雷神家での出会い
どうにか入家を果たそうとした結はアレウスの要求である『新当主派として当主選に参加する』という用件を承諾すると、彼は言葉通り一時間足らずで入家の申請を済ませてロビーへと帰ってきた。
何でも今回結の雷神家での扱いは仮入家という形らしく、大柱以上の推薦があれば試験を受けることなく約三ヶ月入家者としての稽古を体験できる特別対応となっていたのだ。
「取りあえずユイには明日から俺が指導している第一階級の稽古を受けてもらう、一ヶ月という短い期間にお前の実力をしっかりと見定めておきたいからな」
「了解!それで、今日はどうしたらいいの?私的にもう眠いんだけど……」
結はアレウスに欠伸を見せて眠さを表現する、何でも今日は彼女にとってとても頭を使う日だったので脳が睡眠を欲していたのだ。
「今からユイの部屋を紹介する、まあ何人かで共用の仕様になってはいるが生活には問題ないと思う」
「えーもしかしてアレウスと一緒ー?」
「そんな訳ないだろ、部屋はちゃんと男女別に分かれている。それに俺は個室の部屋だからな」
「何それずるい、当主候補か何か知らないけど権力手に入れた人間はやっぱ変わるんだね〜」
結は皮肉を混ぜながら雷神家の中でも重要な立場である彼の待遇を言及すると、アレウスは反応に困り果てたように頭を掻いた様子を見せる。
「待遇の件についてはすまない。ただ今のユイは仮入家者という立場だからな、不釣り合いではあるが俺が当主になるまでは我慢してくれ」
「ま、合宿なんかで同部屋は慣れてるし、別にいいけど」
結は仕方なく同部屋を受け入れ、その対応を見据えていたアレウスは一安心するように吐息を漏らしていた。
そして結が使うことになる部屋の前まで辿り着くと、アレウスは礼儀作法としてノックを2回してドアノブに手を掛ける。
「失礼するぞ、アリサ、ロサ」
「……」
「……」
その直後、アレウスは入室許可を取らなかったことを後悔するかのように一度止まってしまう。
何せ入室した際に見えた光景とは、一人の女が二段ベッドの下段に座り、中央で下着姿のもう一人の女が涙目で自らブラのホックを外そうとしている何とも奇妙かつアレウスにとっては事案な光景だったからだ。
「あ、ああアレウス先輩……!?」
「えーと、まずは原因の追及を無視して入室前に一声掛けるべきだったことを謝罪する……で、まだ嫁入り前のお前は何をしているんだ?」
「ち、ちが……!!これはその、み、見ないでください……!!」
アリサは急いで下着を隠そうと腕で重要な部分を包みながら顔を紅潮させている姿を見せると、結は空気を読んで彼女が服を着るまでの間背後からアレウスの視界を手で塞ぐのだった。
-5分後-
「はうう……もうお嫁に行けない……」
ようやく私服を着込んだアリナは部屋の床に正座をして肩を竦めているが、アレウスは一切動揺することなく大人の対応を見せている。
「ロサ、お前達は一体何をしていた?」
「見て分かりませんでしたか?野球拳ですよ野球拳、アリサがしようって言うもんだからしてたらじゃんけんクソ弱くて先程に至ります」
「らめえええ!!」
アレウスはアリサの精神状態を窺ったかのようにロサに状況を説明してもらおうとするが、どうやらそれは逆効果のようで彼女は赤面した顔を隠し先程の出来事について掘り下げないで欲しいと懇願してみせた。
その様子に結も苦笑いを浮かべながらも、アリサという人は相当ツイてない人なんだなと可哀想に思う感情に包まれる。
「それにしても大柱は随分と冷静ですね、女の子の下着姿を見たというのに動揺する仕草なんて一切見せないんですから」
「別に意識するほどのことじゃないだろ、年下だしな」
するとアリサは明らかに気分を下げてしまい、アレウスの発言を聞いた瞬間に俯きがちになったことから結はあることを推測してしまう。
「アレウス、そういうこと言っちゃ駄目!デリカシー無さすぎ!」
「お、おう、それは何というかすまん」
「……?そう言えば大柱、その子は?」
そしてアリサとロサは大柱である彼と先程から対等に会話している結に始めて注目して、アレウスに彼女が誰なのかを聞こうとする。
「ああ、今日からお前達と同部屋になる仮入家者のユイだ。今後俺が指導する稽古に参加してもらう新人だからここの部屋に割り当てた」
「仮入家でいきなり大柱の稽古を受けるんですか?」
「こいつは何故か神技を既に会得しているからな、才能を見込んだ俺が推薦したというわけだ」
入家していたわけでもないのに既に神技習得に成功していた事実を知った二人は驚きを隠せない様子で結を見つめると、彼女も再び兄がいないことを良いことに天狗になっていた。
「アリサ、ロサ、雷神家の説明はお前達に任せていいか?」
「了解しました。大柱も日頃忙しいことですし今日はもうおやすみになってください」
「ああ、そうさせてもらう。さすがに今日は少し疲れたからな」
アレウスはそれだけを言い残し一人部屋を後にすると、その様子を見ていた結は今思えば少しばかり体がよろめいていた風にも窺えていたので最近あまり寝ていないのではないかと思ってしまう。
だが彼は決して自分の苦労を自分から発信することはしないし、多忙や寝不足のアピールを人前ではしない性格だったのだ。
「えっと、ユイさんだっけ?」
「ユイでいいよ、多分皆と歳はそんなに変わらないと思うし。アレウスとは協力し合っている対等な立ち位置なだけだから別に偉くもなんでもないよ」
「対等な立場?そう言えば神技を使えるとか言ってたけど、あなたって何者なの?」
「何者か……」
早速結はロサの質問に悩み込んでしまう、何せ自身の素性は絶対に話すなとユピテルに耳にタコができるほど注意されてたのでどう誤魔化せば良いのかが分からずにいたのだ。
「神技を使えるのは前の師匠的な感じの人が教えてくれたからかな、雷神家に入りたいって思ったのももっと神技を習得したいと思ってのこと」
「へえ、それでこの家に仮で入ったって思った訳か」
「私からも質問なんだけど、アレウス先輩と対等な立場ってどういう意味合いなの?」
今度はアリサが質問の種を飛ばすが、今度の質問は何も隠すことはなかった為に結は戸惑いを見せることなく全てを話す。
「私は仮入家を認めてもらう条件として当主選に新当主派として参加するようにアレウスにお願いされたの」
「当主選!?それって一ヶ月に行われる序列入り同士が平然と争い合う派閥争いのことだよね!?」
「驚いた、まさか大柱、外部から助っ人を頼まないといけない程まだ人材が集まってなかったんだね……」
結の耳を疑うような告白に二人は驚きを隠せない様子を見せ、何やら神妙な雰囲気で事の重大さを知っているかのような口調でそう言った。
「ユイ、正直今の現当主派にはどの派閥も敵わないと思うわ。序列入りした神技を使える者を過半数占めれば勝者は決まったも同然なものなんだよ。新当主派は実質大柱しか序列入りしていないみたいだしね」
「そんな事言わないでよロサ!先輩も今一生懸命戦い抜こうとしているのに酷いよ!」
「でも事実だよ。そもそも現当主に不満を持つことなんてないはずなのに、大柱が当主選を申し込んだことにはパフォーマンスだって噂も出ているんだよ?」
その時結は気付いた、確かにアレウスの言う通り派閥に入ってない入家者には当主の悪い噂などは一切流れていないという事実を。
アレウスがどれだけの思いで一ヶ月後の当主選に賭けているのかを彼女達は何も知らない、そんな事を思うと結は再び彼の心の痛みが胸中の中でジワリと伝わってきたのだ。
「パフォーマンスなんてことはない。アレウスは新当主派の勝利の為に戦う、私はアイツを当主にする為に戦うの。だからこれは本気の派閥争いだよ」
「……そっか、ユイは大柱のことよく知っているんだね」
何かに納得してみせたロサは座っていたベッドから立ち上がり結の元へと寄って握手を媚びた。
「私はロサ、これからもよろしくね」
「うん、良かったら仲良くしてね!」
結はロサから差し伸べられた手を強く握り締めると、先程から床に正座していたアリサも彼女の片方の手を掴み自己紹介をしようとした。
「わ、私はアリサ。さっきは醜態を晒したけど変態じゃないよ?」
「よろしくねアリサ。大丈夫、誰にも野球拳してて危うく好きな人に裸晒しかけたことなんて言わないから!」
「な、何でその事を!?エスパー!?エスパーなの!?」
「そりゃあんな分かりやすい反応してたら誰だって気付くよ。ま、今後ともよろしくね♪」
結はしてやったりとした表情でアリサの恋路に踏み入れてみると、以外にも反応が面白かった為に日頃のユピテルへの恨みを今後彼女で晴らそうと心中で誓うのだった。
「まあ今日はもう夜遅いから、詳しい雷神家の説明は明日教えるよ」
「ベッドは上と下好きな方を選んでくれて構わないよ、私達は多分もうすぐ寝ると思うから」
「うん、ありがとね。アリサ、ロサ」
そして結は空いていた下段のベッドに腰を下ろして荷物の整理をする。
その後も結は二人と何気ない女子トークをしながら寝巻きへと着替え、約一時間後に消灯して長かった今日一日を終えたのだ。
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世界を見据えると、いつしか無数に広がる人々の冷め切った視線と暴言が自分達の下へと集中砲火されていた。
___「「おい、あれ……」」
___「「政府の財布から不正に資金を調達していたっていう奴の息子だよ、確かヒストリアだっけ?」」
___「「本当ありえないよな、誰だって高い税金納めているのに抜け駆けなんてよ」」
何も真実を知らない者、彼等に対して情報とは恰もそれが事実だと認識する最大の要因だった。
いくら渦中の人間がジャーナリズムから発信された情報を否認したとしても関係ない、黒い噂が世に流れれば無条件で悪役を演じなければならないのだ。
___「「おいアレウス!お前の親どうせ金持ってんだろ?掠めてこいよ!」」
___「「そうだ税金泥棒!じゃないとまたリンチにするぞ!」」
――何で
何で何で、俺がこんな目に……
___「「もう駄目だ、誰も信じてくれない……私はまんまとあの男に嵌められたんだ……」」
___「「アレウス、今からあなたは一人で生きなさい。私はもう、疲れちゃったみたいだから……」」
――やめろ、俺を一人にしないでくれ……
___「「それにしても例の件、ダグラマ様も相当悪質なことしますね」」
___「「上手く黒い噂を左翼派代表に擦り付けることに成功してこれほど効率的なことはないのだろう。あの人はやり方は汚いが権力はあるからな」」
そして少年は、若干十歳にして始めての感情が芽生えているのを実感した。
――復讐してやる
それは紛れもなく、両親を失ったことへの復讐心だった___
‐雷神家 とある個室‐
「――!?」
まるで悪夢を見てたかのようにアレウスは自分のベッドから勢いよく起き上がると、呼吸は荒く酷く汗を掻いていることに気付かされた。
「違う――俺は、この家を変えたいと思っただけだ……」
唸るような声質で布団を強く握り締めながら自身にそう言い聞かせ、アレウスはそれが本心でないことを確かめようとする。
暫くすると彼は自然と気持ちが落ち着き、昼間までは大柱としての職務を全うする為に早々に着替えを済ませて書斎にへと向かった。
「よおアレウス、その様子だとまた眠れてないのか?」
「……別に、今日はまあ眠れた方だと思う」
アレウスは廊下を歩いていると前方から二人の男が道を塞ぎ、彼はあからさまに嫌悪感に満ち溢れた顔をして絡んでくることに抵抗感を示した。
「てか、今俺と話すのはどうなんだ。お前達は現当主派で俺とは相対する派閥のはずだろ?」
「……ぷっ」
アレウスの発言に二人はまるで見当違いな発言でも聞いたのかのように笑いが吹き出てくるのを我慢しようとする。
「いや悪い悪い、そう言えば昨日外部から仮入家として誰かを雷神家に入れたみたいじゃないか」
「だったら何だ?」
「別に、ただもし何か企んでいる様だった困るからな――」
すると男の一人はアレウスと無理矢理肩を組み、睨みつけた表情を間近で彼に見せようとした。
「これはパフォーマンスだってことを忘れるなよ?雷神家は健全な存在だということを世に知らしめる為のな」
「……そんな事承知している、全ては雷神家の為なんだろ?」
「そりゃ良かった。それじゃあなアレウス、くれぐれも変な気を起こさないことだ」
二人が廊下の曲がり角に曲がったことを確認すると、アレウスは直後に舌打ちをして彼等とは反対方向に歩み始める。
「今に見てろよ、ここは俺が変える――」
表面上では敵意を隠していたアレウスは、込み上げる恨みの感情を抑えられることができずに本性を晒そうとしていた。
しかしその本性は理性というストッパーにより何とか抑えられ、アレウスは雷神家を変えるという正義感に満ち溢れた意志に自然と昇華しようとしていたのだ。
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