序列
翌日、結は午前中にアリサとロサによって雷神家の本家を案内してもらうと、午後は稽古があった為に稽古場へと向かうのであった。
現在結が受けることになっている稽古は第一階級と呼ばれる入家者が基本的な訓練や実戦を学ぶ稽古であり、雷神家の中でもそれ相応の実力を持っていないと稽古場にも入れないようなハイレベルなものであったのだ。
「ねえアリサ、さっきから私チラチラ見られてる気がするんだけど」
「それはユイが見ない顔だからだよ、まだ仮入家者が入ったことを知らない人もいるみたいだしね」
稽古が始まる前に結はアリサとロサで一緒に準備運動をしていると、どうやら自分は周りから注目されていると気付き周りの視線を意識する。
だかそれは仕方のないことだとアリサから助言が入った為に、彼女は一度周りを意識するのをやめて時間が経つのを待とうとしていた。
「それにしてもユイは当主選に出場する為だけに大柱が推薦したぐらいだから、相当強いんだろうね」
「うーん、あんまりここの強さの基準が分からないんだけど、アレウスは確か私の雷は四位とかって言ってた気がするかな」
するとアキレス腱を伸ばしていたロサ達は一度手を止めて、耳を疑ったかのように驚きを隠せない様子でいた。
「よ、四位って、神雷級階のこと?」
「うん、多分そんなこと言ってたかな。何か凄いの?」
「凄いってものじゃないよ。雷神における雷の神技の序列、それが神雷級階。全部で十個あるそれを一つでも使いこなすことができれば神としても上位に立つ存在になるのよ?」
「え、なら私って結構凄いの?あはは」
神の中でも重宝される神技が使えていることを知った結は何不自由ない気分になり、この家に来てから全てが順風満帆に環境が回っているとすら思えていた。
だがそれと同時に絡んでくる話の規模が大きくなっていることも事実であり、派閥争いや新しい雷神家を築き上げるなどの小難しい話は彼女にとって少しばかり苦手意識があったのだ。
暫くして稽古場の出入り口から指導者と思われるアレウスが入室すると、彼は自分の元へ集合の合図をかけて今日の稽古を始めようとした。
「今日は実戦をしようと思う、所謂1対1の勝負ってことだ。今から指名した二人は稽古場の中央に向かい合う形で立ち、開始の合図で神技ありの実戦が始めるつもりだ」
「実戦かあ。私達はまだ電撃力が弱い雷だから急所にさえ当らなかったらいいと思うけど、ユイはちゃんと手加減しないと駄目だよ?」
「へ?何で?」
まるで馬鹿丸出しの如く結は不甲斐ない声でロサに疑問を投げ掛けると、彼女も今の返答で結という人間は少々後先考えない系の人だということを察したかのように吐息を漏す。
「あのねえ、序列四位の電撃なんてまだ神技覚えたての私達が受けたら致命傷になる可能性だってあるのよ。だから実戦とは言っても練習だということを自覚してよね?」
「ええ~それじゃつまんない~、戦いは本気でやらないと面白くないのに~」
「本気でやったら人が死ぬの、ユイも自分の力が生命を絶つ手段であることを恐れないと駄目だよ?」
ロサの厳重な指摘に結は己の力が人の命を容易く絶えさせるという現実を受け入れ、結は本気で戦えないもどかしさを噛み殺し心中で受け止めてみせるしか術は無い。
今まで意識はしていなかったが、自身の力はいとも容易く命の芽を紡ぐ脅威になりゆる事を考えると、彼女もまた武道を嗜んでいた者として共感できる何かを覚えた。
「それじゃあ、まずはアリサとロサだ」
「何だ、早速私達か」
「ロサが相手か、これは気が抜けないね」
二人は稽古場の中央に向かい合う形で対面すると、その試合を見守るかのように入家者達が周りを取り囲んでいたことを見計らい結もまたそのサークルの中に入るのだった。
そしてアレウスが審判役として二人の元に近付き、大きく手を振りかぶってみせた。
「始め!」
「「――!!」」
アレウスの合図と共に両者は一斉に距離を取り、初手としての神技を発動する為にそれぞれ構えをして術式を構成してみせる。
『エレキブラット』
先に術式の構成を終えたロサが雷光の光を灯すと、アリサに向かい一直線で手元を狙い撃ちしようとする。
『エレキソリッド』
が、相手の初手から数秒後アリサもまた術式の構成が終わり神技を放つと、両者の雷の威力は互いに均衡し合う結果となり相殺されるのだった。
「やるねロサ、だけどまだまだだよ……!」
「アリサこそ腕上げたんじゃない?けど勝負はこれからだからね!」
二人は再び神技を発動し雷をぶつけ合う、それと同時に二人の試合を観戦していた結は神技の衝突のし合いによる戦闘とはここまで迫力のあるものだと知り思わず見入ってしまう。
「ならこれで……!」
「しま……っ!!」
ロサは次の瞬間に強烈な電撃を放つと、アリサはそれを電磁シールドにより防ごうとするが威力が相殺し切れずに自分の体に直撃してしまう。
「そこまで、勝者ロサ・ミカエラ」
勝負あり、雷に感電したアリサは暫くフラついた素振りを見せるものの何とか立ち上がりロサと握手を交わす。
試合が終われば対戦相手であろうと敬意を示して握手を交わす、異世界でもそれは万国共通の礼儀作法であったのだ。
「あはは、今回は負けちゃったな」
「アリサも中々手強かったよ、実戦の時にはまた当たるといいね」
握手をし終えた二人は中央を囲うように立っている入家者達と同化するようにサークルの中に入ると、それを確認したアレウスは次の二人を指名し始めるのだった。
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そして十組の実戦練習が終了し残るは結だけとなった。
「……あれ?」
しかしここで彼女はふと一つの疑問を抱いた。それはこの稽古を取っている全人数の数が奇数であり必然的に誰か一人は余ってしまうことから、自分は一体誰と対戦することになるのだろうかというかなり重大な疑問だ。
「これで実戦練習はほぼ終わった。が、現在一人だけまだ終えてない人物がいる。それがあそこにいる俺が推薦したユイという仮入家者だ」
「え、え、何これ、何で私を紹介するの?」
アレウスの紹介と共に結は再び入家者の人々に注目の視線を向けられるが、それよりもこの状況で紹介をし始めた彼の行動の意図が理解しかねていた。
「ユイ、今からお前は俺と戦ってもらう。それでもいいか?」
「あ、アレウスと?」
それを聞いた入家者達は結の元を見据えざわめき始めるが、彼女もまた変に悪目立ちしていないことを祈り恐る恐るアレウスの方へと向かう。
「へえ、大柱とユイの対決か。これはビッグマッチだね」
「こ、これは大変だよ!序列入り同士の対決なんて私始めて見るかも!」
結の実力を薄々聞かされていたアリサ達はこの二人の対決に思わず興奮を隠せないでいた様子だった。
と言うのも二人は両方共神雷級階で序列入りしている雷の神技を使うからであり、アレウスに至っては僅か二十歳で『雷神』の称号を取得した雷神家の若き天才だったからだ。
「アリサ、お前が審判をしてくれ」
「は、はい!」
アリサは急いで中央の二人の元へと駆け出すと稽古場には大きな緊張が伝わり、入家者達は戦闘開始の合図を固唾を呑んで待っていた。
「ユイ、本気で掛かって来い」
「でも、全力の電撃なんて受けたらアレウスが死ぬかもしれないんでしょ?」
「俺は実戦練習で命を落とすほど落ちぶれてなどない。それに、例えお前の雷が四位だとしても俺には及ばないだろうからな」
「へえ、言ってくれるね。そんなに言うんだったら全力でさせてもらうよ」
アレウスの挑発を真に受けた結は言う通りに全力の雷を彼にぶつけることを心の中で誓うと、二人の間に挟まれていたアリサは圧倒的な威圧感に体を震え出しそうになっていた。
静寂が空間を支配して、威圧感が喉元を搔き切るような物々しい雰囲気が稽古場全域を覆い尽くし、副次的な産物として誰しもがその根源と成り得ている二人に双眸を向ける。
「そ、それでは、始め!」
一瞬の静寂を打ち消すようにアリサの合図と共に結は神技を発動しようと構えを取ると、アレウスもまた初動を少し遅れさせて神技を発動しようとした。
『レギオン』
術式の召喚と共に青の雷光が放出されると観戦者達は唖然として、アリサ達以外がその異質な雷の色に唖然とした様子を見せる。
そして結から放たれた青い雷はアレウスの元へと向かいそのまま直撃しよとした、が
「――ル」
「……!?」
しかし結によって放たれた雷は一直線上に進もうとするが、アレウスの額に直撃する直前に電子の束が乱れ不自然な方向へと乱反射したのだ。
「嘘、何で……?」
まるで見えない壁でもあるのではないかと一瞬思ってしまうが、結は直後にほんの僅かな異質な電流を感じ電磁シールドを全身に張った。
すると前方から半瞬凄まじい衝撃が伝わり、互いの攻撃と防御は相殺される形で結はシールドを破られてしまう。
「ほう、今のを直感だけで察したか」
「はあ……はあ……見えないの……?」
「ようやく気付いたか。そうだ、俺の神技は神雷級階序列三位『インビジブル』。雷光は一切放たない特殊な雷だ」
アレウスの神技、彼は神雷級階序列三位の『インビジブル』を使用することができたのだ。
それは言わば不可視の雷であり通常雷は雷光を放ち放たれるが、『インビジブル』の雷は雷光は一切放つことなく強烈な電撃を放出することができる代物なのだ。
「そんなの、反則でしょ……」
結にとっては攻撃の弾道が読めない程厄介なことはなく、電磁シールドを張り続けるにもゾオンエネルギーの消耗が激しい為に攻略は一筋縄ではいかないことは確かだった。
「さあユイ、俺を倒してみろ!」
「こうなったら……」
結は全身をゾオンエネルギーで身体強化をして神技の構えを取り、その表面上に『レギオン』の雷を漂わせることで自身に感電しないようにする。
「身体強化と神技の合わせ技か、随分と応用力には長けている様だな」
「うおりゃああ!!」
強化された俊敏性で一気にアレウスの元へと近付くと、結は彼の前方に張られている透明な電磁シールドを空手で培った両手両足による連続攻撃で突き破ろうとした。
アレウスの懐に入ろうと必死に攻撃を続けシールドの厚さを薄めようとする結、それを防ごうと内側から外側にかけて新しいシールドを作り続けている彼の姿の迫力は離れから見ているアリサ達にも伝達される。
「これで……」
「っ……!?」
次の瞬間、大きく振りかぶった結の拳が連続的に発動するシールドを打ち砕きアレウスの懐に入ることに成功する。
そして結は彼の腹部に向け一発打撃を入れようとする。が、その時彼女は自分の体を自身では動かせなくなっていたことに気付かされた。
「え……?」
「多分身体強化で相殺されると思うが、少しばかり痺れると思うぞ」
アレウスは神技を発動して術式を結の方へと向けた瞬間、彼女は体の内部から膨張するかのように電撃が迸る。
そして結は少しばかりの体の痺れを感じ身体強化のモードを解除すると、体に力を込める事ができないまま仰向けで倒れてしまうのだった。
「あ……れ……?」
「し、勝者、アレウス・ヒストリーク!」
勝負あり、結は自分が負けてしまったという現実を理解するのも暫く時間が掛かってしまったが、数秒後に静止していた思考が再開して身の回りの情報を掴もうとしている感覚が伝わった。
「わ、悪いユイ、少しやり過ぎたかもしれん」
「……はは、やっぱ強いんだねアレウスって」
負けたのは悔しい、だが結にとっては何よりも強い相手と戦えたことが何よりの収穫だった。
そして彼女は手を突き出し、天界で味わった始めての敗北を踏み台に心中で誓ってみせる。
――お兄ちゃん、私、絶対ここで強くなってみせるから
そう決心した結は跳ね起きで自由に動くようなった体を起こすと、彼女の健闘を称えて自然と入家者たちからの拍手が巻き起こっていたことに気付かされる。
「え、ちょっとやめてよ、照れ臭いな……」
「いいや、ユイの健闘は賞賛すべきものだ。何せ俺の奥の手を使わせたんだからな」
「奥の手って、そう言えば私の体を動かなくさせたのって何?」
「それは言えない、奥の手ってのは原理を言っては意味がないからな」
アレウスはまるで種を教えたくないマジシャンのように、例えパートナーだとしても他人の体の自由を奪った原理を口外するのを避けてみせた。
当然と言えば当然だろう、恐らく彼はその奥の手を考案するのに何年も研究を重ねている筈だ。そう易々と教えて自身の専売特許をフリー素材として売る愚行はしないと結は踏んだ。
「流石だね、次期当主さん」
「まあな、それに昨日雷神家に入ったばっかの奴に負けてたら大柱としてカッコつかないだろ」
二人は握手を交わし互いの力を尊重し合うと、そこで今日の稽古は終わりを向かえるのだった。
稽古を終えた入家者達は稽古場の片付けを始めていると、ユイはアリサ達の方へと駆け寄り一緒に行動しようとする。
「お疲れユイ、今日の実戦練習凄かったよ!まさかアレウス先輩と互角に渡り合うなんて」
「そんな事ないよ!最後は結構呆気なくやられちゃったし……」
「何言ってるの、この家に来て一日足らずで大柱とあれだけやれてたら凄い方だよ。確かに次期当主になるかもしれない人が見込んだだけの実力はあると思うな」
先程の実戦練習で敗北を喫して若干落ち込んでいた結を二人は宥めるかのようにフォローを入れると、案の定人の言葉に影響されやすい彼女はあからさまにテンションを取り戻してみせたことにアリサ達も扱いやすいと思うかのように苦笑する。
「ユイ、夜に俺の書斎に来てくれ。大切な話があるんだ」
「分かった、用事を済ませたら行くよ」
片付けをしている三人にアレウスは近付き結に今夜書斎に来るようにと伝えると、彼はそのまま稽古場を後にするのだった。
「ふーん、大柱と夜に密会かあ。これはアリサにも恋敵の誕生か?」
「そうなの!?」
「いや違うから、私あんなのタイプじゃないし」
変な冗談をかましたロサの言葉に影響されたアレウスに淡い恋心を抱くアリサは見過ごせない事案に遭遇したかのように結に食い付く。
そんなアリサの勘違いを解消しようと結はアレウスは強さとルックスが少し良いことしか取り得がない男だと思っていたことから、断固として彼を恋愛対象などという括りにいれていない旨を伝えた。
そもそも結はイケメン嫌いな一面があり、男性のタイプも特にはなく他者との恋愛には無関心だったりしていた。
「よし、稽古場の片付けも終わったことだし。どうする、先に夕食にするかお風呂にするか」
「それはもう……」
「お風呂でしょ!」
ロサの問い掛けに結とアリサは迷いなく入浴を選択すると、三人は片付けられた稽古場を後にしてご機嫌な状態のまま入浴する為に一度部屋へと戻るのであった。
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