開放されるかもしれないんだぞ?」
エリックは席から立ち上がり彼等にギャング結成を呼びかけるが、唯一親友だと思えた二人の表情には嘲笑や侮蔑といった意味が込められていると錯覚する程の苦笑いを浮かべていたことに気付かされる。
そして彼等はついに吐息を漏らし、まるで今から本心でも口外するのかという面持ちで冷淡な視線をエリックに送った。
「お前さあ、まだそんなこと言ってんの?」
「ま、まだって何だよ。だってそうだろ!せっかく稼いだ金、給料日の飲み代で半分以上使ってんだぞ!?馬鹿らしいとか思わないのかよ!!」
「馬鹿はお前だよ。スラム街出身の奴が一丁前に社会の在り方とか批判するな、俺達にはその権利さえ与えられていない。そんなにこの街が嫌なら奴隷にでもされて中央都市に行けば?」
「っ……そんな……」
エリックは机に手を置いたまま顔を俯きがちに悶えてしまう、もう彼等に何を訴えても何の意味もない事を悟ってしまったからである。
だがそれでも、彼は自らの考えを折り曲げる事をしなかった。
「今のままでいいってのかよ……」
「どの道俺達の身形じゃ中心都市にも足を踏み入れる事さえ許されない。俺達が何かしたら何かが変わるってわけでもないだろうに、何をそんなに必死になってんだか」
「ああそうかよ!!なら一生地べた這いずり回って餓死しとけ!!」
エリックは勢いよく自身の代金となる硬貨を叩き付け、そのまま二人の方に振り向く事はなく出入り口の引き戸から出て行くのであった。
「クソッ……!!何なんだよアイツ等……!!」
誰にも中身を回収されていないゴミ箱を蹴飛ばして物に当たるが、衝撃の音が響き渡ったと同時にエリックは心を落ち着かせた。
「変えてやる……現状を……」
一種の執念を漂わせた眼光で前を向き、エリックは胸中でこれからは一人で生きていこうと誓い若干よろめきながらも暗がりの中を歩こうとする。
しかしその時、ちょうど前方から通り掛かった数人のグループと肩が当り反射的に彼は産まれながらのガラの悪さからか相手を睨み付けてしまうのだった。
「ああ君、ちょっといいかな?」
「……あ?」
あっという間にエリックは自身の周りがグループに包囲されていることを自覚すると、反射的に眼付けしたのはいいものの意外と人数が多かった事に思わず立ち竦んでしまう。
「君ってさ、俺達のグループのギャング二人も持って行った奴だよね?」
「だったら何だよ?」
どうやら相手は自分が仕留めたギャングの連れだと察したエリックは意固地になり喧嘩に乗ろうとするが、その選択は間違いだった事をすぐ気付かされる羽目となったのはまだ知らなかった。
「わっかんないかな~、弔い合戦って知らない?まあ実際は殺してはないんだろうけど、やられた分はきっちりと返させてもらうよ!!」
すると男の一人は何の警告も無しにエリックの頬に殴り掛かる。その攻撃により後退したエリックは背後からも蹴られ、一瞬で流れはギャング二人を仕留めた彼の蹂躙の場と化していたのだ。
「オラッ!!もっと抵抗しろよ!!」
「チッ……!!」
エリックも必死に抵抗しようと殴り掛かるが、多対一の現状を覆すには己の力はあまりにも未熟であった事を痛感させられるしかない程に一方的に暴行を受け続けるしかなかった。
そしていずれ地面へと倒れ、その姿を男たちは無様だと嘲笑するかのように何度も何度も踏み付けられる。
思えばこれは自業自得なのかもしれない、賞金稼ぎなどという危険極まりない仕事をしていた自分に降り注いだ天罰なのだと彼は朦朧とする意識の中で何かが吹っ切れたように体の力を抜こうとした。
―――何だよ、何で俺ばっかりこんな目に……
「死ね!!ここを占めているギャングに手を出した罰だ――!!」
―――ああ、いてえ……俺、ここで死ぬのかよ……
「賞金稼ぎとかふざけた真似してんじゃねえよ!!」
―――あれ、何で俺賞金稼ぎとかしてたんだろ……
そしてエリックは自身でも無意識の内に記憶の最奥へと意識を向け、何か重要な事を抜き出すように轍を辿ろうとしていた。
___『お前は、もういらない』
最後に両親から伝えられた言葉、それ以降産みの親とは声すら聞いていない。
利用価値がないから、ガラクタだから、自分はこの世界から忌避される存在となった。
そんな現状から逃げて、撃ち破りたくて彼自身も全てを忌み嫌い人生の逆転を謀りたいと望んでいた。
だからもし、この世界に本当の神が居たとしたら
「――誰、か」
この現状を打開してくれる程の、救世主がいたとしたら
「助けて、くれ――」
次の瞬間、凄まじい打撃音と共に一人の男が重力の向きに沿いながら地面へと倒れ込んでしまう光景が朦朧とする意識の中エリックにも伝わった。
「な、何だ!?」
そしてギャング仲間の弔いにと集った男達は次々に地面へと倒れていき、ついに最後の一人まで誰一人血を流すことなく雨の如く降り注がれていた蹴りは静まった。
「―――」
視界は霞み、体は謎の倦怠感に包まれて動くことができない。
そして目も虚ろとなり、エリックは最後に黒髪の女の子の容姿をした人物が見えた気がして意識を失ったのであった____
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‐二時間前‐
意識を再び外界へと向けると、そこには辺り一面何もない荒野が広がり神技による空間転移も誰の目にも入ってなかった事を確認してサリエルは早速ヴァイスの土地を歩き始めた。
「……」
暫く歩くと外見からして完全に廃墟となっている街へと迷い込み、サリエルはその異様な雰囲気から通常よりも神経質に辺りに注意を払っていた。
しかし近隣を見渡すところ辺りには酔い潰れているのか歩道に野垂れるように座り込む輩もいれば、所謂ギャングと言った半グレ連中達が屯していた事から彼女がここを危険な街だと認識するには十分過ぎる程要素が揃っていたのだ。
そしてサリエルもまたそれを見計らい予め装備していたマントのフードを被り、なるべく辺りから目を付けられないようにと街の探索を始めた。
サリエルのまずこなすべき目的は『ナーガ生命水』を所持していると思われる七人の金主に関する情報を仕入れること、その為に少しでも情報をリークしている人物を探す必要があったのだ。
だがここは得体の知れない街、経済発展が進められており光が止まない地区として有名なヴァイスと聞いて実際に訪れたらこうだ。この出来事にサリエルも一瞬ユピテルが転移先を間違えたのではないかと考え込んでしまう。
そんなことを考えていると、サリエルは前方から暗がりに塗れていたはずの街に不釣合いな程の光を漏らしている店があった事に気付く。
「明るい……」
あまりの明るさで虹彩の調節が間に合わないのか目をパチパチとさせると、いずれ不鮮明だった光景が映りそこが外観の雰囲気から酒場のような場所だということをサリエルは推測した。
そして迷わず彼女はその中へと入り、薄汚れた外套を着込んだ男達が有りっ丈の酒をジョッキ瓶で飲み干していた光景が広がるが、サリエルはそんなことに逐一心境を変化させる事はなく無関心のままカウンター席へと座る。
「おい、ここは子どもが来る場所じゃないぞ」
「子どもじゃない、実年齢は……」
「……チッ、水飲んだら帰りな」
先程から煙草を蒸かしながら新聞を読んでいる屈強な男がこの店のオーナーだと思うと、乱暴に街のドス黒い印象とは対照的な程に鮮明な水の入ったコップを叩き付けながらも接客をしていた事からその憶測は確信へと変貌する。
「見ない顔だな、流れ人か何かか?」
「まあ、そんなところ、この街は随分と荒んでいるのね。見渡した限りスラム層の人間やギャングの傍ら何かもいる」
「なら真っ当な見解だな、この街は言わば世界の闇だ。希望、博愛、救済、崇拝、そんな言葉をそもそも知らないという人間が五万といる街、それがここだ。碌なもんじゃない事は確かだからさっさと立ち去るのをオススメするぜ」
「……そう」
どうやらここには本当に何も無さそうだ。そう思ったサリエルはさっさと渡された水を飲み干して店を出ようとするが、転送前まで色々とバタバタしてしまい夕食を食べてなかったサリエルは自身の腹が空腹を伝えていたのが伝わった。
「ねえ、何か作ってくれない?」
「はぁ?いやお前話し聞いてた?ここはお前みたいなガキが来る場所じゃないの、第一金持ってんのかよ」
「お金なら、ある」
するとサリエルはユピテルから受け取った活動資金としての100万ヘヴンドの内一万ヘヴンドの紙幣を男に突き出すと、彼は若干戸惑いながらも紙幣を受け取り調理場へと向かった。
「これ食ったら絶対帰れよ」
「……」
サリエルはコクリと顔を縦に振ることで返事をすると、その数十分後に随分と山盛りに盛られたパスタのような料理がカウンターテーブルに置かれた。
「時価価値一万へヴンドの料理だ。さあ食え」
「こんなに食べられない……」
「俺の酒場は紙幣不足でお釣りはできないからな、食べれなくても金は返さないぞ」
「……」
どうやら早々にぼったくりに遭遇してしまった事を自覚したサリエルは若干気を静めながらも、大量に茹でられたパスタ麺を啜り始める。
「ん、美味しい……」
「そりゃあ珍しく手の込んだ料理を作りたくなったからな、あんなに金払われたら」
男は再び煙草を蒸かし新聞を拝読し始める、ぼったくった割には手の込んだ料理を振舞った様子からサリエルも悪い人ではなさそうだと勝手に位置付けをするのであった。
そして約半分ほど食べたところで手を止める。サリエル自身体が小さくなったと共に胃袋も小さくなったので、これ以上は中に入らないと彼女自身の脳が信号を送ったからだ。
「ねえ、少し教えて欲しい事があるんだけど」
「チッ、何だ?」
若干隠し切れない不機嫌さを滲み出しながら男は返事をするが、サリエルはそんなのお構いなしにずけずけと目的を果たす為の情報を掴もうと彼に尋ねる。
「金主って知っている?」
「ああ、ヴァイス中央都市を経済的に支配している七人の大富豪の事だろ、それがどうしたってんだ?」
「彼等に関する情報、何でもいいから教えて欲しいの。情報料は……」
するとサリエルは裾に隠し持っていた一万ヘヴンドの紙幣をカウンターテーブルへと周りに見えないように置き、その光景を見据えた男も目をぱちくりさせながらも急いでその金を誰にも見られないようにとくすねた。
「……金主はこのヴァイスという土地を経済発展に導いた七人の資本家だ。そしてスラム街と中央都市との間に壁を造った張本人達でもある」
「壁?」
「お前もこの街に来る前に見ただろ?スラム街からのアクセスをシャットアウトするように建てられたあの石造りの塊が」
恐らく壁というのは中央都市を取り囲むように組み建てられた物かと納得してみせると、今までただの再開発からの街の外装だと思い込んでいたサリエルは壁に関する裏事情の真実を知り思わず呆気に取られてしまう。
「壁は中央都市を取り囲むように建設させられている。全ては富裕層と貧困層を分別する為、金のない奴は金主に限らずそれを取り巻く富裕層に土地を買収させられた。その成れの果て共が集まったのがこのスラム街、この世界の闇だ」
「っ……」
今までセントラル、エルート、ラグーシャという比較的治安が良好な土地で過ごしてきたサリエルにとってその言葉はどこか心の奥深くを貫く節があり、全く違う価値観がこの短時間で混在してしまった事から胸焼けのような不快な気分に攫われた。
「……支払った料金でならここまでだ。どうやら子どもには少々キツイ現実だったみたいだしな」
「大丈夫、続けて……」
サリエルの表情を窺った男はあえて性質の悪さを滲み出す事で気持ちの整理をさせようとするが、彼女は胸に手を当てながらもマントの裾から再び紙幣を出し男へと渡すのだった。
「俺達は原則として中心都市への立ち入りを許可されていない、全部で四つある正門には厳重な監視がなされている訳ではないが警備員がいる。スラム街の連中は身形ですぐにバレたりするから都市にも出稼ぎに行けない。金主共も滅多に中央都市から外には出ない様子だからな」
「じゃあ、やっぱり中央都市に足を踏み入れないと金主には会えないの?」
「いや、そんなことはない。むしろ中央都市で底辺として過ごすよりスラム街として底辺で過ごした方が奴等に会う機会は大いにあると俺は考える」
「その根拠は?」
随分と前提と推測とが齟齬を起こしていた事に気付き、サリエルはその根拠となる部分を酒場の店主と思われる男に間をあけずに尋ねた。
「中央都市の郊外に位置するスラム街は全部で四つある。奴等は何のつもりか月周期で必ず四つのエリアに顔を出しては俺達にこう呼びかける、“大会に参加しないか?”とな」
「大会?」
この街の根底を先程まで聞いていたサリエルは何となくその大会と称されるものが的もではない何かだということは推測できたが、これだけでは一体何の大会を指しているのか見当が付かなかった。
「詳しくは知らないが、優勝したら多額の賞金や希少価値の高い商品を貰えるらしい。だがその大会に連れられて戻った奴はまだいない……」
「……相当臭う」
するとサリエルはカウンター席から下りて、出入り口の扉を開いて漆黒の中の街へと繰り出そうとする。
「情報ありがとう、また来る……」
「……何者だ?」
サリエルが酒場を後にした事を確認した店主は再び煙草を加え、新聞に手を掛けて読み始めるのであった。
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